Part27 UNKNOWN MEMORY
デービス=トニー(アントニオ)=スルトです。
薄暗い白熱灯の下で言葉を交わす、濃い顔をした大柄な男と金髪で琥珀眼の少女。
その姿を見た瞬間、俺と真耶は同時に驚きの声をあげる。
『「デービス!?」「レイヴン......!?」』
互いの発した声、その内容にまたしても驚き、顔を見合わせる俺と真耶。
二人して少しの間ドモるが、先に話を切り出したのは真耶だった。
「目の前のあの男は、火の賢者スルトでしょう。『デービス』とは何です」
「え!? いや、えっと......俺の知り合いにそんな名前の外国人が居たんだけど、見間違いだったわ。ハハハ......」
「......こんな時でも嘘を付くのが下手ですね、ハルト。つまり、デービスとはスルトの......ファミリーネームなのでしょう」
「ハハ、ハ......」
あっさりと見抜かれてしまい、笑うしかない俺。
相も変わらず鋭い事で。こりゃ敵わんな。
「で、貴方がそれを知っていると言う事は......」
「まあ、うん。会った事があるって所かな」
「......そう言う事ですか。分かりましたよ、色々と」
そう言って、大きな溜息を付く真耶。
この反応、もしかして俺がデービスから力を貰った事まで勘付かれてないか?
ワー、真耶サンスゴーイ。ワカル女ー。
「と言うか真耶、えっと......あの女の子がレイヴンなのか?」
「え、ええ。とは言っても、私が見たのは成長した後の姿です。恐らくあの少女は、幼少期のレイヴンではないかと......」
「って事は、レイヴンとデービスは昔からの知り合いだったのか......」
そう口にしてから、俺はある事に気付く。
レイヴンとデービスは知り合いだった。
そして、デービスはウォリッジやパースの事も知っている。
って事は、俺が異世界に来た直後に会ったヤツらと、レイヴンは繋がってるのか......?
いや、名前を知ってるだけって可能性もあるけど、でも......
「ですが、妙ですね」
と、考えている俺の横で真耶が口を開いた。
「妙って、何がだ?」
「ハルト、貴方には目の前に居るレイヴンがどう見えていますか」
「ど、どうって?」
「おかしいと感じる所は無いか、と言う意味です」
「んん......?」
真耶に言われ、俺は目を凝らしてレイヴンを見つめる。
「髪が少しボサボサしてるけど......それ以外は特に変な感じはしないな。普通の女の子だろ?」
「やはり、ですか」
「『やはり』って、じゃあ何で俺に聞いたんだ」
「普通の少女だと思えるのが異常なのですよ。私が会った時も、過去に目撃された時の記録でも、普通の少女や女性と認識された事は一度もありません」
「え? ん?」
言葉の意味を測りかね、俺は顔をしかめる。
確かに真耶の話を聞いた限りだと、レイヴンの所業はおよそ人間とは思えない物ばかりだ。
人間だと思えないのも分かるが......少なくとも、目の前に居るのは少女な訳で。
「人間に思えないからって、人間扱いしないのは流石に酷くないか? 真耶も、昔の記録も」
「違いますよ、ハルト。これは比喩でも暗黙の了解でも何でもない、そのままの意味です」
「......つまり、どういうことだってばよ?」
「姿形は人間、それは誰もが認めるところ。ですが......誰もかれも、ヤツを人間だと認識できない」
「えっと......人以外の何かに思えるって事か?」
「ええ。私が会った時は、石や花、それに......」
「それに?」
「いえ、そんな所です」
そう言ってから、真耶は少しうつむいた。
いまいちピンと来ないが、真耶の話からするとレイヴンとは『人間に見えるのに人間と思えない』という存在らしい。
何百年と生きてる事もあるし、ますます人間って感じがしないな。
「でも、今目の前に居るのは女の子に見えるだろ? どういう事なんだ?」
「それが分かれば聞いたりしません。或いは我々が現在目にしているレイヴンは本物では無く、彼女が遺した何か......なのかもしれない」
「うーん......?」
考えたところで、良く分からない。
目の前のデービスと熱心に話しているレイヴンは、どう見ても普通の少女だ。
言葉は......安語っぽいな。ちょっと耳を傾けてみるか。
《――つまり中心にこの絵を描いて、任意の層のΘ 60°の領域にこの記号を描くと、次の層は終了記号を入れるまで気圧の値が入るの》
《う、うむ......?》
《で、通常ならマイナスの値を入れても反応しないんだけど、ポインタ経由だとどの数字も入っちゃうみたい。その結果、Θ59°に記号を入れた場合......つまり風速として、正の値が入ってしまう。2085年、ローマの基地で起こった超常突風はコレが原因だって私は思うんだけど......ちょっと、聞いてるトニー!?》
《聞いておるが......悪いがお嬢、ワシにはサッパリでな......》
《だーかーらー――》
声を荒げつつ、紙にペンを走らせるレイヴン。
会話していると言うより、レイヴンが一方的にしゃべってる感じだ。
色々気になるけど、一番引っかかるのは――
「真耶、ローマって地名を聞いた事あるか」
「いえ、私はありませんが」
「やっぱりそうだよなぁ......」
もしこの世界にあのローマがあれば、知らない人は居ないだろう。
となれば、今は地球の話なのかもしれないが......だとしても引っかかる。
レイヴンとデービスが地球を知っている事はともかく、『2085年』?
