Part24 その心は
「『この心の世界の有り様』?」
「ハルトが自身の半生をどう感じ、この先どう過ごしたいのか。ここは、それを表しているように感じます」
「お、おう......?」
突飛な真耶の発言に、俺は首をかしげる。
「じゃあ、この川とか砂漠とか、そう言うのにも理由があるって事か?」
「ええ。川とは、そのままの意味で一生の流れ。砂漠と、その先にある筆や球場については......人生の熱意や道と解釈してください」
「う、ううん?」
川が一生の流れを表す、って言うのはまあ分かる。
でも砂漠は......熱意はともかく、『道』?
「砂漠って所が、少しピンと来ないんだが?」
「それについても、ハルト、貴方の考え方が影響したものです」
「『考え方』......?」
「この世界に来てから、私は二つのエピソードを聞きました。野球と、アート。ハルトにとって、これらはどんな理由で辞めたのですか」
「うーん......」
何だか、カウンセリングを受けている気分だ。
腕を組み、じっくりと考える。
「野球は......続けるのが辛くて辞めた。絵は、そこまでやる余裕が無くて」
「言い換えるなら、最初の一歩が踏み出せなかった、と」
「ああ、そうだけど」
「砂漠は、道を歩む事の大変さと、その在り方を反映しています。灼熱の地に踏み出すのは、勇気と気力を使う。そして砂漠の中を歩き続ける事は、踏み出した時とは別種の精神力を要する」
「なるほど......」
真耶の言いたい事が分かって来た気がする。
俺はこの心の世界に来て、砂漠の地に踏み出そうとしなかった。
理由は単純。素足で砂漠を歩くなんて、凄く熱そうだと思ったからだ。
水中から大地へと踏み出せば、ヒンヤリとした水とのギャップもあって、足の裏に感じる熱さは相当なものだろう。
――この踏み出した時に感じる熱さが、物事を始める時に立ちはだかる最初のハードル。
そして、砂漠の中へと踏み出した所で、ゴールは遥か遠い場所。
それまでの間、日陰の無い灼熱の大地を歩き続ける事になる。
――この身を蝕み続ける暑さが、一つの事に取り組み続ける上でのハードル。
「それと、端部があると言う事にも、何か意味があるのではと」
「そう、だなぁ」
これまでの人生、波乱は無かったものの色んな行事なら経験して来た。
体育祭や文化祭、修学旅行。
他にも色々、多少楽しい事はあったはずだ。
が、それらを押し退けて端部として現れたのは、野球や絵の事。
もし野球を続けていれば、もし絵を始めていれば。何かしら、あったのかもしれない。
「なあ、真耶」
「どうかしましたか」
「俺さ、今は大学を目指して――いや、入ろうと思って勉強してるんだけどさ。大学に入った後に何をすれば良いか、パッとしないんだ」
「......私は学校に通っていないので、そのような事を言われても返答しかねるのですが」
「あー、悪い。でも何かこう......欲しいんだよ。熱くなれるような、何かがさ」
「毎日空調の効いた部屋で雑談している人間が、よくそんな事を言えますね」
「はは......そう言われると耳が痛いわ」
辛さを無視して輝きを求める事が、わがままなのは分かってる。
けど、例え手が届いた訳でなくとも。
その輝きを見てしまった人間は、輝きの素晴らしさに気付いてしまう。
以前、俺はリーシャの輝いた眼を見た。そして、羨ましいと思った。
あれは、途中で辞めてしまった自分を無意識に比べていたのだろうか。
もっと頑張っていれば、新しい景色を見られたのかもしれない。
そんな後悔が、あの時芽生えたのだろう。
そして今、ようやく実感した。
「でも......今俺達が浸かってる川の水が、丁度快適な冷たさなのも皮肉だよな」
「と言うと」
「真耶はさっき『一生の流れ』って言ってたけど、それだけじゃ快適な冷たさの理由としては足りない。多分、流されるままに時間を過ごす事の楽さも含んでるんだよ、コレは」
「怠惰ですね」
「ああ、全くだよ」
歯に衣着せぬ真耶の言い方に、つい乾いた笑い声がこぼれ出る。
強い熱意を抱かず、何となく目の前の事をこなして過ごす日々。それはとても快適で。
