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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄まで~運命=呪い~
46/351

37 誰かの掌

 



 ――同時刻 王城内執務室――



「はあ……」



 紫がかった銀の髪を右手でぐしゃりと握り、先程騎士が大慌てで知らせた報告を聞き終えた国王――シリウス=ルス=ガルシアは、疲れたように大きな溜め息を吐いた。騎士を下がらせ、他の者も退室させた執務室にはシリウスしかいない。騎士の報告によると、自身の息子ベルンハルドの婚約者ファウスティーナ=ヴィトケンシュタインを南方の宿『ピッコリーノ』で発見し、保護したというもの。また、ファウスティーナを誘拐した一味も捕らえたとも。肝心のカイン=フックスは見当たらず、また、一味の1人が自死したとも受けた。

 公爵令嬢が誰にも知られず誘拐された事件はスピード解決した。それはいい。問題と謎は山程あるが無事なら取り敢えず良い。


 シリウスが問題とするのは一つ。見つけたのが異母弟のシエルということ。


 異母弟ではあるが年齢は同じ。生まれた日がシリウスより遅かっただけ。自身の父である先王の女性好きはとても酷いものだった。多数の女性を後宮に押し込めていた割に、王妃以外との子供はシエルだけなのが幸運だった。それ以上いれば、余計な継承者争いが勃発した。シエルはそれを悟って早々に王位継承権を放棄した。

 シリウスの母である先代王妃は、異母弟であるシエルとシリウスが交流を持つのを恐れた。元公爵令嬢として、正妃としての矜持が許さなかったのだろう。母の言い付けを守ったシリウスはシエルと関わろうとしなかった。


 もし、過去に戻れる術があるなら使いたい。

 母の目を盗んででも、シエルと交流を持てば良かったと。



「……今更後悔した所で過去には戻れない、か」



 自身がシエルに取ってきた態度はとても誉められるものじゃない。

 毎年、何度も城に来るように使者を送っても全て拒否の返事を貰って戻って来るだけ。王の要請を撥ね付けて不快を買わないのは彼だけだろう。


 シリウスは最初を誤ってしまった。

 母が嘆く姿が痛々しく、言い付けを守るだけで平静を装えるならと思っての行動が後々になって永遠に後悔の種となると誰が思うか。

 最初を誤ってしまい、そこから修正する方法が分からなかった。自分なりに探って答え合わせをしようにも、シエルは最初のシリウスが望んだ通りの態度を取り続けた。

 大人になった現在(いま)も同じだ。



「止めよう……」



 これ以上シエルのことを考えると、抜け出せない迷宮をぐるぐる回るばかりとなる。思考から振り払うように(かぶり)を振ると引出しを開けた。中から上質な洋紙を取り出し、ペンの先にインクを付けて手早く文字を書いた。三つ折りにすると「誰か」と外で待機していた者を呼んだ。

 入室した騎士に手紙を至急ヴィトケンシュタイン公爵に届けるように伝えた。騎士は手紙を受け取り、礼をして部屋を出て行った。

 再び1人となったシリウスは、背凭れに凭れた。


 シエルは明日の朝ファウスティーナを連れて来ると言った。ということは、無理矢理付いて行ったベルンハルドもいる。


 ベルンハルドがファウスティーナの居場所を突き止めたシエルに無理矢理付いて行ったと報せが来た時頭を抱えた。事後なのはシエルの嫌がらせだ。あと、時間の短縮。シリウスにお伺いを立てれば当然時間が掛かる。それ以前に連れて行かせる筈がない。王太子であり、まだ8歳の子供が犯罪者の巣に行くことを、何処の国の王が許可すると言うのか。

 シエルも重々それは承知している筈。それでもベルンハルドを連れて行ったのは、婚約者の居場所を知り、意地でも自分の目で無事を確認したかったのであろう強い気持ちがあったから。


 今回ファウスティーナを浚ったカイン=フックスがアーヴァの盲信者と知った時は戦慄した。アーヴァはヴィトケンシュタイン公爵シトリンの従姉妹。幼少の頃から人間離れした魔性の魅力は、多くの異性を虜にした。デビュタントを迎える頃には更に磨きがかかり、婚約者がいながら多数の令息が婚約破棄騒動を起こした。アーヴァ本人は、内気で常に姉の背に隠れている気の弱い性格ではあったが、他の令嬢からの嫉妬は尋常ではなかった。

 また、アーヴァに夢中になっていたのは貴族の令息だけじゃない。平民にも絶大な人気を誇った。

 アーヴァの両親が彼女を領地に送った後はある程度騒動は収まった。アーヴァ自身も、自分のせいで王都を騒がせた罪悪感や生まれ付いての魅力に惑わされて言い寄る異性を怖がっていたので丁度良い機会だった。

