Part22 不可抗力なんだって!
「あー、痛っつつつ......乙女の渾身の力が籠ったビンタは痛いですなぁ」
仰向けに倒れたまま、俺は赤い跡の残った左ほおをサスる。
――こうなったきっかけは、真耶が俺の心の世界にあるトイレ、その中を覗いたせいである。
俺が収納の中を見ている間、先にトイレの確認に行った真耶。
そしてそのドアを開けた瞬間――
「ヒッ」
短い悲鳴を上げた。
「んー? 何かあったか?」
真耶が悲鳴を上げるなんて珍しいな、一体何が出たんだ?
俺は別段構える事無く、硬直した真耶の後ろからトイレの中を覗き込む。
「あっ」
そこにはズボンを降ろし、くつろいだ表情で便座の上に座る俺が――
「フンッ!」
「ぶべらっ!?」
トイレの状況を確認した直後、真耶のビンタがすっとんで来た。
ちょっ、俺のバカ野郎。何で隠さないんだっ!
あーそーか、あの俺には真耶が見えて無いから、隠す訳無いか。そうかそうか。
なんて思ったのは、既にぶっ倒れた後の事だった。
「こ......この卑劣漢! なんて物を見せるのですか!?」
「な、何で俺の方を引っ叩いたし......てか卑劣漢って言葉のニュアンスが グェッ」
「信じられません! この変態っ!」
そう叫びながら、俺の腹やら肩やらを踏みつつ二階へ駆け上がる真耶。
そして、鼓膜に響くほどの大きな音を立ててドアを閉め、俺の真上にある部屋――ミヨの個室に閉じこもってしまったのである。
「......なーんか最近、トイレに関して良い思い出が無いなぁ......」
常明学園での出来事然り、今回の事然り。
いや、常明学園のアレは一言に悪いって訳でも無かったけどさ。
ま、そんな事はどうでも良いとして。
「さて、と。......ん?」
いつまでも倒れている訳には行かないので、俺はムクリと上半身を起こす。
そして首を左に向けてトイレの中を見た瞬間、ある事に気付いたのである。
トイレの中にあった俺の姿が消えていた。
確かにコレも変化と言えば変化なのだが、それ以上に俺の意識に留まったのが――
「端部......? なしてこんな所に?」
探し求めていたアレが、トイレの蓋の裏なんぞに付いていたのである。
「まあ......あるモンはあるんだし、差しとくんだけれどもさ......」
しっくり来ない物を感じつつ、俺は渋々とケーブルを端部に差し込んだ。
トイレ。トイレかぁ。
こうなって来ると、残り一つの端部も意外な場所にありそうだなぁ。
うーんと唸りつつ、考える人のポーズで便座に座ってみる。あ、ズボン降ろして無いっすよ。
「真耶の場合と同じ感覚で探してたけど、もしかしてソレだけだと駄目なのか?」
真耶の場合は、どの端部もパッと目に付くような場所にあった。
が、俺の場合は少し違うのかもしれない。
「そう言えば、真耶の場合はこう......地面とか床からニュッって生えてる感じだったよな」
それに対して、俺の場合はどうだろうか。
机の上に三つ、トイレの蓋に一つ。
どれも空間では無く、物の上に付いている。
て事は、残りの一つも何かの物の裏とかにひっそり付いてる......とか?
「よし、もう一回探してみるか」
よっこらせと立ち上がり、俺はトイレを出る。
向かう先は俺の部屋......なんだが、ミヨの部屋に籠ってる真耶にも......何か言っておいた方が良いよなぁ......
