過去―彼女がいない後⑧ 悪役令嬢の独り言―
ベルンハルドとシエルがほぼメインです。
『……』
王太子妃の誕生日パーティー真っ只中。
エルヴィラとファーストダンスを躍りながら、ある人物がいないかベルンハルドは探す。入場のアナウンスの際、彼が探している相手の名前は呼ばれなかった。立場が立場だけに時間通りに来てほしいというのに。父である国王は苦い顔をしていたが何も言わなかった。母である王妃も然り。
『ベルンハルド様』
エルヴィラに呼ばれ、ベルンハルドは視線を下に落とした。
『どうされたのです? 誰かを探しておられるのですか?』
『あ、ああ。叔父上は来ていないかと思ってね』
『司祭様を?』
きょとんと首を傾げる仕草がとても幼く感じる。ファウスティーナとは全然違う。
濡れ鴉のような艶やかな黒髪は真珠の髪飾りで一つに纏められ、真珠の装飾をメインとしたマーメイドラインの純白のドレスを着るエルヴィラは無垢な妖精そのものだ。華奢で小さめな膨らみが一層エルヴィラの可憐な魅力を引き立たせた。
対してファウスティーナはどうだったか。
青銀のドレスを身に纏い、小柄で華奢な割に豊かな膨らみが露出を抑えながらも彼女の妖艶さを醸し出していた。
こうしてエルヴィラとファーストダンスを躍りながら思う。ファウスティーナとは、デビュタントの日を入れても1度も踊ったことがない。
常にエルヴィラと踊っていたから。
――否、踊らされていた。
『……』
ファウスティーナのファーストダンスの相手は常に兄のケインだった。何度も王妃から苦言を呈された。婚約者とファーストダンスを踊るのも嫌なのかと。
ベルンハルドは何も言わなかった。
……俯いて、憎々しげに唇を噛み締めただけ。
ファウスティーナはベルンハルドと踊るエルヴィラに対し暴言を吐き、時に飲み物をぶちまけてドレスを汚した。そこにベルンハルドがエルヴィラを庇うと余計醜く叫び、追い払うと悔しげにテラスへと逃げた。
誰が思う。婚約者に追い払われた令嬢が、いざ人目のないテラスに出た途端――
“はあ……いい加減殿下にも決めてほしいものね。エルヴィラを好きなくせに何時まで私と婚約を続けるつもりよ”
“うーん……どうしたらあの殿下とエルヴィラの婚約が結べるだろう。私はいつでも婚約破棄はバッチ来いなのに”
“やっぱり思い切ったことをしなきゃ駄目なのかな……”
けろりと態度を変えて、王太子の寵愛を得る妹に嫉妬して虐げている筈の悪女が王太子との婚約破棄を願っている等と。
ある時からファウスティーナが気になって仕方ないベルンハルドは、エルヴィラを友人に任せこっそりとファウスティーナの後をつけてテラスへと来て
ファウスティーナの独り言を聞いたのだ。
婚約破棄……そんな言葉、ベルンハルドの頭には一度も浮かばなかった。初めは嫌で嫌で仕方なかった。だが、王であるシリウスが決めた婚約は絶対だ。それをファウスティーナが願っている?
周囲の者皆こう思っているだろう。
ベルンハルドがファウスティーナとの婚約破棄を強く願っていると。
実際には、ファウスティーナがベルンハルドとの婚約破棄を願っていると、思う者は1人もいない。
『……い、痛いですベルンハルド様』
『!』
昔の夜会を思い出して、つい手に力が入ってしまっていた。力を弱め『すまない』と謝った。
ダンスも終わり、後はエルヴィラをエスコートしての挨拶周りか。こうした夜会で絶対にエルヴィラを1人にするなと、シエラから念入りに釘を刺されている。
他国からの来賓客に挨拶周りをしている時――待ち人は来た。
周囲にどよめきが起きる。釣られるように目を向けると、絢爛な会場に相応しい天上人の如き美貌の男性がシリウスとシエラの前で頭を垂れていた。
ベルンハルドが今夜どうしても会いたかった相手――叔父のシエルだ。同じ父親の血が流れているというのに、類い稀な美貌を持つシリウスも年々歳を重ねていると感じるのに、シエルに限って全く歳を感じない。寧ろ輝かしくなっている気がする。シエルの隣には見慣れた薔薇色の髪と瞳をしたヴェレッドがいる。シエル同様シリウスとシエラに礼を見せるも、終わると面倒臭そうな顔をして天井を見ている。彼も彼で歳を感じない。というか、一体何歳なんだと言いたい。
国王夫妻から離れたシエルとベルンハルドの瞳が合った。ふわり、と微笑まれ此方にやって来た。
『王太子妃殿下、改めて19歳のお誕生日おめでとうございます』
『おめでとうございます』
礼儀上の微笑みも声色も兼ね備えたシエルと違い、ヴェレッドは無表情だが声はほぼ棒読みだ。が、気付いているのか気にしていないだけなのか、エルヴィラはありがとうございます、と少女のような微笑みを浮かべた。
『叔父上』
ベルンハルドの何処か必死な気持ちはきっとシエルも読んでいる。
知らない振りをして、エルヴィラの紅玉色の首飾りへ目をやった。
『素敵な首飾りですね。王太子殿下からの贈り物ですか?』
『はい! わたしとベルンハルド様が女神様達に祝福を受けた時の色です!』
『王太子妃殿下の瞳の色と同じですね』
『そうですわ。わたしはベルンハルド様の瞳の色がいいと言いましたのだけれど、折角だからとベルンハルド様が』
『……ふふ』
はしゃぐエルヴィラにヴェレッドは静かに零す。面倒でも見世物としては刺激が薄くても、見てて面白い。エルヴィラが首飾りの話をするだけ、ベルンハルドの瞳から灯りが消えていく。
ヴェレッドが気付くのだ。シエルが気付かない筈がない。
『王太子妃殿下の色でも、王太子殿下の色でも、どちらもお似合いでしょう。では殿下方、私共はこれで』
『! お待ち下さい叔父上、少しだけ時間を頂けませんかっ』
『ベルンハルド様?』
教会で祝福を受けた時も、必死な様子でシエルに縋る夫の姿に違和感を覚えるエルヴィラがいても、ベルンハルドはシエルに訴える。
『……ベル』
『!』
幼少期は個人的に会う時だけ呼ばれていた愛称。
今はもう、呼ばれることがなくなった。
『可愛い王太子妃を幸せにしなさい。君が選んだのだから。だから姉妹神も祝福したのさ』
『……』
最後の言葉とばかりに紡がれたシエルからの祝福。意味を理解しているヴェレッドは『……悪趣味』と呟いただけ。
ベルンハルドは茫然とシエルを見つめるだけ。
シエルは最後に微笑むとヴェレッドへ向いた。
『最後に会わないといけない人と話してから帰ろうか』
『はーいはい』
ベルンハルド達から離れたシエル達が向かうのは、先程から痛い程視線をくれてくる――シトリンとリュドミーラだ。
読んで頂きありがとうございます(´∀`*)
次回は今のちっちゃいエルヴィラが出ます( ´∀`)




