Part19 ハニートラップとはこの事か
「戻るまで少し時間がかかりましたね。何処に行っていたのですか、ハルト」
「あー、ちょっと図書館に行っててさ」
イスミのラボに着くと、そこには椅子に腰を降ろして読書をしている真耶の姿があった。
......少し離れた所でレイドがニーナに説教しているが、関わらないでおこう。
「で、体調は大丈夫か?」
「ええ、身体の調子に問題はありません。そして今、“ウィザード”とやらを試している所です」
「へー......?」
そうかと言いかけた所で、俺は疑問を持つ。
『試す』と言っているものの、真耶は何も特別な物を身に付けていたり持っていたりしない。
ただ、本を読んでるだけに見える。
「もしかして、その本が特別なのか?」
そう言って後ろから覗き込むも、真耶が読んでいたのは安語の本。
本の至る所には絵や図が載っており、その外観や目にした事も無い難しそうな単語からして、専門書か何かの類なのだろう。
「いや試すって言ったって、肝心のウィザードが――」
「愚問ッ・鈍重ッ・スチュゥゥゥーピッッッド! ウィザードは生体一体型デバイス、そう最初に説明しましたがねぇ、被験者・ハルト!」
俺の肩をグイと押し下げて、イスミが後ろから顔を出して来る。
真後ろで叫ばれると結構うるさい。
「......イスミさん、俺は真耶が安語の本を読んでるようにしか見えない――」
「そうッ、それこそがッ! 今回の動作テストで導入した、ウィザードの機能でありますれば!」
「『機能』? どう言う事だ?」
「確かに、外から見ているだけでは分からないでしょうね。が、それにしても愚鈍ですよハルト」
「フォローするんだか馬鹿にするんだか、どっちなんだ真耶は」
ま、そこも含めて通常運転って事で、今回は見逃してやろうぞ。
「翻訳機能です」
「え、ほんや――」
「目にした文章を、設定した言語で瞬時に翻訳ッ! そして翻訳した文章を、ダイレクトに視覚に投影ッ! これこそが、被験者・真耶が体験しているウィザードの機能ッ!」
「なん......だと......」
受験生のワイ氏、脳天を貫かれる。
それなら調べ事が捗るなー、なんてレベルじゃねぇ、完全なチート機能じゃねーかコレェ!?
「え、聞き取りとかも出来たりするのか?」
「ええ、安語の音声を聞いても、月生語で聞こえます。安語と月生語では文法が異なるので、少しばかり間が空きますが」
「マジか......!?」
驚きを通り過ぎて、軽く恐怖体験である。
こんな物が普及したら、外国語のテストが無くなる所か翻訳家の仕事は完全に取って喰われる。
AIが人間の仕事を奪うー、とは地球でも聞いた事があるが、これはまさにソレだ。
教育業界に殺されるんじゃないか、この発明。
「驚くのは早いですぞ、被験者・ハルト。この井澄 剛、既に複数の機能を開発中! AR機能にVR機能、体調管理から五感の管理、マナの出力管理、ゆくゆくは0次元収容機能に量子コンピュータの技術を応用したパーソナルスーパーコンピュータ構想――」
壊れた機械のように、実装予定の機能を話し続けるイスミ。
これらが全部実現した時、一体どうなるんだろうか。変な組織に悪用されそうで怖いんだが。
と、手が付けられなくなったイスミに向かって、遠くからレイドが声を掛ける。
「おいイスミ、テストの時間が押してるんじゃな――」
「おぉーっとそうでありましたッ! さあさあ被験者・ハルト、貴方もこの素晴らしきデバイス発展の礎になるのです!」
「犠牲になるみたいな言い方やめろォ! と言うか切り替え早いな!?」
背中をグイグイと押されながら、俺は再びカプセルのある所まで連れて行かれる。
と。
その後ろから、真耶がスッと入ってくる。
そして口を開き、
「ハルト、大変そうですね。私も手伝いましょう」
......などと宣った
ん?
ンんん~~~?
「いやいや、そんなに大変じゃないですよ真耶さんや。俺の人生、重い経験なんて全然無いから」
「そうですか」
「って言いながらカプセルに入るなし! それにホラ、真耶だって疲れてるんじゃないのか?」
「......」
「いや無言スルー止めてもらいません!?」
済まし顔で、カプセルの中に入ろうとする真耶。
何だかさっきから超スピードで物事が進んでるが、要するに自分の心の世界が覗かれるのが嫌なのだ。
あそこまでガッツリ現実世界やら心境やら再現されたら、それこそ『あんな夢 こんな夢 いっぱいあるけど~』状態。
この毒舌腹黒性悪変態猫耳バトラーに弱みを握られるのは、絶対に嫌だっ!
もうなりふり構っていられない!
俺は真耶の手を直に掴み、カプセルの開閉ボタンを押させまいと抵抗する。
「男のくせにみっともない抵抗の仕方をしますね、ハルト。みっともないですよ」
「『みっともない』二回も言うなしぃ~~~!」
押そうと力を加える真耶、引き離そうとする俺。
が、単純な力勝負なら俺の方が有利だ。
今の内に、この後どうするかを考え――
ようとした時。
「どうしてですか、ハルト。私は、貴方の事を知りたいと思っただけなのに」
えっ?
一瞬真耶の顔に覗いた、乙女の表情。
同時に、控えめについた猫耳と尻尾がシュンと垂れる。
それはまるで、真耶の気持ちを代弁するかのようで。
普段とのギャップ満点なその顔は、余りに破壊力が高く――
「えい」
「ア゛゜゛ーーー!?」
呆気に取られた俺は力が抜けてしまい、その隙に真耶は手をスルリと解いてスイッチをポチリ。
ニヤリと口角を吊り上げる真耶。
は、図られたっ......!
「くっ、やりおったなこのバトラーめっ!」
「......ハルト、改めて言いましょう。これは忠告です。もう抵抗するのは、辞めた方が良いですよ」
「な、にを――」
そこまで言って、俺は気付いた。
ここには俺以外の人物が居る。何ならあのニーナが居る。
正座をさせられ、レイドに説教されているニーナだが、このやり取りを見逃している訳が無い。
そう思ってニーナに目を向けると――
「あの女......撮っているぞ! この一幕をッ!」
そう、ポケットから僅かに覗くスタホのカメラが、こちらに向いていたのだ。
撮られた以上、無かった事には出来ない。
そして幸か不幸か、真耶の言っていた事が何を意味するのか、俺は分かってしまった。
つまり、あの『私は、貴方の事を知りたいと思っただけなのに』という発言のせいで
ゴネる→乙女の心を踏みにじるなんて最低! ※あくまで表面上
承諾する→弱みを握られる
と言う地獄の二択が完成したのだ。
は......
「図ったなぁ~~~!?」
――その後俺は、真耶が心の世界へ同行する事をしぶしぶ認め、全てを諦めた安らかな表情で心の世界へと旅立つのだった。
次回投稿は6/14(月)19:10頃を予定しています
2022/8/28:一部描写を追記しました