そう考えると足取りが重くなってしまうが、一度気になってしまった物は仕方ない。
ゆっくりと階段を登ってから、俺は真耶が籠る部屋をノックする。
「あー、真耶? さっきは何か......ゴメン。取り敢えず俺一人でもう一回探してみるけど、もしかしたらミヨの......真耶が居る部屋にも入る事になるかもしれない。そうなったら――」
「分かりました。声を掛けてください」
「あ、ああ。宜しく頼む」
怒ってる感じでも無いが、普段より若干沈んだ声って感じだろうか。
まあ、変に傷ついたりしてなくて良かった。
「さて、と。じゃあもう一回探しますか」
バタンと自室のドアを閉めた後、俺は軽く頬を叩いて気持ちを切り替える。
......真耶に引っ叩かれた方が、まだ痛むな。
今度は文字通り、部屋の隅々まで探索する。
引き出しの中はもちろん、クローゼットの中から椅子の裏まで探す徹底ぶり。
RPGの主人公もビックリだ。
そして――
「あったあった、こんな場所だったのか」
端部は遂に見つかった。
ベッドの下に、ひょっこり付いていたのだ。
腕を伸ばして、端部にケーブルを差し込む。
女の手が出てくるみたいなホラー展開も無く、作業はあっさり完了。
これで五つ、この世界での接続作業は終了だ。
「しっかし、微妙な場所......いや、物に付いてたなぁ」
我ながらよく分からん。
もっと真耶みたいに色々ある人生なら、分かりやすい場所にあるのかもしれないが。
「ま、あの過去を羨ましいとか言っちゃ駄目だよな。何か刺激が欲しかったのは確かだけど」
真耶と比べると、これまでの俺の人生には大した刺激が無かったから、それで身近な物に引っ付く形で端部が現れたのかもしれない。
んー? でも最近、色々あったよな?
なんなら、骨折とか脚が切断される事もあったんだが。
それが心の世界や端部の場所に影響を与えてないって事は......真耶の感じから考えて......
「俺の心は、まだ異世界には無いって事か......」
考えてみれば、そりゃそうか。
この世界とは、その内オサラバしないと駄目だもんなぁ......
何か色々哲学的だなぁ、心の世界って。
それとも、意図的にこんな形に整えてあるのか? まあどうでも良いか。
「順調ッ・快調ッ・スムゥゥゥッズ! 上手く行ったようですねぇ、被験者・ハルト!」
と、ここで突然語りかけて来るイスミ。もう驚かんけど。
「って言っても、3, 40分はかかったかな。で、次の準備は出来てるのか、イスミさん?」
「無論ッ! この井澄 剛、準備は万全でございますれば!」
「了解ー。じゃあ次の世界に......って、真耶はどうなるんだ? 今は俺と別の部屋に居るんだが」
「それについては、貴方も分かっているハズでしょう、被験者・ハルトッ! その者が希望すれば、次の世界でも顔を合わせる事が出来ましょう!」
「ほーん......」
どうだろうなぁ。
さっき、真耶は『俺の弱みを握り返す』って言ってたし、それから考えれば引き続き一緒になるのかもしれない。
でも、何となく顔を合わせ辛いんだよなぁ。それは真耶も一緒だろうけど。
ま、俺の世界だしな。
そんなにハードな内容にはならないだろうし、なんなら別行動でも大丈夫だろ。
「で、準備はOKですかな、被験者・ハルト?」
「ああ、問題ない」
「では行きますぞぉ~~~ッ! 3・2・1ッ! あ、ポチっとぉ~~~!」
目を閉じて待っていると、カウントが終わった直後にスゥっと意識が薄れていく。
そして、次に意識が戻った瞬間。
「んん......お?」
目を開ける前に、ある違和感に気付いた。
膝から少し下辺りから、何かヒンヤリした感覚に包まれている。
それに加えて、包まれた部分が浮き上がって来るような。これはつまり――
「水、か?」
そう思って目を開けた瞬間、跳びこんで来たのは自分の足。
それも、何も履いていない素の状態である。
「ぬおっ、何だコレ!?」
驚いて他の部分にも目をやると、腕も上半身にも何も無く、身に纏っているのは高校で使っていた海パンのみの一張羅だ。
そして今俺が座っているのは、橙色のゴムボートで、そのボートは比較的幅の狭い川にプカプカと浮いている。
左右を見る。ボートは一隻だけ。
って事は......
「うぉっ――」
手を脇に置いて振り返ろうとした瞬間、手に暖かくて少し柔らかい物――人の指が触れた。
嫌な予感的中。俺の後ろには――
「ってあぶァオバーッ!?」
......しっかりと見ようとした頃には、既に目潰しが飛んで来ていた。
痛い、超痛い。
マジの本気で目が潰れたかもしれん。
「本当に、性懲りの無い男ですね、ハルト。貴方がこれほどの見下げ果てた変態だったとは、私も認識を改める必要があるかもしれません」
そう。俺の後ろには、同じく水着姿の真耶が座っていたのである。
次回更新は7/5(月)を予定しています