Part26 UNKNOWN PLACE
砂漠が広がる世界、その次に俺達が飛ばされたのは、文字通り真っ白な部屋だった。
光を反射する訳でも無く、ただ白い床・壁。
足元を見でもそこにあるのは純白で、自分の陰すら写り込んでいない。
「また変わった場所に来たなぁ。――あ、そう言えば」
呆気に取られる俺だが、ある事を思い出す。
サッと顔を下に向け、次いで真耶の方も確認。
そして、ホッと溜息をつく。良かった、今度は大丈夫そうだ。
「何ですか、新しい場所に来て早々に人の顔を見て、気味の悪い笑顔を浮かべるとは」
「『気味の悪い』て......今度はちゃんと服を着てるんだなって、安心したんだよ」
また素っ裸とか、今度こそ目を合わせられないからな。ま、それも杞憂だったと言う訳で。
改めて、この場所について軽く考えてみるか。
......
うーん、何だろうな。良く分からんけど――
「影が無い......つまりこれは、真っ白でピュアな俺の心を表していて――」
「そんな訳ないでしょう」
「ならこれは、人徳に溢れた俺の精神を――」
「有りもしない事を言わないでください」
「......」
ピシャリと言い放つ真耶。
いやまあ、真面目に考えても思い付かないから、テキトーな事言ったけどさ。
何もそんな、真面目なトーンで否定するコト無くない?
ハルトさん傷付くわぁ。
「ま、おふざけは置いといて」
「そうですね」
「目の前のコレ、どうしたもんかね......」
そう言って俺達は身体の向きをクルリと変え、ある物を見上げる。
まるでアニメや漫画に出てくる、精神病院の病室のように白い部屋。
故に、この白さは平衡感覚を失わせかねない。
それでも俺達が普通に立てているのは、目の前に重力方向を認識させるもの――つまり、高くて重厚な扉がそびえ立っていたからだ。
そして、その脇にはオマケと言わんばかりに添えられた端部が二つ。
「この端部、本物なのでしょうか」
「んー、多分そうじゃないか? だからこそ、なんでこんな位置に、って話だけど......取り敢えず、ケーブル差してみるか」
胴ぐらいの高さの、丁度差しやすい位置にある端部にケーブルを差し込む。
すると七色の光がケーブルを流れ、腰から伸びるケーブルがすぅっと消えた。
何の異常も無い、ケーブルを差した時の反応。
こうして計10個の端部にケーブルを差し込み、俺の接続作業は終わるのだった。
............
「いや終わっちゃったよ! 随分とあっけない終わり方だったな!?」
「なるほど。ハルトの中身の無さを、このような形で表しているのですね」
「やかましいわっ!」
いや、でもマジでそう言う意味だったら少しショゲるんだが。え、違うよな?
「――ぁー、あー、聞こえ[ザザッ]す な? 被験[ガッ]・ハルト」
と、内心ヒヤ汗を流している所に、イスミの声が脳内に響いて来た。
が、その声にはノイズが混じっており、かなり聞き取り辛い。
「あれ、なんか声変じゃないか、イスミさん?」
「誤算ッ・不覚ッ・アァァァンエクスペクテッドッ! 通信 ょう害が発生しているの[ガッ]なぁ! このよ な事があるなど、私も予想し[ザザッ]いなかった事でぁ れば!」
通信悪いんだったら無駄な言葉入れるなよ、などと内心思ったりする。
「それは分かったけど、このあと俺達はどうすれば良いんだ?」
「心ぱ[ガッ]御無ょ ッ! そ ま[ザッ]たい[ガガッ]だ[ザッザ ガー]」
「もしもし? おーい?」
「[ザーザーザー]」
「......」
駄目だ、合わなくなってしまった。
イスミも今は無理だと判断したのか、暫く経つとノイズ音はプツリと切れた。
「どうでしたか」
「いや、通信障害が発生してるらしくて、上手く会話出来なかった」
「で、私達はこのまま待機しておけ、と」
「ああ、多分」
と言う事で、扉しかない真っ白な部屋でボンヤリ待つ俺と真耶。
が、10分ほど待っても現実の世界に帰れそうな様子はミジンも無い。
腕を組み、足踏みしながら、静寂に耐える。
が、この前の世界でも待ちに待たされた俺達に、長時間待てるほどの忍耐は残っていなかった。
「この扉の向こう、どうなってるんだろうな」
退屈に耐えられなくなった俺は、そびえ立つ大きな扉を触ったり押したりする。
開けてくださいと言わんばかりのこの扉、無視するのは勿体ないだろう。
「私に聞かれても分かる訳がないでしょう。ですが、興味はありますね」
「んー、何とかして開かないか......っと!」
思いっきり押してみるも、扉はピクリとも動きそうにない。
目の前の扉は、幅5メートル・高さ20メートルほどだろうか。
一人や二人で開けるのは難しそうだ。
「穴を開け、そこから入るのは如何でしょう」
「あー、なるほどな。常明学園の時みたいに、小さい穴を開けてそこから侵入すれば良いのか」
「冗談で言ったつもりでしたが、よりによって実際にした事があるとは」
「うっ......いや、アレはニーナの指示なんだ。オレ ワルクナイ」
などと言い聞かせつつ、俺は準備を始める。
これにはマナを精密に操作する必要があるから、妹パワーは必須だ。
「汝、妹に心を通わせよ。さすれば道は開かれ――あれ?」
「......開きましたね」
俺が押した所で、ビクともしなかった扉。
それが、ソラの事を考えると勝手に開いたのだ。
「妙な事があるもんだな」
「何はともあれ、ようやっと開いたのです。中に入りますよ、ハルト」
「あ、ああ」
真耶の後を追う形で、俺は扉をくぐる。
扉の向こうは、またも真っ白な空間だっだ。
違う事があるとすれば、それは足元の様子。
白くモヤがかった光のような物が溜まり、足元を隠していたのだ。
歩いても足音すら立たず、見渡す限り白いせいか、前に進んでいるかも掴み辛い。
扉からは遠ざかっているから、動けてはいるんだろうけど......
