Part35 JUDGEMENT
日本人は、『神』と言う言葉をよく口にする。
とは言っても、多くの場合は神を信じてる訳じゃない。宗教を信仰してる訳でもない。
その代わりか、身近な物事に対して神と言う。
『神ゲー』とか、『神対応』とか。
つまり誰かが神と言ったら神なんじゃなくて、自分自身が神だと思ったらソレは神なのだ。
いや、そんな理屈どうでも良いな。この状況に全然合ってないし。
結局のところ、今の俺が言いたい事は。
目の前に居る存在、コレは間違いなく......神だ。
聞こう。お前は何故、禁忌の知識を求める?
「グッ......!」
静かに発せられる、レイヴンの声。
表面上はただの問いかけ。
だが、自分の心が大きく揺らぐのを感じた。
“人間”の全てを内包する存在の言葉。
それは自分自身の声のようにも聞こえ、自分と真剣に向き合ってくれる人物の声にも聞こえる。
自分自身に質問をするとは、それ即ち自問自答。
自問自答には、疑いや迷いと言った感情が含まれる。
そこに大切な人の声が重なり、負の意味合いはますます強い物へ。
本当に必要なのか?
馬鹿な考えは止しなさい
どうして貴方は、そう考えるのですか
「ウッ......グッ......!」
止まらぬ声の共鳴・連鎖に耐え兼ね、たまらず頭を抱える。
だが、これは真耶に投げられた質問。
いったい真耶は、どれだけの重圧を......!
金縛りにあったような重みを感じながら、俺は真耶の方へと顔を向ける。
そこには、苦悶の表情を浮かべながらなお、声を絞り出そうとする真耶の姿があった。
「今ある穏やかな日常を......手放さない為......!」
他にも欲があるのだろう?
「ありません......っ、本当に、それ、だけ......っ」
思わず、口を開けたまま見入ってしまった。
頭を抱え、気が狂いそうになりながらも、真耶は少しずつ、確実に答えて行く。
まるで血を吐きながら、這いずりながらも進もうとする姿勢に、俺の内側から熱い物が込み上がる。
他者を惑わせるつもりだろう?
「冗談、でも......あり得ませんね......!」
その内気が変わる事もあるんじゃないか?
「クドイですよ......逆、に、どう気が変わるのか......教えて欲しい、ぐらいです」
ニィと口角を吊り上げながら、真耶はレイヴンをにらみ返す。
凄い、さすが真耶だ。
と言うか今考えてみると、この気力の強さは当然かもしれない。
何と言っても、暗黒を形にしたような心の世界を攻略してるからな。
俺の助けなんて最初から要らなかったんじゃないか? ホントに。
へへ、と妙な高揚感と笑いが口から漏れる。
いつの間にか俺は、自分自身にのしかかる重圧を放り投げ、真耶に期待の眼差しを向けるだけの存在と化していた。
行ける、行ける。頑張れ、頑張れ。
だが。
禁書に頼る以外に、方法は無かったのか?
「――ッ......!」
その質問を浴びせられた途端、真耶の表情はみるみる苦しくなって行く。
先ほどまで前を向いていた顔は、うなだれるように下へ。
耐える事に精一杯で、言葉を発する余力はあっという間に消えてしまった。
「――ッ、ごめんッ......!」
謝罪の言葉が、俺の口を衝いて出る。
真耶の進撃を止めたこの問いかけ。
それは、俺が自分の心の世界で真耶に投げかけた、ある言葉とソックリだったのだ。
『思い切って行動するだけで変わるんじゃないか』。
レイヴンに言われるだけなら、ただのマヤカシと言い聞かせて耐える事が出来るかもしれない。
だが、実際に俺に言われた事とあっては、無視する事は出来ない。
加えて、真耶自身が半分認めていた事もあり、ダメージの大きさは傍から見ても明らかだった。
本当に禁書に頼るしかなかったのか?
