Part21 世界のカタチ
中盤出て来る『ミヨ』と言う名前ですが、ミヨとは元々ソラが地球に居た頃の名前です。
詳しくは第一章後ろの【ムニンの手帳(登場人物紹介) 高校生&高校関係者】を参照ください。
鏡に起きた変化を目の当たりにして、真耶は驚きの表情を見せる。
「これは......」
「そう言えば、真耶も実際に見るのは初めてか。俺が世界をまたぐ時の様子」
「ええ。私もその鏡に触れる事は何度かありましたが、その時には何も起こりませんでした」
「俺のマナに反応するよう出来てる、って聞いたな。多分、他の人を転移させない為だろうけど。ま、取り敢えず今は入るとしましょうや」
「私も入れるのでしょうか」
「アレの中に手が入ったら、多分行ける」
鏡に現れた暗闇に、ソロリソロリと手を近づける真耶。
暗闇に触れると、大きな抵抗感も無く真耶の手は沈んで行った。
「お、大丈夫そうだな」
「......何にも触れていないのに浮いているような......微妙な感覚ですね」
「最初はちょっと気持ち悪いかもな。あ、出た先はクローゼットの中だから、左後ろにあるドアを外向きに押して外に出てくれ」
「......」
真耶の喉がゴクリと動く。
そしてやや恐る恐ると言った感じだったが、真耶は鏡の中へ飛び込んで行った。
「あれ、と言うか先に行かせて良かったのか? いつも通りの様子だったら良いんだが......」
今更そんな事が気になって来て、俺も続いて鏡の中に飛び込む。
その先には――
「良かった、いつも通りだな」
正面にはベッド。クローゼットの左横には、参考書とデスクトップPCを載せた勉強机。
何ら変わってない、俺の部屋だ。
「ここが、地球......」
そう漏らしながら、真耶は部屋の中をグルリと見渡す。
「本当に、私の世界と何も変わらないんですね」
「ああ、何から何までそっくりだ。ま、こっちの世界にはマナとかが無いけど」
「電力を得る方法も、化石燃料と呼ばれる物を燃やしたり、自然界のエネルギーを用いる......」
「そうそう、その通り」
俺が異世界に来てすぐの頃、そんな話をした事があったっけ。よく覚えてるな。
ま、今はそれより――机の上にある端部の処理が先決、ってところか。
「ふう、やっと二つ目か」
「向こうの世界は隅々まで探しましたし、もう無いのでしょう。となれば、こちら側に残りの三つがある。かなりの偏り方ですね」
「ま、18年間過ごして来たのはこっちの世界だしな」
「有り得ない話ではありませんが。さて、また隅々まで見て回る事にしましょう」
「そうだな。......ん?」
今気付いたんだが。
真耶はとうとう、俺の地球での様子まで知る事になるんだよな。
アレ? てかコレって、年頃の女の子を自宅に招くイベントじゃね?
ってイカンイカン。変な方向に考えるな、俺。
そんな思考を振り払い、俺は真耶を先導する形で部屋の外へ出る。
「左に見える階段を下ったら玄関前だ。俺の向かいが父さんの部屋、その隣が母さん。で、俺の隣の部屋がソラ――いや、ミヨの私室だな」
「となると、現状は――」
「誰も使ってない。俺が親に強く言ってるから、物置にはなってないんだけど......大きな家具だけが残った、殺風景な部屋になってるな」
「そうですか」
そう言って真耶はソラの部屋のドア――そこに掛けられた『ミヨ』のネームプレートに視線を落とす。
が、見ているだけで、真耶は動こうとしない。
「で、開けないのですか」
「そりゃ、探す必要あるから開けるけど......え? ドア開けないのか? てっきり、また部屋の中にズカズカと入って行くと思ってたんだが」
「失礼ですね、ハルト。私だってそれぐらいの常識はあります」
「その常識、俺にも適応してくれませんかねぇ」
溜息を漏らしつつ俺はドアを開ける。
持ち主の居ない、清閑に包まれた部屋。
それが反ってミヨが居ない事を強調させ、いつも俺の心を重くする。
でも、物置にするのはミヨが可哀想だ。
もし帰って来る事があれば、自分の居場所が無くなってない事をソラに感じさせてやりたい。
「で、やっぱりあるよな」
綺麗に片づけられた勉強机の上に目を向けると、そこには例の端部。
俺はゆっくり近づいて、ケーブルを差し込む。
これで見つけた端部は三つ。あと二つだ。
「やはり、ここに端部があったのですね」
「そりゃあだって、この部屋には色々詰まってるからなぁ」
そう口にした直後、二人の人物の姿が浮かび上がる。パジャマ姿の俺とミヨだ。
