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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
過去編①ー悪役令嬢は婚約破棄の為に我慢をしましたー
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束の間の安堵

 


「ファウスティーナ様のお世話を命じられました、メルセスと申します。今日からよろしくお願い致します」

「は、はい」



 女性にしては高い身長。緩く巻かれた白金色の髪をハーフアップにし、垂れ目気味な紫水晶は子供であるファウスティーナにも魅力的に見えた。愛らしい顔立ちな上、抱き締められたら虜になってしまいそうな豊満な胸が特徴の……いるだけで妖艶な女性メルセスが教会にいる間ファウスティーナの世話係と聞かされたのは今朝。

 シエルの屋敷の客室でファウスティーナはメルセスと初対面を果たした。

 シエルに保護されて10日目。最初の日から不安定に泣き続けていたファウスティーナも、漸く精神が安定を見せてきた。シエルが四六時中側にいて面倒を見てくれたお陰である。

 その間、司祭の仕事が疎かになってしまっていたのではないかと危惧したが……。



『全然気にしなくていいよ。仕事熱心な助祭さんが全部引き受けてくれているから』と眩しい笑顔で告げられると何も言えなくなり。ファウスティーナ自身も、側に誰かいないと急に不安になる為存分に甘えた。

 その間、公爵家から連絡は何度かあったとシエルから聞かされ、今はファウスティーナの為にそっとしておいてほしいと返事をしていると知り安堵した。言える範囲で説明はされており、詳細を話すのは暫く後になるとも聞かされた。


 2人の様子を見守っていたオズウェルは安心した息を吐いた。……見るからに疲れた顔をしているが何処かの司祭が全ての仕事を押し付けてきたせいである。

 メルセスは美人より、可憐な部類に入る女性。リュドミーラに似た美貌の女性を今のファウスティーナの世話役に指名したのはある種の賭けではあったが、そこにいるだけで周囲を和ませてしまう癒しのオーラを纏うメルセスに拒絶反応を示さなかった。


 緊張した面持ちのファウスティーナが挨拶をし終えるとメルセスは目線が合うようにしゃがんだ。



「司祭様からはファウスティーナ様のお世話と勉学のお手伝いもするように言い付けられております。なので、もっと元気になられたら私とお勉強しましょう」

「は、はい。あの、メルセス様は」

「メルセス、でいいですわ」

「でも、司祭様からはメルセス様も教会に仕える神官様だと聞いております」

「はい。ですが今は、神官業は一時休業でファウスティーナ様のお世話係です。公爵家にいる使用人と同じ扱いで構いませんわ」

「じゃあ……メルセス……は」

「はい」

「何処の家の人?」



 ラ・ルオータ・デッラ教会は、代々王族が管理する教会。最高責任者は王族関係者が務めるのが慣例となっている。当代の司祭や先代の司祭は王弟である。属する神官も位に関係なく貴族が務める。大体は、跡継ぎではない令息や結婚をしない令嬢が採用される。しかし、常に平民とは隣人同様の付き合いをせねばならないので貴族の身分を盾に傲慢に振る舞う輩は採用されない。平民貴族関係なく平等に接せられ、女神を崇拝する人だけが神官となれる。

 当代司祭のシエルの圧倒的過ぎる美貌のせいで女性神官はいないに等しいとオズウェルに聞かされたファウスティーナは、メルセスだけ居続けていることから彼女は高位の貴族出身なのではないかと推測した。個人の理由で高位貴族出身者を転勤させるのは難しいだろうと。

 しかし逆に高位貴族の令嬢が神官になるだろうかという疑問も生まれる。特にメルセスは慈愛に満ちた聖母を具現化させた雰囲気を纏う美女。



「私ですか? ふふ、女性神官は珍しいからファウスティーナ様が気になっても仕方ありませんわね。でも、内緒ですわ。言いたくないとかではないですよ? 魅力的な女性は秘密さえも自分の魅力にするのです」

「秘密を?」

「そうです。秘密の多い女性は、それだけでミステリアスで魅力的なのです。ささ、まずはデザイナーを呼んでいるのでファウスティーナ様の服をデザインしてもらいましょう」



 教会やシエルの屋敷には、11歳の女の子が着られる服は当たり前だがない。10日間は、街でも評判の服屋で上質なワンピースやドレスを買い占めていた。ファウスティーナの精神状態も安定してきたということで今日はデザイナーを呼んだのだ。公爵家に沢山あるとファウスティーナが戸惑いがちに告げても、気にしない気にしないとメルセスは小さな背中を押してデザイナーが待っている部屋へ連れて行った。


 2人を見届けたオズウェルは部屋を出て、そのまま屋敷からも出た。

 森林に囲まれた道を歩く。ファウスティーナの精神状態が不安定だった10日間、天気は常に曇天だった。雨も降った。まるで女神が泣いているファウスティーナの気持ちを表すように。

 今日は雲は多いが晴れ。久しぶりに太陽が顔を出している。

 このまま何事もなく過ぎていけば、雲1つない晴天がやって来るだろう。


 ずっとシエルに仕事を押し付けられていたオズウェルだが、今日からはちゃんと仕事をすると言うシエルの言葉を信じて、ファウスティーナとメルセスの対面に同席した。司祭でないと処理出来ない分は手を付けていない。量は日が進むにつれ溜まっていく。幸いなことにこの10日間、祝福を授ける貴族はいなかった。


