51 好機を逃したのは王太子?
久し振りにアエリア登場です。
クラウド君もちょびっとだけ。
フワーリン公爵家には、長男のクラウド=フワーリンと長女のルイーザ=フワーリン2人がいる。クラウドはケインと同い年、ルイーザはエルヴィラと同い年。
王妃シエラと同じ蜂蜜色の金糸は、陽光を浴びると一層輝きが増す。瞳の色は、クラウドはフワーリン公爵夫人と同じ翡翠色、ルイーザはフワーリン公爵やシエラと同じ紫紺色の瞳。
お茶会はフワーリン公爵家の広大な庭園で行われることとなっている。招待客を迎える公爵夫人クリスタ=フワーリン、クラウド、ルイーザに挨拶をし終えてファウスティーナはクラウドとルイーザの顔を思い出す。
お茶会は、王妃主催の時と同じで自由に移動が可能なビュッフェ形式のもの。オレンジジュースの入ったグラスを持って隅に移動したファウスティーナは自分以外の子達を眺めた。
付き添いである夫人達はサロンに集まって会話に花咲かせている。リュドミーラもいる。
(クラウド様とベルンハルド殿下、ルイーザ様とネージュ殿下で顔が似てるよね)
従兄弟なのだから似て当たり前か、とオレンジジュースを飲む。
ファウスティーナは隅の方にいるが、エルヴィラは仲良しなシーヴェン伯爵家令嬢のリナといて、ケインも仲良しな騎士団長の息子と会話をしている。
お茶会に殆ど行けないファウスティーナは、親しく話せる相手が殆どいないので1人である。前に、王太子の誕生日パーティーの際話していた侯爵令嬢も出席しているが、他の令嬢と話しているので自分が行って中断させてしまうのもどうかと思い此処に来た。
前回は、自分の悪い性格のせいで友人はいなかったのでぼっちは慣れている。
悲しい慣れである。
「ちょっと」
「!」
刺のある呼び方で呼ばれて見てみれば、不機嫌そうに眉を寄せるピンクブロンドに新緑色の瞳の美少女が口を尖らせていた。
「公爵令嬢の貴女がそんな隅にいてどうするのよ」
最後に会ってからそう日は経っていないのに随分久し振りな感覚がした。
髪の色に合わせて作られた子供らしいドレスに身を包むアエリアは、可愛い相貌には似合わない皺を眉間に作った。
「相変わらずね、そうやって1人でいるの」
「友達がいないからね」
「そういう意味じゃないわよ。まあ、貴女の場合仕方ないけれど」
「前は私の性格の悪さのせいだけど、今回は何もしてないのにね……」
「そうじゃないでしょう……」
呆れたように紡いだアエリアにファウスティーナは「ん?」と首を傾げた。
「気付かれないように周囲を見なさいよ。皆貴女を見てるわ」
言われて、オレンジジュースを飲む振りをしてそっと周囲を見た。皆思い思いの相手と会話をしているが、幾つもの眼がファウスティーナをチラチラと見ていた。
「無理もないわ。女神の生まれ変わりだなんだって言われる容姿だもの」
「それもあるわね。ただ、それとは別の理由があるのではなくて?」
「公爵令嬢が友達無しって思われてること?」
「違うわよ」
はあ、とやっぱり呆れた眼でファウスティーナを見やる。本気で分かってないのがファウスティーナらしい。
アエリアは給仕からブドウジュースのグラスを受け取った。
「あれから何か変わったことはあった?」
「あ、うん。アエリア様に聞きたいことがあったの」
「なによ」
「私、前に誘拐されたことってあるかな?」
「!」
アエリアの体が一瞬強張った。変化を見逃さなかったファウスティーナは「やっぱりあったんだ」と1人納得してオレンジジュースをまた一口含んだ。
「前の記憶を思い出したの?」
「いいえ。ただ、王妃様主催のお茶会の時がそうだったけど、起きたことが前にもあったことがあるのが多くて」
「……まさか」
小声でファウスティーナの耳元で誘拐に関するワードを囁くと頷かれてしまった。
18日前誘拐されたのをアエリアになら話しても良いとファウスティーナなりに考えた。彼女は、自分と同じ唯一の前の記憶を持っている。情報は成るべく共有したい。
アエリアは驚きで声が出なかったものの、ブドウジュースで口内を潤して話し出した。出来る限り小声で。
「前の貴女が誘拐されたのは17歳よ」
「え」
思ってもみなかった事実に今度はファウスティーナが驚く番となった。
