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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄まで~明後日の方向へ突き進む?~
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5 口は後悔の元?

 


 ――僕は婚約者(ファウスティーナ)に嫌われているのかもしれない……


 王国の第1王子にして王太子ベルンハルド=ルイス=ガルシアは、定期訪問している婚約者の家ヴィトケンシュタイン公爵邸を訪れるも、彼を歓迎したのは婚約者……ではなく、婚約者の妹。最初の内は驚き、客室へ案内してくれた後も居座っているので何度かファウスティーナを呼んで来てと遠回しに伝えた。分かっているのか分かっていないのか、彼女は側に控える使用人にファウスティーナを呼びに行かせた。その間もずっと居座り続ける。

 そして、一番会いたいファウスティーナは来ない。今日の訪問で計7回目になるがファウスティーナが来たのは7回中3回。後は、直前になっていないと言われたり体調不良を理由に来られないと執事長に言われ、渋々帰る。……ファウスティーナがいないと言いに来る執事長が冷や汗を流すのを見て、絶対嘘だと既に見抜いている。

 使用人がファウスティーナを呼びに行っている間、話しかけてくるエルヴィラを無視する訳にもいかず。今日もファウスティーナが来るのを待ってエルヴィラと会話する。



「それでですね! わたし苦手なニンジンを食べれるようになりましたの!」

「へえ。好き嫌いをなくすのは良いことだね」

「えへへ。はい」

「ファウスティーナに苦手な食べ物はないの?」



 一瞬ムッとしたような顔になるエルヴィラだがすぐに表情を切り替えた。



「お姉様ですか? お姉様はブロッコリーが苦手ですわ。あ、でも、今日はいただいておりましたので……苦手ではなくなったかもしれません」

「そうか」



 エルヴィラとの会話でファウスティーナのことを聞くのも忘れない。

 すると――



「失礼します」侍女が入室。



「ファウスティーナお嬢様をお連れしました」

「!」



 待っていた待ち人は今日は来てくれた。ぱっと嬉しそうな表情をしたベルンハルドの横、隣にいたエルヴィラは面白くなさそうな顔で頬を膨らませた。

 侍女の後に続いたファウスティーナが綺麗なお辞儀をしてベルンハルドに挨拶。ソファーから降りたベルンハルドは駆け寄った。



「良かった。ファウスティーナ。来てくれて」

「はい」



 沢山話したいことがあった。今日は絶対に聞くと決め、こっちと手を引くもファウスティーナは「あ……」と目を丸くした。薄黄色の瞳の先には妹がいた。

 妹といえど、一緒に待っている所を見られるのは初めてで、やっぱり良い気はしないのだろう。

 途端にバツが悪そうな顔をベルンハルドがすると――



「ありがとうエルヴィラ。わたしが来るまでの間殿下の対応をしてくれて」



 何かを言うでもなく、顔を変えるでもなく、エルヴィラに微笑んだ。ポカンとした顔をしたエルヴィラだがまたすぐに元に戻った。



「いいえ。いつもお姉様が来るのが遅くて待ち詫びているベルンハルド様に申し訳がないだけですわ」



 ファウスティーナが来ても居座るつもりはないらしく、部屋を出て行った。


 


 ●○●○●○


 


 ――うわあー! やっぱり見たくないぃ!

 


 朝食の際、執事長に告げられた通り、今日はベルンハルド訪問の日。裏庭へ逃げ、心地好い風を浴びて読書をしようと本を開くと、背後から「お嬢様」と鬼気迫る声がファウスティーナを呼んだ。ビクリと肩を跳ね、恐る恐る振り向くと。思った通り、怒った顔のリンスーがいた。

 


「今日は王太子殿下がいらっしゃる日です。ちゃんとお部屋にいて下さいと申した筈です!」

「だって、どうせ行ったってエルヴィラと談笑しているじゃない」

「お嬢様。私、思うのですがお嬢様が遠慮する必要はどこにあるのですか? 王太子殿下の婚約者はファウスティーナお嬢様であって、エルヴィラお嬢様ではありません」

「そうだけど……」

「それに、です。王太子殿下は毎回お嬢様を待っていらっしゃるのですよ? お嬢様が来ない日は、いつも沈んだ表情をされてお帰りになるのです。ここは一度、エルヴィラお嬢様がいても行くべきです」

