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Part33 チの奥底へ

 少し歩き、俺達は主代高校の図書館に着く。


「これはまた......随分と、立派な建物ですね」

「ホントにな。建物一つ一つのデザインが凝ってて、俺の通ってた高校と大違いだよ」

「高校、ですか......」


 ポツリと漏らす真耶。

 真耶は17歳。つまり普通の女子なら、高校二年生か三年生だ。

 普段暮らしてる中で高校生を見る事もあるだろうし、思う事もあるんだろうな。


「やっぱり、興味あるのか? 高校生活」


 図書館に入りつつ、俺は真耶に話しかける。


「そうですね、興味があります」

「へー、ちょっと意外――」

「高校の制服を着たお嬢様は、どれほど可憐で華麗で可愛らしいのでしょう......」


 表情を崩しながら、ふふと笑う真耶。

 その笑みは少女らしいものとは少し......いや大分離れてますよ真耶さんや。

 まあ、うん。そんな人だったわ。知ってた。


 普段通りな真耶を見て、思わず苦笑する俺だが、


「――あれ、なんか騒がしいな......?」


 図書館という静かな空間に似つかわしくない雰囲気を感じ取り、眉をひそめる。

 入って正面にある、大きな受付。

 その中央で言い争いをしていたのは、これまた意外なメンツだった。


「ニーナと......司書さんか?」


 そう、数時間前に図書館内を案内してくれた司書の男性が、ニーナと口論をしていたのだ。

 と、俺の気配に気づいたニーナが、首をグリンとこちらに向けた。


「良い所に! 聞いてくださいよハルトさん、ギンジが私の書いた記事の事を『下らない』って言うんです!」

「え? は? 『ギンジ』?」

「ホラ! 見てくださいよこの部分! 私この記事書く為に半日ハリコミしたんですから!」


 『ギンジ』って......司書さんの名前だよな、多分。

 二人はどう言う関係なんだ? 結構親しそうに見えるけど......教え子的な何かなのか?


 イマイチ状況が飲み込めない。

 が、今のニーナはそれを説明してくれそうに見えないので、俺はカウンターに置かれた記事に目を通す。

 【人気ポーション店 “山瀬調薬本舗” に通い詰め】【目当ては看板娘 ! “藤宮家のヤベーブラコン” ロリコンだった】 ......って


「俺のゴシップ記事じゃねーか!」

「そこはどうでも良いんですよ! 問題はホラ、ここの! 『午前五時から張り付いて』って言う――」

「いやどうでも良くねーよ! 名誉棄損とプライバシーの侵害で訴えるぞッ!」


 記事をつかみ、俺に押し付けるニーナ。

 怒鳴りながら、それを顔面で押し返す俺。

 もう記事はぐっしゃぐしゃである。

 と、その時。カウンター越しのギンジさんが、中空になったプラ製の踏み台を二つ手に取り――


「やかましい」

『「ふごっ!?」「あぐっ!?」』


 俺とニーナの頭に、ソレを叩きこんだ。

 『黄色い踏み台を頭に被った生命体が、図書館に二体誕生』。

 外から見たらすっげぇシュールな絵面じゃないかな、コレ。ふごふご。


「私の姪とその同族が騒いだせいで、気分を害しただろう。代わって謝罪しよう」

「え、ええ......え?」


 俺の少し後ろに立っていた真耶に、ギンジさんはため息混じりに話しかけ......ってそんな事はどうでも良いんだよ! 既に真耶がビックリしてるけどさ!


「め、『姪』!? ニーナが、ギンジさんの!?」

「騒がしいぞ」

「ほぐぉムググググ!?」


 踏み台を頭から取って喋ろうとした俺だったが、また上から押さえつけられる。ふごふご。


「そーなんですよ、ハルトさん! 私の叔父に当たる人間が、こんな石頭だなんて――」

「やかましい」

「あぅグブブブブ!?」


 踏み台を取ったのだろう、ニーナの声が一瞬大きくなったが、すぐにまた被せられてモガモガうめく声に変わる。

 他人がやらかした直後に同じミスするとか、アイツも馬鹿だなぁ。ふごふご。


「全く、仁奈は昔からそうだ。知識の尊さと言う物を理解しようとしない。本当かどうかも分からん与太話に、何の価値があると言うのだ」


 ため息交じりにニーナを否定するギンジさん。

 いや、でも論点ズレてませんかね、ソレ。

 とここで、何かを床に叩きつけたのか、カポーンと軽い音が響く。

 ニーナが力づくで踏み台を取ったらしい。


「はー、何ですかそのリクツ! オジさんは部屋にこもって本ばかり読んでるから、考え方が石みたいに凝り固まるんです! だいたい、全ての事は解明されるまで『本当かどうかも分からない』じゃないですか!」


