Part36 口だけじゃ、無い
――...... ――
ピタリ、と止まっているような感覚がした。
寝ている訳でも、起きている訳でもない。
金縛りに合っている訳でもない。
おぼろげな意識の中、停止と言う文字だけが頭の中に浮かんでいる。
[パァン!]
だがその文字は、レイヴンが両手を叩いた瞬間に弾け飛んだ。
「ゥァ......ハッ!? お、俺は......?」
それと共に、意識が急速に覚醒。
まるで脳を直接ハタかれたような衝撃に、俺は間抜けな声を出してしまう。
「ん、二人とも目を覚ましたようじゃの」
視線を前に定めると、首から赤いネックレスを下げたレイヴンが目に飛び込んで来た。
直後、俺は自身の目線の高さに違和感を覚える。
それに、尻の裏に伝わるこの感触は――
「......あ」
またしても間抜けな声が漏れる。
気絶している間に、椅子に座らされていたようだ。
目線をさらに横に向けると、少し離れた所で椅子に座った真耶が俯いていた。
小さな頭に、髪飾りが乗っている。
「まったく、ここまで不甲斐ない結果に終わったのはお主らが初めてじゃぞ」
「『不甲斐ない結果』......そうか、審判......」
「失格じゃ。この意思の弱さでは、知識を授ける訳にはいかんのぉ」
意識がよりハッキリして来たお陰か、審判の時の状況がありありと想起される。
うずくまる真耶、床に倒れる俺。
失格という結果に、異論を挟む余地は無かった。
「......」
改めて、自分の不甲斐なさに項垂れる。
きっと、今の真耶もそうだろう。
『この状況を招いたのは、他でもない自分自身の怠慢だろう?』
レイヴンの言葉は、胸の中に深く突き刺さったに違いない。
『期待させるだけで救わないと言うのは、その者に更なる絶望を与える。何よりも残酷な行為だ』
俺も本当に、情けないヤツだ。
力になってやろうと言ったのに、思ったのに。
俺は何一つ、真耶の力になってない。何もしてあげられていない。レイヴンの言う通りだ。
でも、気に入らない。
ここまで来て大人しく引き下がるなんて、それこそ馬鹿みたいじゃないか。
そんなのは......嫌だ。
だらりと垂れた両手に、力が入る。
誰かの為でなく、自分自身の尊厳を守る為と言う汚い理由で、俺は思考を巡らす。
揚げ足取り上等。椅子に座って余裕の表情を見せるアイツに、一矢を報いてやろうと。
「――そう、か......」
そして俺の頭に浮かんだのは、これまた汚い考え――責任転嫁に似たものだった。
「なあ、レイヴン」
「なんじゃ? 禁書は見せんと――」
「禁書はもう良い。見せてくれないなら諦める。俺と真耶の意思が届かなかったのは確かだしさ」
ん? と眉を動かすレイヴン。
何故なら、『諦める』と言った俺の顔には諦めの色が見えていなかったからだ。
「でも、これも確かだよな。『期待させるだけで救わないと言うのは、その者に更なる絶望を与える』ってのを、お前が言ったこと」
「......その通りじゃが、何か?」
「ブーメラン発言だよ。お前は真耶に耳と尾を見えなくさせる宝具を与えた。そして、宝具の期限を伝えたのは随分と後だ。救ってくれたと思わせておいて、救ってない」
少し目を見開くレイヴン。
ここだ、ここを攻める!
「真耶のこの状況を招いた責任はお前にもあるぞ、レイヴン。だったらその責任、取らないと駄目じゃないか?」
「『責任を取れ』じゃと? このワシに?」
「禁書の知識は諦める。けど、他の何かを――」
俺は椅子から立ち、右手を前に振り出し
「俺達に、与えて欲しい!」
そしてレイヴンの顔と重なる位置で、開いた右手をグッと握って見せた。
ただ言葉をかけるだけでは駄目と言うのなら。
起こそう、行動を。どんなにみっともない方法でも良いから、泥臭くても良いから。
せめて、真耶を絶望させないように。
「......」
呆気に取られ、レイヴンはポカンと口を開ける。
若干の間。
握られた手の内に、じわりと汗が滲む。
だが突然、レイヴンがプッと噴き出した。
「ハハ! アハハハハハ! 何ソレ、ホンキで言ってる訳!? おっかし! アハハハハ!」
椅子のヒジ置きをバンバンと叩き、身体をよじらせ腹を抱えながら笑うレイヴン。
品は無いものの、その様子は老人と言うよりかは20台半ばの女性が笑っているように見えた。
突然の口調の変化に、俺と真耶は顔を見合わせて困惑する。
「審判は失格、それも二人ともズバズバ言われて再起不能。それで対価を求めるとか! 凄いよ、スゴイよ君、ホント!」
ヒーヒーと呼吸を乱しながら、レイヴンの身体はズルズルと椅子からずり落ちて行く。
そしてゴホゴホと咳き込みつつ数十秒がかりで呼吸を整えたレイヴンは、ヨイショと言いつつ椅子に座り直した。
手で涙を拭き、俺達をスッと見据えるレイヴン。
その表情に怒りは見られず、あるのは屈託の無い笑顔だった。
「スマンスマン、取り乱した。いやぁ、ここまで笑ったのは久方ぶりじゃ。実に楽しいのぉ」
「『楽しい』って......俺は本気なんだ、何でも良いから――」
「分かっておる。まあ少し待っておれ」
「ホントか!?」
半分諦めてたけど、まさか上手く行くとは。
良かった、コレでメンツは保てそうだ。
どうだ見たか、と横を伺う俺だが......真耶の顔には、喜びで無く疲れが現れていた。
アレ、また感謝されてないのか? まあ真耶だし......でも軽くショック。
仕方ないか、と軽く肩を落とす俺。
そこにレイヴンが、そうさなぁと口を開く。
「......ューター」
「え、ユータ? え?」
「聞いた事無いか? ニューターじゃよ。あやつらは他人のマナを吸い取ったり、組成式に干渉する事が出来る」
「じゃあ、そのニューターに頼めば......!」
「うむ、真耶の耳や尾も治るかもしれん」
やった、大収穫だ! つーか答えだろコレ!
