馬車内での会話
「で?」
「うん?」
漸く眠ったファウスティーナの背中を一定のテンポで撫でながら、向かい側の席を丸々利用して座るヴェレッドへ問うた。
「公爵家にはどんな手紙を送ったの?」
「お嬢様はシエル様が貰うねって書いた」
「……君に任せた私が馬鹿だった」
「えー。あ」
「えー、じゃないし、何」
「届くのはかなり遅くなっちゃうかも」
「……」
態とだ。そうとしか考えられない。
子供が悪戯に成功した笑みで答えたヴェレッドに大きな溜め息を吐いた。態とであり、大部分は嫌がらせだ。公爵家への。王妃教育からファウスティーナが戻るのは大体夕刻だ。時間が過ぎても戻らなければ必ず公爵家は騒然となる。ヴェレッドによると、ファウスティーナの送迎をする為の馬車で待機していた馭者には今日は城の馬車を使うからと伝え、更に指定したルートで通るよう指示をして帰らせたのだ。
シエルの名前を使って。
教会の司祭ではあるが王弟でもあるシエルの命令ならと疑問を持たず、馭者は帰って行ったとか。
笑みを消し、真顔になったヴェレッドからシエルに問うた。
「すぐに王様はシエル様を呼び出して公爵と話をする筈だよ」
「考えなくても分かるよ」
「ここまできても王様がお嬢様を公爵家に戻せって言ったら、さすがに幻滅するよ」
「……させないさ。もう2度とこの子を公爵家には戻さない。陛下や公爵達が何を言おうと」
「そう」
嵐の前の静けさがシエルから感じられる。内に秘める、触れれば灰も残らない憎悪の炎を表に出さないよう止めている。この場にいるのがヴェレッドだけなら片鱗を見せただろうが、腕の中には散々泣いて眠ってしまったファウスティーナがいる。不穏な気配を察知して起きてほしくないのだ。
「……良かったね。嫌々登城した甲斐があって」
「そうだね……」
良かったと表現して良いのか迷った挙げ句の発言。
毎年シエル宛に、国王であり異母兄であるシリウスから何回か登城要請が来る。出向く義理も道理もないので全て拒否を貫いていた。今日だけ出向いたのはほんの気紛れだった。11年前自分の手元を離れては年に何度か顔を見せ、今回もふらりと現れたヴェレッドも同行させて。
あわよくば、王妃教育に励むファウスティーナの姿を少し見たかったのもあった。
年に1回、誕生日にしかファウスティーナに会えないシエルは年々表情から笑顔が消えていくファウスティーナが心配で仕方なかった。何度か公爵夫妻を脅しても効果はなく。更に4年前目の前で公爵夫人に理不尽な理由で頬を打たれたファウスティーナがあまりにも可哀想で思考が追い付く前に体が勝手に動いてファウスティーナを保護した。期間も数日だけ。話がシリウスにまで行き、公爵夫妻には厳重注意をし、シエルには無理矢理ファウスティーナを公爵家に渡させた。
全ての間違いは11年前から。大きなチャンスを逃したのは4年前。
「シエル様」
「どうしたの」
「寄り道しない? お嬢様が途中に起きた時、お腹減らしてたら可哀想だから」
「君が減ってるだけでしょう。でもそうだね。ずっと泣いていたから水分も必要だ。適当なとこで降りてパンと飲み物を買おうか」
「うん。……ああ、そうだ」
面白い玩具を見つけた子供の微笑みであるものを見たとヴェレッドが話した。
「王子様……あ、2人いたんだっけ。王太子様が真っ青な顔をして誰かを探してたよ。ひょっとして……」
眠るファウスティーナに目を向けるとシエルが喉を鳴らした。
「……今更遅い。この子に散々なことを言ってくれたみたいだからね。大方、冷静になって考えると焦り出したんだろう」
「へえ……ふふ、王様に見た目そっくりだけど、中身までそっくりなのかな?」
「どうだっていい」
甥であるベルンハルドをシエルなりに可愛がっていたが最早どうでも良くなった。ファウスティーナがベルンハルドに好意を寄せていたから、眉を顰める話を聞いても様子見をしていた。その結果がこれだ。
「お休みファウスティーナ。いい夢を見るんだ」
眠るファウスティーナが見ている夢が幸福でありますように。そう願いながら、シエルはずっと小さな背中を撫で続けた。
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