《え、ここってこの解法使うんじゃないの?》
《いや、それを使ってたから、さっきのポイントで詰まったんだ。ここはコレをこうして......》
《あー、なるほど。ソコだったんだー》
《解けそうか?》
《うん、後は大丈夫そう。ありがとね、やっと宿題終わりそうだよ》
《ふはは、勉強の出来る良い兄を持って良かったなぁ~?》
《そう言いつつ勝手に頭を撫でたりしなかったら、良い兄なんだけどなぁ......》
《いやいや、これは兄の専売特許だから》
《ナニソレ》
大きな溜息を吐くミヨと、大きな笑い声を上げながらミヨの頭を撫でる俺。
「くっ、早くこの日常が帰って来て欲しいっ!」
「............ソウデスネ」
そう言いながら、真耶は先に部屋から出て行った。むう、理解されんか。
ドアを開け、真耶の後を追う。
真耶は俺の両親の部屋を開けず、階段を降りていた。
周りの様子を観察しながら降りているお陰で、階段の先の左側にある部屋――リビングダイニングの前に着く頃には、俺が前に立っていた。
「で、ここがリビングダイニング。左奥はキッチンになってる」
「三つの部屋をひとまとめに、ですか。にしては、狭いですね」
「そりゃ藤宮邸と比べたらなぁ。こっちの世界だと、標準的な一軒家だと思うぞ」
「なるほど」
そう話しつつ、二人で部屋の中を見渡す。
パッと見た感じ、端部は無さそうだ。
と、ダイニングテーブルに北条家四人の姿が浮かび上がる。
テレビを付けながら、番組について雑談する。
どこにでもある、夕食の光景。
「......幸せそうですね」
途端に湿気を帯びる、真耶の声色。
「幸せ、か。俺にとっては――いや、大体の人にとっては、これが普通の光景なんだけどな」
「私には、眩しすぎて近寄れません」
「............」
真耶は目の前の光景から目を逸らし、そのまま考えるように黙り込む。
そして、また口を開いた。
「私とハルト......二つの心の世界を見て来て、一つ、気付いた事があります」
「『気付いた事』?」
「お屋敷を模した、私の一つ目の心の世界。その中に、自分自身の姿は無かった」
「......」
「恐らく、それも――」
「分かった、分かったから。全部言うなって。今は気分を落としてる時じゃないだろ?」
「......すみません」
慌てて真耶の言葉を遮った後、俺は息を吐く。
真耶の心の世界に、自身の姿が無かった理由。
それは恐らく、真耶自身が『この場所に居ても良い』と思ってない事の表れだろう。
親に虐げられ、闇の世界で暮らした幼少期の記憶が、心の枷になっているのだ。
『自分は、ここの人達と同じではない』。
そんな気持ちがオリとなって、真耶の心を封じてしまうのだ。
アリスも他の人も、真耶を受け入れてはいる。
真耶自身も、それを分かってはいるのかもしれない。けれど、最後に自分自身が許せない。
もしかすると、普段のやや乱暴な振る舞いは、自分自身を許さない為の意識付けなのか......?
「ハルト、どうかしましたか」
「え? ああ、ちょっとボンヤリしてたわ」
駄目だ、考えすぎてた。切り替えて行こう。
「ま、ずっとこんな光景見てても意味無いよな。他の場所行くぞ」
「残った場所は......」
「俺の親の部屋に、後は浴室ってトコか。正直、端部がある気はしないけど......」
そうは言いつつも止まっていたら進まないので、俺は身体を返して部屋を出る。
再び二階に上がり、父親・母親の部屋を開けて行く。が、やっぱり何も無い。
少~し警戒しながら脱衣所・浴室も開けてみたが、ここにも無い。
「ここに来て、再びの行き詰まりですね」
「んー、じゃあ何処にあるんだ?」
唸り声を開け、腕を組みながら歩く。
「あと残ってるのは......玄関の突き当り、浴室の隣にあるトイレぐらいか?」
でも正直、トイレは部屋って言えるほど広くないんだよなぁ。
そんな事言い始めたら、階段下の収納スペースとか物が詰まってるから、そっちの方が何かありそうだし。
って考えてたら、目の前にその収納だし。
「ストレージスペース、オープンプン。って、やっぱ何もねーなぁー」
「では私は、トイレを見ますので」
「おー、頼んだ」
間の抜けた声に、緊張感の欠片も無い雰囲気。
そして数分後――
「ぐえー 死んだんご......」
俺は床の上で、仰向けになって倒れていた。
そうなって、いたのである。
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