50 フワーリン公爵家のお茶会へ
フワーリン公爵家主催のお茶会当日――
教会でお世話になると決まったのが15日前。ファウスティーナが教会に移り住むのは明日。教会側はすぐにファウスティーナを来させるよう伝えたが、お茶会を終えるまでは待ってほしいと言うシトリンの意向で今日まで延びた。
私室の姿見の前でリンスーに髪を梳かれる。今日は、誕生日にベルンハルドから贈られた瑠璃色のリボンを使用する。前回の記憶のお陰で王子達がお忍びで来るのは知っていた。ケインから貰った本も何だかんだでまだ読めていない。
ケインは「読める時に読んだらいいよ」と言ってくれるが、内容が気になるので早く読みたい。
リンスーが瑠璃色のリボンをファウスティーナの空色の髪に結んだ。頭の天辺より少しずらした位置に結ばれたリボンを気に入ったのか、姿見の前でくるくる回ってみた。
「どう?」
「とてもお似合いですよ!」
「そっか」
ドレスは青を基調としたリボンやフリルをふんだんにあしらったもの。姫袖のボレロにもリボンがある。白いタイツに靴はぺったんこで歩きやすいものを穿いている。
ファウスティーナ好みのシンプルなデザインじゃないのは、仕方ない。今回のドレスはリュドミーラと公爵家お抱えのデザイナーが考えて作った物。
教会にお世話になると頷いた日の夕食は今でも鮮明に覚えている。リュドミーラに何故か執拗に理由を聞かれた。鬼気迫る迫力に逆に何も言えなくなったファウスティーナに更に迫るも、シトリンに落ち着くよう諭され冷静さを取り戻した。シトリンに言ったのと同じことをリュドミーラにも説明するが、納得いかない様子だった。既に話はシリウスとシエルの耳に届いているので、今更断るのも出来ない。
デザインは可愛らしく、リュドミーラやエルヴィラ好みでも、色だけはファウスティーナの好きな青を基調としてもらった。
ファウスティーナは回るのを止めて、じっと自身を見てみた。
「私には、エルヴィラが好きそうなドレスは似合わないわねえ」
「そんなことありません! お嬢様はとても似合ってます!」
「ありがとうリンスー」
リンスーがお世辞を言ってくれているのだと思っているファウスティーナ。
ファウスティーナが事実可愛くて似合っているから必死に伝わってほしくて力説するリンスーであった。
時計を見ると出発の時間が迫っていた。玄関ホールに行こうとファウスティーナはリンスーを促した。勿論、護衛役2人も来る。
教会には彼等は来ない。
教会に行くと告げた翌日、手土産に月に1度5個しか販売されない幻のアップルパイを持ってヴェレッドが訪れた。シエルの使いだと言って。幻のアップルパイに見事釣られたファウスティーナは、警戒する両親を後目にヴェレッドからアップルパイを受け取った。ファウスティーナと話をさせてほしいと言い出し、これはシエルの命令だと告げれば、両親が逆らえる筈がなかった。
庭園で見張り付の小さなお茶をした。
(お父様やお母様は、どうして過剰に司祭様を警戒するのかな。司祭様と仲良しなヴェレッド様にも無茶苦茶警戒するし……)
前回の記憶を辿っても思い当たる節がない。そもそも、抜けている記憶が多いので仕方ない。
玄関ホールまで行くと準備を整えたケインがいた。側にはリュンもいる。
「お兄様。リュン」
「あ、お嬢様! とても似合っていますよそのドレス!」
「ありがとうリュン。個人的には似合ってないと思うけど」
「いいえ! 似合っています! お嬢様は、こういった可愛いデザインも似合います! あ、勿論シンプルなデザインでも十分お似合いです!」
「ありがとうリンスー。お兄様、どうですか?」
ケインの前で1度くるりと回ってみた。
「似合ってるよ。殿下から贈られたリボン、ちゃんと使ってるんだね」
普段の無表情に近い顔で告げられるが、これがケインの通常なので落ち込まない。
「はい。折角ですし」
「そうしなよ。でないと、殿下が報われない」
ケインの服装は髪の色に合わせた黒い衣装。ヴィトケンシュタイン家の色である空色のスカーフをしている。
