28 教会との繋がり
ラ・ルオータ・デッラ教会――
王国建国と同時に建てられた姉妹神を祀る教会。王都の南端に建てられているそこは、自然に囲まれ綺麗な空気で満ち溢れている。教会関係者が育てている多数の花を馬車内から眺めていたファウスティーナは、父シトリンに声を掛けられると馬車を降りた。馬車は貴族専用の停車場に停まっており、ヴィトケンシュタイン家以外の馬車が数台停まっている。また、正門を通った際見えた教会の入り口には、沢山の平民がいた。
「私以外にもお誕生日の人が沢山いますね」
両親の後ろを付いて歩くファウスティーナがそう言うとシトリンは「誕生日の人もいれば、参拝に来ている人もいるよ」と言う。
「どんなことをお祈りしているのでしょうか」
「それは個人によって様々だよ」
商売繁盛を願う者もいれば、恋愛祈願に訪れる者もいる。恋愛というワードを思い浮かべたファウスティーナは、これだ、と1つアイディアを思い付いた。女神頼みになってしまうが、自分がベルンハルドとエルヴィラの恋を願ったら良いのだと。祝福を受ける際、その者の抱く願いを女神が聞き入れてくれるという伝承がある。実際に叶った者がいるから、伝承の信頼性は強い。
脳内に嘗てのベルンハルドとエルヴィラを浮かべる。周囲が“運命の恋人たち”と称賛する程お似合いだった2人。ファウスティーナが邪魔をする隙間は何処にもなかったのに、ベルンハルドに自分を見てほしくて数々の馬鹿をやらかした。
(うう……泣けてきた……)
アエリアには、王太子妃になる気はないと告げた。だが、その時言った。11年間好きだった気持ちは簡単には消えない、と。ファウスティーナがベルンハルドとエルヴィラをくっ付けようと奮闘していても、心の奥にある気持ちは決して消えず、ちくちくと痛む。
魚の小骨、魚の小骨と念じても消えてくれない。
正面に回るとシトリンは出入り口付近にいた神官に声を掛けた。二言程言葉を交わすと神官を先頭に3人は教会に入った。爵位を持たない平民は下層礼拝堂、貴族・王族は上層礼拝堂を使用する。
中に入ると艶やかな空色の天井が目に入った。上層礼拝堂は下層礼拝堂の奥にある階段を上がった先にある。ちらちらと平民達の視線がファウスティーナ達にいく。貴族を見る機会は滅多にないので珍しいのだろう。特にファウスティーナは、姉妹神と同じ髪の色と瞳の色をしているので視線の数が多い。
奥に行き、左側にある階段を上がった。下層礼拝堂にはなかった、美しいステンドグラスがファウスティーナ達を出迎えた。ステンドグラスは王国誕生の物語を表している。それぞれのステンドグラスがどの場面を表しているかは、前回の記憶を持つファウスティーナは確りと覚えている。
他の貴族の馬車も停車していたのもあり、順番を待つ必要がある。礼拝堂の右隣にある控え室へ案内された。
「順番が来たら呼びに来ます」
「よろしく頼むよ」
3人に紅茶を淹れた神官が去るとシトリンとリュドミーラは隣同士座り、ファウスティーナは向かい側に座った。テーブルには多種類の茶菓子が用意されていた。
「あ」とファウスティーナは声を出した。テーブルに置かれているティーポットに『ヴィトケンシュタイン家』と書かれていたからだ。
ファウスティーナの視線に気付いたシトリンが「ああ」と説明をしてくれた。
「教会はね、毎日どの家が誕生日の祝福を受けに来るか事前に調べて控え室にお茶の準備をしておくんだよ」
「そうなのですね。初めて知りました」
「教会関係者以外には、あまり知られていないからね」
「お父様が詳しいのはどうしてですか?」
「我が家と教会は昔から色々と関係があるんだ。その繋がりで僕は教えられただけだよ」
繋がりがある。
まあそうだろうとファウスティーナは納得した。代々、女神の生まれ変わりが生まれる家だ。姉妹神を主神とする教会と繋がりがあったって可笑しくはない。
ティーカップを持って紅茶を飲んでいく。
順番が回ってくる間ファウスティーナは紅茶とお菓子を堪能することにした。
鳥の形をしたクッキーを珍しげに見つめ、パクりと一口齧った。貴族用に用意されたのだろう、普段食べているクッキーと何ら遜色がない。上機嫌にクッキーを食べるファウスティーナを見つめつつ、シトリンはそっとリュドミーラに言う。
「ファナの祝福が終わったら少しだけ待っていてくれないかい? 司祭様と話があるんだ」
「分かりました。……ですがそれは」
「うん……きっとね」
「ファウスティーナが生まれた時に、教会はファウスティーナに関わらないと約束した筈では」
「そうだね。でも、それは我が家と王家が無理矢理納得させただけ。教会側はファナを諦めてない。アーヴァのことがあるから、教会側も王家に強くは言えない。これに関しては我が家も同じだがね」
「……」
毎年ファウスティーナの誕生日になると必ず話題にアーヴァの名前が夫妻の間には出る。
リュドミーラは三日月型のクッキーを食べて笑うファウスティーナを心配げに見つめたのだった。
――それなりの時間が経った後、神官が控え室に現れた。ファウスティーナは神官の後に続いて上層礼拝堂の最奥に行った。夫妻は後ろの方で見守る。
最奥には優しげな微笑みを携える、銀髪に青い瞳の男性の司祭がいた。かなり若い。両親と然程変わらない印象を受ける。ファウスティーナが来るとゆっくりとお辞儀をし、ファウスティーナもそれに倣った。
「ファウスティーナ様は今年で8歳になられますね」
「はい」
このやり取りも2回目。
決められたやり取りを終え、司祭が祝福の言葉を述べる。跪き、瞳を閉じ、胸の辺りで両手を握ってその言葉を聞き終えるとゆっくりと目を開けた。
「この1年、貴女に幸福があらんことを……」
姉妹神にはしっかりと願った。
ベルンハルドとエルヴィラが結ばれるように、と。自分は早く婚約破棄をしたいと。そう願うと心のチクチク感が強くなったが気付かない振りをした。
姿勢を正したファウスティーナは司祭を見上げた。優しげな青い瞳と合うと、ふわりと微笑まれた。
「司祭様。終わりましたかな?」
終わったのを見計らい、後ろにいたシトリンが最奥へ来た。
何故か、声色が少しいつもより違った。不思議そうな表情でシトリンを見ていると、視線に気付かれ苦笑された。
「ああ、ごめんねファナ」
「? いえ」
「すまないが僕は司祭様と少し話があるから、リュドミーラと一緒にさっきの控え室で待っていてくれないかい?」
「分かりました」
気のせいか、と思考を振り払い、リュドミーラと一緒に控え室に行った。
残ったシトリンは苦い顔で司祭を振り向いた。
「そんな顔をしないで公爵様。王家と公爵家が決めた決定に不満があると言えど、今更どうこうするつもりはありません」
「不満は消えないかい?」
「ずっと消えないでしょう」
それだけのことを王家と公爵家はした。
暗にそう言っている司祭にシトリンは何も言えなかった。
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