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Part32 陽と、浮かび上がる陰

 エヘヘと笑うミツキに、レイドは少し口角を上げながら目を向ける。

 が、チラリと俺の方を見た瞬間、小さく舌打ちしてから咳払いをした。


「話が随分と脱線したな。それで、藤宮 真耶。アンタが居なくなった理由は何だ」

「それは......」


 レイドに質問されて、真耶はうつむく。

 その表情に面倒臭がるような気持ちは一切見えず、ただあるのは苦しみだけ。

 俺は真耶の前に立ち、守るようにして右腕を上げる。


「なあレイド、真耶だって......色々抱えてるんだ。無理に聞き出す必要なんて無いだろ」

「そう、だな。聞き方に配慮が無くて悪かった。言い辛い事なら――」

「いえ、構いません。お二人は、あの研究の真実の片側を話した。私がもう片側を話さなければ、割が合いませんから」

「真耶......」


 俺が上げていた右腕を、真耶はそっと下げた。

 そして、一呼吸置いてから口を開く。


「私が逃げ出したあの日は......私自身の誕生日だったのです」

「誕生日、だと?」

「はい。レイドさんが話した通り、当時の私はあの研究施設に拾われ、そこで暮らしていました。そして、私がミツキさんの世話をしていたように、私も一人の男に世話をされていた。その男から貰った誕生日プレゼントが......全ての原因です」

「どういう事だ? その誕生日プレゼントとは何だ?」

「それは......」


 言葉を詰まらせる真耶。

 俺が頭を後ろに向けると、真耶は静かに首を横に振った。


「プレゼントの内容は言えません。ですが、そのプレゼントは私の自我を、カタチを破壊した。破壊されて、私は......薄くてもろい、今にも割れそうなガラスの上に立っている、そんな気持ちになった。だから、怖くなって逃げ出したんです」

「......」


 真耶の話を聞きながら、俺は思考を巡らす。

 『自我を、カタチを破壊した』......?

 もしかして、『誕生日プレゼント』が真耶が今の姿になったきっかけなのか......?


「私は、私は......勘違いをしていたのです。ただ暴力を振るわれるだけの毎日から解放され、暗闇の中とは言え安全な場所に逃げる事が出来た。役割を与えられる事で、自分が必要とされていると思い込んだ。暴力を振るわない大人と出会い、温もりのような物を感じていた。自分の中にあった大切な物も捨てて、すがりついた。そこに、私の居場所があると思い込んで......」

「真耶......」

「ですがそれは、全てまやかしだった。温もりだと思っていた男の気持ちが、どこまでも歪で邪悪で独りよがりな物だと気付いた時、私は直感したのです。私は利用されていただけに過ぎないのだと。私が求めていた物は、ここには無いのだと」

「真耶、もう――」

「私は、私自身を壊していた。その事に気付いたのは、随分と後の事でした。もう、完全に、手遅れで――」

「止めろ! ......もういい......」


 俺が声をかけても止まらなかった真耶。

 その口は、レイドが真耶の肩をつかんで大声を出すまで動き続けた。

 あ、と小さく声を漏らしてから、真耶はヘタリと地面に座り込む。


 多分、俺がミツキの目を見た時と同じだ。

 恐怖で頭が回らなくなって、それでも恐怖があふれて来て、意識が暴走してしまうんだ。

 真耶は、ずっとこの恐怖に縛られている。

 化け物を一瞬見てしまっただけの俺とは違い、何年もかけて構築された恐怖に。

 

「だが......妙だな」


 と、レイドが眉をひそめながらポツリと言う。


「妙って、何が?」

「奴らが藤宮 真耶を回収した理由だ。さっきの話を聞く限り、彼女は親元で暮らしていた。まともな生活が出来ていなかったとしても、戸籍があったはずだ」

「あるだろうけど、それってつまり......?」


 いまいちピンと来ない俺に対して、レイドは溜息を付く。


「少し前に話しただろうが。奴らが回収していたのは、捨てられた乳幼児だ。世間が騒ぐような事を、奴らは起こしたがらない」

「そうか! 確かに......」

「人が足りないのなら、内部から調達すれば良い。それに、ミツキに餌をやると言う大切な役割を、責任能力の低い子供に任せるか?」

「......」


 レイドの言う通りだった。

 冷静になって考えると、これは妙だ。


「私を世話していた男と初めて会った時、彼は大層喜んでいるように見えました。何故喜んでいたのか、私には分かりませんが......」

「この研究には、まだ裏があるって事か」


 眉間にシワを寄せ、ケッと吐き捨てるレイド。

 額に手を当て、レイドは何かを考え始める。

 が。


[ヴー、ヴー、ヴー]


