Part34 多弁なるカラス
「レイヴン......!?」
「えっ」
椅子に座る人物を見た瞬間、驚きの声を漏らす真耶。だが、俺は真耶の反応に驚く。
話に聞いていた人物が急に現れたから、と言う理由もある。
しかしそれ以上に、俺にはひっかかる事があった。
「ちょっと待てよ。心の世界での話だと、レイヴンは人には思えないんだろ?」
「え、ええ。ですが、あの容姿は、間違いなく......」
真耶自身も混乱しているのか、話す言葉はいつになくシドロモドロだ。
どう言う事だ? よく似た他人......なのか?
でも今になって考えてみれば、この場所にレイヴンが居るのも別段おかしな話じゃない。
禁書はレイヴンの所有物。
持ち主本人が、他人に蔵書を見せるかどうか判断する......と言う事なんだろうか。
じゃあ、今目の前に居る“人間に見えるレイヴン”が......本物って事なのか?
「......」
一つも言葉を発する事無く、レイヴンの顔をにらみつける俺と真耶。
が、そんな俺達とは対照的に、レイヴンはムスーッとした顔つきで唐突に喋り出す。
「こーれぇー。初対面だと言うのに、何じゃそのしかめっ面は。どーせアレじゃろ『コイツがレイヴンなのか?』とか思っとるんじゃろ?」
「ッ......!?」
な、何で考えてる事が――
「『何で考えてる事が分かったんだ』みたいな顔しとるが......ワシだって何百人、何千人と話をして来たんじゃぞ? ここに来た者がどんな反応を見せるのか、大体の見当は付いとるわい」
まったく最近のワカモンは、と言いたげな表情で大きなため息を付いてから、レイヴンはパチンと指を鳴らす。
......
何も起きないのか? いや、そんなはず......
「うおっ!?」
突然膝の裏を叩かれた俺と真耶は、ヒザカックンの要領で強制的に体勢を崩される。
が、俺達を待っていたのは床のカーペットでは無く、椅子の柔らかいクッションだった。
「なっ、えっ――」
「ダァーもう! イチイチ驚くでない! 椅子なら部屋の隅っこに最初からあったわい! お主ら客人! ずっと立たせてるのワルイ! でも座る気見せないから強制的にシットダウン! おけまる水産!?」
ギャイギャイとわめき立てるレイヴン。
そこに“世界の管理者”としての風格はこれっぽっちも無く、椅子の上でアグラをかく様子はオッサンのようである。
「ハ、ハルト。『おけまる水産』......とは?」
「分かりましたか? って意味。オッケーと〇が組み合わった言葉なんだけど......」
てか、何で『おけまる水産』とか知ってるんだ。こっちに磯丸水産とか無いだろ。
......いや、地球の事知ってるならワンチャンあり得る、か?
「これこれ、またそうやって考え込むでない。ワシらは今から話をするんじゃぞ? 気になる事があれば、直接聞けば良いじゃろう」
「え、聞いていいのか!? じゃあ――」
「あー、と言っても答えたくない事には答えんからの。その辺りは堪忍じゃぞ」
「......」
俺は指折り数えようとしていた手から、レイヴンへと目線を移す。
なんだろう。面倒くさいぞコイツ。
質問練ってたらまた何か言い出しそうだし、パッと思い付いた事を聞けば良いか。
「じゃあ一つ聞きたいんだけど......レイヴン、で合ってるんだよな?」
「然り、ワシがレイヴンじゃ。って、ネットとかで顔写真を見た事無いかの?」
「いや、存在自体を今日初めて知った所でさ」
