52 名前通り掴めない
どうしたものかとファウスティーナは困った。主催側としては、招待客を隅の方にいさせられないと気に掛けて声を掛けてくれたのだろう。クラウドは他意のない微笑を浮かべている。チラッとアエリアを見ると、一緒に連れて来られたネージュと話している。必然的に話し相手はクラウドとなる。
抜け部分の多い前回の記憶を探るも、クラウドとどのように接していたかがない。
「ファウスティーナ様」
「は、はい」
こうしてクラウドがファウスティーナに話を振って、受け答えするしかない。
「ファウスティーナ様は、兄君や妹君と違ってあまりお茶会に出席されませんよね」
エルヴィラはリュドミーラ付きで色んなお茶会に参加する。ケインもエルヴィラ程じゃなくてもよくお茶会に参加している。但しファウスティーナに限ってあまり参加しない。
ファウスティーナ宛の招待がない訳じゃないがあまり外に出してもらえないのが現状。今は更に誘拐されたせいで屋敷内でも制限がある。
それも今日まで。明日になれば、教会から迎えの人が来る。必要な物は書面にして教会へ届けている。
クラウドの問いにどう答えようか一考する。
「こうやって普段から参加されても良いのでは?」
「私がというより、お茶会の参加はお母様が決定するので、私はお母様の決定に従うだけです」
「そうですか……」
クラウドの意図は兎も角。お茶会に参加するしないはリュドミーラが握っている。ファウスティーナがどうこう言っても仕方ない。心なしか、しょんぼりとされ小首を傾げた。
ふと、空を見上げた。今日は空色に白が漂っている。太陽は顔を出しているので天気は良い。
ファウスティーナは空からクラウドへまた視線を戻した。
「クラウド様はよく参加されるのですか?」
「え? ええ。お母様が他家との交流に積極的ですのでルイーザとよく」
フワーリン公爵夫人クリスタについて、思い出したことがあるファウスティーナは思い切って訊ねてみた。
「公爵夫人は紅茶好きとお聞きしていますがクラウド様もお好きですか?」
「好きですよ。なんなら、オススメの紅茶を紹介しましょうか?」
「良いのですか? 是非!」
シエルから貰った甘い花の香りがする紅茶も絶品だが、他にも種類を知って楽しみたい。オレンジジュース以外にも好きな飲み物が出来た。後、教会に行ったらシエルに今日教えてもらった紅茶をオススメしたい。
期待に満ちた薄黄色の瞳は、本物のシトリンと比べても大差ない輝きを放つ。変わらない微笑を浮かべるクラウドにとあるテーブルに案内された。
……ネージュと何やら話していたアエリアは、呆れた眼をファウスティーナへやった。
「……変わらないわね」
「……」
「?」
黙りなネージュを訝しげに見ると「はあ」と溜め息を吐かれた。
「あれが原因でもあったからね……」
「原因?」
「こっちの話。ところで……」
ネージュは真ん中の方へ視線をやった。アエリアも釣られた。
エルヴィラと会話しているベルンハルドがいるが、視線がチラチラとファウスティーナとクラウドの方へいっている。
あの場から離れたいのだろうが、積極的に話し掛けてくるエルヴィラを無下にも出来ないでいる。
「……ちょっとだけ兄上が不憫になってきた」
「では、助けてさしあげたら?」
「ぼくより、君の方が悪役に向いてるじゃない」
「私が行ったら、私まで王太子に気があると思われるではありませんか」
ファウスティーナの体調が安定していないせいで次の婚約者候補にされ掛けている所に、困っているベルンハルドを助ければ王太子妃の座を狙っていると思われる。父ラリス侯爵が国王にアエリアを王太子の婚約者候補にはしないと断言してくれているが、まだまだ予断は許されない。
気の強い新緑色の瞳で凝視され、肩を竦めたネージュは歩き出した。
ファウスティーナとクラウドの方へ。
「え」
助けに行くのではないのかと言いかけたアエリアだった。
*ー*ー*ー*ー*ー*
