Part29 遅めのランチタイム
「おほー、コレは凄いな!」
「当然ッ・必然ッ・サァァァートゥンリィィィッ! このウィザードは、ワタクシ井澄 剛が開発したものでありますれば!」
心の世界から帰って来た後の、現実世界。
そこにはテンションが上がってウホウホ言う俺と、嬉しそうにピョイピョイ跳ねるイスミの姿があった。
今俺はウィザードの動作テストをしている真っ最中なのだが、コレの機能はホンモノだ。
目に入った外国語はもちろん、耳に入った音声までも自動翻訳されるのだ。
スゲェ、スゲェぞウィザード。この機能があれば、図書館での調べ事も大きく捗る――
[グゥウウウ~~~]
腹が鳴った。狭いラボで、盛大な音を響かせて。
イヤー、一体ドコのドイツだろうナー。
キョロキョロ。
「......腹の音の犯人を周りの人間になすりつけたいようですが、耳元が紅潮している時点で一目瞭然ですよ、ハルト」
「うぐっ」
「だろうな。この部屋の中で、腹を鳴らすような間抜けはアンタぐらいしか居ねぇよ」
「あぐっ」
真耶とレイドの容赦ない口撃が、俺の心に突き刺さる。
「ニ、ニーナとかイスミさんならワンチャンあるんじゃないか!?」
「むむっ、心外ですねぇハルトさん! 腹を鳴らすなど記者の恥っ! 私、携帯食料は常に持ち歩いてますから!」
「マジか」
「この井澄 剛、栄養が不足すれば背中のカートリッジから供給されます故!」
「......」
ニーナはともかく、イスミのソレは何なんだ。
もはや人間って感じがしないんだが。
と、俺がやや引いていると、レイドが大きく咳払いをした。
「ま、こんな茶番はどうだって良い。もう1時を回っているからな、腹の一つや二つ減るだろう」
「そうか、もうそんな時間か」
「校内にカフェテラスがある。案内するからついて来い」
「悪い、助かるよ」
俺達はここで失礼する、とイスミに行ってから外に向かって歩き出すレイド。
俺と真耶も後を追おうと踏み出した時――
[ヴー、ヴー、]
今度はレイドのスタホが鳴った。電話の着信のようだ。
スタホを取り出し、いくつか言葉を交わす。
そして通話を終えた後、小さく息を吐いてからレイドがこちらに振り向いた。
「ミツキがこれから帰還するらしい。俺はその対応に当たる、悪いな」
「お、おう」
「『対応する』だなんて、素っ気ない言い方しますねぇレイドさん! いつものお・で・む・か・え、でしょう?」
ニヒニヒと笑うニーナに、レイドが小さく舌打ちする。
あー、絶対余計な事言ったぞ、ニーナのヤツ。
「ニーナ、お前が案内しろ」
「うえぇっ!? 私まだ拘束されるんですかっ!?」
「元々高校の案内役を任されてたのはお前だろうが。それが務めというヤツだ」
「そぉんなぁー! そろそろ解放されないと、ニーナさんだって不満ってヤツがですねー――」
「や れ」
「ハイィ......」
レイドの三白眼がギラリと光る。
うっへぇ怖いなぁ。
俺が小学生ぐらいなら、足の力抜けてペターンってなりそうだわ。
◇◇◇◇◇
で、その後の流れなんだが。
イスミのラボを出て、カフェテラスへと案内される俺達。その後ろから――
「あれ、兄さん?」
聞き慣れた、と言うか聞いた瞬間にその日の機嫌・体調が10段階で評価できる程の声が聞こえて来た。
ちなみに現在の機嫌は6、体調は4だ。ここ最近の平均よりかはやや低いな。
「おぉソラよ、マイエンジェ......ル?」
歓喜と共に振り返る俺だったが、その瞬間違和感を覚える。
ソラの隣にはシュウが居た。
いや、それはまだ良いんだ。シュウは良い人だし、変に目を付ける必要なんてない。
問題は――
「あれー? お二人とも、ウチの制服なんて着てどうしたんです?」
ニーナぁ、それ俺が言おうとした事。
そういうトコだぞ、お前。
