Part11 取り敢えずは、大団円?
「それで、何で俺がエルフじゃないって納得してくれたんだ?」
興奮が少し収まって来た所で、俺は元々聞こうとしていた事をようやく口にする。
「ええ、まあ。ハルトが倒れた後、あなたを連れてきた人物の友人を名乗る人物が現れまして」
「そ、そっか」
『俺を連れてきた人物の友人』?
となるとウォリッジ――最初のフルフェイス男だろうか。
「それと、コレを持っていた事でしょうか」
そう言って、マヤが取りだしたのは――
「スマホ?」
「すまほ、ハルトの世界ではそう言うのですか」
「ん? あ……」
誰が見ても、マヤが今握っている物はスマホだ。
だが、俺の物でもミヨの物でも無い。
それに、今のマヤの言葉からすると――
「もしかして、こっちの世界にもスマホが?」
「こちらではStyle Phone……スタホと言いますが。ハルトが倒れた後、ポケットから形状が類似した端末が出て来たのですよ。亜人族は持っていませんから、証拠としては十分です」
「へ、へー」
まさか身の潔白を示す証拠が、こんな所にあるとは思わなかった。
ラノベとかの異世界って、だいたい中世か近世っぽい文明レベルだし。
それに、見せなかった理由にはもっと大きな物もある。それは――
「ただ、あの場でコレを見せるのは――」
ペナルティを受ける可能性があった、ですか」
「なんだ、その話も聞いてたのか」
「はい。あなたの世界の情報を話すと発動すると、例の人物が。一度発動すると最低でも一時間は何をされても起きない、とも話していましたね」
「マジか……」
何ともいやらしいペナルティだなぁ。
魔物が居る所で発動したら命取りだし、普段の生活でも一時間も気絶するのは色々と不安になって来る。
よっぽど困った時以外は、話さないように気を付けなければ。
「にしても、この世界にスマホ……いや、スタホが存在するなんて、な」
「私も驚きましたよ。私の世界とハルトの世界は、技術・文化的に共通点が多すぎる。なぜここまで共通点があるのか、私も疑問です」
「あれ、じゃあその時に聞かなかったのか?」
「聞きはしましたが、『知らなくてよい』と言われてしまいまして」
「そうか......」
こうなって来ると、アイツらに直接聞くしかなさそうだ。
と、話が途切れてやや居づらくなっていたので、新しい話題を振ってみる。
「と言うか、この部屋……いや、この建物は?」
「アリスお嬢様……もとい、藤宮家の方々が暮らすお屋敷ですよ」
「藤宮って……苗字の語呂までも一緒なのか」
「では、ハルトの苗字は……」
「北条だよ、北条 悠翔。で、ここはそのお屋敷の一室って所か?」
「正しくは、別館にある使用人用の部屋ですね。使う者がおらず、空き部屋だったのですが」
「空き部屋ねぇ......」
そうは言う物のホコリを被った様子はなく、綺麗に掃除されている感じがする。
......あれ、というか待てよ。
「え、何? 俺ってもしかして使用人扱いなの?」
「いいえ、別にそういう訳では」
「そっか、なら――」
「お嬢様やご両親には、ハルトの事は地方から来た書生だと説明しました」
「書生なんて言葉、実際に聞いたの初めてなんだが……」
書生て。よくそんなので他の人が納得したな。
でも意味としては浪人生に近いから、現状の俺とも遠くないのがむず痒い。
「で、アリスやマヤとは地方から来る途中で出会った、って話の流れか」
「ええまあ。お嬢様を助けていただいた方という事なので、この屋敷で働く必要もありませんし」
「じゃあ、俺が別世界から来た事は伏せた、と」
「またスリリングな目に遭いたいようでしたら、お嬢様やご家族を集めて――」
「いや結構」
これ以上あんな目に遭うのは勘弁だし、俺としては現状維持で何の不満も無い。
それに、働かなくて良いって言ってくれてるし。働きたくないでござる。
「あ、そういえば」
「何でしょう」
「いや、ずっと気になってたんだけどさ。マヤが一回フィッシング・ツリーに捕まった時何か打ち込んでたけど、アレなんだったんだ?」
「ああ、アレは信号弾ですよ」
「なるほど、そんな使い方があったとは。って、ん?」
信号弾ってことはつまり......信号弾ってコトですかぁ!?
