母に似ていたら愛された?
2020/10/16 ※ファウスティーナが誕生日に母に打たれた年齢を8歳→7歳に修正しました。
~揺りかごが揺れた 起きてしまったの 私の愛しい子
宝石のような 可愛い子
あなたの幸せが私の幸福
あなたの笑顔が私の宝物
でもまだお眠り
あなたに外の世界はまだ辛い
いつか 1人で歩けるようになった時 私と手を繋ぎましょう
空の下 太陽を瞳に宿した 私の愛しい子~
聞いたことのない歌を子守唄にファウスティーナは眠っていた。温かく、ずっと感じていたい優しい温もり。誰が体温を分けてくれているのか。きっと、泣いている自分を見つけて拾ってくれた司祭だろう。司祭はいつもファウスティーナには、優しく慈愛に満ちた微笑みを見せてくれた。7歳の誕生日、教会の花を見たいと両親に強請ったファウスティーナだが、父からは了承をもらっても母からは断固反対された。時間がないと。
母に似た妹なら、きっと2つ返事で許されただろう。それがファウスティーナになると許されない。思えば、母にしたお願いで通ったお願いはない。全てが駄目だと、貴方は王妃になるのだから駄目だと拒絶され続けた。
――将来公爵になる兄は? 今は決まっていなくても、大きくなったらそれなりの家に嫁ぐ予定の妹は?
何故2人は許されて自分だけが許されないのか。今日の王妃教育が終わった後、いつもみたいに邪険にされ、話を聞いてもらえなくてもしつこくベルンハルドに会いに行ったファウスティーナは、そこで酷い暴言をもらった。
“お前のような底意地の悪い相手が婚約者となった僕の気持ちにもなれ! お前は僕の唯一の汚点だ!”……と。
切っ掛けは……ああ、4年経ってもエルヴィラに向ける笑顔も優しさも向けてくれないベルンハルドに皮肉たっぷりに、殿下もお涙頂戴の才能しかない妹が可愛いんですねと嫌味を言ってしまったのが原因だった。ずっと下に見続けていた相手に反抗されて、頭に血が昇ったベルンハルドに放たれたのが上記の言葉だった。散々な言葉をベルンハルドや母親に吐かれてきたが、それ以上の刃物を与えられ心が限界に達した。
みるみる内に視界は涙で覆われ、隠したくても隠しきれない震えは全身に及んだ。ベルンハルドの困惑した声に何も返さず、ファウスティーナはその場から走り去った。
走って、走って、走って。
駆け抜けた道に人が殆どいなかったのが幸いだった。人気がほぼない庭で蹲って泣きじゃくっている所を司祭が拾ってくれた。
ファウスティーナだって好きでベルンハルドの――王太子の――婚約者になったのではない。
数百年振りに生まれた女神の生まれ変わりだから、必ず王子と婚姻を結ばないといけないから結ばれた婚約だ。
必死になって公爵令嬢としての勉学を、王太子妃としての勉学に励んだのは、他でもない、ベルンハルドの為。ベルンハルドの妃になるに相応しくなる為に。
肖像画で見せられた時、彼なら自分だけを見てくれると強く信じてしまった。全身に強い衝撃を受けたせいだ。会ったことがないのに、何処かで会ったような、錯覚にも似た感情に陥った。
紫がかった銀糸、王族の証である瑠璃色の瞳の、美貌の王子に。
……だが、全部無駄になった。
結局、時間を犠牲にしても、感情を犠牲にしても、絶対的に愛されるエルヴィラには勝てないのだ。女神の生まれ変わりであろうと、母親の愛情も愛する人の愛情すら向けられない。
何故女神は自分を選んだのか。司祭に抱き締められて眠るファウスティーナは思う。女神ではなく、母に似ていたら、きっと母もベルンハルドも愛してくれたのに。
「ひく……ひ……あああっ……」
「よしよし。もう大丈夫だよ。安心していいから。泣きたいなら我慢しなくていいよ」