――で、ソラとシュウが制服を着ている事情を聴きながらカフェテラスへと向かい、ソラ・俺・真耶・シュウの四人でランチを食べているのが現状だ。
ちなみに、ニーナは案内の必要が無いと分かるや否やどっかに行った。
後でレイドにチクっておこう。
「そっか、大変だったな。ソラもシュウも」
「ああ、まさかあんな事が起こるなんてね。ソラ君が居なかったら、どうなっていたか」
「......」
安堵の表情を浮かべつつ、ソラの方にチラリと目を向けるシュウ。
が、それに対してソラは横で沈黙していた。
「ソラ? どうかしたのか?」
「えっ!? いや、身体が結構濡れたからさ、少し疲れて......」
「あー、そうだよな。色々不運も重なったし」
「そうそう」
俺達がさっきから話している『不運』、その内容はこうだ。
俺達同様、ウィザードのテストに呼ばれていたソラとシュウ。
が、二人が主代高校のある島へと向かい始めたのは俺と真耶の後だった。
その間に、島と本島を結ぶ間にかかる橋で事故が発生してしまったらしい。
渋滞が発生し、橋を渡るのには時間がかかる。
そう思った二人は、島まで船で向かう事にした。
だが、その判断が結果的に良くなかった。
船で渡っていた途中、二人は海の魔物“クラーケン”に襲われてしまったのである。
この時の時刻は12時前――つまり、俺がウィザードの接続作業を始める直前。
そう、ミツキの外出理由はコレだったのだ。
あの時ニーナがニヤニヤしていたのも、ミツキの外出=大事だと瞬時に理解したからだった。
そしてソラとシュウがクラーケンと抗戦していた所に、ミツキが到着。
二人以外の乗客を含め、何とか事無きを得た。
とは言え、戦っている中で二人の服は海水やらクラーケンの粘液やらでベトベトになってしまい、それで今は制服を借りているらしい。
......ソラを粘液で汚すとは、全くけしからん魔物だ。いや、実にけしから――
「ん゛ん゛゛ッ!?」
けしからんケシカランと考えている俺の向こうずねに、向かいに座る真耶の蹴りがクリーンヒットした。
「ちょっ、真耶さん痛いんですが!?」
「いえ、ハルトが気持ち悪い事を考えている気がしたので」
「うぐっ」
「に、兄さん......」
「ち、ちがっ......!?」
真耶の見下すような目線と、ソラのジト目が突き刺さる。
あ、でもソラの表情はサンキューです。ありがとうございます。
「でも、クラーケンなんてこの海域で出るレベルの魔物なのか?」
「いや、前代未聞だよ。クラーケンはSランカー討伐対象だ」
「マジか......」
「最近、魔物の発生数が増えていましたが......クラーケンが出るとなっては大事ですね」
「ミツキちゃんも、僕とシュウ先生を助けた後にすぐ『報告に行く』って言ってたね......」
表情を硬くして、事の大きさを話す俺達四人。
これまでこの地域で出たのは、強力だとしてもAランカー討伐対象。
俺とリーシャが協力して何とか倒した、ゴーレム等の魔物がそれだ。
Aランカーは月生国内で6000人ほど。
対して、クラーケンを討伐出来るSランカーは世界で40人足らず。かなり数が少ない。
今後の国防・世界の安定をどう保つか、そんな話になって来る。
これは、大事になるぞ。
「! これは......」
と、スタホを見ていた真耶がより険しい表情を見せた。
「何かあったのか?」
「レイヴンが、軍備条件の緩和を認める、と」
「それは......」
「随分、早く動いたね......」
真耶の言葉を聞いた直後、ソラとシュウも驚きの声を出す。
「軍備条件? なんだソレ?」
「今から150年程前、レイヴンが二つの国軍を壊滅させた事は話しましたね」
「あ、ああ」
「軍備条件とは、その後にレイヴン主体で定められた、国軍の人的・資金的コストの上限です」
レイヴン、そんな所にまで口を出すのか。
やっぱりとんでもない存在だ。
