Part23 熱地を流るる冷水
「目がぁ、目がぁ~~~~!」
目を潰され、俺は某大佐ばりの悲鳴を上げる。
狙ってなくても、脊髄反射でこの台詞が出てくるのが日本人なのだ。
This is ジャパニーズ スピリット。
「やかましい男ですね、ハルト。その年になって我慢と言う物を知らないとは、なんと情けない」
「真耶が目潰ししたんだろぉ!?」
いや、これマジで洒落にならない。
身体を刺されると焼かれたように痛むと聞くが、今その感覚が目を貫いているのだ。
目を抑える手にも何か液体が付いてる感覚あるし。やべーんでねーの。
「ってか、別に目潰しする程じゃないだろ! 黒い水着も似合ってたし――」
「なっ、あっ、み、見たのですね、この姿を!? こっ、このッ......!」
「うわぁヤメロ落とすなァッ!?」
目潰しして川に突き落とそうとするとか、どこまで容赦無いんだ、この鬼畜バトラーはッ!?
くっ、こうも目が見えないと、思ったように抵抗出来な――
[ドボン]
「ボボボボボボボボッ!!」
もうホント、踏んだり蹴ったりである。
冗談抜きでどうすれば良いんだ、この状況。
周囲に助けてくれる人物も無し、いくら心の世界だからと言って溺れ死ぬのはマジ勘弁――
「ってあれ? この川、浅い?」
水の中で足をジタバタさせていた俺だったが、流れが緩やかな事もあり、俺のカカトは直に川底に付いた。
落ち着いて立ってみると、感覚的には丁度腰辺りまでの水位だ。
「死にませんでしたか、残念ですね」
「そこッ! 冗談でも残念とか言うな!」
ボートの上から、特大の溜息と共に真耶の愚痴が聞こえて来る。
が、その声のお陰でボートの位置が分かった。
俺はボートが浮いているであろう場所まで歩いて行き、そして縁の部分をガシリと掴む。
「何のつもりですか、ハルト」
「ふっふっふ......真耶ぁ、魔法で俺の目を治すのだ。さもないとこのボートを転覆させ、この川底へと道連れにしてくれる――」
「断ります。今の貴方など、風で吹き飛ばせばそれで終いです」
「脅してすみませんでした治してくださいホントお願いします」
何とか我慢してるけど、川の水が染みてめっちゃ痛い。
もし陸に居たら、脂汗でビシャビシャになってる事間違いなしである。
「謝罪の言葉があるのなら、まあ良いでしょう」
「ははぁ、ありがたき幸せ!」
「ただし、次に私の姿を見た時は、容赦なく風で吹き飛ばしますので」
「アッハイ」
何とも情けないけど、ここ水場だしなぁ。
地の利的にかなり不利な感じがするし、大人しく従うしかあるまい。
「<我が身に宿る温もりよ その心 傷付きし身体に 癒しの力を与え給う>、<ヒール>。......これで治ったでしょう」
「ああ、元通りだ」
真耶に<ヒール>を唱えて貰うと、痛みはたちまち消えて目も開けられるようになった。
とは言えまた目潰しされると困るので、俺は後ろ向きの体勢でボートに腰を降ろす。
ふうと一息。
やれやれ、やっと落ち着けるな。
「にしても、何か殺風景な場所だなぁ。見た感じ、川以外は砂漠しか無いんだが。真耶、そっちの様子はどうだ?」
「私も同じですよ。ハルトの心らしい、何も無い場所です」
「ナチュラルに混じった罵倒以外は、まあその通りだな。と言うか、こんな場所に端部なんてあるのか?」
改めて見渡してみても、やはりあるのは砂とサボテンの景色のみ。
手で触ってみた感じ、ボートの底に端部がある感じもしない。
んー、どうしたものか。こうなったら――
「イスミさん、聞こえるか?」
「何でしょうか、被験者・ハルトッ!?」
「この世界、パッと見た感じ端部とか無さそうなんだけど......ホントに有るのか?」
「ウェイト ア モーメントッ! 暫し待てば、答えは直に分かります故!」
イスミがそう言った後、頭の中からキーボードを叩く音が響いて来る。
現実の世界で調べているみたいだ。
「んん~~~? これは......」
「何か分かったのか?」
「仰天ッ! 驚嘆ッ! インタレッッッスティング! どうやらこの世界には、一つの端部が複数個所に現れているようですなぁ!」
「『複数個所』?」
「え~えぇ! この世界にある端部は三つ、なれど出現箇所は三つ以上でありますれば!」
「???」
待て、どう言う事だイスミ。まるで意味が分からんぞ。
と、そこに真耶のナルホドと言う声が、背中越しに聞こえて来た。
「つまり、このまま川を下っても端部が三つあり、砂漠の中を探しても端部が三つある、と言う事でしょう。そして、私達はどちらを選んでも良い」
「その通り! 聡明ですぞ、被験者・真耶!」
「ふ~ん......?」
状況は分かったけど、端部が複数の場所に現れる理由とか、そのメリットが分からんなぁ。
川の水は冷たくて、まさに快適そのもの。
だから、わざわざここから出る必要なんて、無いと思うんだけど......
