4 人生2回目になると、苦手な野菜も食べれるようになる?
※ミストレ湖の距離について、
3キロ→3時間程掛かるに修正しました
シトリンの書斎に向かっている最中、リュドミーラに呼び止められ、どうせ説教をするのだろうと思い先に言いたい言葉を全部放出した。娘に反抗されるとは微塵も思っていなかったであろうリュドミーラが顔を青くし固まったのを好機に早足で書斎へ行った。中ではシトリンが難しい顔をして書類を睨んでいた。ファウスティーナに気付くと普段の優しい表情に戻り、書類を置いてファウスティーナを近くまで呼んだ。
「どうしたんだいファナ。こんな時間に」
「はい。お父様にお願いがありまして」
「お願い?」
自分で言うのもなんだが、この頃のファウスティーナはまだ物欲が少なかった。ベルンハルドと婚約を結ばれてからは、彼に相応しい女性になるべく見目も良くしようと宝石やドレスを沢山欲しがったが。
「誕生日プレゼントで買ってほしい動物がありまして」
「動物?」
動物図鑑に描かれていたコールダックのイラストと説明を読んでどうしても迎えたくなり、事前に父にリクエストをしようと書斎を訪れたと説明をしたファウスティーナにシトリンは難しい顔をした。
「ううむ。そうだね、動物を飼って生き物との触れ合いを楽しむのは良いことだよ。ただ、ファナは自分で世話をしたいのだろう?」
「はい。私から言い出したので世話は自分でしたいです」
「でも、ファナは王妃教育を受けなくてはいけないのだよ? その為に毎回お城へ行ってるのだし。それに、普段の家庭教師の勉強やマナーやダンスレッスンを入れると、とてもファナが自分で世話をする時間はない」
シトリンに言われ俯く。言われてみればそうである。今は王妃が忙しいので王妃教育はお休み中だが、ある時は毎朝登城して教育を受けている。普段からも勉強やレッスンで時間を取られているので動物を世話する自由な時間がない。
考えが浅はかだったと落ち込むファウスティーナの頭を優しげに撫でるシトリンは、同じ薄黄色の瞳を覗かせた。
「落ち込むことはないよ。他人任せにするのではなく、自分から世話をしたいと言ったファウスティーナの心意気は良いことだよ」
「はい……」
「そうだ。今度、ミストレ湖に行かないかい?」
「ミストレ湖?」
王都から馬車で3時間掛けて行った場所にある大きな湖。国が管理しているのもあり清潔に保たれ、ミストレ湖周辺にしか生息しない希少な動物達がいる。
「時間が良いと羽休めをしている白鳥を見られるかもしれないよ」
「まあ、白鳥をですか? 本でしか見たことがありません」
「普段王都から離れないファナには、珍しく見えるかもしれない。国王夫妻が隣国の式典に出席している期間中、1日だけ私も休みがあるからその日に一緒に行こう」
「はい! 白鳥以外にもどんな動物がいるのですか?」
「こういうのは着いてからのお楽しみだよ」
「それもそうですね」
誕生日プレゼントリクエスト作戦は失敗したが代わりにとても良い約束が出来た。約束だよとシトリンに頭を撫でられてから書斎を出たファウスティーナはルンルン気分で廊下を歩いた。周囲に花が咲きそうな程上機嫌に歩くファウスティーナの前方から妹のエルヴィラが歩いて来る。
「あらお姉様。とてもご機嫌が良いようですが何かあったのですか?」
姉の上機嫌ぶりを見て不思議に思ったのだろう。小首を傾げるエルヴィラにファウスティーナは上機嫌なまま答えた。
「ええ。今度、お父様にミストレ湖に連れて行ってもらえることになったの」
「ミストレ湖にですか?」
「エルヴィラも行きましょう。綺麗な湖や見たことない動物に会えるかもしれないわ!」
「わたしは……いいです。あまり興味がないので」
「そう?」
勿体無いと素直に感じる。王都からは滅多に出ないので外は新鮮味があって楽しいはず。勿論、シトリンや数人の使用人を連れてだが。
