不思議なコールダック
番外編4つ目です。
誘拐されている間、ファウスティーナが見ていた夢です。
1年前の誕生日と比べると、天と地の差がある今年の誕生日。パーティが開けなかったのは残念だが仕方ない。今のファウスティーナは、病弱の体を装っている。我慢するところは我慢して、しないところはしない。
夜眠り、朝を迎えたら起きるだけ。……なのだが、どうも可笑しい。
というのも、目を覚ましたファウスティーナは現実味がなかった。頬を触っても感触がない。起きたら眠い感覚があるのにそれが全くない。
試しに呼び鈴を鳴らそうと思うがそれがない。普段は定位置に置いてあるのに。自分で呼んでも、誰も来ない。
もう1度、頬を触った。何度触っても感触がない。
「これって、俗に言う……夢?」
きっと夢だ。そうに違いないと言い聞かせ、夢なら何をしてもいい。それに、だ。夢が醒めないということは、現実世界はまだ起きなくてもいい時間。暫く夢に浸っても大丈夫だろうと判断し、どうしようかとベッドに腰掛けた。
「小説とかだと、自分の想像したものとかが現れたりするんだよね?」
昼間、リクエストしたアップルパイを思い浮かべてみた。リンスーがオススメしてくれただけあって美味しかった。またあの味を食べたいと願うのは、人間の本能だろう。
アップルパイ、アップルパイ~と念じ、更に言葉に出した方が想像力がアップするのでは? と鼻歌混じりに紡いだ。
「アップルパイが1つ~きのこパイが1つ~」
楽しくなって歌いながら部屋を好きなように躍り始めた時だった。
「コールダックが1匹~…………え?」
きのこパイの次はピーチパイと言おうとしたのに出たのはコールダック。
何故か?
「……」
扉の前に1羽のコールダックがじぃーとファウスティーナを見つめていた。
「……」
「……」
これは自分が望んだ形なのか? ファウスティーナはパイを望んでいた筈。
近寄ってみると……コールダックが羽を広げた。驚いたファウスティーナは距離を取った。
「ち、近付くなってこと?」
「……」
コールダックは何も発しない。どんな鳴き声か知らないので想像するのも無理なのである。
「と、取り敢えず、そっとしておこう」
時間が経てば、コールダックから近付いて来るかもしれない。
ふう、と息を吐いたファウスティーナは、不意に視界に入ったある物に目を輝かせた。
先程までは無かった物がソファー前のテーブルに置かれていた。
「アップルパイだー!」
言葉は大事だと実感した瞬間だった。夢の中で欲しい物があれば、想像するよりも言葉にした方が出てくれると初めて知った。
どうせ自分の夢なので、何を食べようが自分の自由。ソファーに座ってナイフとフォークを持った。
「いただきます!」
ナイフとフォークも一緒に置かれている理由。夢だからいい。これに限る。
「わあ! 夢なのに美味しい!」
誕生日プレゼントのリクエストで食べたアップルパイに劣らない美味しさ。夢なのに。
ぱくぱく食べているファウスティーナを、同じ場所から微動だにせずコールダックは凝視する。
視線に気付かない、気にしていないファウスティーナはあっという間にアップルパイを食べ終えた。
満腹感があるかどうかは微妙だが、とても美味だったので細かいことは気にしないことにした。
「そろそろ起きなきゃいけないよね……」
アップルパイを食べた時間を入れると長く夢の世界にいる。満足したファウスティーナは起きるにはどうするか考える。
「夢って、不意に目が覚めて終わるから、意識して起きるってどうやるのかな」
誰に聞いても分からないと言われそうな疑問。ケインには聞いたら、こんなことを考えるのはファナくらいだと、言われるのがオチ。
「私の次はお兄様、お兄様の次はエルヴィラ、か」
前の人生、自分の誕生日で幸せな瞬間はあっただろうか。
ベルンハルドと婚約が結ばれてから、毎年彼にどんなプレゼントが貰えるか楽しみにしていた。高価な宝石やドレスが殆どだった。気がする。
「……なんで私の記憶、抜けてるのが多いんだろう」
