運命を信じる?
番外編三つ目です。
ファウスティーナとケインのお話になります。
折角思い出した前の自分の記憶。11年片想いし続けたベルンハルドの為に、実の妹を殺そう等とする長女を生んで顔に泥を塗らせてしまった公爵家の為に、疾うに見捨てられてもおかしくないのに最後まで味方でいてくれた父や兄の為に、最後には勘当されどうなったか全然思い出せない自分自身の為に、必ず不幸の原因であるベルンハルドとの婚約を破棄しないとならない。
何故思い出したかは、今更考えても仕方ない。気になっても分からないのなら、目的を達成してからゆっくり考えるのもアリな気がする。私室のベッドの上、腕を組んでうーんと考え込むファウスティーナは1つ大きな欠伸をした。今は(一応)自分しかいないので、多少はしたない真似をして怒る人はいない。
「ぶっちゃけ、婚約破棄って、片方に問題があってされるものだよね」
なら、ファウスティーナは十分条件に当てはまる。
顔合わせの日当日に謎の高熱で倒れ、更に日数を開けて王妃主催のお茶会で倒れ。王太子妃となる令嬢の体調が不安定なのは駄目。なのに、王家は頑なにファウスティーナとベルンハルドの婚約を解消しようとしない。父シトリン曰く、国王の意思が固いのも原因だと言っていた。
ファウスティーナはふと、国王シリウスに似ているシエルを思い浮かべて見た。シエルは王弟ではあるが異母兄弟。曰く、仲は全く宜しくないのだとか。
勇気を出してシエルに婚約破棄に必要な準備は何か聞くべきだろうか。ヴェレッド経由でベルンハルドと婚約破棄したいと伝わった。最初はどうして言うの! と泣いてしまったが、よくよく考えるととても力強い味方ではないだろうか。王弟なら、例え女神の生まれ変わりであっても体調が不安定な令嬢を王太子の婚約者のままにするのは危険だと、シリウスに進言してくれそうだ。
「そうと決まったら、司祭様宛に手紙を! ……あ」
だが、ふと動きが止まった。
手紙をシエルに送ったと両親にバレたら、絶対に内容を聞かれる。過去両親とシエル、両者の間で何が起きたか不明だが、どうもシエルがファウスティーナに関わるのを快く思っていない節がある。ファウスティーナとしては、頼れる大人の味方がいて有り難いのに。
この間も、シトリン宛の手紙をシリウスから預かったヴェレッドがついでにファウスティーナに会わせてほしいとリュドミーラに取り次ぎを頼むも、ファウスティーナが来るまでは取り合おうとはしなかった。
リンスーに内密に届けるよう頼むのもいいが、余計な心配を掛けたくない。
ここは諦めよう。どうせもうすぐ、教会へ移住するのだし。
「この後どうしよう」
昼食も終え、おやつも終え、王妃教育や家庭教師とのお勉強は今お休み中なのでなく。1人時間を持て余していた。また、部屋には護衛が2人いる。誘拐された後付けられた。彼等も仕事だからと自分に言い聞かせるも、いるとやはり息苦しい。
時偶、母が部屋を訪れるがこれといった用事はなく。今みたいにぐうたらしていたらお説教の言葉が幾つも飛んでくるだろうが。
他に時間潰しの方法を考えようと寝転んだ。
大きな溜め息を吐くと「でかい溜め息だね」と横から呆れ口調の声が飛んできた。ファウスティーナは慌てて飛び起きた。
さっきまでいなかった相手、ケインが普段の無表情でベッドの横に立っていた。ファウスティーナを見下ろす紅玉色の瞳は、微かにお怒りモードである。
「お、おお、お兄様!」
「暇だからってぐうたらしてたら太るよ」
「ちゃんと運動はしてます!」
「運動の量とスイーツの量のバランスが取れてない。スイーツの方が圧倒的に多い。まあ、リュン一推しの子豚になってもいいなら、そのままでいいよ」