 このタイミングで、レイドのスタホが鳴る。

 小さく舌打ちしつつ俺達から距離を取り、レイドはスタホを耳に当てた。


「生徒会長のレイドだが。........ああ、分かっている。........少し事情があってな、そちらを優先させた」


 口調こそ同じでも、その声色は少し丁寧に感じられた。が、レイドはしかめっ面をしている。


「........ああ、そろそろ終わる。あと20分程でそちらに着くはずだ。じゃあな、切るぞ」


 またもや舌打ちをしてから、レイドは電話を切り上げた。

 相手はまだ何かを言っていた気がするが......一方的に電話を切ったみたいだ。


「だ、誰からの電話だったんだ?」

「学長先生サマだよ。あのクソ野郎、少し遅れただけでビービーわめきやがる」

「お、おう......」


 学校の長に対してその態度なのか......

 軸のブレなさに、驚きと呆れと感心が同時に湧き、俺はつい口を開けてしまう。


「話も終わった事だ、俺は一旦カフェテラスに戻る。アンタ達は図書館に向かうんだろ?」

「ああ。けど、ソラ達には何て伝えるんだ?」

「今の話は他言無用だ。九条 ソラと高山 シュウには、訳あって話せないと伝えておく」

「......分かった」


 レイドの言葉に、俺は静かに頷く。

 ソラ達には悪いが、話すだけで真耶が苦しそうにしていたのだ、広めない方が良いだろう。


「研究やミツキの正体に関する事は、世間はおろかこの高校でも一部の人間しか知らねぇ。うっかり口を滑らせない事だな。じゃあ、戻るぞ」

「ああ」


 レイドが先行する形で、俺達はそれぞれの目的地へと歩き始める。

 とは言っても、カフェテラスと図書館は途中まで道が一緒だ。

 しばらく四人一緒に歩いていると――主代高校の女子生徒と鉢合わせした。


「あっ、姫~~~!」


 出会った瞬間、女子生徒がミツキに抱きつく。


「わわっ、どうしたのカナちゃん!?」

「大丈夫、姫? さっき()()()()って聞いたけど、怪我はない?」

「ううん、ミツキは大丈夫だよ。ありがと」

「そっかぁ、良かったー」


 ミツキに抱き着いたまま、安堵の表情を浮かべるカナ。

 その間柄は友人に見えるが、一つ気になった事がある俺はレイドに耳打ちする。


「なあレイド。その、『姫』って......?」

「『白銀の姫君』、ミツキのもう一つの二つ名だ。ミツキは俺が入学する前から、保護と言う名目でこの高校で暮らしていてな。そのせいだ」

「なるほど......」


 真っ白な世界で育てられた、真っ白な髪の子。

 ミツキの明るい性格やカナとの距離感を見るに、大切にされて来たのだろう。

 確かに姫って感じだ。


「あとはまあ、ミテクレが良いからと言う理由もある」


 と、このレイドの言葉がカナの耳に届いたのか、キリッとした目がレイドに向く。


「ちょっとぉ~~~、『ミテクレが良い』なんて言い方ヒドくない? このカタブツレイド!」

「うるせぇぞ、馬鹿(ばカ)ナ」

「はぁ~~~!?」


 か、『カタブツレイド』......『馬鹿ナ』......

 なるほど、クラスメイトっぽいな。


「もー、レイドの事悪く言っちゃ駄目だよ、カナちゃん」

「ああもう、姫ってば優しいなぁ」

「えへへ。レイドね、さっきミツキに『ミツキに似合うのは笑顔だ』って言ってくれたんだー」

「んなっ!?」


 ミツキの爆弾発言に、レイドが大声を出す。

 レイドがこんなに慌てた声を出すなんて、考えた事もなかったぞ......


「ミツキッ! このっ、バッ......っ!」

「ヒューヒュー、お熱いね~! さすが姫様とナイト様!」

「ッ~~~!」


 恥ずかしいのか、顔面を右手で押さえるレイド。

 が、キッと目を見開いてズカズカと歩き、やや強引にミツキの手を掴む。


「行くぞ、ミツキ! この馬鹿に付き合っているとキリが無い!」

「う、うん!」


 早歩きで立ち去って行くレイド達。

 なるほど、レイドにも勝てない人が居るのか。

 主代高校のパワーバランスは絶妙だな......


