57 お迎え②
お待たせしました( ;∀;)
シエルと両親の話し合いはそれから暫くして終わった。知らせに来た侍女を先頭に玄関ホールへ赴くと、とてもスッキリとした晴れ晴れな表情をしているシエルと青白い表情をして立っているのがやっとな母を支える父がいた。目をパチクリさせて固まるファウスティーナの横、ご愁傷様と言いたげな目を夫妻に向けたヴェレッドはシエルの方へ行ってしまった。
ケインやエルヴィラも呼ばれたのだろう、既に玄関ホールに来ていた。
残されたファウスティーナは、取り敢えず両親の所へ行った。
「お、お父様、お母様。司祭様とのお話は終わったのですか?」
「あ、ああ。終わったよ」
「お母様はどう、されたのですか? 顔色が優れないようですが……」
「ファ、ファナは気にしなくていいよ。今日は少し貧血気味だったからそれでね」
尚更、立っているより部屋に戻って休んだ方が良いのではと進言するも、見送りだけはすると譲らず。一体何を話したのか。両親に聞いても教えてもらえなさそうなので、心配しつつシエルの所へ行った。
「司祭様」
「やあ、ファウスティーナ様。長引かせてすまなかったね。そろそろ出発しよう」
「その前に、お父様達とどんなお話をされたのですか?」
「気になるかい?」
「はい」
優しいのに含みが深いのは何故?
ファウスティーナを見下ろす蒼の奥に、黒い影が一瞬だけ走った。
ファウスティーナがきょとんと見上げていれば、ふふ、と笑って「内緒」と人差し指を口許に当てた。
「大人の秘密のお話だから。子供の君にはまだ早い」
「……」
不服そうな顔をするとまた笑われた。
「そうだね。1つだけ言えるなら、君の安全を厳重にしてくれと頼まれたくらい、かな」
公爵令嬢、王太子の婚約者、女神の生まれ変わり。
3つの要素を兼ね備えたファウスティーナがまた誘拐される危険性はある。今回は無事だったとしても、仮に次回があった際そうだとは言い切れない。成る程、と納得した。だが、四六時中見張りがいる息苦しい監視生活は嫌だ。呼吸が儘ならない水中にいる気分に陥ってしまう。
不服な態度から、不安を出すとシエルに突然抱き上げられた。いきなりだったので咄嗟に前に出た手をシエルの首に縋りつくように回した。
「そう怖がらなくても大丈夫。教会は私がいるから一応警備の面は厳重だから、早々悪さをする輩は来ない」
「そうだよお嬢様。第一、シエル様昔やんちゃだったから並大抵の奴じゃ返り討ちに遇うから、逆に狙われ難くなってるんだ。シエル様の側が安全だよ」
「そこ、余計なこと言わない」
「はーいはい」
「やんちゃ……?」
綺麗で優しいシエルが昔はやんちゃだった……。昔のやんちゃだったそうなシエルを想像してみた。
何も浮かばなかった。
眉を八の字にして困ったと言いたげなファウスティーナを、これまた困ったと言いたげなシエルが見下ろす。
「ヴェレッドの言葉は真に受けなくていいよ。面白がって、話に尾ひれをつけるの好きだから」
「うん。面白いからね」
「そういう所は――君は父親に似たね」
「……」
シエルが言った言葉に、途端に機嫌を悪くした。絶対零度の眼差しを食らってもシエルは微笑を崩さず、余裕の態度を貫く。向けられていないのに蛇に睨まれた蛙の如く固まったファウスティーナは、背中を撫でられ緊張を解した。
シエルから視線を逸らしたヴェレッドは「はあ、なんか飽きてきた。早く行こうよ」と玄関ホールを出て馬車まで行った。
「怒らせたかな」
「十分怒ってたと思います……」
「そう? でもまあ、ああやって飽きたってことは、そんなには怒ってないのだよ」
「そ、そうなんですか?」
「うん。さてと、ではね公爵」
抱っこされたまま家族の方へ向いたファウスティーナは、先程の睨み合いで怖がったのが自分だけじゃなく安心した。リュドミーラは更に青くなり、シトリンは困惑とし、エルヴィラは震えてケインに引っ付いていて。ケインは……
「じゃあね、ファナ。羽目を外し過ぎておやつを食べ過ぎないようにね。後、夜更かしして朝起きれなくて迷惑かけないようにね。それとおっちょこちょいなことはしないこと」
通常運転だった。
言っていることが兄じゃなく、母親っぽいのがまたケインらしい。変わらなさすぎるケインに強い安心感と寂しさが募った。
「お兄様と他人だったら、私お兄様に必死にアプローチしてました」
「いきなりアホなこと言わないの。それと、おっちょこちょいな女性はファナだけで十分だよ」
笑いを堪えるシエルに抱っこされたまま、お別れの言葉も殆どなく玄関ホールを出た。外の見送りは最後のお別れみたいで嫌なので、今回は無しにしてと告げた。最後のケインの台詞からして、好みの女性が落ち着きのある女性だと知れた。知ってどうする訳じゃない。数少ないケインの好みを知れて、妹として嬉しいだけ。数少ない家族の味方だった人の好みを知りたくなるのは自然なこと。
馬車に向かっている最中もシエルは肩を震わせていた。司祭様? と呼ぶと「ああ、ごめん」と謝られるが声まで震えている。笑いを堪える為に。
「君が予想外なこと言うからっ」
「お兄様は私やエルヴィラには辛辣だし毒舌ですけれど、とても良いお兄様ですから」
「そう、君が言うのならそうなのだろうね」
「お兄様にはまだ婚約者がいませんが、どんな人でもお兄様ならきっと良い関係を築けます。妹の私が言うのですから」
「君は兄君をとても信頼しているのだね」
「はい」
「公爵や夫人と比べるとどちらが信頼出来る?」
「お父様達とですか?」
考えたことがない。父は父、兄は兄。そう答えるとシエルは「そう」と優しい微笑のまま、それ以上は何も言わなかった。
正門前に停車してある馬車が見えてきた。ファウスティーナはシエルの背越しにある屋敷を見つめた。
ずっと生活し続けてきた公爵邸から期間限定の教会生活。どんな暮らしになるだろうか。
(目指すは殿下との婚約破棄……! それと家を出てからの平民としての生活! 教会は、平民の人達とも接する機会が多いからきっとヒントになることが沢山あるよね!)
