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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄まで~運命=呪い~
78/351

過去―彼女がいない後⑬ 君が幸福なら―


過去編最後になります。

番外編の前に過去編最後を忘れてたのでこっそり追加しました(;゜゜)

最後でやっと出せた……。



 

 数種類のフルーツパンを入れたバスケットを膝に置き、馬車で王都から南へ約2時間かけて姉妹神を祀るラ・ルオータ・デッラ教会へ訪れたネージュは停車しても暫く降りなかった。御者が声をかけても時間を頂戴と言ったっきり言葉を発さなかった。先日のベルンハルドとのやり取り。あれ以降、兄とまともに会話をしていない。顔を合わせても必要最低限の会話しかしなくなった。

――変化はあった。

 普段は、朝食が終わると王太子としての役目を全うするべくずっと執務室に籠りきりだ。エルヴィラとは食事や夜以外一緒にいようとしなかった。彼女自身、毎日忙しいベルンハルドが時間を遣り繰りして短い時間だけでも会ってくれるだけ幸せらしく、不満に思っていなかったのが幸いだろう。そうであったら、毎日不満を口に漏らしていた。

 あれから小さな休憩を挟む時エルヴィラを側に置くようになった。王太子妃の仕事は殆どアエリアに任されているのでエルヴィラには時間がたっぷりとある。疲れた時に癒しを求める行動は夫婦としては問題ない。甘えられる度嬉しそうにベルンハルドの髪を梳くエルヴィラは気付いているだろうか。



「兄上の目には、一切自分が映っていないってきっと気付かないだろうね。僕はちょっとだけ君が羨ましいよ。どうしたら、自分こそが絶対に愛されていると自信を持ち続けられるのかな」



 アエリアが付けたあだ名の通り、頭に何も詰まっていないからか。スカスカ娘から目出度い花畑王太子妃へと昇華しそうよ、とはアエリアの台詞。彼女は彼女でエルヴィラがする筈の仕事を殆ど回されるので毎日多忙だ。お詫びのつもりで手伝っているがアエリアの苛立ちが消える日は来ない。

 自身の金糸が視界に入ったネージュは従兄を思い出した。


 従兄のクラウド=フワーリンはファウスティーナやエルヴィラの兄ケインと同い年。彼もケイン同様、公爵の地位を父から受け継ぎ日々の執務を熟していると聞く。最後に会ったのはエルヴィラの誕生日パーティーの時。その前に会ったのは、ベルンハルドの誕生日パーティー。公の場以外でも会うのは可能だがお互い忙しい身分。幼い頃や学生時代と違って気軽に会えないのは寂しい。

 ネージュにとっては2歳離れた兄の感覚がある。ベルンハルドもクラウドを兄のように慕っている。



「ケインといい、クラウド兄上といい、この2人は何を考えてるのか全然分からなかったな……」



 ケインと自分は共犯者。秘密を話し合える唯一の存在。最初の頃からあまり態度も性格も変わらない。変わったとしたら、身内に対する情がほぼ消えたくらいだ。4度も同じことを繰り返す両親や(エルヴィラ)を見ていたらそうなるか。


 お互いに何度も思う。最初が違えば、と。期待したことがあった。

 20年前ファウスティーナの実母アーヴァが出産と引き換えに死ななければ、シエルがアーヴァの両親の願いやシリウスの脅しを無理矢理はね除けてでも公爵家に渡さなければ、アーヴァの実姉の養女にされていれば、ファウスティーナが公爵夫人やベルンハルドに拘らなければ……等挙げればキリがないもしもを願ってしまう。


 今の4度目で終わりにしようとケインに言われた。ファウスティーナが公爵家を勘当された1年後に。あの日々は思い出しても嗤える。

 王妃教育を受けさせられていたエルヴィラは何を問われても分からないと泣いていたが、泣いて許してくれる者は城に1人もいない。ファウスティーナでさえ、あまりの厳しさに何度か涙目になったことがあると母である王妃は語っていた。それでも彼女は挫けず、負けず、必死に食らい付いてきた。王太子妃になる為の努力を重ねてきたファウスティーナと甘やかされてばかりで同じ家で育ったとは信じ難いエルヴィラとでは、当然扱いにだって差が出てしまう。その辺り王妃も気を配っていたがファウスティーナのことを思うと些細な時に出てしまっていた。その度にエルヴィラはベルンハルドや母親に訴えていたが、ベルンハルドは何も言えず。母親もケインが黙らせていた。当たり前である。



「ファウスティーナとエルヴィラ嬢の違いは、兄上の態度の差だよね」



 ファウスティーナが会いに行けば毎回毛虫を見るような目で睨み、名前で呼ぼうものなら他者が震え上がる声で黙らせていた。婚約が結ばれ、最後の止めを刺すまでの4年間ずっとそんな扱いをしてきたくせに、いざ恋心を自覚すると1度も名前で呼んでもらえなかったと不満を零した。そういえばそうだ。ファウスティーナはベルンハルドを王太子殿下か殿下としか呼ばなかった。