「でも、何でそんな上限があるんだ?」
「軍拡競争を防ぎ、福祉厚生・文化保護に当てる財源を増やす為、とされています」
「なるほどな。でも、もし破る国が出たら――」
「一度警告をしますが、それでも応じない場合は......レイヴンがその国の軍を、武力行使で縮小させる」
「ッ......!」
武力を用いた軍の縮小。
すなわち、軍備の破壊・軍人の殺戮。
改めて思う。とんでもないヤツだ。
さっきの話を聞いた限りでは、ヤツの目的は国民と文化の保護。
だが、それを妨害するようなら平然と殺戮と破壊を行う。
到底、人間が持つ精神とは思えない。
そして、ある一つの事に納得が行った。
不思議だったのだ。Sランカーに頼らずとも、軍備を拡張すれば魔物の襲撃には対応できるんじゃないか、と。
これは、軍備に上限があったからなのだ。
「でも軍備条件が緩和されたと言う事は、そうしないと対応できない異常事態って事になるね」
「ええ。ですがレイヴンの力があれば、対策は可能のように思われますが......」
「レイヴンにも対応できない事があると言う事か、或いはもっと別の問題か。そんな所だね」
「レイヴンに対応出来ないって、そんなの有り得るのか......!?」
固唾を飲む、俺と真耶とシュウ。
考えるほどに大きな問題だ。
「え、えーとさ。今僕達がここで考えても仕方ないんだし、今はご飯食べない? 取り敢えずコトは終わったんだから」
と、重苦しくなっていた雰囲気を変えようとソラが声を出した。
珍しいな、異世界に来てから場を和ます側に回る事なんて少なかったのに。
でも、ありがたい。
「あ、ああ。そうだな。と言うかソラ、随分と野菜中心のチョイスだな?」
「え!? あ、最近健康志向にハマっててさ。ところで、兄さん達はさっきまで何を?」
「ああ、真耶と一緒にウィザードの動作テストしてたんだよ。もう終わったけど」
「へー、真耶さんと一緒に......え?」
やや大げさに笑いつつ、俺の話を軽く聞いていたソラだが、ふと箸の動きが止まる。
あれ、俺なんか変な事言ったか?
「え、ちょっと待って。『真耶さんと一緒に』って、ウィザードの接続作業って言うのも二人共同でした......ってコト?」
「――ぁ」
そっか、そう言う事か。
言われてみれば、結構恥ずかしい内容だ。
だって......なぁ?
「いやいや、『一緒にした』って言っても、接続作業は別々にやったぞ? 会場に一緒に行ったってだけだ」
身振り手振りしながら、急いで発言を訂正する俺。
と、真耶が小さく溜息を吐いた。
ああコレ、『相変わらず誤魔化すのが下手ですね』って言う溜息だ。俺には分かる。
チラリとシュウの方を見る。シュウ、苦笑い。
これは厳しかったかもしれん。
まあでもシュウだから、仮に勘付かれても騒いだりしないだろう。バレても小さな怪我で済む。
さて、ソラの方は......?
「だ、だよね! そんな事する訳ないよね!」
よ、良かった。何とかごまかせた。
我が妹ながら単純で良かった――
「付き合いたてのカップルや熟年夫婦でもしないだろうし! もしやってたのなら、どれだけの仲良しさんだよー、って話だよ。ねぇ、シュウ先生!?」
「そ、そうだね......」
「お互い包み隠さず、全部の秘密を見せ合いましょー、って事だよね? それって下手なプロポーズより重い事じゃない? 恋愛にABCDがあるって言うけど、Gぐらい行ってるって思うし。うんうん、する訳ないよね。もうホント、ビックリしたよ!」
安心したのか、大層大きな声で話すソラ。
と言うか声が高くなってますよ。素が出てますよソラさんや。
でもそんな事より――
やっべぇ超恥ずかしい。穴があったら入りたいって、この事なんだろうな......
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