心の中で頑張るぞ、と声を大にして叫んだ。
馬車に近付くとかなり若い神官の青年が扉を開けてくれた。中には、先に戻っていたヴェレッドが1席丸々利用して寝ていた。やれやれ、と苦笑したシエルは空いている席にファウスティーナを窓側の奥へ座らせた。寝顔ですら綺麗だなんて……美を追求する世の女性達に、是非美の秘訣を教えてあげてほしい。そのままシエルも乗車するかと思いきや、神官と会話を始めた。
「このまま教会へ戻りますか?」
「その前に小腹が空いてくるだろうから、パン屋にでも寄ろう。あ、それと紅茶屋に寄って紅茶のお代わりを貰わないと」
「ティーポットを持って紅茶を下さいって頼むお客さんは、司祭様くらいですよ」
「いいじゃないの。追加料金だって払ってる」
「……司祭様がそんなことするから、却って店の人は恐縮するんですよ。ご自分が教会の司祭である前に、王弟であるということを忘れないで下さい」
「はーいはい。ジュード君は真面目だねえ」
神官はジュード君というらしい。珍しい黒髪に鳶色の瞳の、低身長で童顔。年齢は幾つなのだろうと考えていると、寝ていた筈のヴェレッドが小さな欠伸をしながら起きた。起きてもう1度欠伸をした。
「ふわあ……。……うん? なに、揉めてるの?」
「ジュード君が真面目だねえって話をしてるだけ」
「司祭様は何でも出来るのに少し自由過ぎます」
「少しどころじゃないんだけど」
「何か言った?」
「いいえ。それより、出発するならさっさと出発しようよ。教会まで遠いんだし」
「それもそうだ。パン屋と紅茶屋に寄って教会に戻ろう」
「もう……」
「……」
自由過ぎるシエル、気分屋なヴェレッド、真面目で苦労性なジュード君。
個性豊かな面子がいる教会暮らし。
しかし、屋敷でも個性豊かな兄や妹、母がいたので今更である。
諦めた溜め息を吐いたジュードの頭をシエルが撫でた。成人してます! と怒ったジュードはシエルを馬車に押し込めて扉を閉めた。
馬車が動き出した。
「パン屋に寄るなら甘いのがいい」
テーブルに置いてあった硝子瓶から固いクッキーを取り出して食べているヴェレッドが言う。クッキーを貰ったファウスティーナも食べている。
「君当分甘いの禁止。程々にしなさい」
「えー」
「えー、じゃない。近い将来体を悪くするよ」
「ならないよ。無駄に丈夫だから。知ってるでしょう?」
「そうだったかな」
「砂糖の摂り過ぎはやっぱり体に悪いですよ」
「なにもならないよ。とっても、丈夫に出来てるから」
意味深な台詞を紡ぐ時に見せるニヤニヤとした表情。
ファウスティーナに彼の真意を当てるだけの材料は全くない。シエルに助けを求める視線を送っても、頬を撫でられるだけ。
これ以上の会話は無理だろうと悟り、窓越しから外を眺めた。
移り行く景色を最近見る機会が多くなったが今日以降は減るだろう。
こんなことを考えてしまう。
(前の時にも、こうして教会に預けられたことってあったのかな?)
女神を知る為という名目で前回も教会に預けられたのではないかと、記憶を探るが思い出せなかった。ひょっとすると、今までの事柄からないのではなく、覚えていないだけの可能性だってある。
自分が公爵家から離れ、教会で暮らすことで少しでもエルヴィラがマシになるようにと願わずにはいられない。リュドミーラも今までファウスティーナに目を向けていた分をエルヴィラに向けてほしい。今エルヴィラを王太子の婚約者になるに相応しい令嬢にしないと、前回の時のアエリアのように誰かが尻拭いをしないといけなくなる。
ただ、数度意識不明で倒れても、誘拐されても、頑なにベルンハルドとの婚約を破棄されない有り様なので此方もどうにかしないといけない。ベルンハルドと婚約破棄をしたがっているとヴェレッド経由でシエルに知られている。まだ理由を聞かれてはないが何れ聞いてくる。
(前の記憶を持ってるから! ……なんて言える訳ないから、私じゃ兎に角ベルンハルド殿下の婚約者には相応しくないと力説しなくちゃ! 司祭様を味方にして、絶対に婚約破棄をして、ベルンハルド殿下とエルヴィラをくっ付けなきゃ! そうしたら、殿下は“運命の恋人”であるエルヴィラと結ばれて幸せになれる)
まるでこれが自分の使命だと言わんばかりに張り切るファウスティーナは、街の停留場に降りたシエルに差し出された手を上機嫌に握ったのだった。
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