一方、クラウドにあるテーブルに案内されたファウスティーナは置かれている数種類のティーポットに目が釘付けとなった。
「このテーブルには紅茶だけを置いてあります。お母様が子供でも飲みやすい紅茶を選別して」
「どれがどんな紅茶なのですか?」
ティーポットには、これといった目印がない。
「さあ」
「へ」
「飲んでみてのお楽しみで良いのではありませんか?」
「そ、そうなのですか?」
「はい」
そうなのか。
クラウドは控えていた侍女に紅茶を淹れるよう指示をした。
「クラウド兄上」
ネージュがやって来た。付いて来たアエリアはファウスティーナの横に並んだ。
「ネージュも飲む?」
「うん。後兄上にも」
「ああ、まだ捕まってるんだ」
「助けてあげてほしいな。クラウド兄上と違って、兄上はまだ慣れてないから。ぼくもどうすれば良いか分からないし」
「そう。ちょっとだけ待ってて」
未だエルヴィラと話しているのを捕まっていると表現されて、姉として恥ずかしくなった。ファウスティーナは2人を見た。クラウドはそう言うが別段ベルンハルドが嫌がっている風には見えない。王子なのだから、顔には出さないだろうが会話が弾んでいるのは、やっぱり楽しいからで。
「あのままでも良いと思いますけど……」
ポロっと心の中の言葉が漏れた。
「……」
「……」
侍女が淹れた紅茶を受け取ったクラウドは瞬きを繰り返した。ネージュも然り。
可笑しな空気が漂い始め、自身の失言に気付いたファウスティーナは咄嗟に謝罪するもクラウドは元の微笑を浮かべた。
「ファウスティーナ様は妹思いなのですね」
「え」
「公にされていなくても、貴女が王太子の婚約者だと皆思ってる。でも、叔母……王妃殿下主催のお茶会で貴女が倒れたので、他家の貴族達は自分の娘を王太子の婚約者にと陛下に勧めています」
「は、はい」
「家が変わるくらいなら相手を変える。よくある事例だけど、あまりお勧めしません。妹君を思うなら止めてあげることも大事ですよ」
「……」
柔らかな微笑とは反対の冷たい声。呆気に取られるファウスティーナにふわりと微笑むとクラウドは、紅茶を一旦テーブルに置いてネージュを連れてベルンハルドとエルヴィラの所へ行ってしまった。
遠回しに姉なら妹をどうにかしろと批難された。ファウスティーナ自身は、前の記憶があるからこそ、ベルンハルドに相応しいのはエルヴィラと信じている。その為の行動は惜しまない。
「ま……間違えた……」
「……変ね」
「変?」
「私の覚えてる限りだけど、クラウド様ってあまり他人に興味を示す人じゃないのだけれど」
「そう、だったかな」
「王太子に誰が引っ付こうが全然気にしていなかったけど……」
ファウスティーナよりも覚えている記憶が多そうなアエリアが言うのなら、そうなのだろう。
「うーん……名前通り、掴めない人」
ふわふわと漂っていると見せながら、手を伸ばしても掴めないのは雲と同じであった。
――ネージュを連れてベルンハルドとエルヴィラの所へやって来たクラウド。ベルンハルドは「クラウド」と微かに安堵した表情を浮かべた。
「お話中ごめんね。エルヴィラ嬢、ベルを借りて行くよ」
微笑みながらも有無を言わせない威圧感がある。さっきまで楽しく会話をしていたエルヴィラは怯むも、やっと掴めた好機を逃したくない。一緒に行くと口を開く前に「ごめんねエルヴィラ嬢」とベルンハルドはクラウド達と行ってしまった。
1人残されたエルヴィラは頬を膨らませた。折角ベルンハルドを独り占めしていたのを邪魔されて。クラウドはファウスティーナとアエリアのいる場所まで戻った。ベルンハルドをそこへ連れて行きたかっただけなのだ。
距離が遠くて会話の内容は届かない。けど、ベルンハルドがファウスティーナの髪に結ばれたリボンに触れているのを見る辺り、誕生日プレゼントとして贈ったリボンの話をしている。
「……ずるい」
エルヴィラだって欲しいのに。