「お兄様は私に頻繁に子豚ネタを引っ張り出しますが、子豚になってほしいのですか!?」
「どっちでも。なって困るのはファナだから」
「私の方にデメリットが多いではありませんか……!」
「しょうがないよ、ファナだし」
「どういう意味ですか!?」
「そのままの意味」
「ぐぬぬ……」
この似ている流れは何歳まで続くだろう。1度でいいから涼しい顔を崩したい、言い負かしたい。相手の方が頭の回転が何倍も早いのだ、無理である。何度か立ち向かおうとするも相手にもされない。こうやって言い負かされて終わりである。
「退屈なら、俺とおいで」
「何処へ行くのですか?」
「偶には、邸内を歩き回るのもいいよ。時間潰しにもなる」
「そうですね」
生まれ育った邸内を歩き回るという発想はなかった。よく考えてみると隅から隅まで歩き回った覚えがない。大抵、使用する部屋や歩く道は決まっていたので。
差し出されたケインの手を握り、ファウスティーナは部屋を出た。護衛も後ろを付いて来る。
困ったように小さく溜め息を吐くと「仕方ないよ」と諭された。
「彼等も仕事だから」
「分かっていますが窮屈で……」
「もう少しの辛抱だ。教会までは付かないだろうし」
「だといいですね」
もし付いて来るなら全力で拒否したい。
「教会での生活が楽しみですけど、ちょっとだけ気がかりが」
「どうしたの」
「お母様とお父様です。お二人は、私と司祭様が関わるのをあまり良く思っていないように見えるので」
「事実じゃない?」
「え」
「何が起きたか、詳しいことは知らないけど、俺達がずっと小さい頃に色々とあったみたいだよ。リオニー様が言ってた」
リオニーとは、シトリンの親戚に当たる女性で、今は王国で唯一女性ながら侯爵を務めている。
リオニーには、年に片手で数える回数会えたら多い方だ。今年は1回しか会えていない。何時聞いたのか訊ねると1年前だと言われた。
1年前……ファウスティーナは嫌な記憶を思い出した。苦笑いのような、疲れたような顔をするとケインが声を掛けた。
「どうかした?」
「い、いえ……去年の誕生日を思い出して……」
「ああ……」
言われたケインも苦い顔をした。
ファウスティーナ自身、今年の誕生日が幸せ過ぎて思い出さないようにしていた。去年は、当たり前の話前の自分の記憶は思い出せていない。
例年通り、教会に行って司祭に祝福を授けてもらうのは同じだった。違ったのは、その時ファウスティーナは外に植えられている花をもう少し見たいと言った。年に1回しか見られない教会で世話されている花は、庭の花とはまた違った種類の花が多く、貴重だからもう少しだけとお願いした。
だが、母リュドミーラが許さなかった。
「お父様は少しだけならって言ってくれましたけど、お母様はそんな無駄な時間はないって許してくれませんでした」
「花を見る時間くらいあげたらって思うよ。ファナの場合、長時間眺める傾向があるから反対したのだろうけど」
「私だって、移動に時間が掛かるので長く見るつもりはありませんでしたよ。ほんのちょっとだけで良かったのです」
反対され、シトリンに味方してもらう手はあった。が、そこは嘗てベルンハルドが毛嫌いした我儘娘。リュドミーラに対し、反論して最後にエルヴィラなら許すくせにと言ってしまった。これを言ってしまえば、この後どうなるか分かるのに。
カッとなったリュドミーラに頬をひっぱたかれた。あの時の、上層礼拝堂に響いた音は忘れられない。
「…………よくもまあ、シエル様の前でファナを叩けるものだよ」
「? 何か言いました?」
「なにも」
小声で何かを呟いたケインを怪訝に思いつつも、ファウスティーナは話を続けた。