でも退屈で、熱くもなれない。
どこか冷めた気持ちのまま、流されるような一生を送るのだ。
ああ、なんと安穏たるや。
「そこまで心残りなら、目指せば良いでしょう」
「え?」
落ち込んで背中を丸める俺だったが、その向こうから真耶の凛とした声が響く。
「大学進学と言う道もある。ですが、今のハルトには力があるのではないですか」
「......ああそう言う事か」
スルトことデービスから貰った、異世界の力。
六月の頭に測定した時、その強力さは異世界の一般人を大きく上回っていた。
「どのような経緯でそんな力を手にしたのか、正確には知りません。ですが、ハルトの世界にマナが無いと言う事は、誰かから与えられた力なのでしょう」
「あ、ああ。そうだけど」
「その力、活かさない手は無いと思いますが」
思いも寄らず手に入れた、大きなチャンス。
でも――
「活かすって言われてもな」
「何か問題でも」
「さっき真耶が自分で言っただろ、『地球にはマナが無い』って」
「ええ、まあ」
「つまり、この力は地球では......俺の人生では、一生モノの力としては使えない。だから――」
「どうでしょうか」
『ソラに会う為だけの、限定的な力』。
そう言いかけた俺を、真耶は語気を強めて否定した。
「どう、って」
「どこで人生を送るのか、それはハルト次第だと思いますが」
「いやいや、俺が生まれたのは向こうの世界だぞ? 親だって向こうだし――」
「ソレとコレは無関係でしょう。結局は、ただの言い訳です」
「うぐっ」
「本当に変えたいと思うなら、下らない理由をつけずに自ら動くべきだと思いますが」
「ぬぬ......」
真耶の言う事は正論なのかもしれない。
けれど、その発言は俺個人の感情を完全に無視したもので、どうも一つ返事で納得する気にはなれない。
ぐうの音は出させてもらおうか。
「あのなぁ......言っちゃ悪いけど、真耶が今抱えてる問題も割とそう言う側面あるぞ」
「『そう言う側面』とは?」
「自分の心の問題、って事だよ。俺も少し真耶の事を知ったから、頭ごなしに批判するのは良くないとは思う......けど、思い切って行動するだけで変わるんじゃないか、と思うんだが」
「それはっ、......。」
反論しかける真耶だが、それを言うと俺を責められなくなる事を理解したのか、口をつぐむ。
ほれ言ったことか。
「ま、アレだな。他人の事ならこうすりゃ良いだろって思うのに、自分の番になると動けないな」
「......不本意ですが、そのようですね」
「そー考えると、今の俺達って案外似た状況に居るのかもな。互いが周りに言えない秘密を持ってて、次の一歩が踏み出せないでいる」
「............」
「そこは意地でも認めんのかい!」
思わずツッコンでしまう。
ある意味流石ですね、真耶さんや。
「――て、おや?」
「霧が出て来ましたね。しかも、かなり濃い」
雑談していて、気付くのが遅れたようだ。
あれだけ強かった砂漠の日差しも遮られ、俺達の周りには5メートル先も見えない程の濃い霧が立ち込めていた。
「五里霧中って奴か」
「これも、ハルトの心を示しているのでしょうね」
「ああ。だってこの先の人生、どう進んだら良いか全然分からないからな」
「堂々と言うのも変だとは思いますが」
真耶の言葉を軽く聞き流し、俺は周囲を見渡す。
目を凝らせど、砂漠の向こうは見えない。
参ったな、これじゃ益々川から出られなさそうだ。
やっぱり、多少熱くても砂漠の中を歩くべきだったんだろうか。
「あー、これが後悔先に立たずって奴かぁー。上手い事出来てるなー、俺の心の世界。我ながら感心しちゃうぜ!」
「何をぶつぶつ言っているのですか」
「はは......」
はぁ、と溜息。
うーん、周り見えないし、沈黙が重苦しいし。
「お、二つ目の端部発見。差して来るか」
[バシャン]
[ブスッ]
[バシャバシャ]
「ふう、帰還」
......
............
あ~~、何か話す事ねぇーーかなぁーーーーっ!?
このまま三つ目の端部が見つかるまで無言とか、耐えられる自信が無いんだがッ。
話す事、言う事、伝える事......