 領地に送られた後をシリウスは知らなかった。



 ――8年前のあの日までは……。



「っ……」



 苦しげに息を吐いたシリウスは椅子から立ち上がると後ろの窓へ移動した。無数の小さな星が夜空を染めていた。

 ちょっとだけ、明日の早朝馬を走らせて教会へ向かおうか考えていた。それなら、否が応でもシエルはシリウスと会わないとならない。


 が、止めた。きっと自身の考えを読んで、更に早く出発するだろう。

 そうなってしまえば、行き違いとなってしまう。

 朝には来ると騎士に伝えたのだ。シエルの言葉を信じようとシリウスは無言のまま夜空を眺めた。



 ――まさか、この思考までも彼に読まれているとは知らず……。






 *ー*ー*ー*ー*



 一方、ヴィトケンシュタイン公爵邸では――



「はあああああぁ……」

「だ、旦那様……!」



 王城からの使者が持って来た書簡を読んだシトリンは、全身の力が抜けたように

 執務室の椅子に座り込んだ。執事が慌ただしく執務室に入って行くのを見たリュドミーラは何かあったのだと悟り、執事に続いて執務室に入った。

 そして今。

 リュドミーラは慌ててシトリンに駆け寄った。2日で出来た濃い隈はシトリンの疲労を物語っている。ファウスティーナが誘拐されたと判明した瞬間から24時間ずっと動き続けていたのだ。まだ若いと言えど人間限界はある。シトリンも酷い顔をしているがリュドミーラもほぼ同じだ。ケインやエルヴィラを不安がらせない為に、自分だけでも化粧を厚くして隠していた。だが、化粧でも誤魔化し切れていない疲労の色がある。

 リュドミーラが恐る恐る書簡の内容を訊ねると、シトリンは2日振りに穏やかな表情を見せた。



「ファナが無事保護されたらしい」

「!!」



 途端リュドミーラは座り込んで口元を両手で覆った。

 視界は溢れ出る涙でぼやけるもどうでも良かった。涙が流れ落ちる度に化粧が落ちて悲惨なことになっているのもどうでも良かった。

 予想もしていなかった早さのファウスティーナの発見と保護。更に聞くと怪我もなく、健康である。


 2日前のファウスティーナの8歳の誕生日で、やっと母親らしいことが出来たと安心した直後の誘拐。

 最初聞いた時は何かの間違いだと思った。屋敷には警備の兵がいる。24時間3勤交代制で見張りをし、定期的な巡回をしている。夜間も例外ではない。寧ろ、邸内の人々が寝入った夜間は最も警戒心を持って警備に当たらないといけない。兵は何をしていたのか、何故簡単にファウスティーナが誘拐されたのか。ファウスティーナの部屋が荒らされた形跡はなかった。寝ている所をそのまま連れ去られたのだ。不審者の目撃情報もなければ、屋敷や門に不審な細工をしている痕跡もなかった。また、貴重品部屋の物に一切手が付けられていなかった。誘拐犯の目的はファウスティーナだけ。ファウスティーナがいなくなったと判明した時点から1人の執事がいなくなった。


 猛烈に嫌な予感を抱いた。

 そして、それは当たった。


 いなくなった執事カイン=フックスは、7年前から公爵家に仕える執事だ。寡黙だが真面目で熱心な仕事振りはリュドミーラ自身も高評価を与えていた。他の使用人達の手本となるような彼が何故誘拐を?

 当初は誰もが思った。しかし、彼の情報を集めていると慄然とした。


 カインはアーヴァの盲信者だった。彼の住んでいる部屋にあった日記に、アーヴァへの狂気とも取れる内容が多数記されていた。

 そして、ファウスティーナを拐う方法や日程等も事細かく書かれていた。


 ファウスティーナはアーヴァに似ている。花を眺めるのが好きな所も、外に出て走り回るのも、どんなに綺麗な宝石や花も勝てない輝かしい笑顔も。

 生まれた時から王太子の婚約者と決められた、というのもあるが、この事実を知っていたから、ファウスティーナはエルヴィラと違ってお茶会にはあまり連れて行かなかった。外にも最低限出さないようにした。

 庭でどれだけ花を眺めても良いが外に出るのだけは避けたかった。将来王太子妃になるのだから、と心を鬼にして普通以上に厳しく接し続けた。


 それを最近になって非常に後悔した。娘に無関心な目を向けられるだけで、心が動揺し、激しい痛みとなって襲い掛かってくるとは想像もしていなかった。

 今は何とかギリギリのラインを保てているが、また何時間違えてしまうかリュドミーラ自身分からない。



「リュドミーラ」



 シトリンは肩を震わせ良かった、良かったと泣くリュドミーラの肩にそっと触れた。

 張り詰めていた物が崩壊して一気に押し寄せたのだろう。シトリンは側で涙目になって片眼鏡を拭く自身の執事クラッカーに「この事を知らせてあげてくれ」と告げた。誰に、とは聞かなくても心得ているクラッカーは「は、はいっ!」と直ぐ様部屋を出て行った。


