Part30 怪力乱神の正体
ソラによる無自覚な口撃に悶え、恥ずかしさの余り天を仰ぐ俺。
「ああ、そこに居たか」
と、そこに声をかけて来たのは救世主......もとい、レイドだった。
「レイド。ミツキとの話は終わったのか?」
「ああ。と言っても、さっき二人でして来たのは現状報告だ。恐らく、今日の内に会議が入る。面倒極まりねぇがな」
はぁ、と溜息を吐くレイド。
レイドはこの高校の生徒会長だ。
となれば、ミツキの運用方法について校外の関係者と調整しないといけない。
「と、そこにいるのは九条ソラと高山シュウだな?」
「あ、ああ」
「クラーケンとの戦闘について、アンタ達からも話を聞く事になった。用意ができ次第、俺と共に校長室まで来てもらう」
コクリ、と静かに頷くソラとシュウ。
何だか物々しい雰囲気だ。
と、レイドは再び俺の方を向く。
「アンタ達はこれからどうするんだ?」
「俺は真耶と一緒に図書館、かな。ちょっと調べ事があってさ」
「この高校の図書館で? まあ、詮索はしないが」
やや怪訝そうな表情をするレイド。
蔵書内容がかなり専門的だから、引っかかるのも無理は無いのかもしれない。
「あ、それより。ウィザードなんだけど、コレって図書館でも使えるのか?」
「ああ、高校の敷地内なら使用可能だ。高校から出ると自動的に使用不可になると、イスミは言っていた」
「へー、意外としっかりしてるんだな」
「アイツも、発明品の情報を漏洩させるほど馬鹿じゃねぇよ。今回の発明はかなり革新的だからな、その辺りにはかなり神経を使っているはずだ」
「ふーん」
レイドの口ぶりには、どこかイスミを信頼している様子が感じ取れる。
レイドはウィザードの試作テストに巻き込まれた訳だし、イスミへの印象は悪いと思ってたんだけどな。
個人的な感情と評価は分けてるって事か。
「あっ! 居た居た、ソラ君達だ!」
俺が密かに関心していると、背中越しに底抜けに明るい声が聞こえて来た。
「ソラ君達が居たの、こっちだったんだね」
「ああ。手伝わせて悪いな、ミツキ」
「いいよー」
ついさっきぶりと言った感じで言葉を交わすミツキとレイド。
どうやら、二手に分かれてソラ達を探していたみたいだ。
「ってチョイチョイ。その話し方だと、俺の事はどうでも良かった、って聞こえるんだが?」
冗談めかした言い方で、俺は二人にツッコむ。
もちろん、この二人がそう考えるような人間じゃない事ぐらいは分かってる。
けど、まあ? ちょっとイジる感じの方が、会話に加わりやすいし?
俺を挟んで会話されるってのも落ち着かんし?
などと軽く考えながら、二人の方に振り返った時――
「あっ、ゴメンね! そう言う意味じゃないんだけど......」
ミツキの、紅い瞳が視界に入った。
「ハルト君? どうしたの?」
紅い瞳が、俺を凝視する。
俺の意識が、紅い瞳に吸い込まれる。
「おい。どうしたんだ突然、ボサッとして」
その瞳は、宝石のように紅く。
その紅は、艶めかしくも生々しい、鮮やかな色合いを呈す。
まるで、命の輝きそのもの。
見える、見える、見える。その瞳の奥に、捧げられた幾千万もの命が見える。鮮血をまき散らし、バラバラにされた供物が見える。
角が、目が、尾が。足が腕が胴体が。肺 肝臓 胃 腸 心臓 脳 肉 血 赤 紅 朱
「兄さんッ!」
血が肉が。身体が。ワニの尾......が......
