番外編その4
「ふわあ……ちょっとだけ眠くなってきました」
「出発して1時間以上は経ちました。少しお眠りになりますか?」
「うーん……」
強烈な眠気というほどではないがずっと起きていられる自信はない。領地へ到着するにはまだまだ時間が掛かる。途中、立ち寄る宿へ着くにもまた時間は掛かり、リンスーの膝を借りてファウスティーナは眠る事を選択した。タオルをリンスーの膝上に乗せ、続いて頭を乗せて横になる。
「ごめんねリンスー」
「気にしないでください。お嬢様、ブランケットを掛けますね」
「うん」
季節はまだまだ寒い冬。もこもこブランケットを身体に掛けてもらい、目を閉じたファウスティーナはすぐに眠ってしまった。
「ある意味羨ましい」
「お嬢様は小さい頃から、すぐに寝られますもんね。ケイン様の場合は、遅くまで読書をしているせいですよ」
「リュンが押し付ける本を今後は読まない事にするよ」
「それは駄目です……!」
子豚のピギーちゃんを崇拝しているリュンが定期的に勧めるのがピギーちゃん関連の本。感想を聞きたいであろうリュンの為、夜寝る前読破してしまう。
すやすやと眠るファウスティーナの寝顔をじっと見つめ、視線を外すと今度は窓に向いた。無防備な熟睡顔を今のベルンハルドならきっと見られる。運命を否定するには、相応の代償が必要となる。また、運命そのものに人間の未来がこうだと決めさせるにも相当な覚悟と努力が必要となる。今までのベルンハルドだったらエルヴィラに引っ張られて全て台無しに終わった。ケインやネージュがファウスティーナの方へ引っ張ろうと運命の赤い糸によって雁字搦めにされれば、強制力が働きエルヴィラの許へしか行けない。
『僕は何もしていないよ。何もしなくたって勝手に物事が進んでいるんだ、手を加えるだけ無駄さ』
いつかの時ネージュが語った台詞。何もしていないと言うネージュをアエリアは信用していない。絶対に裏で手を回している、と。
ただ、5度も繰り返しに付き合っているケインは分からないでいる。
言葉通りの意味で捉えていいものか、それともアエリアの読み通り裏で手を回しているのかと。
最初に“運命の輪”を回したネージュの願いはファウスティーナの幸福、そしてベルンハルドの幸せ。この世で最も逃れられないのが血縁であるなら、口では言いたい放題でも心は嫌いになりきれていない。完全に見捨てられないでいる。5度の繰り返しを経て人間の持つ感性をケイン自身が失っている気がしてならないけれど、それはネージュとて同じだと思っていた。これをアエリアに聞かせたら意味不明だと顔を歪められる……ケインよりもネージュこそが1番人間臭いと。
情も義理も全て捨て去ったケインは嘗ての繰り返しで母と実妹を切り捨てた。
ネージュは捨てたように見えて捨てきれていない。無意識に近いレベルでベルンハルドを心配していた。
「1度捨てたなら、拾っちゃいけない、か」
リンスーとリュンが話している横で小さく零したケインの声は誰にも拾われていない。
「ご自分で口にしておいて、貴方が1番捨てられていないじゃないですか」
今の5度目、ずっと冷静でいられるか、時に冷酷な選択を迫られても正しい答えで行動が成せるか? ——今はまだ誰にも分からない。
——領地へ出発したファウスティーナやケインを見送らず、私室に籠りリュドミーラやトリシャの呼び掛けに応えずエルヴィラはベッドの上でクッションを抱き締めたまま顔を上げない。
「エルヴィラ、どうしたの? ファウスティーナやケインはとっくに行ってしまいましたよ」
「知りません! 勝手に行けばいいではありませんか!」
「エルヴィラ……」
領地へ行かないと選択したのはエルヴィラ自身。当日になって拗ねて見送りにさえ行かなかったのは、心変わりして2人と行きたかったのではとリュドミーラは予想していた。