再来月にある誕生日、教会に行ったら絶対に司祭に祝福を授けてほしい。去年は何故か、司祭が多忙だからと助祭が祝福を授けた。両親、特にリュドミーラの顔色が真っ青だったのがどうしてかと不思議に思うも、そんなことはエルヴィラにしたら無関係。兄のケインも去年はエルヴィラと同じく助祭に祝福を授けてもらった。ファウスティーナだけ、司祭に祝福を授けてもらった。
女神の生まれ変わりだから特別。普通の容姿に生まれていれば良かったのに、ベルンハルドとファウスティーナの婚約が結ばれてから思わない日は来ない。
「わたしも行かなくちゃ……!」
女神は気紛れに人々の願いを叶えてくれる時がある。誰よりも強い思いを込めて願えば、女神はきっとエルヴィラの願いを叶えてくれる。
ファウスティーナ達のいる所へエルヴィラは突撃した。
当然、皆の意識はエルヴィラに向く。
若干頬を赤らめながらも会話をしていたファウスティーナや嬉々とした様子だったベルンハルドも例外じゃない。
「エルヴィラ……? どうしたの」
「お――」
「皆様」
お姉様と言い掛けたエルヴィラだったが、タイミング悪くクリスタの声が響いた。
「当家自慢のスイーツをご用意しました。クラウド」
「はい」
出鼻を挫かれたエルヴィラは口を閉ざしてしまい。クラウドに案内され始めた他の面々は行ってしまった。
「エルヴィラ? 行かないの?」
その場に突っ立ったままのエルヴィラはファウスティーナに声を掛けられると「……行きます」と項垂れながら歩き出した。
「……」
離れた場所からその光景を眺めていたケインは、何事も起こらなかったのでホッと安堵の息を吐き出したのであった。
ーオマケー
同じ頃、教会内にある司祭専用の部屋。
身体を椅子に縛られ、両手は動かせるようにと手錠を嵌められているのが1人いた。
外から届く神官達や助祭の声が面白くて、司祭――シエルの前に立つヴェレッドは肩を震わせていた。
「あ、はは! 皆必死だね。シエル様を外に出させない為に。色んな所から仕事を持って来させてる」
「彼等は私を何だと思っているのかな。私が1日前倒しをしてあの子を迎えに行くとでも?」
「思わなかったらシエル様を椅子に縛り付けたりしないし、俺を最後の砦にしない」
器用に何でも出来るシエルを部屋から出させない為に下の人達は奔走している。半年先の仕事でさえ早々に処理されたので、どんな小さな仕事でもいいから運べー! と誰かが叫んでいる。助祭辺りだろうとシエルはティーカップに手を伸ばした。
「手錠のせいで紅茶が飲みにくい。第一、手錠までする必要ある?」
「シエル様は器用だから。まあ、手錠をしてもどうせすぐに外されて部屋を出ちゃう。だから他の人達は必死に仕事を探してはシエル様に押し付けるの」
必死に探してもシエルはあっという間に処理してしまうので、どちらかと言えば走り回っている側が余計な労働力を使用しているようでならない。
左手で銀のナイフを器用に弄ぶヴェレッドは何を思ったか、シエルの背後に回って首筋に刃を当てた。
「なんだか面白そうな声がした」
「はあ……面倒臭いから、君がちゃんと相手してよ」
「えー?」
「えー、じゃない。嫌だったらすぐ……」
シエルの声を遮るように勢い扉が開いた。堂々たる姿でノックもなしに入った相手は奥の光景を見て固まった。慌てて追い掛けて来た新人神官も固まった。何せ、ヴェレッドがシエルの首筋に不敵な微笑みを浮かべながら銀のナイフを当てているのだから。
「……小僧」
急にやって来た相手――シリウスは、地の底を這うような怒気の含んだ声でヴェレッドを呼ぶ。追い掛けて来た神官が真っ青になってしまう。シエルはヴェレッドの頬を思い切り引っ張ってナイフを退かせ、面倒臭そうな顔でシリウスを迎えた。
「……来ると思っていましたよ」
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