前回、どのようにして終わったかを知れれば、手掛かりとなるのに。こうして子供の頃に戻っているということは、少なくとも前のファウスティーナは公爵家を勘当された後、死んでしまったのだろう。
死に方が残酷で、脳が無意識に蓋をしているという仮説が正しい気がする。
「どうにかして、貴族学院に入学する前に殿下と婚約破棄をして、殿下にはエルヴィラと婚約してもらわないと」
“運命の恋人”であるエルヴィラでないと、ベルンハルドは幸せにはなれない。前回多大な迷惑を掛けた分、幸せになってほしいと願うのは当然だ。例え心に、ベルンハルドへの恋心があるとしても、エルヴィラと仲良くしている場面を見る度にちくちく痛んでも、今はファウスティーナを優先してくれていても。最後はエルヴィラと結ばれ幸せになるのだ。
「どうせなら、殿下とエルヴィラがちゃんと幸せになったかどうかだけでも、覚えておきたかったな……でもまあ、フォルトゥナとリンナモラートに認められた2人だもの、不幸な筈ないか」
運命の糸によって結ばれている2人を引き裂こうとした自分が願うのは間違いだろうが、お互いが側にいるだけで幸福に浸っていたのだ。今回は寧ろ、ファウスティーナが邪魔しない分、更に幸せになれる。
うんうん、と自信満々に頷いたファウスティーナは扉へ目を向け、未だ前にいるコールダックに近付いた。
コールダックは威嚇しない。
「さて、自分で夢から覚めるってよく分からないけど、部屋を出たら起きれる気がするの。コールダックちゃん、そこ通るね」
コールダックを退かそうと両手を伸ばした。
時だった――!
「クワッ!」
「うわ!」
突然、コールダックが大きく羽を広げ、暴れ出した。さっき以上に驚いたファウスティーナは慌てて下がった。
「いきなり触ろうとしたから怒ってる!? 怒ってるの!?」
「クワ~!!」
「う、うわあああああああああああ!!」
鳴き声、というより、叫び声に近い形で鳴くコールダックがファウスティーナに迫った。
危機感を抱いたファウスティーナは逃げたが、コールダックは関係なく追い掛けて来た。
「なんで追い掛けてくるのー!!?」
扉を通るのに邪魔だから抱っこをして退かそうとしただけ。やはり、いきなり触ろうとして怒っているのか。コールダックに追い掛け回されるファウスティーナは、今が夢の世界なのを忘れてリンスーを呼んだ。何度か呼んでいる内に思い出して逃走に集中した。
暫くして――
「はあ……はあ……」
何十分も走り続ける体力は子供にはない。全力で逃げ回っていたファウスティーナは、肩で息をして両膝に両手を当てて呼吸を整えていた。追い掛けて来ていたコールダックは止まったファウスティーナを凝視している。
「な、なんなのよ、一体」
逃げている最中、扉に近付くと更に飛び蹴りまでされる始末。自分の夢が生んだ凶暴なコールダックに太刀打ちも出来ない。情けない話である。
夢でも走り回っていると不思議とお腹が減った。
はあ、と深い溜め息を吐いたファウスティーナの目にある物が映った。
「きのこパイだ……!」
最初のアップルパイと同じく、テーブルに出来立てのきのこパイが置かれてあった。きのこの食感が大好きなファウスティーナは、毎日でもきのこを食べたい。薄黄色の瞳を輝かせてテーブルに走り寄ると、ふとコールダックを見た。扉の前でじっとしている。
「……」
何もしてこないことを祈りつつ、ソファーに座っていつの間にか置かれているナイフとフォークを持った。
「きのこパイもいただきます!」
夢であろうが食事のマナーは大事に。
体に染み付いた習慣は忘れない。
味もファウスティーナのよく知る味。本人の覚えているきのこパイが出ているのだろうと納得するが、あれ、と首を傾げた。
コールダックの鳴き声を知らないのに、何故コールダックは鳴くのだろう。
「……」
前回聞いているが記憶が抜けている――十分に有り得る。実は前回に起きていたのに、全く覚えていないということが何度か起きている現状仕方ないと諦めるしかない。
きのこパイも完食した。後は、目覚めるだけ。しかし、また扉に近付くとコールダックが凶暴化して追い掛け回して来る。どうにかして夢から醒めないといけないのに。
「……うん?」