 


 リンスーの言っていることは正しい。

 しかし、前回とは違っても、何時また同じになるか分からないのだ。婚約者を待っていると言っておきながらずっと婚約者の妹と話し続けるベルンハルドもだが、ファウスティーナ自身は前回があるので何もしなくても彼は妹を好きになるのだと既に諦めている。

 いっそ、病弱な令嬢の皮を被って王太子妃候補を辞退しようとしたが、あれ以来体調はずっと万全なので出来ず。隣国の式典が終われば、また王妃教育が再開される。王妃教育は未来の王妃を育てる教育なだけにたった1年2年で終わらない。まして、前回エルヴィラが新たな王太子妃候補となったのは15歳。16歳の成人までにファウスティーナが受けた王妃教育を完璧に熟すことは不可能なのだ。

 だから、早めに婚約者をファウスティーナからエルヴィラに替えてほしいと思っている。

 


「お嬢様。さあ、行きましょう」

「ええ」

 


 今の婚約者はファウスティーナ。いつか婚約破棄するまでの我慢だと、読みたかった本を閉じて客室へと向かった。


 室内では、案の定というかエルヴィラはいて。ベルンハルドは顔を輝かせてファウスティーナを歓迎する。エルヴィラは姉が来ても居座る気はないらしく、早々に退室した。

 ふと、前回の記憶が脳裏を過ぎった。


 自分がいる筈の場所に当たり前のようにいるエルヴィラに激怒して、また、何も言わないベルンハルドにも詰め寄った。仮令妹と言えど他の女性。一緒にいてほしくないと訴えたファウスティーナに、嫌悪を剥き出しにした瑠璃色をぶつけた。

 今のベルンハルドへ顔を向けた。そこには嫌悪はない。優しげに微笑む綺麗な瑠璃色があった。

 決められた挨拶を終えてベルンハルドの隣に座った。


 会話が出てこない。


 ファウスティーナだけではなく、ベルンハルドも同じだった。エルヴィラは自分から様々な話を振ってくるので良かったが、いざファウスティーナ相手になると何を話したら良いのか分からなくなったらしい。今日こそは、絶対に聞きたいことがあったのに。ファウスティーナも前回は自分語りばかりして相手の話を聞く耳を持ち合せていなかったので嫌われていた。今この時、何を話すか考えていなかった。話上手なエルヴィラはこんな時に羨ましい。

 取り敢えず、話題を必死に探し、近々国王夫妻が参加する隣国の式典にしようとファウスティーナは決めた。



「国王陛下と王妃様が隣国へと出発されるまで1日になりましたね」

「うん。今回の式典に参加する王族は、父上と母上だけなんだ。僕とネージュは残ることになってる」



 ベルンハルドから出たネージュとは、ベルンハルドの1歳下の弟である第2王子を指す。生まれた時から病弱で公の場には滅多に出て来られない。ネージュの話題が出たのは今回が初めて。

 ネージュの名前が出て、ファウスティーナは懐かしさと罪悪感に挟まれた。可能なら、今回は絶対に彼の迷惑にはならないようにしたいと密かに願う。



「ネージュの体調が最近、少しずつだけど良くなってるんだ。まだまだ外へ出て体を動かすことは出来ないけど起きていられる時間が長くなったんだ」

「それはとても喜ばしいことです。ネージュ殿下のお体が早く良くなるように、我がヴィトケンシュタイン公爵家に出来ることがあれば何なりとお申し付けください」

「ありがとうファウスティーナ。医師によれば、先ずは体力が必要だということでネージュの食事内容を変えていっているんだ。勿論、細心の注意を払って」



 隣国の式典の話題になると思いきや、意外にもネージュの話になってしまうも、これはこれで良いとファウスティーナは弟の身を案じる兄王子の姿に微笑んだ。紫がかった銀糸に瑠璃色の瞳のベルンハルドと違い、ネージュは王妃譲りの蜂蜜色の金糸に紫紺の瞳。顔立ちは2人揃って母である王妃譲りだが、目元は父である国王にそっくりである。



(王妃様は、そこが可愛いと王妃教育が終わった後の休憩時間よく話してるわね)