祝福を終えた直後だったので、場所はまだ上層礼拝堂。当然、自分達以外にも人はいた。司祭と助祭がいた。
改めて思い出して、うん? となった。
助祭が『……ああ……神聖な教会がラズベリーに染まってしまう』と意味不明な言葉をこの世の終わりのような顔で紡いだ。
次に聞こえたのはシトリンの母を呼ぶ大きな声。滅多に声を上げない父の声にビクッとなったのはファウスティーナだけではなかった。ハッとなったリュドミーラは、自分の手とファウスティーナの赤く染まった頬、更に周囲を見て身体を震わせ始めたのだった。
……詳しく覚えているのはそこまで。後は、無言のまま自分を抱き上げたシエルに連れられるまま上層礼拝堂を降り、司祭の部屋で叩かれた頬に冷たい水で絞ったタオルを当てられた。
『可哀想に……痛かったろうね。公爵夫人は、ああやっていつも君を叩くの?』
泣くもんかと必死で涙を我慢していたファウスティーナは、ゆっくり、ゆっくり首を縦に振ることしか出来なかった。……気のせいか、部屋の温度が数度下がった気配を感じた。
(思うけど、確か前回の時も同じことが起きた。これのせいで2、3日教会で過ごしたけど、ずっと保護されてた方が良かったんじゃないかな)
どんなやり取りがされたか未だに不明だが、迎えに来た両親の顔色――特にリュドミーラは青一色だった。シエルの方も渋々といった様子でファウスティーナを返していた。
(ずっと教会にいて、屋敷にいなかったら、殿下とも会わずに済んで、お母様やエルヴィラにも会わずに済んで、万々歳だったよ。婚約者の定期訪問とかで来ていた殿下も、私に会いに来るって名目でエルヴィラに会える訳だし。……うん、皆ハッピーじゃない)
前の自分の馬鹿。家に戻される時、何故もう帰りたくないと言わなかったのか。等と叱責しても、母に認めてもらいたい、褒めてもらいたい気持ちが断然強かったので考え自体浮かばない。
結局、何を考えてもベルンハルドとの婚約を破棄しない限り、待ち受けているのは破滅だけ。前の記憶があるからこそ、2人が“運命の恋人たち”だと知っている。今回でも必ず“運命の恋人たち”になる。以前よりも早くそうなってもらうには、どうしたら良いか。
「お兄様は“運命の恋人たち”って知ってますか?」
「知ってる。リンナモラート神に認められた男女がそう呼ばれるっていう。滅多にないみたいだけど」
「素敵ですよね。女神に認められるって」
「……さあ、どうだろう」
表情だけではなく、中身も冷めている兄にこの手の話題は駄目だった。個人の差、ということにしよう。
「でも、永遠の幸福を確約されるみたいなものじゃないですか」
「……そうだね」
薄い。興味がないにしても、最低限の反応は見せてくれるのに、あまりにも薄い。
恋愛事に興味の無さそうなケインらしいと言えばらしいが……。
「……ファナは」
「はい」
「ファナは……リンナモラート神に認められたい? ベルンハルド殿下と」
「へ」
突然の問い掛けにすぐに答えられなかった。
ベルンハルドと? 考えもしなかった。
前の自分なら、意地でも認めてもらおうとしただろう。が、今回は全く。寧ろ、早くエルヴィラと“運命の恋人たち”になってくれと願っている程。
心の声を出せる筈もなく、思い付いた言葉を述べてみた。
「な、なれたらいいですね。あはは……」
「なりたいと思わないの?」
「今は王太子殿下の婚約者のままでいますが、また何時体調が崩れて倒れてしまうか分かりません。そうなったら、今度こそ婚約は解消されてしまうかもしれません。そうなった時、私と殿下が“運命の恋人たち”だったら、次に婚約者となる方に迷惑ですもの。だから私は、なりたいとは思いません」
「……そう……」
(こ、これで良かったの……?)