「ちょおま......最初からその信号弾を打ちあげておけば、森の中に居ても見つけて貰えたんじゃ無かったのか!?」
「でしょうね。当初の予定では、私が森に入ってお嬢様を見つけ次第、信号弾を打ち上げ。その後、外で待機する者で救出、という流れでしたから」
うん、特に問題の無いプランだ。
それだけに。
「じゃああの時、外で待ってた人達が居たと?」
「はい」
「で、予定を無視して使わなかったと?」
「はい」
「その心は?」
「そんな事したら、お嬢様の微笑ましい姿が堪能できないじゃないですか」
「............」
駄目だコイツ、早くなんとかしないと......
「怒られたりしなかったのか……」
「ええ。『お嬢様を助けた時に落としてしまった』と答えておきましたから。」
「うへぇ......」
このバトラー、中々えげつない嘘をつきよる。
人気のない森の中、真相を知るのはお嬢様だけ。
あの様子からすると滑落した時に助けてもらったのは事実だし、信号弾を隠し持っている事に気付いていたとしても、良心のある人間なら『この人嘘ついてます』とは言いにくいだろう。
「ちなみに、そのお嬢様は......」
「こっぴどく、叱られておりましたね」
あら、表情が暗くなったぞ。
自分の仕える主が怒られたとなれば、流石に凹むのだろう。
でもお嬢様強い子。だからきっとダイジョウブ――
「落ち込んだ表情を撮れるチャンスだったのですが、失念していました」
「そっちかい! つくづくブレないな!」
「ええ。私はお嬢様のありとあらゆる表情を愛しておりますから」
「えぇ......」
さっきまでの俺の同情を返せ。
でもなんだろう、妹に置き換えてみると分からないまでもない、か?
え、じゃあ他人から見た俺って、こんな感じ?
......何かパソコンに向かってニヤニヤしている自分を客観的に見ているようで、変な気分だ。
「なんだよ」
と、コロコロ変わる俺の表情を見て、マヤがクスクス笑っている。
自然な笑顔を見せたの、初めてじゃないか?
「いえ、何も。では、私はそろそろ仕事に戻りますので」
「ん、ああ。ありがとう」
「今後とも、宜しくお願いしますね」
そう言ってマヤは手をヒラヒラと振り、部屋から出て行った。
笑われたのは少しムッとするが、今後もやっていけそうなのは良い事だし。我慢我慢。
[トントントン]
などと考えていると、ドアをノックする音がした。誰だろうか。
「ハルト、起きてたのね」
そう言って入ってきたのはアリスだった。
上は白地に黒のボタンが付いたシャツ、下は藍色のキュロットで、お嬢様と言うより少女らしい服装だ。
「身体と勉強の調子はどう?」
あ、そうか。アリスには俺が書生だと伝えてあるんだっけか。
「ま、まあまあかな」
「そう、良かったわ。マヤが徹夜でお掃除した甲斐があったわね」
「え、そうなのか?」
「昨日までは酷かったんだから。部屋の中は物置同然だったし、ホコリは積もってクモの巣もいっぱい張ってて。それに掃除が終わった後も、『こっちに来たばかりのハルトの様子を見る』って言ってずっとこの部屋に居たの」
「なっ......!」
俺が爆睡している間もずっと待っていたのか。
それに、この部屋にある椅子は、窓のそばにある机の分以外にない。
もしかして、ずっと鏡の横に立っていた......?
そこまでしてくれた理由は、正直言って不明だ。でも、一つだけ分かる事がある。
「マヤって、見かけによらず優しいんだな」
「当たり前よ! 私の一番の自慢なんだから!」
そう言って笑顔を見せるアリスに、思わず俺も微笑み返してしまった。
剣を突きつけられた時は驚いたし、それを笑い話にする事は出来ない。
でも、ここまで尽くして貰ったのなら、もう許すしかないだろう。
むしろ、好感度上昇案件である。
昨日出会ったばかりの俺に対して、マヤは親切にしてくれている。アリスは笑いかけてくれる。
右も左も分からないこの世界のどこに妹がいるのか、まだ分からない。
それでも、なんとかやっていけそうだな、そういう気分になるのだった。