思えば思うだけ、心が押し潰されそう。耐えきれず、泣き声を上げると司祭――シエルが必ず慰め、励ましてくれる。年に1回しか会わず、特別親しい訳でもないのにシエルの声は他の誰の声よりもとても安心してしまう。父や兄の声とはまた全然違う、安心感。服をぎゅっと握り締めたファウスティーナは涙に濡れた顔でシエルを見上げた。
天上人の如き美貌が悲しげに歪んだ。
「わたし……わたし……」
「うん」
「わたし……っ、お兄様やエルヴィラみたいに、お母様に似たかった」
「……」
「そうしたら……っ、お母様も……殿下も、わたしをきっと、見てくれたっ」
「……それはないよ」
シエルなら同調してくれると思ったが首を振られた。え、と戸惑うファウスティーナは微笑まれた。
「仮に君が公爵夫人に似ていようが夫人も王太子も君を見なかったよ。彼等が可愛いのは、弱く可憐で涙に濡れやすい少女なのだから」
「……」
母がよく言っていた。エルヴィラは可愛い妖精姫だと。自分には言ってくれないのに。俯くと「ファウスティーナ様」と呼ばれ、顔を上げた。
「これからはもう気にしなくていい。君にとっては酷かもしれない。母親に、婚約者に愛されないのは確かに辛い。だが元来、貴族とはそういうものだ。子を家の成長の為の道具としか思わない親もいれば、政略結婚で絶対に結婚するのだから相手を必ず愛する必要もないと判断する婚約者もいる」
「……お母様と殿下みたいですね」
「そうだね。君は運が悪かっただけだよ。最悪の相手が2人、親と婚約者に当たってしまった。これ以上ない不運だ。でも、ずっと頑張ってきたのだからもう楽になりなさい」
「……司祭様は、家に帰らなくていいと言いました。……お母様が私を取り戻しに来たら」
「ああ、大丈夫。私こう見えて強いから、公爵や夫人が来ても追い払ってあげる」
他人に迷惑を掛けた。これだけで母が鬼の形相でファウスティーナを連れ戻しに来る未来が容易に想像出来る。父は優しく、平等だ。時に行きすぎた教育で母に叩かれて泣いているファウスティーナを探して慰めてくれたり、鎮まらない怒りをぶつけてくる母を止めてファウスティーナを外に連れ出してくれたり。身内で味方なのは父と兄しかいない。
侍女のリンスーも。ベルンハルドと会ってからは、彼に相応しく、また可愛く見えたいからと髪型やドレスを着飾っても嫌悪しか向けられないとよく八つ当たりした。リンスーだけじゃなく、他の侍女にも。その度に今まで母に理不尽に怒鳴られて同情してくれていた侍女達からも腫れ物扱いをされた。そんな時でもリンスーだけはファウスティーナを見捨てず、根気強く諭した。
言動も、態度も、振る舞いも。一介の侍女にしたら出過ぎた行動かもしれない。真摯に自分と向き合ってくれたリンスーの言葉だからこそ、ファウスティーナも受け入れ、信用した。母であれば反論して、倍になって叱られて、更に反論して、最後に叩かれる。これの繰り返しだ。
口調は穏やかなのに力強い意思を感じる声色にすっかり安心してしまい。うとうとしだしたファウスティーナはポンポンと頭を撫でられた。
「沢山泣いて疲れただろう。お眠り」
「……はい」
「しっかり寝て、元気を取り戻したら一緒に遊ぼう。少しくらい休んだって誰にも文句を言わせない」
「はい……」
「王妃殿下は君の頑張りを認めている。少しの間休んだって、寧ろ、君の心が安定するのならきっと了承してくれる」
「王妃様は、とっても優しいです」
「王妃教育は厳しいと聞くけど?」
「厳しいですけど、最後はよく出来たわね、って誉めてくれるんです。王妃様の手はとても温かくて……いくらでも頑張れるんです」
「そう……」
あの温かみを求めて王妃教育に励んだと言っても過言ではない。
「……王妃様がお母様だったら良かったのに……」
意識を真綿のように包み込む心地好い睡魔のせいで、最後何を呟いたのか自分でもよく分からず。
ファウスティーナは穏やかな眠りに就いたのであった。
「……ごめんね」
読んでいただきありがとうございます。