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Part28 You knew too much ......

 俺の後ろに立っていた少女は、『ひどい』と言いつつも楽しげな表情を浮かべていた。

 まるで世界を黒で塗りつぶしたような、光を全く反射させない漆黒の髪と瞳。

 この少女も、どこかで見たような気が......


「『ムニン』? 違う、君の名は確か――」


 ●●●● ●●●

 

「――ッ!?」


 驚いた。いや、戦慄した。まさか自分の思った事で、戦慄する日が来ようとは。

 

 少女の名前を頭の中で探ろうとした瞬間、()が浮かび上がったのだ。

 記憶に無い訳じゃない。()()()()()()()()()()()()

 まるで元々あった何かが綺麗に抜け落ちているような、そんな感覚だった。


「ふ~ん、やっぱり残ってるんだ。ママの言ってたクサビのせいかなぁ?」

「く、クサビ......?」

「ムニンね、ビックリしたんだ。ただ繋げるための物で、ここまで届いちゃうだなんて」

「......?」


 何を言っているのだろうか、この子は。

 言葉の意味は分からない。分からないが、一つだけ直感した事がある。

 この少女は......危険だ。

 気付けば、俺は一歩二歩と後ずさっていた。


「アハハ! ムニンが怖いの、お兄ちゃん?」

「野郎が可愛い幼女の近くに居たら、色々と誤解されるからだよ」

「もう! また変な事言ってる!」


 腹を抱え、ケラケラと笑うムニン。

 と、横から真耶が耳打ちして来る。


「ハルト、この空間に出口は無いのですか」

「俺もさっきから探してるけど、そんな物どこにも――」

「逃げるつもりなの? お兄ちゃん?」

「ッ!」


 グリンと向く両眼。思わず、身じろいだ。


「駄目だよ、お兄ちゃん。あなたは知りすぎた。だからね、記憶を消さないといけないの」

「記憶を消す、だって......!?」

「ムニンがイジワルに見える? でもね、古代術を知ったニンゲンを、そのままには出来ないの。だから、諦めてね?」


 漆黒の少女は愉しげな笑い声を静かに響かせ、ジリ ジリと足を進める。

 近づかれないように、俺は後ろに――引こうとした所で、真耶の肩がぶつかった。


「おい、突っ立ってないで――真耶?」

「分か、った......そう言う......事ですか。信じがたい事ですが......これは......」


 目を見開き、首を小さく横に振る真耶。

 その顔に現れていたのは、希望ではなく絶望だった。

 そして俺の顔をキッとにらみ、肩を掴んでから口を大きく開く。


「ハルト、――」


 真耶が何かを言おうとした、その直後。


『「ア゛づッ......!?」「くゥッ!」』


 俺の肩に刺すような痛みが走った。

 と同時に、真耶が仰向けに倒れ込む。


「真耶っ、大丈夫か!?」


 うめき声を上げる真耶の身体を小さく揺する。

 見たところ、真耶に傷はない。

 同様に、俺の肩にも......じゃあ今の痛みは......電流? でもそれだと――


「早く......」

「ッ!?」

「早く......切って......」


俺の腕を掴み、真耶は横たわったまま首を持ち上げて訴えかけてくる。


「『切る』って、何をだ!?」

「あなたと......ぃ......」


 だが、その言葉は不意に途絶えた。


「おい、どうし......ッ!?」


 不審に思い、声を掛けようとしたところで、その原因に気付く。


「これは......石になってるのか!?」


 見た目は何も変わらない。

 が、眼からは生気が失われ、まるでマネキンを見ているかのような気分だ。

 何より、俺の腕を握る手が冷たく、硬くなっていた。

 唖然としている俺に、ムニンが近づいて来る。


「頭良いんだね、そのお姉ちゃん」

「お前っ......一体何をした!?」

「何って、石にしたんだよ? お兄ちゃんったらさっき自分で言ってたのに、変なニンゲン!」


 クスクスと笑うムニン。

 真耶に触れた様子は無かった。じゃあ、見ただけで人を石に出来るのか?

 もしそうなら、危険すぎる。


「おっかないなぁ、そんなにムニンをにらまないでよ。死んだんじゃないんだし」

「死ななかったら、何したって良いってのか?」

「そうだね。ムニンの言い方、間違えてた。ニンゲン共が一人死んだところで、何の違いも無いもんね!」

「お前ぇッ!」


 人の事を何とも思っていないその態度に、俺は怒って立ち上がろうとする。

 が、石化した真耶の腕に掴まれ、上手く身動きが取れない。


「ぐっ......」

「アハハ! お姉ちゃんと違って、本当におバカさんなんだねッ!」

「ア゛グッ――」


 笑いながら繰り出された、ムニンの蹴り。

 それは俺の腹にメリメリと食い込んでから、パチンコ玉の如く身体を弾き飛ばした。


「ガッ......ハ!」


 そのまま俺の身体は壁に打ち付けられ、貼ってあった写真や書類と一緒に床に落ちる。

 痛い。逆流した胃酸が、喉と口内を焼く。

 揺らしただけで、身体が悲鳴を上げる。だが、今動かない訳にはいかない。

 胃酸を床に吐き捨て、俺は口を開く。


「<炎より出づる火煙よ その理――ゥグッ!?」


 <スモーク>の詠唱中、ムニンが俺めがけて何かを投げつけた。

 詠唱の妨害だと気付き、咄嗟に口を塞ごうとしたが時すでに遅し。

 小さな球体が舌の上を転がり、そして――


「ガアアアアアアッ!?」


 口の中を、無数の刃が切り刻んだ。


「ア゛ァ゛ゲッ......ゴホッゴホッ!」


 焼けるような痛みと共に、血が口内で氾濫する。

 気道に入った血にむせて咳き込むと、血と一緒に歯が床にボロボロと落ちた。


「詠唱してるトコ、待つ訳ないじゃん! ホントにおバカさんなんだから!」


 頭上に差し込む影。

 首を上げると、興奮で眼を見開き口を歪めるムニンの姿が写った。


「お兄ちゃんとこの世界はクサビで繋がってる。失神しようと、すぐにここからは出られないの。それに心の世界で怪我をしても、現実の身体は綺麗なままだし、お兄ちゃんはこれから記憶を消される。だったら、どんなに痛めつけても何も悪くないよね!?」