「そ、れは......ッ」
頭をかかえ、頭部に付いた耳を伏せる真耶。
この状況を招いたのは、他でもない自分自身の怠慢だろう?
「私、は......私はッ......!」
そこに、レイヴンが矢継ぎ早に言葉をたたみかける。
まるで、弱った獲物を執拗に矢で射るように。
そして真耶は息を乱し、とうとうその場にうずくまってしまう。
このままでは駄目だ。どうにかして気を休ませないと......そうだ、話題を少しの間逸らして――
最初に言ったはずだぞ。審判が始まれば問いと無関係な話はするな、と。
「グ......」
やはり心の声が読まれているのか。
俺が口を開きかけた瞬間、レイヴンの鋭い眼光に射抜かれる。
世界中の、否、それ以上の人数に睨まれ、けなされているような感覚。
蛇に睨まれた蛙のごとく、俺の身体は固まってしまう。
随分と無様だな、北条 ハルト。
「ぶ、ざま......だって?」
共にこの審判を受けると豪語しておきながら、何をしていた? ただ横で突っ立って、少女が震える様を見ていただけだろう?
「ち、違う! 俺は――」
語るに落ちるとはこの事か。いや、語る内容すら無かったか。
そう、違わないのだ。何も。
俺は審判の間、何も出来ていない。
何を言っている? 審判の間どころか、この少女の力になった事は一度も無いだろうに。
「そッ、そんな訳が――」
あるか? いつだって、ただ言葉をかけるだけ、ただ同行するだけだっただろう?
「違う......違う......そんな、訳......」
視界が定まらない。
俺自身が探しているのか、それともただ混乱しているだけか。
理由は分からないが、走馬灯のごとく過去の記憶が脳内を駆け巡る。
森の中で、魔物と戦った。
少女が捕まったのは、自分が原因だろう?
耳と尾を隠さなくて良いと――
言っただけだろう? 何も変わっていない。
心の世界で、ヘドロを倒した。
倒した意味はあったのか? アレはただの自己満足だ。 そもそも、あの後狂気に吞まれ、この少女の足を引っ張ったではないか。
「......!」
そうだ。俺はあろう事か、真耶の負担になっている。
図書館に行って、収穫はあったか?
無かった。勝手に落ち込んで、勝手に立ち上がった気になって。
妹を探している時も、妹と会うきっかけを作れずにいた時も、日常の中でボロを出した時も。
そうだ、俺は真耶に助けられてばかりだ。
助けた事なんて、一度も無い。
励ます、言葉をかけるとはどう言う行為か、考えた事はあるか?
「......」
困っている者に希望を与えると言う事だ。だが、与えるだけでは人を救えない。 むしろ、期待させるだけで救わないと言うのは、その者に更なる絶望を与える。 何よりも残酷な行為だ。
「無様だな。どこまでも、最低の人間だ」
俺の口から、自嘲の言葉が漏れる。
他の誰かが言った訳じゃない。言わされた訳でもない。
他でもない、俺自身の口から、俺自身の意思で言ったのだ。
部屋の中を、沈黙が満たす。
「......?」
ふと、顔に何かが触れている事に気付いた。
カーペットだ。床に敷かれていたはずなのに、どうして。
身体が、カーペットに吸い寄せられている。ピクリとも動かない。
――ああそうか。床に倒れてるのか、俺。
身体が、頭が、脳がジンジンと疼く。
まるで身体がメッタ斬りにされたような、魂が引っこ抜かれたような。
痛みとも脱力感とも取れる感覚が、全身に駆け巡る。
暑いのか、寒いのか。立っているのか寝ているのか。じっとしているのか、回っているのか。
何もかも分からなくなって、俺の意識は泥の中に沈んで行った。
以前、Twitterで『Part40ぐらいで収まるかも』みたいな事を言ってましたが、全然収まりそうに無いですね......
次回更新は10/4(月)を予定しています。