過去―彼女がいない後⑩ 気の毒なのは誰か―
お兄様メインです。
シエル様は本編を幾つか挟んだ後になります。
今夜の王太子妃の19歳の誕生日を祝うパーティー。父から公爵の地位を引き継いだケインに欠席する選択はなかった。況してや、王太子妃は妹。兄であるケインが参加しなければ要らぬ噂を立てられる可能性があった。
国王夫妻、王太子夫妻、第2王子に挨拶をし、更に周囲への挨拶周りをし、礼儀に則って誘って来た令嬢とダンスを踊った。
ケインにはまだ婚約者がいない。学生や未だ未婚の令嬢は、将来有望な若い公爵の正妻の座に自分が座ろうと必死だ。婚約者のいない令嬢のファーストダンスの相手は、基本父親か兄弟が務める。必要な役割を終えてダンスに誘ってくる令嬢達に当たり障りない態度で接し続けた。
3人目の令嬢と踊り終え、次を狙ってた他の令嬢に愛想笑いを浮かべて断りを入れ、給仕から冷たいカクテルを貰ってテラスへと赴いた。
ダンスを踊る人達が多数を占める会場とは違い、テラスには賑やかな場から離れたい数人しかいない。更に人の少ない奥へ進んだケインは、自分と同じような者の為に用意されている長椅子に腰を下ろした。
カクテルは気分をスッキリさせてくれるスティンガー。一口、二口飲むと夜空を見上げた。雲一つない紺色のキャンパスには無数の煌めきが散りばめられていた。
今日はエルヴィラの誕生日。
先月はケインの誕生日。
先々月はファウスティーナの誕生日。
先々月ケインは戦慄した。朝からケイン宛に贈り物が届いた。ケインが公爵の地位を引き継いだとほぼ同時に領地に引っ込んでもらった両親から。
シトリンもリュドミーラもファウスティーナが何処にいるか知らない。ファウスティーナをある場所へ逃がしたケインしか、ヴィトケンシュタイン家の者は知らない。贈り物と一緒にケイン宛に手紙が付いていた。
母からだった。
贈り物をファウスティーナに渡してほしい、というものだった。本当なら、18歳の誕生日に贈る筈だったプレゼントだと。
自分の母ながら何をやっているのかと深い溜め息を吐いた。贈り物の中身は、ピンクダイヤモンドを花の形に加工した髪飾り。ピンク色が好きなのはエルヴィラであってファウスティーナじゃない。ファウスティーナは濃い青系統の色が好きなのだ。2度目の溜め息を吐き、ファウスティーナの居場所を知っていると思われているケインしか渡してくれる人がいないと綴られていた。ファウスティーナ宛にも手紙を書いているらしい。渡す気がないケインは、手紙を読み、3度目の溜め息を吐いた。手紙は丸めて捨てた。
ピンクダイヤモンドは再来月のエルヴィラの誕生日プレゼントとして渡そう。リュンを呼び、エルヴィラ好みの包装に変えてとピンクダイヤモンドを渡した。
ピンクダイヤモンドは今朝王宮に届くよう手配していた。会場でエルヴィラは興奮気味にケインにプレゼントの感想を言ってくれた。……側でケインと共にエルヴィラの話を聞いていたリュドミーラは呆然とした様子でケインを見、倒れそうになったのをシトリンが咄嗟に支えた。
ベルンハルドからは終始視線を貰った。エルヴィラとファーストダンスを踊っている時、彼は誰かを探しながらもケインに視線をやっていた。敢えて気付かない振りをして、ケインは必要なやり取りを熟していた。
プレゼントと言えば、燃やせなかった宝石類は全てエルヴィラへ王太子妃になる記念だとして渡った。ラピスラズリしかないことに、エルヴィラはベルンハルドの色だから用意してくれたのだと勘違いした。ファウスティーナに渡していた宝石をエルヴィラが身に着けた姿を見た時のベルンハルドは、ネージュとは違う昏い瞳をした。
ファーストダンスが終わった頃、会場がざわついた。
ベルンハルドが探していた、叔父のシエル=カナン=ガルシアが来た。現国王の異母弟。銀髪に蒼い瞳の、天上人の如き美貌は会場中の視線を集めた。側には、シエルが幼少の頃から置いていると有名な美貌の男性もいた。王国にはいない薔薇色の髪と瞳を持つヴェレッドだ。2人揃うと貴婦人や令嬢達が頬を赤らめる。
……ヴェレッドは面倒臭そうな顔をしているし、シエルは何を考えているか不明な微笑を張り付けているが。
両親の側を離れていたケインは、咄嗟に2人を探した。捉えられる視界にいてくれてホッとした。シエルに何か言いたげな顔をしているが、そのまま大人しくしていてほしい。返り討ちに遭って大怪我を負うのは自分達、後始末をしないとならないのはケイン。
すると、今日のメインであるエルヴィラと言葉を交わしたシエルにベルンハルドは必死な形相で迫っていた。大方、ファウスティーナの居場所を知りたいから時間をくれとでも言っているのだろう。
『どうして教えてもらえると思えるのか。不思議だよ』
ケインはスティンガーを半分飲んだ。
シエルに何かを言われたベルンハルドは、呆然自失といった感じで立ち尽くした。安堵したケインは次に両親を見た。シエルと両親の視線が合った。絶対に態とだ、と嘆息したのであった。
全てダンスを踊りながら見ていた光景だ。