 だから、ファウスティーナにネージュ殿下と呼ばれていたネージュに嫉妬していた。



「……馬鹿な兄上。そういう父上の傲慢な性格が似ちゃってさ。見た目はそっくりでも、中身が違えば叔父上に見限られずに済んだのに」



 はあ、と息を吐いた。



「クラウド兄上はどう思っていたのかな」



 クラウドはベルンハルドの近くにいた人間の1人。ファウスティーナのベルンハルドに対する態度がエルヴィラがいる時といない時の違いをどう思っていたのだろう。

 何事にも感情を見せない、冷静だがどこか淡白な表情だった。ベルンハルドの側にいるエルヴィラに食ってかかるファウスティーナに何を言うでもなく、ファウスティーナという婚約者がいながら別の女性を側に置くベルンハルドにも別段何かを言うことはなかった。

 感情が読めない表情で見ていただけ。

 毎回ベルンハルドに苦言を呈したり、エルヴィラに説教をするケインの方がまだ感情豊かの部類に入る。


 ある時聞いてみた。



『クラウド兄上はどう思ってるの?』

『ベルンハルドやファウスティーナ様のこと?』

『うん』

『どうも? どうして訊くの?』

『普段間近で見ているから、どう思っているのか気になっただけだよ』

『そう。一応こうは思ってるよ。ベルンハルドとエルヴィラ嬢が“運命の恋人たち”とリンナモラート神に認められたのなら、ファウスティーナ様を王太子の婚約者から外して、君か王弟殿下の婚約者にしたらいいとは思っているよ。大事なのは、王家に女神の血を残すこと。子が生まれても王太子夫妻の養子にすればいい』

『“運命の恋人たち”は、必ず結ばれ王国一幸福になれるから、だよね』

『そうだよ。女神の力は伊達じゃない』

『けど変だよね。“運命の恋人たち”なのに、幸せそうなのはエルヴィラ嬢だけ。兄上の目は、いつだってファウスティーナ嬢を追ってる』

『今だけだよ。今まで見向きもしなかった相手から掌を返されて気になってるだけ。何れ落ち着く。ベルンハルドは馬鹿じゃないんだ。エルヴィラ嬢は魅力的な女性だから』



「落ち着いてくれてないんだよね……」



 婚約破棄となって、公爵家を勘当されたファウスティーナを正式にエルヴィラと夫婦となっても未だ探し続けている。エルヴィラを魅力的な女性だと口にしたクラウドに、先日開催された王太子妃の誕生日パーティーの際聞いてみた。

 エルヴィラは魅力的な女性、かと。


 クラウドがくれた返事は――



『ベルンハルドにとっては魅力的な女性じゃないか。毎日飽きずに愛しているとか、愛しい妖精姫とか、聞いてるこっちが恥ずかしくなる台詞をエルヴィラ嬢……王太子妃に囁いていただろう』

『ファウスティーナに聞こえるように、だけど』

『そうだね。ファウスティーナ様が近くにいる時にしか言わなかったね。だって、しょうがなかったんだ。ファウスティーナ様は、王太子妃が側にいる時のベルンハルドにしか近付かなかったから。ベルンハルドも王太子妃も哀れだよ。本当に好きな者が近くにいながら、手を伸ばしたって掴めないのだから。王太子妃は隣にいるのに掴めてないのだから、妖精姫の魅力は王太子には通用しないってことだよ』



 微笑を張り付けた表情で容赦のない言葉をつらつらと並べるクラウドは、実際のところどう思っていたのだろうか。ベルンハルドのことを、ファウスティーナのことを、エルヴィラのことを。聞いても『君が見ている僕か、信じる僕か。好きな方を選んだらいい』と意味深な返しをされただけ。


 クラウドもケインも共通するのは、家柄も容姿も性格も文句なしなのに婚約者が未だにいないこと。ケインの方は手の掛かる妹が2人もいたから、が主な理由。クラウドは……これもまた4度繰り返しても謎なまま。

 ヴェレッドの正体といい、繰り返しても謎が残ったままなのは些か腹立たしい。



「止めよう。どうせ探ろうとしたら、父上や叔父上に大目玉を食らうから」



 諦めてバスケットを持って馬車から降りた。漸く降りたネージュが裏口に回ろうとした時だ。



「ネージュ殿下?」



 早く聞きたくて堪らなくて、ベルンハルドはもう永遠に聞けない……自分しか聞けない声。不思議そうな声色の理由は自分が此処にいるからだ。空と同じ色の髪をした女性を目にしたくて振り向いた。