自分で必死に起きないとと願っても、実際問題、現実世界はどうなっているのか。
「もしかして、実は現実の私に何かあって起きないだけなんじゃ……」
ベルンハルドとの顔合わせの日に、謎の高熱を出したのと同時に倒れた。お陰で記憶を取り戻せた。寝ている最中、体に異変が起きて起きないのではなく、起きれないのではないかと仮説が生まれた。
「そうだとしたら、コールダックちゃんは起きるまでに自分で用意した遊び相手とか……?」
「クワ?」
何を言っているの? と言わんばかりに首を傾げたコールダックにないないと首を振った。考え過ぎである。
馬鹿な考えは捨て、夢から醒める方法を改めて考えるも……部屋を出る以外、無い気がしてならない。
ファウスティーナはコールダックの前まで来ると目線が合うようにしゃがんだ。
「そこ、通っちゃ駄目?」
「クワッ!」
肯定された気がする。
「コールダックちゃん……私、起きてしなくちゃいけないことが沢山あるの」
「クワ?」
「コールダックちゃん……長いから、ダックちゃんでいっか。ダックちゃん、私ね、起きて今度こそ間違えないって決めてるの。殿下の恋路を邪魔しない、殿下の幸せを邪魔しない、その為には殿下がエルヴィラを好きだって自覚してもらわないといけないの」
「……」
「ま、まあ、ダックちゃんに言ったって仕方ないけど……」
そこは自分の夢が作った存在。他の誰かに聞かれる訳がないので思うままに言葉を紡げる。
「エルヴィラだってそう。今の泣いてばかりで苦手なことから逃げ続けてたら、結局前のアエリア様みたいに迷惑を被る人が必ず出て来る。公爵令嬢として、未来の王太子妃として、立派になってもらわないといけないの」
弱く、守ってあげたくなる庇護欲豊富な妖精姫では困るのだ。可憐でありながらも凛とした姿で立つ気高い妖精姫であってくれないと。ファウスティーナの願いは叶えられない。
「……」
コールダックは反応を示さない。黙ってファウスティーナを凝視する。
「……クワ」
小さく鳴いたコールダックは、困り果てているファウスティーナの前から退いた。正確には、扉の前から退いた。
「え」
きょとんとするファウスティーナの横に並んで扉の方へ羽を広げた。
「行けってこと?」
「クワッ!」
「さっきまではめちゃくちゃ追い掛け回してたくせに……」
あの追い掛けっこは何だったのか。素直に退いてくれるなら、初めから退いてくれれば良かったのに。心の中で恨み言を言いつつ、ドアノブに手を掛けた。
――本物の“運命の恋人”を誰か知ってる?
「え……」
一瞬、本当に一瞬。
全く知らない女性の声が脳裏に響いた。反射的に後ろを振り返るが、いるのはコールダックだけ。もう1度聞こうにも、何も聞こえない。
「……」
気のせいだったのか?
もやもやしながらも、ドアノブを下げた。
「クワッ」
ドアノブを下げた瞬間、ファウスティーナの姿は消えた。
残ったのはコールダックのみ。
ペタペタと可愛らしい足音を鳴らしながら、ベッドに飛び乗ったコールダックは下を向いた。ファウスティーナがいた頃にはなかった、数種類の宝石があった。
シトリン、ラピスラズリ、ルビー等。
左の羽で宝石を転がした。
同時なのに、シトリンだけ最も遠くへ行った。ラピスラズリは後を追うように動くも、側にルビーが来て動きが止まった。
落胆するように首を振った。
「クワワ……」
右へ、左へ、また右へ。
宝石を転がし続けた。
ラピスラズリとルビーは離れない。
シトリンだけ、とても遠い。
「……」
また、左へ転がした。
「クワ……」
ラピスラズリとルビーは、何処へどう転がしても離れない。
――運命の糸は、今回も2人を強く結んでしまっているから?
「クワワ」
違う、とコールダックは首を振った。
正確には……
――そうなる運命を強く望んでいる者がいるせいである
と。
読んで頂きありがとうございます!
ひろさん。様
素敵なリクエストありがとうございました(*´∀`)
次回で番外編最後です。
その次からは新章ですが、すみませんがお時間を頂くことになります(´・ω・`)
詳細は次回の更新時の際、活動報告にて。