45 血は侮れない?
区切りが良かったので短めです。
「ご機嫌だね、シエル様」
「何が?」
ヴィトケンシュタイン公爵邸を出発した馬車は、ベルンハルドを送り届ける為王城へ向かっている最中。王太子といえどまだ子供、外の光景が珍しく窓に手を当てて眺めるのは当然だ。ファウスティーナがいなくて少し物足りなさそうな顔をしているベルンハルドを横目に、シエルは唐突なヴェレッドの言葉を訝しんだ。
「知ってるくせに」
「さて、どうだろうね」
「見たでしょう?」
「ああ、あれ」
シエルの言うあれ。
ファウスティーナに渡すお土産を取りにシエルがロビーへ、ヴェレッドはファウスティーナ達のいる客室へ行こうとしていた時に、遠くから幼い女の子の泣き声が届いた。2人は顔を見合わせ、気になって声のした方へ方向転換した。
こっそりと窺うと、退席したリュドミーラのドレスに引っ付いて泣いているエルヴィラと母に事情を説明しているケインがいて。リュドミーラの顔色は少し戻っており、困った顔をしてエルヴィラを抱き締めた。
『えぐっ、うう、うわああああぁぁああん! お母様あぁぁ……!』
『ああっ、エルヴィラ泣かないでっ、ケインも言い方を気を付けてあげて』
『後になって苦労するのはエルヴィラですよ? それに、彼処に他の家の子がいたら? 子から親に話がいって、婚約者でもない令嬢が王太子に抱き付いたなんて話が広がったら、恥をかくのは我が家の方です。エルヴィラだってそうです』
『わ、わだしは……! お姉様が誘拐されて怖くて……!』
『それと殿下に抱き付くのは無関係だよ。それにさっき言ったでしょう? ファナをあっさり誘拐したくらいだ。もしエルヴィラも標的にされていたら、2人纏めて誘拐されていたよ。エルヴィラが無事ってことは、そもそもエルヴィラは標的にされてなかったってこと。でもまあ、怖がるのは当然だけど』
そう言いながら、ケインに怖がっている様子はない。普段通り、冷静で辛辣で容赦がない。泣きじゃくるエルヴィラの髪を慰めるように撫で、泣き止ますのに必死で注意もしないリュドミーラにこれ以上何も言わなかった。
一部始終をちゃっかりと目撃したシエルとヴェレッドは来た道を戻った。ふふ、と肩を震わせるヴェレッドにシエルは呆れ半分な眼をやった。
『面白いよね。この家。公爵夫人は、自分にそっくりな末娘を可愛い可愛いして甘やかすだけ。ああいう風に、坊っちゃんが苦言を呈しても庇う』
『公爵よりも、彼の方が父親に向いているよ。よくもまあ、公爵夫妻の子に生まれながらしっかりしているものだ』
『遺伝子がとち狂ったんじゃない? お嬢様が似てないのは、そもそもシエル様の子だから。坊っちゃんは妹達の扱いの差にいつも疑問を抱いているのと次の公爵としての自覚が強くあるってことじゃない』
『君はご長男をそう呼んでたの?』
『うん』
ファウスティーナをお嬢様と呼ぶのもカインとして執事をしていた時の名残。エルヴィラを末娘と呼ぶのは、単にお嬢様だとファウスティーナと被るから。カインだった時は、ちゃんとエルヴィラお嬢様と呼んでいた。
邸内で目撃したやり取りを思い出すヴェレッドはにやにや顔を止めない。シエルはベルンハルドの頭をポンポン撫でつつ、やれやれと肩を竦めた。
王城へ行き、ベルンハルドを騎士に預けたら直ぐに教会へ帰る。長居してはシリウスが来る。が、多分だが待ち構えている気がしてならない。
“お前のような平民の血が混ざった弟など、私の汚点であり、母上を悲しませる元凶だ。2度と姿を現すな”――等と、初対面だった異母弟を盛大に拒絶したくせに、割りと直ぐに接触して来ようとしたのが理解不能。腹違いの兄は正妃の子。自分は平民の子。身分が違い過ぎた。初めから仲良くなれるとは信じていなかったシエルでも、当時のシリウスの言葉には深く傷付いた。同時にシエルの中でシリウスは、今後の人生で必要のない者に分類された。
貧民街に赴き、探していた子供ヴェレッドも拾ったので寂しさとは無縁の幼少期を送ったので不満もない。
シエルは紫がかった銀糸をそっと撫でた。
シリウスとは似てない性格。王妃の血がやはり強いのだろう。ずっと純粋なまま、は無理でも、ファウスティーナを好きな気持ちだけは抱き続けてほしい。
ただ――
「……」
ベルンハルドの頭から手を離したシエルがヴェレッドに見せた、凄絶な微笑。外の光景に夢中なベルンハルドは気付かない。
血は侮れない。もしも嘗てのシリウスがしたように、ファウスティーナをベルンハルドが拒絶したら、その時は……。
「ヴェレッド」
「……なに?」
「君が城で話したあれ、本当?」
「本人が言ってた」
「そう」
その時は――例え可愛がっている甥っ子であろうと、容赦しない。
読んで頂きありがとうございます(´∀`*)