正解でも間違いでもない。何も言ってこないので正解にしておこう。
「ただ、こんな話殿下としちゃ駄目だよ? 公爵家が王太子との婚約を嫌がってる、なんて噂が耳に入ったら大変だ」
「は、はい(あれ? 私毎回殿下から逃げ回ってるけど)」
「ファナが毎回逃げているのは、エルヴィラがいるのと恥ずかしがってるだけって俺から殿下に知らせてるから、その辺は心配してなくていい」
兄は何時人の心を読む術を会得したのだろうか。
目をパチクリとさせるファウスティーナに「間抜け顔」と些か楽しそうに告げ、鼻を押された。
すぐにジト目で睨み返しても押され続ける。
「ぶう、ぶう」
嫌味たらしく豚の鳴き声を真似たら真似たで「そっくりだね」と更に笑われた。
「お兄様は私で遊んで楽しいですか!?」
「エルヴィラと違って泣かないしそうやって食い付いてくるから、弄り甲斐はあるよね」
「褒めてませんよね!?」
「そんなことないよ。リアクションが豊富な妹で良かったって言ってるの」
全然褒められている気がしない。
暫く、行く当てもなく邸内を歩いているとファウスティーナの私室に戻った。中では、リュンがお茶の準備をしてくれていた。
ソファーの前に置かれているテーブルには、誕生日プレゼントでリュンがくれた子豚のマグカップと普通のティーカップが置かれていた。マグカップにはファウスティーナの好きなオレンジジュースが。ティーカップには紅茶。
「おやつはもう済まされているのでお茶の準備だけを」
「わあ、ありがとうリュン」
「いえいえ。ケイン様に言われていましたので」
「お兄様に?」
「ファウスティーナお嬢様に気分転換させるから、その間にお茶だけの準備をするように仰せつかりまして」
部屋ですることもなく、かといって自由に行動出来ないファウスティーナの為に邸内散歩を提案してくれたらしい。終わったら、好物のオレンジジュースでリラックスさせようとしてくれた。
(……涙腺が緩む……)
涙が瞳を覆わないようケインの手を引っ張ってソファーに座った。
前の人生、沢山の迷惑を掛けた人達の為に色々としている。ベルンハルドと婚約破棄をしたらしたらで迷惑は掛かるだろうが、前回のように多大な迷惑を掛けることは避けられる筈。
その為に早くベルンハルドとエルヴィラがリンナモラート神に“運命の恋人たち”と、認めてもらわないといけない。
努力は惜しまない。2人は最初から会話が弾む程相性がいい。元から運命によって結ばれている2人だ。エルヴィラはベルンハルドを慕っている。ベルンハルドの方は、今回のファウスティーナがエルヴィラを邪険にしていないのでまだファウスティーナを婚約者として扱ってくれている。その内、エルヴィラに惹かれ、結ばれ、“運命の恋人たち”と認められれば国王も重い腰を上げる。
(何より、エルヴィラと結ばれた方がベルンハルド殿下も幸せよね。前はエルヴィラが側にいるだけで幸せだって、毎日毎日私に聞こえるように言っていたもの)
ベルンハルドの幸福を確固たるものにするために、今日もファウスティーナは心の中で片手を上げた。
「楽しそうだね、ファナ」
「はい! お兄様、私頑張りますね!」
「何をどう頑張るか知らないけど頑張りな」
「はい!」
「一番頑張ってほしいエルヴィラは、真面目に家庭教師の話を聞かないけどね……」
「ああ……」
以前、家庭教師を一新し、エルヴィラの我儘を聞かない厳しい先生になったがリュドミーラに泣き付いたり、分からなかったら拗ねて話を聞かない始末になったりした。シトリンの耳にも話はいっているがリュドミーラが庇ってしまう。
「後々困るのはエルヴィラなのに。母上も何を考えてるんだか」
「不思議ですよねー。私とお兄様は、将来が決まってるから4歳から始まりましたけど」
「逆を言えば、将来が決まってないから今は好き勝手させたい、ってところかな。そうだったとしても、結局最後必要な教養がなくて苦労するのはエルヴィラだけなのに」
「エルヴィラもその内公爵令嬢としての自覚を持つのでは?」
「ならまずは、王太子殿下に近付かないことって言い聞かせないとね」
無理な話である。ファウスティーナ個人の意見として、あの2人は運命によって結ばれている。自分と話すよりエルヴィラといる方が楽しそうなベルンハルドと普段よりも生き生きとした様子でベルンハルドに接するエルヴィラ。出会った時から惹かれ合う……
「ある意味羨ましいかも……」
「何が?」
「なんでも」
――ぼんやりとしつつ、諦念の色を浮かべたファウスティーナの隣、ティーカップの縁に口を付けたケインは……
「……俺も、色々と頑張らなきゃね」
と1人、温度のない声色で呟いた。
教会に行くまでもうすぐ。呑気に過ごすファウスティーナが今までのようにならない為に。子供の自分が出来ることは限られている。ファウスティーナがいなくなった後、見え見えで近く起きる未来の対処を考えないと。
母もエルヴィラに婚約者が出来れば、毎回ベルンハルドに会うのに苦言を呈するだろう。その辺りは弁えている。
「信じたいよね……」
「何か言いました?」
「いいや」
先程のファウスティーナが言った“運命の恋人たち”。今までと違うファウスティーナがいても、あの2人が認められるのなら。
――ファナが教会に行ったら手紙を書かなきゃね……
小春日和様
素敵なリクエストありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたら幸いです(´∀`*)