Part31 思いを伝えて
研究施設に居た、赤黒い冒涜的な肉塊の正体はミツキである。
俺のその考えを聞いた瞬間、真耶はわずかに目を見開いた。
だが、それ以上の反応は無い。
「やっぱり、ある程度の予想は付いてたのか?」
「予想と言うほどではありませんが、まあ」
言われるまでも無く分かる。
ミツキを『人間では無いかもしれない』と言っていたのは、他ならぬ真耶だからだ。
「ですが、貴方がこうして口に出したと言う事は、それなりの根拠があるのですね」
「ああ。と言っても、俺も直感的な部分が多いんだけど――」
「待て」
俺が理由を説明しようとした所で、真耶の後ろに居たレイドが声を上げた。
その表情は、いつになく固く険しい。
「話を進める前に、一つ聞かせろ。アンタ達は何者だ? 何故研究の事を知っている?」
「『何故知っている』って、やっぱり俺の言った事は――」
「質問したのは俺だ。話を逸らすんじゃねぇ」
有無を言わさぬレイドの気迫に圧され、俺はつい押し黙ってしまう。
と、真耶が小さく息を吐いた後、口を開いた。
「私は研究施設で暮らしていた、あの肉塊の給仕係です。ハルトがそれを知っているのは、私の記憶を見てしまった為です」
「給仕係だと? じゃあつまり――」
「ソレ、本当!? 真耶さんがあの女の子なの!?」
レイドが何かを言いかけた所で、今度はミツキが大きな声を出しながら真耶に近づく。
「え、ええ。ですが――」
急に近づいて来たミツキを警戒し、身体を少し退いた真耶だったが、
「会いたかった!」
ミツキはその真耶の身体に、前のめりになりながら抱きついた。
予想外の行動に、真耶も戸惑いの声を漏らす。
と、次に聞こえて来たのは、ミツキのすすり泣く声だった。
「ええ、と......」
「ミツキね、心配だったんだ! どうしてあの時、急に居なくなったのかな、って。ミツキの事、嫌いになっちゃったのかな、とか、真耶さんの身に何かあったんじゃないかな、って。ずっと、ずっと気にしてた。でも......また逢えて良かった! 真耶さんが生きていて、ホントに良かった!」
紅い瞳を涙で輝かせ、笑顔を浮かべつつ真耶に話すミツキ。
その様子は、まるで迷子になっていた妹が姉と再会できた時のようだった。
最初は困惑の表情を浮かべる真耶だったが、ふっと表情を崩してミツキの頭をなでる。
「このような形での再会になるとは思ってもいませんでしたが......ですが、そうでしたか。貴方は、私を案じてくれていたのですね。ありがとうございます」
二人を包む、和やかな空気。
が、この中で唯一の部外者である俺にとっては、この状況はサッパリである。
分からないまま顔をしかめていると、見かねたレイドが溜息を吐きながらミツキに近づく。
「もう十分だろ、ミツキ。いい加減離れろ」
「うえぇ~、レイドぉ~~~......」
「いつまでそうしてる。話が進まんだろうが」
ミツキの脇を掴んだレイドは、力づくで真耶から引き離す。
その様子は、まるでゴネる妹を無理やり連れ帰る兄のようである。
......俺は一体、さっきから何を見せられてるんだろうか。
「悪いな、一人取り残すような雰囲気にさせて」
「まあ、何となく状況は分かるけど......」
「アンタが言った通り、ミツキの正体は人間じゃねぇ。いや、正しくは化け物にさせられた元人間、ってところか」
「レイドは何で知ってるんだ? まさか研究に――」
「んな事あるかよ。俺だって元は部外者だ。ミツキと会うまではな」
「レイドぉ、離して......」
「分かった、分かったから。暴れんな」
レイドに腕を離して貰ったミツキは、そのまま横についてレイドの服の袖をつまむ。
ミツキの頭をポンポンとなでるレイド。
今度は父親と子供......に近いだろうか。
そしてレイドは、ミツキの事を話し始めた。
事は今から20年ほど前、宝具“夢幻の現界”の兵器利用を試みる極秘プロジェクトに端を発する。
元来、この宝具には取り込んだ生命体を分解・再構築する力が備わっていた。
真耶の心の世界で見た、様々な動物の肉を与えたり、モニターで映像を見せていたりした理由は、この力を引き出す為だったのだ。
人の肉を喰わせていたのは、オドをより強固なものにする為だったらしい。
しかし、どのような物体になるかは全く予測出来ず、有効活用は難しかった。
逆に言えば、宝具に意思を与える事で、思い通りの物体が作れるのではないか。
その発想を下に考え出されたのが、レリカントとして運用する案であった。
だが、それを公にするのは困難だった。
この宝具は、直に触れただけでその生命体を内側に引きずり込むからである。
宝具に適合できなければ、取り込まれて死。
一方、宝具の仕組みや構成はブラックボックスで、どんなオドを持った者が適合するかは試すまで分からない。
沢山の人の命が犠牲になる事は容易に想像でき、故に極秘とされたのだ。
最初は死刑囚を使う事も検討された。
