55 帰りの道中
ジュリエッタがエルヴィラにちょっかいを出した以外は、その後何も起こらず。取り敢えずは無事に終わったお茶会にファウスティーナは安堵した。アエリア以外の他家の令嬢とは、あまり会話出来なかったが、まあこんなものだろうと納得する。
サロンに集まって会話に花咲かせていただろう夫人達が庭園に来た。お茶会も終わり。ファウスティーナ達3兄妹はリュドミーラの元へ集まった。すると――
「エルヴィラっ」
小さめで悲痛な声を発したリュドミーラは、目線をエルヴィラと合うようにしゃがんで小さな頬を両手で包んだ。
「聞いたわ。酷い目に遭ったのね」
「お母様……っ」
ジュリエッタに足を引っ掛けられ転ばされたことを聞かされたのだろう。被害に遭った娘を思う母親の姿と母に慰められ涙目で「はいっ」と泣くのを堪える娘の姿は、周囲の同情を引くには十分な力がある。ファウスティーナは視線を動かし、探していた人達を見つけた。フリージア公爵夫人とジュリエッタだ。表立って騒ぐ真似はしないが、顔を真っ赤にして怒りで震えているフリージア公爵夫人を見るに、公爵邸に戻ったらきついお叱りがあると窺える。ジュリエッタもそれに怯えて顔を青くして震えていた。
先に手を出したジュリエッタが悪い。エルヴィラは何もしていないのだから。ただ、とファウスティーナは思う。
(ジュリエッタ様は行動に出てしまったけど、ゼリーを持って王太子殿下の所へ走るエルヴィラが元々悪いのだけれどね)
最初からベルンハルドの隣をキープしてずっと話し続けていた、嫉妬もあるだろうが。他にもエルヴィラを快く思わない令嬢はいる。アエリアのように、前の記憶を持っているせいな人もいるが。
今ここでエルヴィラにも非があるとリュドミーラに進言すれば、責められるのはファウスティーナ。
ベルンハルドの為にも、エルヴィラの為にも、今彼女にまともになってもらわないと2人は幸せにはなれない。
前はずっと悪役だったのだ。どうせ何時か婚約破棄するのだから、今の内に悪役になってもいい。深呼吸をし、いざ行こうと足を踏み出した時。「ファウスティーナ様」と後ろから呼ばれた。
振り向くとアエリアがいた。
「アエリア様」
「今日は……まあまあ楽しかったですわね」
「あ……うん……そうだね」
家族から少し距離を取って会話をする。
アエリアの曖昧な表現は途中のアレを指しての台詞だ。
「そういえば、今日はヒースグリフ様とキースグリフ様は参加されていないのですか?」
基本的にアエリアと双子の兄達はセットで参加するイメージがあったが今日はいなかったのを疑問に感じていた。アエリアは何でもないように、少し前から母方祖父母の辺境伯家に泊まりに行っていると教えられた。
「覚えていらっしゃらない? お母様の生家である辺境伯家は、お母様のお兄様が継いでいるけれど子供がいないの。お兄様達のどちらかは、養子になって辺境伯家を継ぐ予定なのよ」
「覚えてるよ」
「前の私は王太子妃を目指していたけれど、今回は侯爵家を継ぐことを目指すわ」
「アエリア様が?」
女性で爵位を賜る人物は極めて少ない。それも高位貴族になればなる程。今の時代、女性ながら爵位を賜っているのは1人だけ。ファウスティーナ達3兄妹にしたら遠い親戚に当たる人物。
「本当にアエリア様が女侯爵になったら、これで王国には女侯爵が2人になるのね」
「なれるかはこれからよ。本来ならヒースお兄様かキースお兄様どちらかが家を継いで、私は他家に嫁ぐ筈だったものをいきなり後継者争いに名乗りを上げたのだから」
「ラリス侯爵は何と言っているの?」
「娘に甘いと言っても、やはり難色を示されているわ。でもまあ、ライバルである筈のお兄様達は喜んでいるし、お母様も目指すからには全力でやりなさいと背中を押してくれているもの。上を目指すだけよ」
「私も殿下と婚約破棄してからの身の振り方を真剣に考えないといけないな……」
「貴女は……いえ、何でもないわ」
物事はハッキリ言わないと気が済まない質のアエリアが口を濁した。珍しい物を見た。遠くの方からラリス侯爵夫人がアエリアを呼んでいる。優雅に礼をしてみせたアエリアと別れたファウスティーナは、待っていてくれたリュドミーラ達の所まで早足で向かった。
(ヴェレッド様は平民の生活に詳しそうだし、司祭様は物知りって聞くし、それに見張りの目もないから教会で平民の人達の生活をしっかりと見て、生活出来るようにしよう!)
