過去―彼女がいない後④―
連続更新1個目
人通りが殆どない王城の隅。子供1人隠れられる太い幹をぼんやりと見続けているのは、王太子ベルンハルド。誰かと待ち合わせている訳でも、後ろに誰かがいる訳でもない。
ただ、そこに立っているだけ。
此処は幼い頃、元婚約者のファウスティーナがベルンハルドの弟ネージュによく手を引かれて隠れていたのを出されていた場所だ。その時のファウスティーナは必ず泣いていた。薄黄色の瞳は涙で濡れ、瞬きを1つするだけで雫がポロリと落ちた。
彼女が泣いている理由をある事が切欠になるまで知ろうとしなかった。
『……』
半年前結婚式を挙げた。ファウスティーナの妹エルヴィラと。
ファウスティーナは1年以上前、実の妹の殺害を企てた。計画を実行するずっと前にベルンハルドがいち早く勘付き、エルヴィラが殺されることはなかった。ファウスティーナは本来なら法に則って処罰を受ける筈だった。それを王妃シエラの懇願とファウスティーナの父であるヴィトケンシュタイン公爵シトリンの温情によって公爵家勘当で済まされた。
というのが世間の認識。
『っ……』
ベルンハルドは苛立たしげに唇を噛み締めた。
何が温情か。
ずっと公爵令嬢として育てられたファウスティーナが、たった1人平民に落とされて生活が出来る筈がない。ある意味では、死刑も同然だ。
あのまま処罰が決まるまで牢屋に入れられておけば良かった。
そうしたら……
『……』
思考に巡った言葉を頭を振ってバラバラにした。だが、再びじっとすれば、すぐに言葉はピースを空白に埋めるが如くベルンハルドの思考を支配しようとする。
ファウスティーナが今何処で何をしているか、それ以前に何処にいるか、誰にも分からない。追放先は公爵家が決めたのでベルンハルドは知らない。知ろうとしても、殆ど手配をしたのはケイン――ファウスティーナとエルヴィラの兄。今はシトリンから爵位を受け継ぎ、新たな公爵として日々仕事に没頭していると聞く。また、シトリンの仕事を手伝っていた傍ら始めた孤児院の支援にも精を出している。
ケインと最後に会ったのは何時だったか。――半年前の、王太子と王太子妃の結婚式以来会っていない。
何度かエルヴィラが手紙を送っているが形式的な返事しか来ないと落ち込んでいた。
ベルンハルドにエルヴィラを慰める言葉はなかった。ケインの中で、もうエルヴィラは妹ではないのだろう。寧ろ、結婚式の日、会場の隅で言われた。
『殿下。どうか、エルヴィラをよろしくお願いします。もうエルヴィラはヴィトケンシュタイン家の令嬢ではなく、王太子妃となりました。これまでのように甘えるな、と夫である殿下から伝えておいて下さい』
『ケイン……エルヴィラとファウスティーナでは、何故そんなにも態度が違う?』
『貴方に言われたくありませんよ。私の言っている意味、分かるでしょう』
『……』
『……それと、もう二度とファナの名前を出さないで下さい。貴方が選んだのはエルヴィラだ。そのことを努々忘れなきよう』
“選んだのはエルヴィラ”
『はっ……』
誰もいないからこそ、他に聞かれたら唖然とされる嘲笑を浮かべられる。
『選んだ、か……』
ベルンハルドは空を仰ぎ見た。
ファウスティーナの髪の色と同じ広大な空には、雲が1つも浮かんでいない。
ファウスティーナが何処に連れて行かれたかを知る為、彼女を乗せた馬車が公爵家を出ると追うよう尾行をさせた。調査を得意とする騎士に。しかし、戻った騎士が持ち帰ったのは、忽焉とファウスティーナが姿を消した、という報告だった。執務室で聞いたベルンハルドは机を拳で叩いた。強く力を入れてしまい、ぶつかった親指以外の第二関節の皮膚が少し抉れた。
今も捜索させている。居場所を知っているであろう相手には監視を付けているが成果はない。そして、他に探りを入れようとする者がいたら牽制して行動させないでいた。
『……ファウスティーナ……』
ベルンハルドにしか、この感情は理解出来ない。
エルヴィラを長い間虐げ、傲慢で強欲な上に嫌悪しか持たれていない王太子に愛されようとする姿が滑稽だと嘲笑っていたベルンハルド自身が何故ファウスティーナを見つけたいのか……
――殿下に助けられるくらいなら、死んだ方がずっとマシでしたわ
いつか言われた声が記憶にこびりついて離れてくれない。
『ああ、だからこそ捕まえて……』
艶のある美しい青は消え、様々な感情がマイナスとして宿った瞳は暗く、昏く、氷の中のように冷たかった。
次もあります( ´∀`)