「何もないですね」
「そうだなぁ......もう――ん?」
『帰るか』と口にしかけ、身体を返した時。
視界の隅に、遠くから俺達を見つめる人の姿が映った。
「誰、だ?」
女性......だろうか。
腰まで髪を伸ばした人物が、真っ直ぐ身体をこちらに向けて立っている。
「ハルト、どうされましたか」
「いや、あそこに人が立ってるだろ?」
「あそこ......とは」
「え? あそこだよ、あそこ。見えないか?」
「え、ええ......」
人の居る方を指差すが、真耶は困惑した声を出すばかりだ。
この反応、本当に見えていないらしい。
いつもの蔑むような目じゃないのは、俺の表情が嘘を付いているように見えないからだろう。
お互いがお互いの見ているものに納得出来ず、困惑だけが胸の内で広がって行く。
「ちょっと俺、行ってみるわ」
このままだとスッキリしない。
そう考えた俺は、遠くから見つめる人物へと足を近づけていく。
「待ってください、私も行きます」
真耶も、少し慌てつつ早歩きで俺の後を追う。
段々と近づく、謎の人物の姿。まず最初に気付いたのが――
「あの人......耳が長いぞ?」
「『耳が長い』......エルフですか」
「んー、まあそうなんだけど」
細い顔から伸びる、長く尖った特徴的な耳。
それは、以前何気なく調べたエルフの特徴と一致する。
が。
「でも変なんだよなぁ、あの人の髪の色。緑色、だなんて」
「水色では無く、ですか」
「うん、ありゃどう見ても緑だ」
そう、エルフの髪の色は水色なのだ。
エルフの身体は自然界を漂うマナで構成されており、故に髪の色はマナの色――水色がそのままに現れる。
緑色と言えば......二か月前、妹を連れ去らった男――ウォリッジがそんな髪色だっただろうか。
が、アイツの耳は尖っていなかった。
「もう少し近づいてみるか?」
「相手はエルフである可能性があります。急に攻撃を仕掛けてこないか、十分警戒してください」
「分かってるよ」
ステッキの刺している腰に左手を回し、急な攻撃に備える。
そのまま、さっきより少し遅いぐらいの速さでエルフと思しき女性に近づいていく。
すると、また別の事に気付く。
曇った表情を浮かべながら首を横に振り、何か話しているのだ。
「ゆれかわう。ろてすちわぅりぃ ま なぁゅろぉ ほ りぃゅるぅ。やはなが きぃ つべり こぉほぉ でまはぁ ゆほでん」
が、俺はその言語に聞き覚えが無い。
俺は少し不審に思いつつも、足を進め続ける。
すると女性は僅かに顔をこわばらせ、また何かを言い始めた。
「ルパゥホゥ ウィ メグ アルジェアィズ。 グソ レィング イー アミィオムグ ノーネッジク ヴジェン ソジョ。 シー ナグ メグ ホォウ グシー」
何を言っているかは分からない。
だがその声色だけでも、何かを俺達に警告しているのは分かる。
「真耶はまだ何も見えないんだよな。声も聞こえない感じか?」
「今、ハルトが話している声なら聞こえますが」
「いや、さっき言ってたエルフっぽい人が俺達の目の前に居て、その人が何か言ってるんだけど」
「......いえ、私には何も。どんな事を言っているか、ハルトには分かりますか」
「いんや、俺にもさっぱりだ」
首を横に振ってから、暫し考えてみる。
この世界、今まで以上に不明な点だらけだ。
確かにこれまでの心の世界でも、一見よく分からない要素はあった。
が、それらには俺や真耶に関する何かしらの意味が込められていたのだ。
加えて、紙で出来た屋敷に砂漠や川など、あれらは具体性を持っていた。
対して、この世界はどうだろうか。
『白くて何もない空間』に、『壁に付いているだけの端部』。
どちらも、これといった中身を持っていない。
唯一存在感を放っていたあの扉も、開けてみれば虚無の世界だった。
人が居たかと思えば、真耶には見えなかったり、どんな人物なのか不明だったり。
何より、俺の心の世界なのに、俺の記憶にない人物が居るのは変だ。
真耶の世界で、俺は心の傷を負いかけた。
だから、危ない事に首を突っ込むのは止めるべきかもしれない。
が。
自分の世界なら大丈夫だろう、と言う妙な自信。
待つ事や謎を放置する事に、我慢できなくなっていた状況。
それらが俺の背中を押し――
気付けば俺は、その女性に手を伸ばしていた。
『「うわっ!?」「くっ......」』
そして俺の手が女性の肩に触れた瞬間、まばゆい光が俺達を包む。
その、数刻後。
「――......。――」
「――? ......!」
話し合う声に気付き、俺は目を覆う腕を退ける。
目の前には、薄暗い白熱灯の下で言葉を交わす、濃い顔をした大柄な男と金髪で琥珀眼の少女の姿があった。
次回更新は8/2(月)を予定しています
今回の更新で、本作品は40万字を突破しました!
相変わらずのクオリティではありますが、今後とも宜しくお願いします!