今頃、シエルの逆鱗に触れてどうなっているか。張り付けた微笑みの裏に隠された殺意を受けて無事でいるならそれはそれでいい。
スティンガーを全て飲み干した。
ファウスティーナが公爵家を勘当され、姿を消すと、ケインは最後に頼まれた仕事を片付けた。今までファウスティーナ宛に贈られていたプレゼントの処分。殆ど、ベルンハルドが贈っていたプレゼントだ。ある年から完全にベルンハルドを諦めたファウスティーナは、それまでは毎年楽しみにしていたベルンハルドからの誕生日プレゼントも婚約者としてのプレゼントも、中身すら見ずお礼の手紙を書いて送るだけにしていた。
幸いなことにベルンハルドからプレゼントの話をされる機会が1度もなかったので下手な言い訳をしなくて良かったと、ファウスティーナは語っていた。
『ファナは変な所で鈍かったから、気付いていないんだろうね』
誕生日の日、何か言いたげな視線を寄越すベルンハルドに。
婚約者としての訪問で、エルヴィラと談笑しながらファウスティーナを探すベルンハルドに。
ベルンハルドの瑠璃色の瞳が探していたのは、何時だって婚約者の姿だった。
『……全部過ぎたことだ。これもファナが、殿下が選んだ道だ』
ネージュによると、未だにファウスティーナを探し続けていたらしいが、つい最近国王に捜索禁止を言い付けられたらしい。
それでも内密に探しているのを見ると……
『殿下の執着も大したものだよ。……兄弟揃って』
最後意味深な台詞を紡ぐ。
処分したプレゼントの中には、母親の物も幾つかあった。エルヴィラは桃色といった春を表す可愛い色が大好きだ。ファウスティーナにも似合うからと毎年同じ系統の色のドレス等を渡していた。ケインが処分したリュドミーラのプレゼントも大体それだった。
『母上は、自分が贈ったプレゼントをファナが使わないことにいつも腹を立てていた。けど、その時のファナはもう母上については何とも思っていなかった』
それ処か、新しいドレスのデザインや流行りの話は全部王妃シエラとしていた。夕食の際、今日はシエラとこんな話をしたと楽しげに語っていた。シトリンは王妃と良好な関係を築いて安心していた。その傍ら、リュドミーラは……。
止めた止めたとケインは頭を振った。
空のグラスを持って、会場に戻ろうと長椅子から立った。
テラスから出ようと歩き出すと、別方向からヴェレッドが現れ前を歩いていた。何故此処に? と疑問を抱く。彼が出てきた方へ興味本位で向かった。
真っ青な表情で膝を崩しているベルンハルドがいた。
『……』
大方、シエルとヴェレッドが別行動を取って、シエルに聞いても何も教えられなかったからと彼の方へ行ったのだろう。
彼の方が容赦のなさが目立ちそうなのに。
ケインがベルンハルドを慰める言葉は存在しない。何を言われたか知らないがエルヴィラに慰めてもらえばいい。エルヴィラがいるだけで癒される、と昔ファウスティーナがいる前でエルヴィラに言っていたのだ。
例え、エルヴィラがいないとファウスティーナが何も反応してこなくなっていたとしても、ケインが何度注意しても耳を傾けなかったとしても、全部彼が行ってきたことだ。
彼の意思で。
ケインは会場に戻った。
テラスに行く前の両親とシエルの様子からして、別の場所にいるのは明白。近くを通った給仕にグラスを返し、更に王太子妃に王太子がテラスの奥にいると伝えてと言い残し、会場を出た。
『気の毒に……』
ネージュとは少し前話した。
王太子妃の誕生日の後に、ベルンハルドの中にあるファウスティーナへの未練を完全に断ち切ると。昏い紫紺色を隠しもせず語るネージュにそうですか、としか返さなかった。
ネージュも自分も同じ数だけ繰り返している。
ケインがどんなに周りを止めようとしても、ファウスティーナの最初が変わらないと駄目なのだ。ケインが1人頑張っても、一番肝心なリュドミーラのファウスティーナに対する態度を変えなければ何度でも同じ運命となる。
変わるのは婚約破棄をしてからだ。
1度目はベルンハルドの執着がファウスティーナを捕まえてしまった。その時はケインが用意した宿で眠った後、遠い親戚の所へ行く予定だった。シリウスの天敵と名高いその人の所なら安全だと思って。けれどベルンハルド本人がファウスティーナをその場所で捕らえた。そして、最後は……。
思い出したくもない、と思考を振り払った。1度目と同じになってほしくない。2度、3度、と繰り返し今は4度。どれもファウスティーナは最後幸福となった。だが、反対にベルンハルドは幸福とは反対の底へ落とされた。
生が繰り返される原因は1度目の最後。
教会の上層礼拝堂の奥、代々司祭しか知らされない秘密の地下をネージュが突き止めて、そこに置かれているある物を使ったからだ。
『それかフォルトゥナの呪いか』
ケインは近くにいた騎士にシエルを見なかったかと訊ねると、あの部屋に入って行ったことを聞く。
ありがとう、と述べてシエルがいるらしい客室に向かった。
読んで頂きありがとうございます。
次回本編に戻ります。