思わずガッツポーズ。さすがの真耶も――
「......」
あれ? さっきとは別の方向で表情が曇ってないか......?
「ま、楽なコトでは無いがの」
「え? そうなのか?」
「これ以上はお主らで調べるんじゃの。ワシから言える事はここまでじゃ」
「ふーん......」
収穫にはなった、ってトコロか。
いっそのこと、真耶の身体を治してくれると良かったんだけど......そこまで頼むのは流石に図々しいか。
と、ここで部屋の扉が開く。
その両脇には、どこか落ち着かない様子のニーナと、退屈そうに欠伸をするギンジの姿があった。
「では、またいずれ会おうぞ~」
「いや......正直、二度と会いたくないんだが」
「んなっ!? 折角教えたのに何てコト言うんじゃ、お主は......!」
いやだって、何とか戦果は上げられたけど精神的にはボロボロなんだよ。
今も強がってはいるけど......レイヴンには会いたくないなぁ。
ま、最後に一泡吹かせる事は出来たし。
コレで良しとしますか。
部屋から出て、俺達は地上へと向かう。
ふぅ、と安堵の息を漏らす俺に対して、真耶は一つも声を漏らさない。
どう思ってるんだろうか? 恐る恐る聞いてみる。
「真耶はどうだった?」
「酷く、疲れました。こんな思いは、金輪際したくありません」
「まあ確かに疲れたな。俺も――」
「貴方のせいですよ、ハルト」
「俺のせい!?」
いや、だってレイヴンに問いかけられて苦しそうにしてただろ!?
俺の負担、アレ以上なのか!?
あまりの衝撃に、ガックリと頭を下げる俺。
と、真耶がため息混じりに言葉を続ける。
「本当に、どうなるかとヒヤヒヤしましたよ。審判で失格になったのに対価を要求するなど、貴方は何を考えているのですか」
「はは、確かに......悪い」
あの時の俺は、レイヴンの顔しか見ていなかった。もしかすると、真耶は俺の横で肝を冷やしていたのかもしれない。
常人を遥かに超える、異次元の存在。
ともすればそれは神のようにも見えて、そんな奴が本気を出せば俺達なんてひと捻りなんだろう。
加えてヤツは、人の命を簡単に奪う。
最悪の結果を考えると......生きた心地がしない。
アレかー、また気苦労かけたんだなぁ。
今更自分のした事のリスキーさに思い至り、頭を掻く俺だったが
「ですが、まあ」
その横で、真耶が再び口を開く。
「貴方が居た事で、新しい道筋は見えて来ました。それについては、その......評価、します」
そう言って、クルリと俺に背を向ける真耶。
評価するだなんて、相変わらずドライな言い方だなぁ。まあ、そこが真耶っぽいけど。
......お? いや、これは意外と......ドライじゃないかもしれない。
「おやおや、そこまで良い結果にはならなかったようですねぇ?」
と、ここでニーナが耳打ちして来る。
このニヤついた表情......上手く行かなかったと踏んで、内心ほくそ笑んでるっぽいな。
相変わらず嫌味なヤツだ。
が、事実はそうじゃ無いのだよ。
「いや、真耶にとっても嬉しい成果になったよ」
「ほう? あまり喜んでいるようには見えませんが......?」
「俺には分かるんだよ。ま、お前には分からないだろうけどさ」
「ムムッ、その言い方......! なんて嫌味な方なんですかっ!?」
お前がそれ言うかよ......
内心呆れながら、俺は視線を下に落とす。
その先には、燕尾服から出た尾をゆっくりと横に振る真耶の姿があった。
次回更新は10/11(月)を予定しています