が、凶悪犯罪者に力を与える事のリスクから、その案はすぐに却下されたそうだ。
そこで対象となったのが、社会上存在した記録が一切無く、管理のしやすい人間......つまり、捨てられた乳幼児だった。
月生中の捨て子が回収され、片っ端から適合実験が行われた。
その中から唯一適合したのがミツキ――被検体番号329と言う訳である。
取り込まれこそしなかったミツキだが、宝具が取り込んで来た物がいびつに表面化。
結果、心の世界で見た異形の化け物になってしまったのである。
「知りませんでした......あの研究施設が、まさかそのような場所であったとは」
「あの場所自体もそうだったけど、その後ろにあった物も相当に冒涜的だな......」
思い思いの言葉を口にする俺と真耶。
信じられない。何もかもが日常と離れていて、とても現実の話とは思えなかった。
「じゃあ......ミツキが今ここに居るのはどうしてなんだ? 研究が破綻して保護されたとか?」
「そんな甘い事する訳ねぇだろ。脱走したんだ」
「『脱走』?」
「給仕係が雲隠れしたせいで、な」
「ッ!? それってつまり......!?」
「ああ。そこに居る藤宮 真耶が居なくなった事が、脱走の原因だ」
またもや明かされた、信じがたい事実。
あまりの衝撃に俺と真耶が言葉を失っていると、あのね、とミツキが口を開いた。
「あの時のミツキは、何だかこう......グチャグチャだったんだ。自分が何かも分からない。嬉しいのか、怒ってるのか、悲しいのか、楽しいのか、それもどれも、何もかも......。でもね、それを助けてくれたのが、真耶さんだったの」
「『助けた』......私が、ですか」
「うん。真耶さんの絵本を読む声はね、不思議とミツキの中に響いたんだ。グチャグチャで、ずっと嵐の中に居たミツキを助けてくれた」
胸に手をあてながら、ミツキは過去を振り返る。
その穏やかな表情は、真耶の与えた物がとても大切な事を意味していて。
「だから......真耶さんが居ない事に耐えられなくなって、脱走したの。真耶さんに会いたかった。でもどうすれば戻って来てくれるかなって思ったら、この姿になったんだ」
「何故......その姿に」
「ええと、なんて言ったらいいかな。この姿はね、真耶さんが読んでくれた絵本の、その中の一つの本に出て来る女の子なんだ」
「やっぱりそうか......」
考えていた事が的中し、俺は思わず声を漏らす。
そう、これこそミツキの正体があの肉塊だと気付いた、一番大きなきっかけだった。
心の世界の絵本に出てきた少女は、目の色こそ違えどミツキと瓜二つだったのである。
真耶がこの事に気付けなかったのは、恐らく他の絵本の記憶が邪魔をしていたからだろう。
「真耶さん、いつも無表情で絵本を読んでたけど、この絵本を読んでる時はすごく悲しそうだった。でもね、この女の子が出ると、泣きながら嬉しそうな顔をしてたの」
「......つまり、どう言う事ですか」
「ええっと、だから......この姿なら、真耶さんを元気付けられると思って!」
そう言って、ニコリと笑うミツキ。
真耶がその絵本を読んでいた時、なぜ悲しんだり嬉し泣きしたりしていたのか、俺には何となく分かる。
あの絵本は、一人の不幸な少女がもう一人の少女と出会って幸せになる物語。
真耶は、自身の境遇と重ねていたんだと思う。
「でも結局、脱走しても真耶さんには会えなかった。代わりに出会ったのが、レイドだったけど」
「悪かったな、俺で」
「ううん、そんな事ないよ。レイドにはずっと助けて貰ってばっかで......レイドこそ、ミツキの事メイワクだって思ってない?」
「本人の前で、迷惑だとか言う訳ねぇだろうが」
「そう言う事じゃなくてぇ......!」
頬を膨らませ、レイドを見つめるミツキ。
数秒は無視していたレイドだが、ミツキは何としても言葉を引き出そうと粘り続ける。
レイドもその粘りに耐えきれなくなったようで、後頭部を掻き溜息を吐いてから口を開く。
「確かに、ミツキのせいで色々と大変な目に遭った。クソッタレな世界の裏側を見せつけられ、世の中を信じられなくなった、ってのもある」
「......」
「だがな。その一方で俺は、かけがえのないものを得られた。社会通念とか親の言葉とか、そう言うチンケで薄っぺらい物じゃねぇ。俺自身の心で信じられる存在を見つけた。力ばかりに執着していた俺の人生を、大きく変える事が出来た」
「レイド......」
「俺はこれっぽっちも、ミツキと会った事を後悔してねぇし、後悔するつもりもねぇ。ミツキにも俺と出会った事を後悔させねぇし、俺の負担になってるとか思わせねぇ。そう約束しただろうが」
「そう......だね。うん、ゴメンね、レイド」
「変な事考えずに笑ってろ。ミツキに似合うのは、笑顔だ」
「うん、分かった」
今のやり取りで、俺は理解した。
この二人の関係は友であり、家族でもあり、人生のパートナーでもあるのだと。
次回更新は9/6(月)を予定しています