Part20 いざ自分の世界へ
「で、スタート地点はまたこの場所か」
やって来てしまった自分の心の世界。
目を開けると、あったのは藤宮邸だった。
真耶の心の世界とは違い、西洋庭園の中心にある噴水の傍からのスタートになるが、まあ誤差の範囲だろう。
「意外です、地球とやらの自宅がスタート地点では無いのですね」
「屋敷暮らしって庶民的には結構憧れるからなぁ、その心境を反映してるんじゃないか?」
「なるほど」
いや、知らんけど。
或いは向こうの自宅はつまらないから、とかの線もあるかもしれない。
「じゃあ屋敷の中に入って、さっさと終わらせるか」
「心当たりがある、とでも」
「ま、自分の心だしな」
頭の後ろで手を組み、足を前に蹴り出してゆっくりと進む。
階段を登り、屋敷の入り口へ。
玄関のドアノブに手をかけると、ひんやりとした金属の感触が伝わって来る。
ドアの色合いにも深みがあって、現実のドアそのものだ。
そして、ドアの先のエントランスでは――
ジャージを少し土で汚した俺と、ダイニングから顔を覗かせるアリスの姿があった。
《お帰り、ハルト。今日は早かったわね?》
《おうアリス、ただいま。目当ての魔草が群生してる場所があってさ、ラッキーだったよ。で......ほい、お菓子。リーシャが皆でどうぞ、って》
《わあ、カヌレ! すごーい!》
《アリス一人で食べるなよー?》
《分かってるわよー! フフフ......!》
大喜びでダイニングに戻るアリスに、廊下の奥にある手洗い場へと向かう俺。
そこで、二人の姿はスゥっと消えてゆく。
「なんかいつもの風景、って感じだな」
「なるほど。カヌレを受け取った時のお嬢様は、このような表情をされるのですね......」
「お、おう」
このバトラー、やっぱりお嬢様しか見てないのか......ブレの無さにビックリだよ。
「で、端部は何処に」
「まあ、俺の自室から探すのが無難だと思うけど――」
「分かりました、行きましょう」
「ちょ、ちょっと待てって!」
淡々とした足取りで階段へと向かう真耶。
俺は急いで追い越し、階段を少し上がった所で通せんぼをする。
「何ですか、ハルト」
「『何ですか』じゃないし! 俺、思春期の男子! 自室 イズ プライベートルーム! トップシークレット! 真耶も自室は一人で入ったろ!?」
「貴方のプライベートなど、別段大した物も無いでしょう」
「うわー、ひでぇ言い方......」
さも当然の事であるかのように言い放つ真耶。
思春期の男子として、その発言にはゲンナリせざるを得ない。
世の中のオカンより横暴じゃないか?
「実際、何も無いでしょう。ベッドの下・クローゼットの奥。いずれの場所にも、いかがわしい本の一つも無かったですし」
「そりゃ今はデジタルだし......って待て。その言い方、もしかして俺の部屋を物色した事があると!?」
「物色とは失礼ですね、掃除をしただけです」
「それ殆ど同義だよ!」
思わず膝を折り、絨毯に手を付ける。
ナンテコッタイ。
俺のプライベート、真耶に筒抜けなのか......
いや別に、ちょいちょい自室で話す事もあるし、入られる事自体は抵抗少なかったんだけど......ここまで知られてたとは。
「貴方がマメに掃除をしないからですよ」
「いやいや、月に一回はしてるぞ!?」
「月に一度、適当な掃除だけでは足りません」
などと言葉を交わしていると、使用人棟にある俺の自室はもう目の前だ。
何のためらいも無くドアノブに手を掛ける真耶だが、俺としては良い気がしない。
「なあ真耶。自室なんて狭いんだし、最初だけでも俺一人で――」
「女々しい事を言いますね、ハルト」
「って言いながらドアを開けたー!?」
もう滅茶苦茶であるよ、コンチクショウ。
いや、部屋の中自体は滅茶苦茶じゃ無くて、いつも通りの状態だったんだけどさ。
違う事があるとすれば、机の上に端部がある事ぐらいか。
「端部以外は何も無しですか。つまらない男ですね」
「悪かったなぁ......」
あからさまにガッカリした声を出さんでくんなまし。オヨヨ。
とは言え端部があった事に変わりは無いので、俺はトボトボとした足取りで机へと近づく。
ケーブルを端部に刺すと、虹色の光がキラキラと輝いた。
「なあ真耶さんや、どうしてさっきから突っかかって来るんだい?」
「決まっています。貴方に弱みを握られたままなのが、気に入らないのですよ」
「うわー、そんな堂々と言わんでも」
真耶が言っている『弱み』とは、もちろん心の世界で見た様々な光景の事だ。
確かに真耶の過去を見る事にはなったけど、別に弱みを握ろうとしたつもりは無いんだがなぁ。
「『男に弱みを握らせるな、もし握られたら握り返せ』。昔、タエ子さんが私に教えた事です」
「いやまあ、うん。分からなくは無いけどさ」
「と言う訳で、この後全ての探索に私も同行させていただきます」
「......もう勝手にしてくれ」
まあ、心の世界に入られた時点で、こうなる事は予想してたけどさ。
にしてもタエ子さん、本当にしっかりした方だったんだなぁ......はぁ。
その後、俺と真耶は屋敷の中や周辺を隈なく見て回った。
俺の腰にぶら下がるケーブルは、残り四本。
だから計五つの端部があるはず......なのだが、それが何処を探しても見当たらない。
「あーくそ、一体何処にあるんだよ......」
数十分後、俺は自室の机に突っ伏していた。
真耶も疲れたようで、窓を開けて外の景色を眺めている。
なんか腹減って来たなぁ。そう言えば、俺の心の世界に入った時点で12時回ってたかもしれん。
「はぁ、帰りてぇ」
と。口にした瞬間。
「ん......あ、そうか!」
そのひらめきは突然降って来た。
「何か分かったのですか、ハルト」
「ああ、ここは俺の心の世界だ。俺が、この世界をどう捉えているかを反映した世界なんだ」
「分かるようで分からない発言ですね」
「つまり――こういう事だよ!」
スッと椅子から立ち上がり、後ろにある鏡の枠に触れる。
直後、渦を巻くように黒ずむ鏡の表面。
そして、何者も映さない暗闇の空間――二つの世界をまたぐ門が、俺達の前に現れたのである。
次回更新は6/21(月)を予定しています