「マジか!? むー、もっと露出増やした方が良いかのぉ......」
口に手をやり、渋い表情をするレイヴン。
正直、真耶から聞いた話だと残虐非道なヤツかと思っていたが......こうして見ると、普通の人間にしか見えない。
いや、口調変だけど。あと真っ黒なポンチョにネックレスなんて服装も変だけど。
少しうつむいてブツクサ漏らすレイヴンだったが、
「私からも、良いでしょうか」
そこに、真耶が控えめに手を挙げる。
ん? といった表情で顔を上げるレイヴン。
「以前私が会った時、あなたが普通の人間に見えた事は無かった。一体、どういう事ですか」
「おー! そうじゃな、お主とは――真耶とは何度か会った事があるな! と言うかこの前も会ったばかりか?」
そう言って、レイヴンは久しぶりに孫と会えた老人のような仕草を見せる。
グッと表情を引き締めている真耶に対し、レイヴンは得意げな顔で胸元のネックレスをすくい上げる。
「理由は二つじゃ。一つ目はこのネックレス。コレを付けとる限り、存在感がかなり弱まる」
「『存在感が弱まる』? どう言う事だ?」
「言い換えると、陰が薄くなるって感じじゃな。だから見たままに見えるようになる」
「では、それを外すと......」
「うむ、めっちゃ存在感あるぞ、ワシ。禁書を見て良いか判断する時はコレを外すが、お主らはちょっとばかし話し辛くなるかものぉ」
ニシシ、とイタズラそうに笑うレイヴン。
「あと一つの理由は、ワシが“人間”だからかの」
「えっとそれって......どう言う事だ?」
「今答えてやっても良いが......ま、始まれば分かるじゃろうて。楽しみにしておれ」
そんな感じに言われると、ロクな目に合わない気がするんだが。なんか不安だ。
「ホレホレ、もう一個か二個ぐらいは質問に答えてやっても良いぞ? 何か無いか?」
そう言って、機嫌良さげに笑うレイヴン。
よし、少し踏み込んでみるか。
「禁書って......何なんだ?」
「ん? 見るのを禁じられた書。以上」
「いやいや、もうちょっと具体的に話してくれよ。どんな事を書いてるかとか、出どころとか」
「市民HARUTO、その情報はあなたのセキュリティクリアランスには開示されていません」
「質問に答えるんじゃ無かったのかよ!?」
さっきから言うコト変わりすぎだろ......
ケラケラヘラヘラ人をおちょくって、結構腹立つヤツだなぁ。
「と言うかその口っぷり、地球......と言うより日本の事も結構詳しいんだな」
「ん? まあ色々あっての。友人との約束とか」
「『友人との約束』? それって――」
「おぉっと口が滑った。今のはナシじゃ、聞かんかった事にしとくれ」
「......」
目の前で下手な口笛を吹いて見せるレイヴン。
その態度に触発されてか、俺の心の中にモヤが立ちこみ始める。
「ハルト、レイヴンがあなたの国の事について詳しいと、何故分かったのですか」
「おけまる水産はギャル語、クリアランスがどうこうは、まあ......若者が使うスラングだ。本やネットで適当に情報集めてる程度じゃ、こんな言葉はサラッと出て来ない」
「や、ただの一興じゃよ。お主らジャパニーズの発想は面白いからのぉ」
「......」
気に入らない。
さっきから俺の興味を引くだけ引いて、踏み込んだ事を聞こうとするとはぐらかして来る。
何のつもりだ? いや、俺を弄んで楽しんでるだけか?