俺達が見ているのは、未来だって言うのか?
でも、これはレイヴンが子供の時の出来事だって......駄目だ、分からない。
「ハルト、先に部屋の中を調べてみるのが良いと思いますが」
「ああ、色々あるみたいだし見てみるか」
一つ息を吐いてから、俺は部屋全体を見渡す。
部屋の真ん中で話すレイヴン達の左横には、所狭しと図や文字が書き込まれたホワイトボード。
部屋の奥には、ソファーで仮眠している人達の姿が三人ほど見える。
その頭上にあるのは......カレンダーか?
近くに行き、詳しく様子を見てみる。
「セプテンバー......九月のカレンダーだな。年は、2112年」
「もしや......旧暦、でしょうか」
「『旧暦』?」
「今の暦へと変わる前、存在したとされる過去の時代です。もっとも、正確な記録が残っていない為実在したかは不明ですが」
「ううん......」
良くは分からないけど、多分違う気がする。
普通に考えれば、さっきレイヴンが言っていた『2085年のローマ』と同じ時代の事だ。
でも......過去、か。
これまで、心の世界は俺や真耶の過去を反映して形成されていた。
今見ている物が誰かの過去だとしたら、この『2085年』や『2112年』も過去なのか......?
眉をひそめつつ、視線を左にずらす。
カレンダーの隣には年を五年ごとに羅列しただけの紙が貼られており、年の下には時折数字が書き込まれている。
2050年には3,000,000、2100年には500,000と段々少なくなり、2175年の下には×印。
何か意味があるのかもしれないが......考えても意味が分からないな。
「あれ、手に本を持ってるな」
紙から視線を下に落とすと、寝ている人の一人が本を持っている事に気付いた。
お腹の上で交差させている手を退かし、本を抜き取ってペラペラとめくる。
「普通の本じゃない......手で書いた物を、本にまとめてるのか」
藍色の厚紙で出来たカバーにヨレは無く、一見はしっかりとしたB5判の本だ。
が、その中身は手書きの文字。
とは言え文字一つ一つは丁寧に書かれていて、単なる走り書きでは無く最初から記録を目的に書いている事が分かる。
そして、本のページをめくっている内に――
「ん、この模様......」
ある図が目に止まった。
それは、バーコードを円形に幾層にも重ねたような、複雑怪奇な模様。
「魔法陣......じゃないな。真耶、分かるか」
「いえ、私にもさっぱり」
溜息をしつつ、首を横に振る真耶。
その顔を見てから俺は本に目を戻すが、胸の内では妙な突っかかりが芽生えていた。
知識には無い。
でもこの模様......以前、どこかで――
「あ~あ、見ちゃったね? お兄ちゃん」
吸い込まれるように図を見つめていた、その時。
静かに、それでもからかう気持ちを匂わせる少女の声が不意に聞こえた。
「ッ! 誰だッ!?」
反射的に振り返った俺達の後ろには、
「『誰だ』なんて、お兄ちゃんったらひどいニンゲン! でもムニンのこと忘れてるから、しょうがないのかなぁ?」
修道服のような衣服に身を包んだ、漆黒の少女が佇んていた。
次回更新は8/9(月)を予定しています。
デービスの呼び方について......
彼は本名をアントニオ•デービスと言い、『スルト』とは炎の賢者としての役職名になります。
もし大規模改稿するなら、スルトで統一したいです......今となってはもう遅いですが。