エルヴィラがファウスティーナをどう思っているか不明だが、ファウスティーナはエルヴィラを妹としては大事にしている。前回は愛したベルンハルドの心を奪って行った憎い女としか思わなくても。
エルヴィラと別れ、私室に戻ったファウスティーナは机に向かい[ファウスティーナのあれこれ]と表紙にデカデカと書かれたノートを引っ張り出した。
ノートには前回自分がしでかした数々の悪事や何時何処で何が起こったかを記している。覚えている限りの情報を書き込んでいる最中。
「“客室にいたエルヴィラに怒鳴り散らし殿下にも辛く当たる”はまだ遭遇してないから起こってない。で、次は“殿下の誕生日パーティーでエルヴィラが私より可愛いドレスを着て殿下に誉められ、嫉妬してブドウジュースをかけて台無しにする”……殿下の誕生日って2か月後か」
私はお世辞しか言われなかったもんね……と落ち込みつつ、エルヴィラもお世辞だったのかもしれないが当時のベルンハルドの表情の違いも思い出し、ないないと首を横に振った。
翌朝、家族全員が集まって朝食を食べていた。
ヴィトケンシュタイン家では、どんなに忙しくても朝食だけは家族全員で食べるという習慣があった。昼や夜は、どうしてもシトリンが急な仕事でいない場合が多々あるからだ。
苦手なニンジンに嫌な顔をし、フォークで避けているエルヴィラに隣に座るケインが注意をした。
「エルヴィラ。ちゃんと食べなきゃダメだよ。好き嫌いは良くない」
「だ、だって」
「大きくなって好き嫌いがあって困るのはエルヴィラだよ? いいの?」
「ううっ、が、頑張ります」
嫌そうな顔をしながら渋々ニンジンをフォークで刺し口に含んだ。回数を多くして数回に分けて飲み込んだ。
「偉いわよエルヴィラ」
「はい、お母様」
「ファウスティーナあなたも……」
今日の朝食には、エルヴィラの苦手なニンジンとファウスティーナの苦手なブロッコリーがある。苦手な野菜を食べたエルヴィラを誉めた後でファウスティーナも同じように避けているであろうとリュドミーラが見ると――
「もぐもぐ……ゴクン……。何ですか? お母様」
普通にドレッシングをかけたブロッコリーを食べていた。
「な、何でもないわ。あなたも苦手なブロッコリーをちゃんと食べられるようになったのね」
「私も好き嫌いを減らそうと思ったので」
それだけ言うと再びブロッコリーを口に放り込む。
前回を思い出したお陰か、以前ほどブロッコリーが嫌いじゃなくなった。
(ちゃんと食べると案外食感や味は悪くないのね。今度、サラダにオニオンスライスと一緒に入れてってお願いしてみよっと)
美味しそうにブロッコリーを食べるファウスティーナと嫌々ながらもニンジンを食べる姿勢を見せるエルヴィラに満足げに頷くシトリン。ケインは意外そうな顔でファウスティーナを見るも、王族との婚約でちょっとは自覚し始めたのだと思いポンポンと空色の頭を撫でた。
「食事中に頭を撫でないでくださいお兄様。リンスーが綺麗に梳いてくれたのにボサボサになります」
「うんごめん」
「もう」
本当に分かっているのかこの兄は。
その後は何事もなく朝食は終わり。
今日は定期的に訪れているベルンハルドが来る日。朝食が終わって執事長に聞かされたファウスティーナは、どうせ行ってもまたエルヴィラがいるから返事をしただけ。
執事長がベルンハルドの来訪を伝えた際のエルヴィラの表情は輝かしい笑顔に満ちていた。
その時の2人の心情はこうである。
(また、ちょっと覗いてスルーして、リンスーを撒いて逃げよう。……パセリ苦い! やっぱり、人生2回目でも苦手なままなのもあるのね……)
(やった! 今日はベルンハルド様がいらっしゃる日なのね! ちゃんとお洒落してお出迎えしないと。お姉様はどうせ来ないのだし、わたしが行っても問題ないのに執事長は意地悪だわ。わたしは行っちゃいけないって)
読んで頂きありがとうございました!