言葉を交わす度に、何を考えているか分からないと言う印象が増して行く。
自分でも眉間にシワが寄っていくのが分かる。
が、レイヴンはそんな俺の表情をチラリと確認した後、ふぅと大きく息を吐いた。
「さてと。場も和んだ所で、本題と行こうかの。二人とも、立って貰えんか」
右手をかえし、人差し指をチョイチョイと曲げて催促するレイヴン。
俺達が立ち上がると、直後に椅子が部屋の端へと引き寄せられた。
どんな魔術を使っているんだろう。いや、今はそんな事どうでも良いか。
「ええと、禁書を見たいのはどっちじゃ?」
「私、ですが」
「お主はどうする、ハルト? 審判受けるか?」
「最初からそのつもりだよ、俺は」
「おおそうか、勇ましいのお」
心の世界で真耶の過去を見て、力になってやろうって決めたんだ。
言われるまでも無い。
「ところで真耶よ。お主、宝具を持っておったじゃろう。審判をする間、コレの中に仕舞っておれ」
そう言って、懐のポケットから小箱を取り出すレイヴン。
指示通りに髪飾りを外そうとする真耶だが、俺は右手を上げて待ったをかける。
「真耶、それを外したら......」
「少し前にも言ったでしょう、ハルト。この髪飾りを私に与えたのはレイヴンです。私の本当の姿も、ヤツは知っています」
「それは......そうだけど。でも、外す必要なんて無くないか?」
「宝具の保護の為じゃよ。ワシがネックレスを外すと、濃いマナが充満して周囲を刺激するからの。最悪、宝具が壊れるかもしれん」
お主らも困るじゃろ? とレイヴンは眉を動かす。
しゃくに障るが、もし本当なら大事だ。俺は黙って首肯する。
髪飾りを外す真耶。
俺の目からは何も変化は無いが、レイヴンには真耶の耳と尾が見えるようになったのだろう。
真耶の顔を、レイヴンはしばし見つめる。
「やはり、貴方のような存在にとっても特異に見えるものなのですね」
「ううん、そう言う事では無い......んじゃがの。ま、ワシが何を言っても無意味じゃろうが」
ふぅ、とため息を付きながら小箱を差し出すレイヴン。
一瞬、目元が優しくなったような気がした。
耳飾りを入れ、パタンと小箱の口の閉じる音が狭い部屋に響く。
真耶が小箱を右手で掴み、腕を下に下げた所で、レイヴンはスゥと息を吸う。
「では、これより審判を始める。二人とも、何か聞く事は無いか?」
「外の二人には......聞こえないのですか」
「安心せい、ここで話す声は外には漏れん。それぐらいの事は考慮しておる」
「審判って、何を聞くんだ?」
「何故禁書の知識を欲するか、その辺りを聞くだけじゃ。変な事を尋ねたり、武力を試したりはせん」
俺達の質問に、二言三言で回答するレイヴン。
どこも引っかかる事は無い。
「あとワシから一つ注意事項じゃ。審判が始まったら、わしの質問に無関係な事は言わないこと。もし口にしたら、その時点で失格じゃからの」
「あ、ああ」
聞かれた事にはキチンと答える、当然の事だ。
むしろ、わざわざ注意する必要があるんだろうか、とまで思えてしまう。
「意外と......楽そうだな」
審判と言う割には、至って平易な内容。
思わず安堵の息を漏らす俺だったが、
「果たしてそうかのぉ?」
その反応を見てレイヴンは口角を上げる。
にわかに、ピリッとした緊張が肌を伝った。
そして、レイヴンがうなじに手を伸ばし、
[パチン]
と音を立ててネックレスが外れた瞬間、
「――ッ!?」
それは突如、襲来した。
ジリリと肌が焦げる感覚。
反射的に、両腕を抱えて背中を丸める。
鳥肌が立ったとか、そんなレベルじゃないッ......!
この感覚......まるで、細かい針が俺の肌を刺してるみたいだ......
これがさっき言ってた、『濃いマナが充満して周囲を刺激する』って事なのか!?
――ほぉれ、だから言ったじゃろう?
「......?」
心の中で一つの思考が湧く。
それは、自分自身が考えた事であるかのような。
どう言う事だ......俺が今、考えたのか?
いや、違う。俺はこんな口調じゃない。
いったい何が――
何を戸惑っておる。前じゃ、前。
「――! ッッッ!?」
最初は分からなかった。
だが頭を前に上げた瞬間、それを理解した。
直後、ヘドロがぶちまけられ氾濫するような混乱が脳を襲う。
ニーナは言っていた。『人間そのものであり、誰よりも人から離れた存在』と。
改めて名乗ろう。ワシはレイヴンの構成体の一つ、“人間”を母体としたもの。
人間と言う生命・概念・認識・記憶、その全てを内包するもの。
「こんな事...... 冗談だろ......!?」
目の前に立っていたのは、俺にも、真耶にも、ソラにもアリスにも俺の親にも見える。
誰でもあって誰でも無い、異次元の存在だった。
次回更新は9/27(月)を予定しています