「あーあ、行っちゃった。で、えーと。そこに居るのは『藤宮家のヤベーブラコン』さん、で合ってるのかな?」

「ええっと......まあ......」


 うわ、こっちに矛先が向いた。

 てか久しぶりに聞いた気がするな、その二つ名みたいなの。


「見た目は普通の人なのねー。と言うか女の子連れてるし......異性愛者? 後ろの女の子、彼女さん?」

「いや、彼女ってワケじゃ......!」

「あー、じゃあやっぱり美青年喰い!?」

「違う違う違う!」

「じゃあもしかして()()使()()!?」

「違ぇー!」


 くっ、流石はオモシロ高校、ただの一般生徒でも個性の塊だっ......!

 アレか、生まれた頃から個性をぶつけ合い、勝ち残った1%の強者だったりするのか!?

 て言うか、さっきから真耶の『下手な事言うと背中ツネりますよ』オーラがヤバイし、何とか乗り切らなければ!


 と、更なる口撃が来ると身構えていたが、カナはふぅと息を吐く。


「ま、何でもいっか。常明学園のソラ君捕まえてる時点で、ウチの部員の創作対象になってる訳だし」


 おい、今サラッと背筋が凍る事を言ったぞ。

 腐ってやがる、遅すぎたんだ......


「それにあんまり言うと、カタブツレイドに怒られちゃうしねー」

「レイドが? どうして?」

「お客さんにチョッカイ出すな、って生徒会長(レイド)様直々のお達しなの。それが無かったら、あなた今頃揉みクシャにされてるんだから」

「ま、マジか......!」


 ヤケに会う生徒が少ないと思ってたら、そう言う事だったのか。

 本当にレイドサマサマである。


「さてと、私も早く戻らなくっちゃ。今日中にネーム仕上げなきゃだし。じゃあね、ハルトさん。せっかく来たんだから楽しんで行ってね」


 そう言って、カナはそそくさと去って行く。

 つ、疲れた。ちょっと話しただけなのに、そのエネルギーにあてられた感じだ。


「......楽しそうでしたね」


 と、しばらく黙っていた真耶が口を開く。


「いや、別に楽しくはなかったんだが」

「貴方の事ではありません。天龍砕 ミツキの事です」

「ああ......そうだな」


 真耶の言いたい事を察して、俺は言葉数を減らす。


「羨ましいと思ってしまいました。化け物にさせられた少女を。私より過酷な人生を送って来たであろう少女を」

「真耶だって......これまで大変だったんだろ」

「ええ。ですが、私には分かります。あの子がこれまで幾多もの困難を乗り越え、あの場所にたどり着いた事が」

「......」


 俺にも、その事は分かる。

 『ずっとレイドに助けて貰っている』と言うミツキの言葉に、『大変な目に遭った』、『クソッタレな世界の裏側を見た』と言うレイドの言葉。

 どちらも実感がこもった言葉だった。

 だからこそ、二人を羨ましいと言うのはとても勝手な事で、真耶もそれを分かっている。

 でも、だからこそ。


「ミツキが自分の居場所を見つけて笑顔になれたんだ。逆に言えば、真耶にもそれが出来るって事じゃないか?」

「そう......でしょうか」

「きっとそうだ。今日は、その一歩を踏み出す為に来たんだろ?」

「ハルト......」


 図書館のある方向へと足を進め、俺は真耶の方へ振り返る。

 僅かに、真耶の口角が上がるのが見えた。


「貴方に励まされるとは、屈辱の極みですね」

「そこ、ありがとうって言うトコロじゃないか?」

「貴方にこれ以上、弱みを握られる訳にはいきませんから」

「はいはい」


 真耶のブレなさに、安堵と呆れの混じったため息が口から漏れる。

 真耶は静かに歩みを進め、俺の前に立った。


「早く行きますよ、ハルト。貴方に先導されては、恥の上塗りです」

「りょーかい。じゃあ道案内頼みましたよ、っと」

「ええ、任せてください」


 そう言って、俺達は図書館へと歩み始めるのだった。

次回更新は9/13(月)を予定しています

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