「おや、あれは......」
「何か見つけたのか、真耶?」
「ええ。ハッキリとは見えませんが、アレは恐らく端部です。距離は......この場所から300メートルほど」
「さ、300メートル!? ムリムリムリ!」
「何が無理ですか、根性が無いですね」
「いや、だってさ――」
そう言いつつ、俺は水に浸かっていた脚を引き上げ、ある事を再度確認する。
そう、今の俺は素足なのだ。
こんな足で砂漠の中を歩くだなんて、メチャクチャ熱そうだ。
「素足で砂漠の中歩けって、相当酷だろ?」
「確かに、熱そうではありますね」
「この水辺にも端部は現れるかも、って話だろ? だったら、今は様子を見るのが吉じゃないか?」
「......まあ、その辺りの判断は任せますが」
了解の返事をする真耶。
でもその声色は、どこか引っかかる所があるように感じさせる。
何となく気になるけど......まあいいか。
「それと、もう一つ」
「まだ何か見えるのか?」
「ええ。先ほどの端部の奥、かなり離れた場所に扁平な建物が見えます。ドーム、でしょうか」
「ドームぅ?」
なんとも奇妙な話だなぁ。
ここは心の世界。これまでの様子からして、何か意味合いがあるんだろうけど......
ドーム。ドームねぇ。
「あ――」
水面を足でパシャパシャ叩きながら考えている内に、俺はある事を思い付いた。
いや、思い出したと言った方が正しいか。
「それアレだ。野球の球場だと思う」
「球場? 何故ですか?」
「小学生の頃さ、野球をやってた時期があって。多分、それ繋がりだ」
「ハルトが......野球......!?」
「かつてない程にビックリしてるの何なんですかね、真耶さんや」
そんなにパッとしないのか、俺って。
素でそんな反応されるとか、ちょっと傷付くんだが。
「小学校に入ってすぐの頃、親に言われて地元の少年野球団に入ってさ。そこから三年間ほどやってたんだ」
「活躍は出来たのですか?」
「んー......最初の方は出来た、かなぁ。入って少し経った頃、ピッチャーしてた時期があってさ。何試合か投げた事もあったよ」
「と言う事は、その後が続かなかったと?」
「まあ、なぁ......」
そのまま話そうとしたものの、不意に言葉が詰まってしまう。
ふう、と息を吐いてから、改めて話を続けた。
「最初は良かったんだけど、その内伸びなくなったんだよ。自分より上手い子も出て来たし。ピッチャーとしての練習もしないといけないから、しんどくなって来て......で、テキトーに理由付けて辞めたんだ」
「伸びない時期だった、と言う話では?」
「どーだかね......」
今となっては、もう過ぎた話。
だからもし、あの後も続けていたらどうなっていたのかなんて、知る方法は無い。
俺は単に早熟だっただけで、続けていても駄目だったかもしれない。
あるいは真耶の言う通り、たまたま伸びない時期だったのかもしれない。
小学校・中学・高校と続けて、その内――
......なんて。常識的に考えて、そんなウマイ話は無いだろうけど。
ちょっと苦い記憶に思いを馳せている内に、真耶が見つけた端部は遠ざかって行った。
ジリジリと照り付ける、砂漠の強烈な日差し。
時々川の中に入ってはボートに上がってを繰り返し、暑さをしのぐ。
と。
「ん? 砂漠の中に何かあるな......」
「端部ですか?」
「多分そうだな。って言っても、また川から結構離れてるけど。で、ずっと遠くに建物がある」
「さっきと同じ、ですね」
「んー......建物については、外観を見ただけじゃピンと来ないな。けど......端部の横で立ってるヤツ、アレは筆かもしれない」
「筆?」
「ああ。絵を描く時に使う方な」
となると、遠くにある建物は美術館辺りか。
絵、絵ねぇ。何かあったような......