「嬉しそうだね。アエリア嬢と楽しいお話でもした?」
ケインの隣に並んで馬車まで目指す。
「はい。アエリア様は侯爵家を継ぐと決めたそうです」
「へえ? ラリス家には、ヒースグリフ様とキースグリフ様がいるのに?」
「兄君達は応援派のようですよ」
「……あの双子ならそういう反応するよね」
小声で何かを言っているケインを訝しげに呼んだら「何でもないよ」と誤魔化された。
「ラリス侯爵夫人も応援派みたいです」
「反対派は侯爵だけか。そこは普通の反応だろうね」
「ですが、アエリア様なら立派な女侯爵になれると思います」
「ファナはアエリア嬢と会ってまだ日も浅いのに、随分と親しいものの言い方をするね」
「え゛、そ、そんなことないですっ。アエリア様からはそういった雰囲気といいますか自信といいますか、感じられるのです」
「そう」
それ以上は深く追及されず、ふう、と安心した。ヴィトケンシュタイン公爵家の馬車に近付き、御者が扉を開いた。ケインが先に乗ってファウスティーナ、エルヴィラの順番に乗り込むと最後にリュドミーラが乗った。
馬の鳴き声と共に馬車は動き出した。
外の光景を眺めるのが好きなファウスティーナに気を遣ってケインが窓側の席を譲ってくれたので遠慮なく外を眺める。
――最後にクリスタ達の見送りを受けてフワーリン公爵邸を出発した馬車は、順調に帰路を走っていた。
明日には教会へ行く。朝から迎えの馬車が来ると聞かされているので今夜は早く眠ろうと決めた直後、お姉様、とエルヴィラに呼ばれた。前を向いたファウスティーナは、頬を膨らませて怒っているアピールをしているエルヴィラに首を傾げた。
「どうしたの?」
「お姉様は明日教会へ行くのでしょう? でしたら、もう2度と家に帰って来ないで下さい!」
「エルヴィラ!? 何を言うの!?」
突然のエルヴィラの帰宅拒否発言に真っ先に驚いたのはリュドミーラ。予想していたのとは180度違っていたのでファウスティーナはフリーズ。目だけ何とか動かしケインをチラ見すると、すぐに前を向いた。
見てはいけないものを見てしまったので。
「だってお母様! 教会へ行く令嬢は、どの人も問題があるからお家を出された方ばかりだって聞きました! お姉様もそうだから教会へ行くのでしょう?」
「違うわエルヴィラ! ファウスティーナは、その……特殊な事情があるのよ。それにね、ラ・ルオータ・デッラ教会は普通の修道院と違って問題行動を起こした令嬢を送る場所ではないの」
王国が崇拝する姉妹神フォルトゥナとリンナモラートを祀る為に建てられた教会は、建国当時から神聖視されている場所。教会に属する神官は主に高い教養を得た貴族ばかり。そこに低位も高位も関係ない。絶対条件として、平民と貴族どちらも平等に接せられる人物じゃないとまず入れない。教会の責任者である司祭は、代々王族関係者が担う。現在は王弟シエルが司祭の役目を担っている。
問題を起こした令嬢だけじゃなく、様々な問題を抱えた女性を受け入れるのが修道院。
問題のある子供なら行儀見習いの為行かされるがファウスティーナの場合は、彼女自身が女神の生まれ変わりの為に姉妹神についてより深く学ぶ為に行くだけ。父シトリンの話だと、貴族学院入学までは教会で学ぶと決められた。
エルヴィラの年齢ならまだラ・ルオータ・デッラ教会と修道院の違いを教えられるのは早いのか。ファウスティーナは5歳くらいから既に家庭教師から教わっているが、それは王太子の婚約者であり、女神の生まれ変わりだからと考えている。
必死にエルヴィラに説明しているリュドミーラを、冷たい瞳で見つめる――睨んでいると言っても間違いではないケインから冷気を感じるのは気のせいじゃない。チラチラ見ていると視線に感付かれ、どうしたのと声を掛けられた。
お兄様は知っていましたか、と嘘を言った。
「知ってるよ。俺は5歳くらいに教わったから。我が家は教会とも関係が深いから、教会のことも早くから教わっているんだ」
「じゃあ、私と同じですね」
お互い、未来の公爵と王妃。
未来が決められている2人は知識をこうやって共有していく。
「母上」温度が著しく戻った瞳でケインが母を呼んだ。
「ファナが教会へ行くことになるので、母上もエルヴィラの教育に力を入れる良い機会なのでは?」
「あんまりです、お兄様! わたしだって、毎日必死に勉強を頑張っているのに……!」
「そう。なら、ジュリエッタ嬢に足を引っ掛けられた理由もちゃんと分かってるよね?」
「え」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたエルヴィラにケインは溜め息を吐いて。何でもない、とファウスティーナに話を振った。いきなり話し相手にされて慌てつつも、対応した。
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