「本当は一緒に領地へ行きたかったのでしょう? どうして意地を張ってしまったの」
「行きたくありません! お姉様とお兄様はずっと領地にいるのでしょう? ずっと領地にいたら、ベルンハルド様に会えません!」
周りに何と言われようとベルンハルドの婚約者は、王太子妃はエルヴィラだと思い込んでおり、これからはファウスティーナの時以上にベルンハルドに会いたい。顔を上げたエルヴィラはずっと泣いていたらしく、紅玉色の瞳は涙に濡れていた。
「わたしが王太子妃になるんです! お姉様じゃない、わたしが! お母様はどうしてわたしの味方をしてくれないのですか! いつもなら、わたしなら出来るって言ってくれるのに!!」
「それはっ」
リュドミーラは次の言葉が出ず、口を噤んでしまった。ケインやファウスティーナと違ってエルヴィラは出来が悪く、昔の自分を見ているようで中々強く言えなかった。1度、どうして家庭教師の話を真面目に聞かないのかと叱った際、泣きながら上2人と比べられていると訴えられ考えを改めた。ヴィトケンシュタイン家は次期当主であるケインがいれば、生まれた時から王太子の婚約者になると決まっていたファウスティーナがいれば、末っ子のエルヴィラは急かさずのんびりとさせる方針にした。傷付き泣いている我が子に強制する等リュドミーラには出来なかった。
伸び伸びさせ過ぎてしまったツケが今回ってきている。もう屋敷にはケインもファウスティーナもいない。自分がしっかりしないとならない。
「エルヴィラなら出来ると信じているのは本当です」
「だったら!」
「だったら、尚更泣いている暇はないのよ。エルヴィラが私や旦那様を納得させられる努力を見せてくれるなら、エルヴィラを王太子殿下の婚約者に認めてほしいと陛下を説得します」
「ほ、本当ですか……?」
「本当よ」
「お母様……!!」
クッションを放り投げリュドミーラに抱き付いたエルヴィラは声を上げて泣き出した。努力をして認められればベルンハルドの隣に立つのは自分になる。“運命の恋人たち”に選ばれた自分こそベルンハルドの隣に相応しい。
ギュッと母に抱き付いたエルヴィラは泣きながら決意を固めた。必ず婚約者になって王太子妃になると。
ベルンハルドの隣にいられれば、悪夢を2度と見ないで済む。
動けず、泣き叫ぶエルヴィラの上で誰かが何かをしているのに、その何かが分からない。分からなくてもとてつもない恐怖と嫌悪が襲い掛かり、気付いた時には絶叫を上げていた。
「わたしが王太子妃になってベルンハルド様をお支えしますっ、お姉様なんかお兄様とずっと領地に籠っていたらいいんです!」
馬車の手綱を握りつつ、後ろの会話を聞いているヴェレッドは1人なのをいいことに眠そうに欠伸を噛み殺した。最初に寄る宿がある場所へは今晩到着すればよく、駄目な場合は最悪野宿だ。隣にシエルやオルトリウスがいたら小言を飛ばしてくるが生憎と誰もいない。最高の気分である。長くシエルに会えないのは今に始まったことじゃない。
ふと、空を仰ぎ見た。雲1つない快晴。彼の女神の髪と同じ色。
遠い記憶が脳裏に映る。
『人間の遊びに興味があるなら、かくれんぼをしよっか』
『かくれんぼ? 隠れるの?』
『そう。僕と君の2人でも遊べる簡単な遊び』
『だったら、私がルイスを見つける。私こう見えて探すのは得意な方よ!』
『へえ。僕は隠れるのが得意』
『絶対見つけるわ!』
「どこが得意なんだか。全然僕を見つけられてないじゃん」
自信たっぷりに言い張る女性——基、リンナモラートは1度も隠れたルイスを見つけられなかった。
それは——今も同じだ。
読んでいただきありがとうございます。
これにて番外編は終了です。
次回より貴族学院編開始です。