 教会の裏側から中へ入る。薄暗い道を歩いていくと扉があった。ドアノブを下ろして開けた。長い廊下を歩くオズウェルへ通り過ぎる神官達は立ち止まって挨拶をしていく。

 オズウェルは廊下の奥を行くと左に曲がった。更に奥にある、大きな扉を開けた。



「やあ助祭さん。メルセスはあの子とうまくやれた?」



 昨日までは司祭の机にところ狭しと積まれていた書類は跡形もなく消えていた。朝早くから処理をしていたシエルはコーヒー休憩(タイム)に入っているらしく、高価なマグカップを机に置いていた。コーヒーの香ばしい香りが室内に充満していた。

 その気になれば大量の書類だって一瞬で片付けられるシエルに言いたいことは沢山あるが、言っても聞いてくれないので言わない。


 オズウェルはシエルの前に立った。



「ええ。問題なく」

「そう、良かった」

「メルセスなら、ファウスティーナ様ともすぐに打ち解けるでしょう」

「はは。それにしても助祭さん。貴方もあの子の世話役にメルセスを選ぶなんていい性格をしているよ」

「何のことでしょうか」

「はぐらかして。まあ、いいよ。そうだ、後で焚き火をしてスイートポテトを焼こっか。焦げた皮を食べるのが最高に美味しいからさ」



 突拍子もないことを言い出すのは定番中の定番だが様子が可笑しい。蒼の瞳が明らかに苛立っていた。

 オズウェルの視界に不意にある物が入った。四角い木箱に無造作に放り込まれている手紙の束。1枚手に取り、押されている家紋を見て「やれやれ」と呟いて戻した。



「教えてないのですか?」

「ヴェレッドが手紙で知らせるって言っていたから、私からは何も。聞く所によると陛下本人が突撃したみたいだしね」

「ある程度の説明は必要では? 公爵家にしたら、急に娘を教会に取られたと思っても仕方ない」

「は……」



 ゾッとする、冷酷な蒼が青銀を睨んだ。口元は笑っているのに。



「私が彼等に慈悲を与えるとでも?」

「冷静な判断をしなさい。何もかもシエル様が握っていては、公爵家や王家が知ろうと行動を取るのは当然。ファウスティーナ様がメルセスに心を開けば、シエル様もいくらか身動きが取れましょう。その時に陛下と公爵家を交え話をしてください」

「……陛下とは1度話したよ」

「!」



 この10日間、シエルはずっとファウスティーナの側にいた。眠っている間でも。

 どのタイミングでシエルはシリウスと会ったのか。疑問がありありと浮かんでいるオズウェルの為にシエルは感情を和らげた。



「4日前、だったかな。あの子が泣き疲れて眠っている間にね、少しだけ側を離れたんだ。そうしたら、タイミングが良いのか悪いのか陛下が来ている所に鉢合わせしちゃって」

「……はあーーー。ほんと、先代司祭様といい貴方達といい行動派なのにも限度があるでしょう」

「知らないよ。護衛も付けず1人で来ていたものだから、てっきり私に殺してもらうために来たのかと勘違いしたよ」

「……まさかと思いますが陛下に手を出していませんよね?」



 恐る恐る、確認の為にした質問に、シエルは拗ねた表情で答えた。



「してないよ。面倒臭い」

「話したのですか? 陛下に」

「……ある程度は」

「王太子殿下がファウスティーナ様にした仕打ちは?」

「薄々、王太子が原因とは気付いているみたいだった。あの子を保護した日から、王太子の様子がおかしいと言っていたから。その後のことは知らないよ」

「女神の生まれ変わりは必ず王族と婚姻を結びます。最悪、王太子殿下が駄目だったら第2王子殿下と婚約を結び直す可能性もありましょう」

「それも全部、ファウスティーナが完全に落ち着いてからだ。もう少し様子を見よう」

「畏まりました」



 (こうべ)を垂れ、手紙が放り込まれている四角い木箱を持ったオズウェル。焚き火の燃料にするのにとシエルは不満げだ。



「焚き火にする前に確認するのです。シエル様のことだから、何も見てないでしょう」

「ヴェレッドからのは読んだよ」

「……あの坊やといい、貴方といい、陛下といい……困ったちゃんばっかり周りにいて苦労しますよ」

「予想通りというか、上を行っているというか……」



 昏く、濁った蒼い瞳でも天上人の美貌は失われない。木箱からヴェレッドからの手紙を探し、見つけたオズウェルは封筒から手紙を開いた。

 書かれているのはヴィトケンシュタイン公爵家の内情、である。



「これも今まで砂糖を与え続けた彼等の責任だ。ずっと甘いお菓子ばかり与えられていたら、ぶくぶくと肥え太り、甘い世界からは抜け出せなくなる」





読んでいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今の王家が全滅してシエルが王位について ファウスティーナとの血縁を公表し ケインを王配にってのが一番良さそうな
2020/10/12 11:46 無様な王子()
[一言] 連投お疲れ様です。 メルセスさんすごく良い人に見えますが癖があるってなんだろうなー。まさか女そ……。シエル様ヴェレッド君はじめ教会は美形多くて眼福ですねー。 ファウスティーナは鬼婆のダサいセ…
[一言] あの公爵家は終わってるからな。
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