 ……しかし、シトリンはあることは伝えていない。同時に、言ってしまえば要らぬ疑惑が生まれてしまう。

 妻にはファウスティーナの無事だけを知ってほしい。




 沢山の可愛らしいぬいぐるみや小物が置かれている室内のベッドの上で、今お気に入りのテディベアを抱き締めて座るエルヴィラの顔色は頗る悪かった。姉が2日前に誘拐されたから、じゃない。2日前から、時折見ている悪夢がより酷くなったからだ。



『ねえ、どうして助けを求めるの? ちゃんとしてあげてるのに』

『――が――に、残った君に出来ることってこれくらいしかないんだよ?』

『大丈夫だよ。君みたいな、頭が空っぽの子の方が適任だから』



 相手の顔は分からなくても、自分が何をされているかよく理解出来なくても、感覚で想像を絶する何かをされている、という事は感じられた。

 ぎゅっとテディベアを抱き締める。

 ファウスティーナが誘拐されてからこの調子で怖がってしまっていると周囲は判断した。その方がエルヴィラも有り難かった。理由を聞かれてもどう答えたら良いのか。


 悪夢の相手は最後必ず、エルヴィラにこう言い放つ。

『君が悪いんだよ? 君が最後まで繋ぎ止めないから、こんなことになるんだよ』と。

 自分が何をしたの、と相手に叫びたくても悪夢の中の自分は何も喋れない。否、声は出ていた。だが、何を言っているのか全く聞き取れない。



「ベルンハルド様……」



 ベルンハルドのことを考えると、不思議なもので悪夢で感じた恐怖が和らぐ。実際に会えたら、更に安心感がエルヴィラを包み込む。


 2度も倒れ、今回は誘拐。

 ファウスティーナとベルンハルドの婚約継続は難しいと、シトリンがリュドミーラと話していたのをこっそり聞いたエルヴィラはほの暗い喜びを感じた。このままファウスティーナがいなくなればベルンハルドとの婚約は解消されて、自分が次の婚約者になりたいとシトリンにお願いしたらいい。けれど、同時にファウスティーナがいなくなったらとてつもない何かが自分に襲い掛かってきそうな予感も抱いた。

 相反する二つに挟まれ、更にあの悪夢。


 もうファウスティーナとベルンハルドの婚約継続が難しいなら戻っても同じ。なら、早く戻って胸に巣食うこの予感を消し去ってほしい。邸内の雰囲気も元に戻る。

 しかし、もし自分がファウスティーナと同じ立場になったら……。



「っ……!」



 恐怖に支配され、冷静な思考なんて持たない。ひたすら泣き喚いて、暴れて、逃げようとする。

 そんな状況に8歳の誕生日を迎えた日の夜に置かれたファウスティーナ。いざ自分が同じ立場になって、自分の立場にファウスティーナがなって同じことを考えていると知ったら――考えるだけでゾッとした。

 こんなことを考えるのは駄目だとテディベアに顔を埋めた。



 早く戻って来て欲しい。

 きっとベルンハルドはファウスティーナの救出の報せを聞いて必ず来る。ベルンハルドに会える。


 会って、この悪夢から解放してほしい――。





オマケ


 部屋を覗いたシエルとヴェレッドは、ソファーに並んで座るファウスティーナとベルンハルドが眠っているのを見つけた。食事は済ましてあるようで、食後のジュースでも飲んだのか空のグラスが二つテーブルに置かれてある。

 やれやれと苦笑したシエルは、室内に入り2人を器用に抱き上げた。誘拐されていた2日間、ずっとファウスティーナが眠り続けていたのを知っているヴェレッドは「よく寝るな……」と若干呆れていた。

 呟きを聞き取ったシエルは「寝る子は育つってよく言うでしょう」と幼い2人を寝室まで運んで行った。


「いや、寝過ぎだろう」





*ー*ー*ー*ー*ー*


読んで頂きありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] エルヴィラ好きそうなのに 相手も好きなのになぜ悪夢 でもエルヴィラ嫌いだからいい気味 感想欄作者さんのムーンさん切符ってww
[一言] エルヴィラ…八百屋お七ですか 姉が拐われたら王子様に会えるってヲイ…
[良い点] 想像以上に歴代王家と神話のあれこれが複雑に入り組んでますね これはますます期待が高まります 女神の写し身たる娘、今回はファウスティーナを娶らないと王家の人間はなんかすさまじくヤバイ事にな…
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