「――あ」
頭を抱えて考えている内、ある事が脳裏をよぎる。
あったじゃないか、話す事。
しかも、とても重要な。
自分の心をリセットする為、少し喉を鳴らしてから俺は話し始める。
「真耶、ちょっと話す事があるんだけど」
「何ですか、改まって」
「真耶が寝てる間に、図書館に行って来てさ。で、真耶がかけられた魔法の事を調べたんだけど――」
それから俺は、図書館で知った事を話した。
<メタモルフォシス>に失敗してしまうと、元に戻るのは難しい事。
真耶の持っている宝具の代わりになるものが、現状は世界中のどこでも見つかっていない事。
そして、宝具を作る存在が居る事。
真耶は当事者だから、俺以上にショックを受けるに違いない。
そう思って慎重に話したのだが――
「何を今更。大体知っていますよ、そんな事」
「アリッ!?」
余りにも淡泊な反応に、思わず拍子抜けした。
もし某新喜劇だったらガクリと姿勢を崩れさせ、そのまま川に身を投げ込むんじゃないか。
「可能な範囲での調査は既に行っている、そう話したでしょう。行き詰っていなければ貴方に相談したり、こんな高校に来たりしません。自分一人で解決しています」
等と、溜息混じりに話す真耶。
俺、そこそこ頑張ったよね? なんで呆れられないといけないんだ......軽くリフジン。
「でも、宝具を作る存在が居るだなんて本には載って無かったぞ?」
「でしょうね。そんな事が一般に知れ渡っていたら、それこそ大騒ぎでしょう」
「え、じゃあ真耶は何で――あ、そうか」
そう言いかけた時点で、真耶の呆れ声が背中越しに聞こえて来る。
本にない宝具を持っている時点で、真耶はその事を知っているのだ。
「何にしても、俺が図書館で調べてた事は全部無駄骨だった、って事か」
「ええ。お疲れ様でした」
「じゃあ、何で真耶はここに来たんだ? <メタモルフォシス>で失敗したら元に戻れない、って知ってたんだろ?」
「先日話したでしょう。ここには、一般には出回っていない本がある」
「うーん......?」
正直、何故真耶がここまで大きな期待を寄せているかピンと来ない。
組成式が失われる以上、一般がどうこうとか言うレベルじゃない気がするんだが......
「確かに、一部の本の閲覧には許可証が要るって言われたけど......そんなに特別なのか?」
「違いますよ、ハルト。それらは閲覧許可が必要であれど、この高校の外でも見る事が出来る」
「え?」
「私が探しているのは、禁書と呼ばれる本です」
「禁書......!?」
突然真耶の口から発せられた物々しい単語に、俺はゴクリと喉を鳴らす。
「な、何でそんな本がここに......? と言うか、何で真耶がそれを知ってるんだ?」
「貴方が無知なだけです。この高校に禁書庫がある事は、生徒や学内関係者も認めています」
「そんなアッサリと!?」
「この高校のセールスポイントですから」
「セールスポイントにしちゃうのかよ!?」
心配になる位に扱いが軽いなぁ、禁書。
さっきまでの俺の緊張を返せ。
「それって、そんなに凄い本なのか?」
「今、私達が経験しているでしょう。『心の世界に入る』、『組成式を書き換える』。どちらも、既存の常識を遥かに超える発明です。となれば、その発明の基になる知識がある」
「そりゃまあそうだけど......」
正直、それだけなら『イスミが凄い奴だった』と言う話で片付けられそうだ。
イマイチ禁書とやらの凄さを理解出来ず、半信半疑の俺。
が、真耶は言葉を重ねる。
「何より大きいのは......あのレイヴンが、この高校の設立・運営に関わっていると言う事と、禁書とは奴の所有する本である事」
「レイヴン? 誰だソレ?」
「先ほど、宝具を作る存在の話をしましたね」
「したけど......え、じゃあまさか」
「ええ。レイヴンこそが、宝具を作る存在その人なのです」
「なッ......!?」
軽く見ていた。
この高校に行くと言う話を聞いた当初、俺は解決の糸口を見つける位にしか考えて無かった。
だが実際は、ゴール地点に居る人物の懐に、俺達は飛び込んでいたのである。
次回更新は7/19(月)を予定しています