 お、意外と良い線行ってるぞ。ふごふご。


「私が言いたいのは、『与太話には価値が無い』と言う事だ。周りの物事を観察し、情報を得ようとする事は否定しない。だが、お前は手に入れた情報を精査せずに発信する。あやふやな状態では知識......価値のある情報とは言えない」


 なるほど、ギンジさんは『もっと調べてから発信するべきだ』って言いたいのか。

 ......ってオイ、人のプライベートの覗き見についてはスルーですかい。ふごふご。


「あーあー、またそんな事言って! 分かってないのはオジさんの方ですよ! 情報は早さと鮮度が命! 精査なんてして乗り遅れたら、それこそ価値が無くなりますよ! マークしてる人物が幼い子と会話してた、そこまで見たら十分! 後は予想される事を書けばOKなんですよ!」


 事実の捏造やめろォ! てかハナからウラを取る気ゼロかよ!?


「予想される事とは笑わせる。書く事は全て事実であるべきだ。二人の間柄から成り立ち、普段の様子まで克明に書かなければ、その情報に知識としての価値は生まれない」


 だから重要なのはソコじゃないだろぉ!?


「間違ってるのはオジさんです!」

「いいや、お前が間違っている」

「アンタら二人とも間違ってるっての!」


 もう我慢ならん、踏み台被ってる場合じゃねぇ! いや、被る気なんて無かったけどさ!


「プライバシーとか人権とか、他にもっと考えるべき事があるだろ!?」

『「そんなモノ無いですよ!」「無い」』

「即答かよ!?」


 口喧嘩しといてそこは一致するのな!

 この姪にしてこの叔父アリってトコか!?


「なあ真耶、この二人何とか――アデデデ!」

「いつまで続けているのですか、こんな茶番」


 真耶に助けを求めようと振り返った瞬間、アイアンクローが俺の顔面を襲った。


「ちょっ、ヒトのプライベートに関わる話を『茶番』って――」

「......」


 口論のオモチャにされて物理的にもダメージを負った俺は、不満を噴き出させる。

 が、その感情は真耶の真面目な顔つきを見た瞬間、スッとどこかへ消えて行った。

 そのまま真耶は、ギンジとにらみ合うニーナの肩を叩く。


「私の名前は藤宮 真耶。禁書の閲覧許可を、いただけますか」


 ――

 ――――


 シン、と。


 一瞬、図書館が静まり返るのを確かに感じた。


 ニーナとギンジ、突き合っていた二人の顔が、今度は真耶へと向けられる。


「そうか」


 沈黙の後、ポツリと漏らすギンジ。

 そして彼は周りの者に何も言わないまま、受付カウンターの外へ。

 俺達に見向きもせず、無言で図書館の中央へと歩いて行く。

 そして受付の人達はギンジの行動に見向きもせず、普段の業務に戻る。まるで、何事も無かったように。

 俺は何か、異様な物を感じた。


「ど、どうしたんだよ、一体――」

「いやー、面白い。面白いですねぇ真耶さん」


 困惑する俺の声をさえぎって、今度はニーナが口を開く。


「いえいえ、確かにお伝えした通りの合図でしたが......直前までの雰囲気を一切気にせず、この話を切り出すなんて。それが表すのは決意の強さか......それとも、焦り......とかですかねー。どちらにしても、面白いです。とても」