 長い空色の髪を真っ赤なリボンで緩く括り、シンプルな青色のワンピースを着た女性――ファウスティーナにふわりと微笑んだ。



「やあ、ファウスティーナ嬢」



 今日の天気は快晴。雲1つない、気持ちのいい青空。

 釣られるようにファウスティーナも微笑んだ。2度目の時、ベルンハルドの手が届かないよう彼女を連れて遠くへ逃げた。親密な関係にはならなかったが一緒に過ごす内、お互いの気持ちは変化していった。とても良い方へ。

 けれど、気付くと幼少期に戻っていた。3度目は今と同じでシエルの所へ逃がした。その際、ベルンハルドがファウスティーナを諦めるようにと惨い死を迎えたと嘘を告げた。気付いたら2度目の時と同じく幼少期に戻った。


 今回はきっと上手くいく。ベルンハルドも4度目にしてエルヴィラを受け入れ始めた。そのままエルヴィラを本当の意味で愛し結ばれてしまえ。そうしたら、もう繰り返さなくて済む。


 ファウスティーナだけではなく、ベルンハルドも幸福な終わりを迎えないと繰り返しは終わらない。例えネージュ自身が“願って回してしまった”としても。



「王都で中々買えないフルーツパンが手に入ったから君にお裾分けに来たんだ。毎日売り切れになっているのを無理を言って買ってきてもらった」

「いいのですか? そんな美味しいパンを」

「勿論だよ。君が良ければお茶をしないかい?」

「はい!」



 美味しいパンを食べられる、だけじゃない。親しい相手の訪問を受け入れてくれる笑顔。ベルンハルドには永遠に向けられないこの笑顔は、ネージュだけのものじゃないがそれでも優越感を抱いてしまう。

 ゆっくり行こうと花壇に目を向けながら2人で歩く。

 他愛ない世間話をした。第2王子としての過ごし方、ファウスティーナの教会での生活など。


 この特別でもない時間が愛おしい。

 狂おしい程に求めている人間がいると知りながらも感じずにはいられない。



「ネージュ殿下」



 不意にファウスティーナに呼ばれた。



「ベルンハルド殿下はエルヴィラと結ばれて幸せですか?」

「安心して。兄上とエルヴィラ嬢は王国で最も幸福な夫婦って呼ばれるくらい幸せそうだよ」

「良かった」



 想いを向け続けても報われず、最後には粉々に砕かれた恋心は元には戻れずとも、迷惑をかけた分幸せになってほしいからとベルンハルドを愛するエルヴィラと結ばれるように願ったファウスティーナは心から安堵しているようだ。



 ――叔父上は見抜いていた。兄上がこれっぽっちもエルヴィラ嬢を好きじゃないことを。でも関係ないか。ファウスティーナを深く傷付けた。それだけで兄上が叔父上の中で不要とされるのは充分な判断材料だから。



「こんなこと、君に聞いてはダメなんだろうけど……今でも兄上が好き?」



 不安そうに訊ねたネージュに対しファウスティーナは……



「……11年です」

「……」

「11年間、悪役令嬢は殿下が好きでした。もしかしたらって気持ちは何度かありました。でも、やっぱり無理だと、無駄だと何度も思い知りました。ベルンハルド殿下に目を向けても、何時だって殿下はエルヴィラのことしか見てませんでした。私には一切目を向けてくれなかった」

「……ファウスティーナ嬢自身、兄上を視界に入れないようにしていただろう?」

「でも、やっぱり目を向けていました。嫌われていると分かっていながら、目が合ったって毛虫でも見るような目で睨まれるのに。刷り込みって言われても仕方ないですけど、恋心って中々消えないみたいなんです」

「ファウスティーナ嬢……」



 赤い薔薇に手を伸ばしたファウスティーナは、そっと花弁を摘まんだ。



「けど、案外苦しくはないんです。強がりとかではなく本当に。そうでないと今の生活が楽しいだなんて思えません」

「そっか。君が幸せそうで安心した」



 つまり、ファウスティーナの中でベルンハルドはもう“不要”ということなのだろう。想いが残っていても気持ち的には問題ない。

 実父とまるで同じだなと苦笑した。



「ねえ、もっと王都の話を聞きたいでしょう? ゆっくりパンとお茶を食べられる場所へ移動しよう」



 例え小さくても、ファウスティーナにとっては大きなこの幸福な時間がずっと続きますように。

 そう願わずにはいられないネージュだった。





読んでいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
この4回目の記憶でファナの「ベルンハルドの幸せはエルヴィラと結ばれること」が強固になっちゃったんだね。ベルンハルドがプライド捨てて「今までごめんなさい愛してます」って言えてたらねぇ違った未来があったの…
[一言] 最初は嫌っていたはずの女に恋に落ちる。それはわかる。でも、恋に落ちたなら恋に落ちましたと言わないとー。婚約破棄はしないーってだけじゃなくて、愛していますくらい言えよと。 言ったところでファ…
[気になる点] 鍵は第二王子と思ったけどやっぱりベルンハルト?
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