「もしかすると、小学生の頃にポスターで賞を取った事が関係してるのかもしれない」
「ポスター、ですか?」
「ああ。夏休みの宿題で、防災とかをテーマにポスターを描くんだよ」
「そう言えば、お嬢様も毎年愛らしい絵を描かれていますね」
ふふふふふ、と真耶の笑い声が背中越しに聞こえて来る。
......うん、まあ。俺はまだ見た事ないから、その『愛らしい』ってのが何なのかは知らんけど。
ただ、この雰囲気からして個性の強い絵なんだろうなぁ、とは思う。
光沢を赤で表現する、みたいな。
「それで、賞とは」
「そのポスターで二回ほど町内で賞を取った、って所だな。絵の得意な同級生が悔しがってた」
「でも、絵を始める事はしなかった、と」
「ああ。その頃はさっき言ってた少年野球もあったし、俺より絵の上手い子なんて沢山いた。だからまあ、そんなにやる気は湧かなかったかな」
「そうですか」
ふむ、と真耶が声を漏らして以降は、またプッツリと会話が途切れる。
いや、だってこんな状態だと会話し辛い訳ですよ、色々と。
何かネタが無いと、こっちから話しかけるのも億劫なのだ。
ちゃぷちゃぷとボートを運ぶ水の音。
状況が変化したのは、それからまた暫く経ってからの事だ。
「おや、あれは......」
「何かあったのか?」
「ええ、端部です。それも、川の中に」
「おお、来たか!」
やっとロクな場所に端部が現れたな。
ただ、問題は――
「で、どうやってケーブルを差すんだ?」
「ハルトが差しに行けば良いでしょう」
「え? 多分、真耶の姿見えるぞ?」
「ええ。なので目を閉じながら行ってください」
「無茶言うなよ!」
「ハルト、スイカ割りを知っていますか」
「いや知ってるけどさぁ!」
はい右泳いでー、真っ直ぐ行ってー、はいソコで差してー、とかやってられるか!
そんなのやってたら日が暮れるわ!
「ならどうするのです」
「別に、真耶が差しに行っても良いんだろ? 俺の腰にあるケーブルを一本掴んで、それで行って来てくれないか? 使うようで悪いけど」
「......私に、野郎の尻をまさぐらせろ、と?」
「分かった分かった」
俺は腰にぶら下がっているケーブルの一本を手に取り、後ろ向き――真耶の方に差し出す。
「ホラ。今、右手に持ってるから」
「......こっちを見ないでくださいよ」
「見ないから、見ないから」
言っちゃ悪いけど、そんなに水着姿見られるの嫌か?
一瞬しか見えなかったが、結構似合ってたぞ。
クラスの女子なんか一瞬で蹴散らし、ソラの次に来るぐらいにはレベル高いと思うんだが。
アレ? と言うかここは俺の心の世界だから、あの水着は俺のチョイスなのか。
......だからカリカリしてるのか、ナルホド。
ケーブルを後ろに差し出し待っていると、真耶が先端を引っ張って来る。
力を抜くと、ケーブルはするりと俺の手から離れ、真耶が川に入る音がすぐ後に聞こえた。
そして一分も経たない内に、真耶が戻る。
「差して来ましたよ」
「ああ、ありがとう」
腰に手を当てると、確かにうち一本の先端が無くなっている。嘘じゃ無さそうだ。
「にしても、ようやく一つかー。なんか凄く時間喰ったな」
「ええ。残り二つ、いつ現れるのか......」
「うーん......」
周りには時計が見当たらず、俺も真耶もこれと言った所持品が無い。
そんな状況で正確な時刻は分からないが......それなりに時間は経過しているはずだ。
ボート、川、砂漠。
それ以外には何もない、退屈な時間が続く。
「何か暇だなぁ......川の中に居るから、ヒンヤリして快適ではあるんだけど。て言っても、一歩出れば灼熱地獄だし......」
溜息を吐き、ぶー垂れる俺。
と、そこに。
「なら、少し話しましょうか」
真耶が、ゆっくりと口を開いた。
「話すって、何についてだ?」
「鈍いですね。この状況で話す事と言えば、一つに決まっているでしょう」
「一つって、だから何を――」
じれったく感じ、口を挟みかけた俺だったが
「この心の世界の、有り様についてです」
それを、真耶の澄んだ声が断ち切るのだった。
次回更新は7/12(月)を予定しています