暫くするとエルヴィラの手を引いてリュドミーラが来た。社交界でもトップクラスの美貌を誇るリュドミーラは何を着ても輝いている。そんな母の血を濃く受け継いでいるエルヴィラは、花の妖精が具現化したような可憐な姿だった。リボンやフリルがふんだんにあしらわれているのはファウスティーナと同じだが、スカートが長い。ファウスティーナは動くのが好きなので膝が隠れるくらい。
エルヴィラの頭にはフリルがふんだんに施されたピンク色のヘッドドレスが着けられている。
(前のベルンハルド殿下がエルヴィラは花の妖精ってよく褒めてたっけ……当たってる)
「……」
前のベルンハルドとエルヴィラの仲睦まじい姿を思い出し、若干凹むファウスティーナ。
対しエルヴィラは、瑠璃色のリボンを頭に結んでいるファウスティーナへ頬を膨らませた。エルヴィラが欲しいとお願いしてもきっと貰えないベルンハルドからの誕生日プレゼント。
「奥様。馬車の準備が整いました」
「分かったわ。さあ子供達、行きますよ」
リュドミーラに促された子供達はそれぞれのテンポで玄関ホールを出た。正門前に停車している馬車にエルヴィラが先に乗り、次にファウスティーナ、ケイン、リュドミーラの順に乗った。ファウスティーナは隣のケインに話し掛けた。
「フワーリン公爵家のお茶会にラリス家は招待されてますよね?」
「可能性は高いと思うよ。ラリス侯爵家は公爵家と同等の力を持つ家だし、侯爵夫人は防衛の要である辺境伯家出身。呼ばない理由がない」
後は夫人同士が仲良しなのも大きい。
「ケインの言う通りよ」とリュドミーラが満足げに頷いた。
「フワーリン公爵家のご長男クラウド様には、まだ婚約者がいません。今回のお茶会は、謂わば将来フワーリン公爵家の跡継ぎであるクラウド様の婚約者を選ぶ場でもあるわ。当然、ケインの言う通りラリス侯爵家も呼ばれている筈よ」
「他には、同じ公爵位のフリージア家やグランレオド家でしょうか?」
ファウスティーナの挙げた家にも、クラウドと同じ8歳の令嬢がいる。
「公爵家は勿論、侯爵家、伯爵家が呼ばれています。3人共、気を引き締めなさい」
「お兄様も婚約者を見つけたら良いのでは?」
「えい」
「あいたっ!?」
ファウスティーナの余計な一言は、ケインから頭突きを食らうこととなった。兄妹揃って石頭なので石頭同士の衝突は想像以上に痛い。痛い所を手で抑えながら、涙目でファウスティーナは食ってかかるも涼しい表情のケインに「うるさい」と一蹴された。
完全敗北となり、ショック音が付きそうな落ち込み方をした。
早くフワーリン公爵家に到着してほしいと祈りつつ、ヴェレッドが幻のアップルパイを土産に持参した日を思い出す。
ヴェレッドがファウスティーナに会いに来たのは、単にそれを届ける為じゃない。幻のアップルパイは、前々から予約していたのを今日購入出来ると連絡を貰って買っただけ。折角だからファウスティーナにお裾分けしただけと話していた。ファウスティーナに教会側で用意する物が何かを聞きに来たのだとか。
書面でも事足りるも幻のアップルパイを買う序でに寄っただけらしい。
『後日書面に書いて教会宛で郵送しますね』
『そう。じゃあ、早くしてね。あまり焦らさないでね』
『焦らす?』
『うん。でないと、俺は安らかな夜を迎えられないんだ……』
眠そうに小さな欠伸をしたヴェレッドに、また夜中シエルに起こされたのだと悟り、同情の眼を向けた。
『司祭様は夜眠れない人なのですか?』
『今だけだよ。普段は眠りの深い人だから、1度寝たら簡単には起きない。但し、こうやって夜中目を覚ますと人を起こす』
今度、朝まで寝られる秘訣をシエルに教えてあげようと決めたファウスティーナ。すると「着きましたよ」とリュドミーラが告げた。
窓を見た。
白亜の屋敷が特徴的なフワーリン公爵家に到着した。
幻のアップルパイ……食べてみたいな。
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