「そうだ。ねえ、ファウスティーナ。僕ずっと聞きたいことがあったんだ」

(キタ。何、私何を言われるの? もしかして、エルヴィラが好きとか? それだったら無理矢理にでもエルヴィラーー)

「ファウスティーナは僕が嫌い?」

「え」



 聞かれたのは一つも予想していなかった意外過ぎる疑問だった。



「だってそうじゃないか。僕はちゃんと次に来る日を手紙で報せているのに、ファウスティーナがいない日が多い」

「そ、そそ、そんなことはありませんっ。王太子殿下を嫌いなどと。いないのは、その、どうしてもタイミングが合わなくて」

「……態々、前以て手紙を送ってるのにファウスティーナはいないの?」

「あ、そ、それは……」



 上手な言い訳が一切見つからない。屋敷にはいる。ベルンハルドが待っている部屋に行かないだけ。ファウスティーナを見つめる瑠璃色に浮かぶ疑惑。



『本当はお前がやったのだろう? 同じ血が流れる妹を殺そうとするとはな』



 既視感がある瞳なのは当たり前だ。最後の最後でエルヴィラを始末しようとしたが失敗し、救助に駆け付けたベルンハルドに向けられたあの時と同じなのだから。

 背筋が凍りそうだった。あの時のような冷徹さはない。だが、それを向けられた時点でファウスティーナの体は冷たく凍り付いた。

 状況や台詞は全く異なるが、前回の記憶を呼び起こすには十分な効力が発揮された。カラカラと口内が一瞬で乾く。



「わ……私が来なくても、殿下はエルヴィラと楽しげにしているので有意義な時間を過ごしていらっしゃるではありませんか」



 貴方に会うのが嫌なのとエルヴィラと一緒にいる所を見たくないとは絶対に言わない。

 咄嗟に口にした台詞に間違えた……! と後悔しても遅く。

 目を瞠ったベルンハルドの瞳は次第に細められ、纏う空気が冷たくなった。



「……やっぱり、ファウスティーナはずっと屋敷にいたんだね。だって、毎回君がいないと言いに来るのが遅いし、それを伝える執事長の顔は冷や汗が大量に出てる」



 執事長へ非難の目を向けたファウスティーナだが、即顔を逸らされた。



「ひょっとして、エルヴィラ嬢が毎回来るのはファウスティーナのせいなの?」

「へ」



 間抜けな声を出してしまった。話が可笑しな方向に行き始めたせいで。



「僕に会いたくなくて、でも対応をしないのは出来ないから、君は自分の妹を使ったの?」



 使っていない。断じて使っていない。エルヴィラは自分の意思で勝手に来ている。

 しどろもどろのファウスティーナに益々疑惑の色を濃くするベルンハルド。ここでファウスティーナは、ある意味ではこれは好機ではないかと考える。が、今はやっぱり駄目だと瞬時に考えを切り替えた。



「そのようなことは決してありません。その、私よりもエルヴィラといらっしゃる殿下があまりにも楽しそうだったので、お邪魔をしてはいけないと思い……」

「……!!」



(ああああ……! こんな言い方だと、エルヴィラに嫉妬してる風に思われるじゃないっ! もっとこう、違う言い方を……!)


 などとファウスティーナが頭を抱えたくなっている間、ベルンハルドはエルヴィラといる時の方が楽しそうだと言われて固まった。

 確かに楽しい。身内だから、自分が知らないファウスティーナを沢山知っている。ファウスティーナ本人に聞きたくても、嫌われていると思い込んでいる為に聞けなかった。今日のファウスティーナの態度で、エルヴィラは彼女が差し向けているのだと確信したが先程の言葉で違うと判った。というより、ファウスティーナの話を聞けると嬉しくなった自分のせいだった。


 ベルンハルドの護衛とヴィトケンシュタイン公爵家に仕える使用人は、固まったままのベルンハルドととうとう頭を抱え始めたファウスティーナにどう声を掛けて良いか分からず。

 暫くの間、戸惑い続けたのであった。





読んで頂きありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 結果的にものすごく可愛く嫉妬をしてしまっていて笑えました。前世でこれができていればうまくいったんでしょうね。
[気になる点] "空色の瞳の先には" ファウスティーナの目線でしたら、空色ではなく、シトリンまたは薄黄色ではないでしょうか。
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