てっきり8歳の誕生日当日だと思っていたのに、前回は17歳とは。貴族学院に在籍している年齢だ。
「私も詳細を知っている訳じゃないけれど、確か、下校中の馬車が襲われて貴女は誘拐一味に拐われたの。それを王太子が助けに行ったわ」
「殿下が?」
有り得ないと首を振ってもアエリアは「事実よ」と発した。
「私が誘拐されたら、エルヴィラに危害を加える邪魔物がいなくなって清々しそうなのに……」
「さあ? でも、結局貴女を最終的に保護したのは別の人よ」
「え? そうなの?」
「ええ。王太子は助けに行ったけど、途中で誘拐犯の1人に殴られて気を失ってしまって、貴女を保護したのは貴女と一緒に捕まったって言っていた人よ」
何故か、ふと薔薇色の髪と瞳の彼が思い浮かんだ。どんな人か訊ねると教会の司祭と時々行動を共にしていた人と言われた。
やっぱり。
起きる歳が違っても、関わる人は同じなのか。だが、嫌われ度マックスの17歳の時にベルンハルドが救出しに来たのが驚愕だ。
「嫌ってても、一応婚約者だから助けに来てくれた……のは考えすぎね。ひょっとして、誘拐一味に私が殺されたって期待して行ったんじゃ……」
「……いくらあのバカ王子でもそこまでロクでなしじゃないでしょう」
心当たりがまるでないファウスティーナが悩んでいる傍ら、ブドウジュースをまた飲んだアエリアは当時を思い出していた。
ファウスティーナは思い出したそうにしているが思い出さなくても良い気がする。誘拐された当時のファウスティーナとの婚約破棄をベルンハルドが断固として拒否したと、側妃として嫁いだアエリアはネージュに聞かされた。誘拐を機に嬉々として婚約破棄をしそうなのに。意外そうなアエリアにネージュはこう言った。
『兄上が何を考えているか知らないけど、そこから更に兄上とファウスティーナ嬢の関係は悪化した。1度だけ、聞いちゃってね。ファウスティーナ嬢が兄上にこれを機会にさっさと婚約者をエルヴィラ嬢に変えたらと。それを聞いた時の兄上の顔は傑作だったよ』
相当腹を立ててはいたらしいが。
ベルンハルドの寵愛を得ようとしたファウスティーナとベルンハルドとの婚約破棄を望むファウスティーナ。どちらが本当のファウスティーナなのか、時々アエリアにも分からなくなった。伊達にずっと競い合って、見続けていた訳じゃないのに。
「あの殿下がね……」
ファウスティーナはファウスティーナで意外な情報を入手して悩む。王家の体面を気にして? なら、誘拐されただけで傷がついた令嬢を王太子妃にしておく筈がない。オレンジジュースを飲み干すとタイミング良く給仕が新しいオレンジジュースをくれた。
もしかしてだが、婚約破棄をするまではファウスティーナという婚約者がいないとエルヴィラと関わる理由がなくなると危惧して? 婚約者としての定期訪問の際もファウスティーナじゃなく、エルヴィラに会いに来ていた。可能性大だ。
「はあ……」
「なによ急に溜め息なんて。幸せが逃げるわよ」
「そんなことないよ。これでも幸せになるために頑張ってるもん」
「顔が幸せじゃないって書いてる」
「アエリア様に前にも誘拐されたって聞いて、思ったの。その時に婚約破棄されていれば、私はエルヴィラを殺すなんて馬鹿なことを考えずに済んだのにって」
「……」
「きっと、馬鹿な期待したのよ。誘拐されたら殿下が助けに来てくれて、婚約を継続すると宣言してくれたから。実際は、エルヴィラと関わる口実が欲しかっただけなのに」
「……何故そう思うの?」
「分かるわよ。婚約者として定期訪問があっても、殿下が常に会っていたのはエルヴィラ。隣にいたのもエルヴィラ。私はエルヴィラに会う為の餌だったもの」
ベルンハルドに対する恋心は簡単には捨てられない。
11年間の刷り込みを消す方がずっと難しい。
前の記憶を取り戻したからこそ語れる。
アエリアに向き、ふわりと微笑んだ。
ファウスティーナの微笑みはどんな宝石や花でも勝てない魅力がある。
ファウスティーナが気になって視線を寄越す何人かの令息が顔を赤くした。
「……そう。あんなスカスカ娘の何処が良いのか分からないわ。私が男でもあんなのは御免よ」