 そう言いつつ、ニーナも図書館の中央へ。

 ステンドグラスを通して降り注ぐ、七色の光。

 それを身に浴びながら、中央に立った二人は静かに俺と真耶に視線を向ける。

 どう言う状況なのか、理解が追い付かない。

 だが、俺達がどこかへいざなわれようとしている事は分かった。


「行きますよ、ハルト」

「......ああ」


 真耶に促され、俺は図書館の中央へと向かう。

 円を形作るように並べられた石畳。

 その縁まで足を進めた所で、ギンジが右手で俺達を制する。

 そして、ギンジとニーナは反対側に離れ、石畳の向きに沿うようにして歩き始めた。


 時計回りに、ゆっくりと。

 歩き・廻り・言葉を紡ぐ。


なんじら人の子。人の子故に知を求める」

「知とは人の特権なり。天より賜りし恵なり」

しかして汝、留めておくべし」

「知とはすなわち力なり。始祖が築いた遺産なり」

「されど汝、忘れるなかれ」

「知と血の音は同じなり。知を見る事は、血を見る事にもあり」

「故に汝、心せよ」

「知を欲するなら意思を持つべし。禍難に屈せぬ心を持つべし」

「汝、心の中に鋼を持て」

「さすれば汝、知を得べからむ」


 紡がれる言葉。それに応じて、床の様子が変容して行く。

 回転しながら、地の底へ沈む石畳の床。

 代わりに現れた床には、緑色の宝石が敷き詰められていた。

 が、それは円形の床いっぱいに敷き詰められているのでは無く、まるで緑色の帯を周囲ごと切り取ったかのような見た目をしている。


「さあお二人とも。どうぞ、こちらへ」


 左側に立つニーナは右、左側に立つギンジは左の手の平で、緑色の帯へと俺と真耶を招く。

 固唾を飲み、チラリと顔を見合わせてから、俺達は二人の指し示す場所へ。

 そこに立った直後、床が地響きを立てて地下へと降り始めた。


 足の裏で振動を感じながら、俺達は下へ下へと潜って行く。

 地下深くに来たせいか、それとも上に蓋をされたのか、やがて地上の光は届かなくなる。

 代わりに、等間隔で壁に埋め込まれた青白い光が、俺達の姿を薄暗く照らしていた。

 一分、二分、三分。

 一体どれだけ下降したのか分からなくなった頃、床の動きが止まり視界が開けた。


「これは......」

「何だか、神秘的ですね......」


 思わず声を漏らす俺と真耶。

 図書館の地下深く、そこにあったのは細く長い廊下だった。

 俺達が乗っていた床の模様と繋がるように、緑色の宝石で出来た道が延々と続く。


「行きますよ、お二人とも」


 ニーナの言葉と共に、道の両脇に立つ二人は前へと歩み始める。

 整然と並ぶ緑の灯を頼りに、後を追う俺と真耶。


「お二人には、この先にある部屋で審判を受けていただきます」

「し、審判?」

「ええ。お二人が禁忌の知識を求める理由は何か、それが知識を授けるに足るものか。それを、禁書庫の主にてもらうんです」

「禁書庫の......主?」


 俺は改めて周囲に目を向ける。

 ここは地下深くの空間。太陽の光は一切届かず、聞こえる音も俺達の足音のみ。

 こんな所に、人が居ると言うのだろうか。


「ニーナ。その『禁書庫の主』って言うのは......人間なのか?」


 沈黙。

 コツン、コツンと響く足音だけが、時計の針のように時間を告げる。

 それが三つ、四つほど刻まれた所で、そうですねぇとニーナが口を開く。


「一言で言えば......人間そのものであり、誰よりも人から離れた存在、でしょうか」

「......つまり?」

「審判が始まれば分かりますって。なに、もうすぐ後の事ですから」


 笑いながら、答えをはぐらかすニーナ。

 周りが薄暗いせいか、表情は伺い知れない。


「さあ、着きましたよ。この先です」


 しばらくと経たない内に、ニーナとギンジは足を止める。

 目の前に現れたのは、楕円形の扉。

 両脇にある緑色の燭台まで足を進めた二人は、ひらりとこちらに振り返る。

 その刹那。

 ニーナの右眼と、普段は髪に隠れているギンジの左眼が、暗闇の中で赤く浮かび上がるのを俺は見た。


『「知を求める者達よ、その意思強しと言うのなら、心の試練を超えてみせよ」』


 二人の言葉を合図に、きしむ音を立てながらゆっくりと扉が開く。


「――ッ!」


 その瞬間、部屋の明かりに目がくらんだ。

 薄暗い廊下とは対照的に、明るく・暖色の光で包まれた小さな部屋。

 中央に置かれた椅子には――


「待っておったぞ。お主らと話す、この時を」


 長い金色の髪を手すりに垂らし、琥珀色の瞳で俺達を見据える幻妻げんさいが座っていた。

次回更新は9/20(月)を予定しています

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― 新着の感想 ―
[良い点] お久しぶりにお邪魔します! そして、やっぱりニーナさん好きだなぁ(笑)。 ツッコミ不在のボケボケやりとり……なんだったんだ(笑)。ハルトくん、お疲れさまです。 そして、一番ツッコミ不在なの…
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