過去―彼女がいない後⑤―
今回は王様メインです。
『はあ……』
運命の女神フォルトゥナは時折何故としか言い様がない運命を突き付ける。
半年前、王太子と王太子妃の結婚式が挙げられた。当然、王国の王であり王太子の父でもあるシリウスは王妃シエラと出席し、見届けた。
本来なら王太子妃になる筈だったファウスティーナではなく、妹のエルヴィラが王太子妃となった。1年以上前ファウスティーナが起こしたある事件のせい。とは言っても、実際に事件にはなっていない。事件になる前にベルンハルドがファウスティーナの企みに気付き、阻止した。
実妹の殺害計画。事前に企みを阻止された所は、ベルンハルドとエルヴィラに関わる以外は完璧だった彼女とは思えないミスだ。計画書を読んだシリウスは目を剥いた。王妃教育を受けていたので普通とは違うが、令嬢が考え付く計画ではなかった。完全なる悪党が描くシナリオだった。
計画の残虐性と悪質性が問題となり、王妃の懇願もあって最初は名目上の罪状を挙げて修道院へ送る予定だった。ファウスティーナがエルヴィラに本物の殺意を抱いた原因はベルンハルドにもある。それも踏まえてのものだった。しかし、ファウスティーナは修道院へ送られることなく、公爵家追放となった。
父シトリンの温情によって。
『温情か……』
今まで公爵令嬢として、生活するには何不自由なく暮らしていた娘がいきなり市井の世界に放り込まれて生きていける筈がない。温情という名の割に残酷な私刑だ。
ファウスティーナが公爵家追放となったと聞いた時のベルンハルドの取り乱し方は尋常ではなかった。何度もシリウスに法に則って処罰するべきだと訴えた。
自分と同じ瑠璃色の瞳に宿る、果てのない執着と同時に相手に追い縋る感情が浮かんでいた。
――この時悟った。
『お前も……間違えてしまったんだな』
嘗て自分が腹違いの弟であるシエルにしてしまった過ちを悔い、どうにもならないと悟った時の焦りとあの時のベルンハルドは酷似していた。
婚約が結ばれた頃のファウスティーナは貴族令嬢特有の我儘振りと妹を邪険にする、性格に少々難がある少女だった。普段どんな相手にも平等に接しろと教えられていたベルンハルドが一目会った時から嫌っていた程――酷いものだったと聞く。
王妃教育を行っていたシエラによれば、最初は悪くても段々自分の悪い部分を認め良くしていこうと努力していた。王妃教育が終わった後、性格の矯正もしていたらしい。結果は虚しく終わってしまったが……。
シリウスは敢えてベルンハルドに伝えていないことがあった。
ベルンハルドや周囲の評価するファウスティーナと一部の者が評価するファウスティーナが全く異なるものだと。
ベルンハルドや彼に親しい者は、ベルンハルドと仲睦まじいエルヴィラを常に虐げ、嫌われているのに婚約者の立場を利用して常に纏わり付くと言い。
一方、一部の者の評価は、ベルンハルドが友人といる時はファウスティーナの方が無関心で常に兄ケインの側にいて、澄んだ笑顔を浮かべていたとか。王太子妃の座を巡る好敵手アエリアとは険悪ながらも、時々2人一緒にいて貴族学院の庭園で花を眺めている姿が目撃されている。普段の刺々しい空気はなく、穏やかなものだと言う。貴族学院でもトップクラスの美貌を持つ2人がそうやって一緒にいる場面は稀にしか見られないが数人の生徒の目撃情報があるということは事実なのだろう。
――ファウスティーナがベルンハルドに絡むのは、必ず側にエルヴィラがいた時だけなのだ。
ベルンハルドはこのことに気付いていただろうか。シエラが冷めた声で言っていたように、エルヴィラに夢中で何も見えていなかったのだろうか。
ファウスティーナの処遇が公爵家追放と決まったと伝えた時のベルンハルドのあの様子……。シリウスは、執務机に広がる書類を纏めると纏めて破いた。紙切れをゴミ箱に捨てた。
『要らん部分までお前は私に似てしまったらしいな』
誰に聞かせるでもない台詞。
もう取り戻せない所で何が大事か気付く所は、嘗ての自分と同じ。
突き放した相手の存在の大切さに気付いた時には、自分が相手に突き放される側に回っていた。
ファウスティーナが公爵家追放となってからの行方は誰も知らない。
一部を除いて。
ベルンハルドが1年以上経った今も探し続けているのは掴んでいる。
そろそろ止めようとシリウスは決心した。
諦めさせ、自分が選んだ道をそのまま死ぬまで歩み続けさせるしか、もう道はない。
『ベルンハルドを呼べ』
『はっ』
控えていた騎士にベルンハルドを呼びに行かせた。
騎士が出て行くとシリウスは無意識に異母弟の名を紡いだ。
『シエル……』
公爵――シトリンが追放を温情と称したのは、娘に対する罪滅ぼしだ。破いた書類はファウスティーナの現在が記されていた。
『とことん、アーヴァに似ているな』
魔性の魅力を持って社交界を騒がせた令嬢の微笑む姿と、最後シリウスとシエラに見せたファウスティーナの微笑みは。
――瓜二つであった……。
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次回お城に向かいます。