「そうかな? 勉強は全然だけど、話上手だし見た目は整ってる」
「だからスカスカなのよ。見目だけが良い令嬢なら、スカスカ娘じゃなくても沢山いたわ」
「うーん、私っていう悪女に虐められていた可哀想な妹って印象が強かったのも原因かな」
「それしかないわよ。せめてもの救いは、あのスカスカ娘が他の令息に色目を使わなかったことくらいかしら」
「使わないよ。エルヴィラと殿下は“運命の恋人たち”なんだから」
アエリアの表情が険しくなった。
「それ。いつから、あの2人がそう呼ばれるようになったか知ってる?」
「全然覚えてない。ただ、ネージュ殿下や周囲の人達が言っていたのを何となく覚えてる」
「そう……」
ねえ、とアエリアが声を発しかけた時だった――
「皆様」
招待客への挨拶を終えたクリスタが皆に聞こえるように声を張った。
「本日の特別ゲストが到着されました」
「キタ……」
「ああ……確かいたわね」
ファウスティーナは緊張が増し、アエリアはげんなりとした様子で肩を落とした。
クリスタが後ろを開けるように左に退くと、護衛の騎士に連れられた王子達がお忍びでお茶会へ参加した。
途端に色めきたつ令嬢達。
ファウスティーナはさっと更に隅へ寄った。アエリアも一緒に。
エルヴィラが何処か探す。リナと共に期待が込められた瞳でベルンハルドを見つめていた。
ベルンハルドとネージュが王子らしく、堂々とした振る舞いを披露するのを見、頬を紅潮とさせた。
ファウスティーナはというと、体の弱いネージュの顔色が良好なことに安堵した。ベルンハルドはネージュを気にしつつ、従兄弟であるクラウドの元へ一緒に行った。
「あ」
「はあ」
ファウスティーナ、アエリアの順に声を出した。
クラウドと親しげに話すベルンハルドとネージュの所へエルヴィラが突撃したではないか。
「予想通りの動きをしてくれるわね、貴女の妹は」
「あはは……だねえ」
「呑気に笑ってる場合じゃないでしょう」
「言われてもなあ……ベルンハルド殿下は普通にエルヴィラと話してるし。……あれ? クラウド様とネージュ殿下が距離を取ってる」
ベルンハルドがエルヴィラの相手をしていると、微笑を浮かべたままのクラウドがネージュの手を引いて距離を取り始めた。きょとん顔のネージュを連れたクラウドが、周囲を見渡す。
パッチリと、翡翠色の瞳と合ったファウスティーナは「え」と零した。ネージュを連れてクラウドが此方に来る。
アエリアに目配せするも、アエリアも予想外だったらしく、首を振った。
クラウドはファウスティーナとアエリアの前まで来るとネージュの手を離した。
「やあ。ファウスティーナ様とアエリア様」
「は、はい、クラウド様」
「何故こんな隅にいらっしゃるのですか?」
「人の多い所が苦手なだけですわ」
「そうですか。ファウスティーナ様」
「はい」
フワーリン公爵家の血を引く人は、文字通りフワフワ感が漂う。
クラウドにもフワフワ感がある。
ふわりとした微笑みを見せた。
「もう少し、こっちに出て輪の中に入りましょう。こんな隅にいたら、折角のお茶も美味しくなくなりますよ」
「は、はい」
「アエリア様もです。さあ」
顔を引き攣らせるアエリアを心配しつつ、ファウスティーナはクラウドの案内でちょっとだけ前へ出た。
クラウドに連れて来られたネージュはアエリアに小声で話し掛けた。
「すごい顔」
「なりたくもなりますわよ」
「クラウド兄上に悪気はないよ。多分、エルヴィラ嬢に引っ付かれて動けなくなった兄上がファウスティーナを見つけやすいように移動させたいだけ」
「公にされていなくても、ファウスティーナが王太子殿下の婚約者という認識はありますのね」
「女神様の生まれ変わりだからね。ただ、この間のお茶会の件がある。隙あらば、ファウスティーナを押し退けて王太子の婚約者の地位に座りたいっていう令嬢は多い」
「後はその家ですわね」
「そうだね。にしても、エルヴィラ嬢に倣って他の令嬢達まで兄上に群がったら大変だから大人しくしててね」
「貴方こそ」
「ぼくは兄上が大好きだから困っているのを見過ごせないよ」
前のネージュを知っているからこそ抱く言葉がある。
「胡散臭いですわね」
読んで頂きありがとうございます(*´▽`)