 息を荒げ、およそ子供とは思えない怪力で腕を掴んだムニンは、そのまま俺を床に押し倒す。


「ねえお兄ちゃん、ムニンに教えて! ムニンに見せて! 爪の間に針を刺したら、アナタはどんな悲鳴を上げるの? オチンチンに棒を突っ込んだら、アタナはどんな声で鳴くの? 額に水滴を落とし続けたら発狂するって本当!? 心の世界で酔わせても、痛みってマシになるのかな!? ねえ、ねぇ、ねぇねぇねぇ!?」


 気道に流れ込み続ける血。

 それに俺が咳き込む度に、ムニンの身体が紅く染まって行く。

 顔や口の中に血が飛んでも気にしないその姿は、まさに狂気の子。

 逃げたい、逃がしてくれ。嘆願と恐怖が頭の中で溢れ、思考が乱れた俺は――


「キャッ!?」


 無我夢中で、ムニンの顔に炎を吹き付けた。

 一秒、二秒、三秒。

 普通に考えれば瀕死の重傷。だがしかし――


「そうだよね、そうじゃないと面白くないよね!」

ふほ(うそ)......はろ(だろ)......」


 ムニンには傷一つ付いていなかった。

 薄氷が、ムニンの小さく丸い頭をスッポリと覆っている。

 今使った氷の魔術は、水と風の複合属性。

 そして少し前の電撃は、火・風・土の複合属性。


 つまりこの子は......自然属性全てを使いこなすのか!?


「ふほは、はひへはい!?」

「アハハ、驚いた? だってムニン、“試作品プロトタイプ”だもん! それじゃあ......」


 歪な笑みを浮かべながら、何かをしようと立ち上がるムニン。

 両手を上げ、うわ言のように何かを呟いていた、その時。


[ズゴゴゴゴゴゴ......]


 地響きが、部屋を襲った。

 

はんは(何だ).....!?」

「もー、おばさんったらセッカチなんだから。この空間ごと崩すつもり?」


 ムニンは不満げに、プゥと頬を膨らませる。

 が、すぐにこちらに向き直って笑顔を作った。

 その直後――


「ァ゛ッ! ......ガ、ググ......」


 全身に凄まじい荷重がのしかかった。

 まるで床に張り付けられているように、俺は指一本動かせない。


 だが、気のせいだろうか。

 荷重に押しつぶされる直前、何かが肩に触れた気がしたのだ。


「ごめんね、お兄ちゃん。本当はもっと遊びたかったんだけど、時間が無いみたいなの」


 心底残念そうな表情で、ムニンは俺の額にヒタリと人差し指を当てる。

 そして――


「じゃあね、お兄ちゃん。また会ったら、今度はいっぱい遊ぼうね!」


 天真爛漫な声が脳に響いたと同時に、俺の意識はプツリと途切れてしまった。


 ――

 ――――


「......ト――の。ひ......しゃハルト? うぅむ、中々起きませんなぁ」

「ン......んん?」

「かくなる上は、このサンダーモーニング一号で......そぉい!」


[バリバリバリバリ]

「アベベアベアベベベアバァ!?」


 ゆっくりと目を開けて起きようとした俺の身体を、突然の電流が貫く!


「お目覚めですかな、被験者・ハルト!」

「お陰様でな! てかもうちょっと普通に起こしてくれねぇの!?」

「これが確実かつ最短である故!」

「流石だな! やっぱブレねぇよアンタ!」


 俺のツッコミに、満足そうに笑うイスミ。いや褒めてないし。

 経緯はともあれ、ここは現実世界 イスミ研究員のラボラトリー。

 俺は心の世界から帰って来たのだ。


 カプセルの中で上半身を起こし、安堵の溜息を付いたところで、別室からニーナが入って来た。


「長かったですねー、ハルトさん。端部繋ぎ終わった後も向こうに居て」

「んー、まあ......そうだったかな」

「もしかして、何かあったんです!? その辺り詳しくっ!」


 何か、何かねぇ。

 何があったっけなぁ。憶えてないって事は多分どうでも良い事なんだろうけど。


「さあ? 憶えてないから知らん」

「えーっ!? そう言う所にネタはあるんですからね!? 何か無いんですか、何か!?」

「うるさい暑いやかましい! てかヒトの記憶をネタにするとか、堂々と言うなよ!」


 ギャーギャー騒ぐ俺とニーナ。

 その様子を、レイドが訝しむような目で見ていた。

次回更新は8/16(月)を予定しています。

また、8/12〜8/16にかけて改稿を予定しています。


2022/8/28:

下記の描写を変更

 『と同時に、真耶がうつ伏せに倒れる。』

 →『と同時に、真耶が仰向けに倒れ込む。』


下記の描写を追加

 だが、気のせいだろうか。

 荷重に押しつぶされる直前、何かが肩に触れた気がしたのだ。


他、表現を一部修正

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― 新着の感想 ―
[良い点] ムニンさん強っ(O.O;)(oo;)!! 残虐非道……!でも、こういうキャラ好きかも(←え)。 ストーリー上は後に影響を及ぼさないように見えますが……どうなるんでしょう。いろいろと気になり…
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