「あ......れ?」
気が付くと、紅い瞳は視界に無かった。
代わりに映るのは、細くしなやかな腕。
額に感じる、人の温もり。
ソラの手だった。
「......」
「兄さん大丈夫? 落ち着いた?」
「あ、ああ――ゥ」
が、気の緩んだ直後、再びあの感覚がフラッシュバックする。
胃に詰まった半消化物の臭い。腸に染み込んだ排泄物の臭い。
それらが強烈に俺の内側をねぶり、ひっかき回し、底から突き上げ叩き落とす。
吐いた。
「ウッ......! ――......はぁ、はぁ......」
幸い、瞬時に反応したソラがマナで器を作ってくれたおかげで、吐いた物が床に飛び散る事は無かった。
「兄さん、トイレ行こう?」
「あ、ああ......」
ソラに背中をさすられながら、俺はトイレへと向かう。
一瞬、妹を男子トイレに連れ込むのは社会的にマズいんじゃないかと思ったが......今のソラは男装してるんだった。つい忘れてた。
トイレに入った後、ソラは俺を便座に降ろし、再びその手を俺の額に当てる。
身体の中を這いずり回る恐怖が、スッと消えていくのを感じた。
「<アテンション>を三重にかけたけど、眠気とか虚脱感はある?」
「いや、ない。助かったよ」
どうやら、ソラは手に魔法陣を描いて瞬時に俺を治療していたらしい。
相変わらず、驚くべきマナの操作力だ。
「さて、と......」
小さく息を吐いてから立ち上がり、洗面台で口をゆすぐ。
口の中に残る、かすかな苦み。
それはまるで、あの記憶を象徴しているようで。
「ねえ兄さん、何があったの? ミツキちゃんを見た瞬間、まるで吸い込まれるように凝視しながらブツブツ言ってたけど......」
「そうか、口にまで出てたのか」
「うん。明らかにヤバイ感じだった」
「『ヤバイ』、ねぇ」
鏡ごしに自分の顔を見ながら、少し考えてみる。
ニーナの目を見た時は、吐くだけで済んだ。
対して、ミツキの場合は記憶がフラッシュバックする程の、大きな違いがあった。
見ための色は同じでも、ミツキの瞳には本能に働きかける何かがあった。
一体、何故。
「......」
再び吐き気に襲われないよう注意しながら、真耶の心の世界で見た事を思い出す。
何かが、何かがあったはずだ。
あの世界と、ミツキを結びつける何かが......
「ぁ」
果たして、その答えにはたどり着いた。
が、その瞬間小さく声が漏れたと同時に、先ほどの感覚とは違った悪寒が全身を駆け巡る。
待て、そんなハズは無い。何かの勘違いだ。
悪寒から逃れる為、今しがた自分の脳裏に浮かんだ答えを否定しようと――
『ねぇ真耶さんって......もしかして、ミツキと会った事ある?』
「ッ!?」
不意に浮かんだ、今朝の記憶。
それがきっかけとなり、気付きは次々と連鎖する。
ミツキの能力。心の世界で見た光景。真耶の『普通の人間では無いかもしれない』と言う発言。
もう、そうとしか思えない。
「なあソラ。一つ、頼んで良いか?」
「何? 兄さん」
「真耶を......呼んで来て欲しいんだ。二人で話したい事がある」
「え? 女の子を男子トイレに連れ込むの?」
「あー、確かにそうだな。じゃあ俺が――」
「と言うか! ここまで周りに心配かけておいて、今更二人だけの話にするつもり!?」
そう言って、表情を曇らせるソラ。
「俺も同意見だ」
このタイミングで現れたのはレイドだった。
トイレの外で、俺とソラの話を聞いていたらしい。
「ハルト、アンタが話そうとしている事は、ミツキに関係する事じゃないか?」
「あ、ああ......」
「なら、俺とミツキもその話を聞く権利があると思うんだが。それに、本当かどうかも確認する必要がある。違うか」
「確かに......そうだな」
やや渋りつつ、レイドの意見を受け入れる。
レイドの主張は最もだ。だがそれ以上に、隠す事は許さない、と言う気迫が目にこもっていた。
とは言え、あまり人に聞かれたくのは確かだ。
レイドもその事には察しが付いていたらしく、人気のない高台で話す事になった。
部外者のソラとシュウについては一旦待機。
俺と真耶・ミツキ・レイドで話してから、伝えて良さそうな内容は後で話す、と言った形で落ち着いた。
そして、俺達四人は高台へと向かう。
道中、会話は無かった。
......唯一、ミツキだけが周りの花や生き物に目を奪われていたが。
「それで、話とは何ですか」
高台に着いてすぐ、真耶が口を開いた。
前に居た俺はゆっくりと後ろに振り返り、真耶に正面から向かい合う。
海から吹く潮風が、俺と真耶の髪を揺らす。
俺は胸の内にしまい込んでいた考えを単刀直入に、一言で伝えた。
「研究施設に居た肉塊の正体は......ミツキだ」
次回投稿は8/30(月)を予定しています