番外編その3
無事ファウスティーナ達を乗せた馬車を見送り、その後ひと騒動あったものの、城へ戻ったシエルは待ち構えていたマイムの顔を見るなりふふっと笑った。
「ご苦労だねマイム君」
「シエル様がちゃんと戻るかどうか心配でしたので」
「私があの子に付いて行ったと思ったのかい? 私は付いて行かなかったよ」
当然ですと言いたかったマイムは口を噤んだ。たった1つの言葉を間違えるだけで目の前の人は、あっさりと他人を切り捨てる冷酷さを持っている。
「ところで王妃殿下は今何処に?」
「今は陛下と四阿にいらっしゃるかと」
「丁度良かった」
珍しくシエラに用事があるらしいがシエルの口振りからするにシリウスにも用があると見た。大変珍しいとマイムが見ている内にシエルはさっさと移動を開始し、慌てて追い掛けて来るマイムを気にしなかった。
城内を歩き、外へ出たシエルが四阿に到着するとシリウスとシエラ揃って視線を向けた。
「ファウスティーナ達は無事に出発したようですね」
「ええ。ただまあ……あの子達が出発した後で少々問題が発生しましてね」
「え?」
1つ溜め息を吐いたシエルは余っている席に座ると事の経緯を話した。ファウスティーナ達を乗せた馬車が出発して間もなく、フワーリン家の馬車が来たこと、中にフワーリン公爵夫妻とルイーザがいてクラウドの行方を尋ねられたこと、そしてクラウドがファウスティーナ……正確には友人のケインを追い掛けて一緒に領地へ行ってしまったことを包み隠さず全て話した。シエルが話し終えると甥の性格をよく知っているシエラは顔を両手で覆って深く息を吐いた。
「クラウド……お父様にそっくりね……、いえ、そっくりだからこそあの子が次期当主に選ばれたのだけど」
黙って話を聞いていたシリウスも頭が痛いとばかりに額を手で抑えていた。
「アーノルド達は一切知らなかったのか?」
「イエガー様は知っているみたいですよ。アーノルド君達に言ったら、反対されるのがオチ。黙って行った方が早いとクラウド様も思ったのだろうね」
非常にのんびりなくせに時折周囲を驚かせる行動力を発揮するのがクラウド……というより、フワーリン家特有の性質。顔を上げたシエラは甥の奇行の理由について心当たりがないと言う。
「考え無しにクラウドがそんなことをするとは思えないわ」
「この間の『建国祭』が原因かな」
ベルンハルドとエルヴィラが“運命の恋人たち”に認定されてしまった以上、エルヴィラもまた王太子妃候補の1人に名が挙がった。女神によって認められた男女となると女神の生まれ変わりが婚約者であろうと婚約の継続は難しく、公にはされていないがファウスティーナとベルンハルドの婚約は破棄された。最も王太子妃になる確率が上がったのがエルヴィラ。しかし、あの時ケインは両親やエルヴィラ、シエルのいる場ではっきりと言い放った。
エルヴィラが王太子妃になるなら後継者の座を降りる、と。
婚約の今後について話し合った際、ケインの宣言は周知されている為シエラもシリウスも知っている。ただクラウドも知っており、もしも本当にケインが後継者の座を降りるなら自分もと倣ってしまったのだ。
「もしも公子が本当に後継者の座を降りたら、ファウスティーナと公子と3人でヴィトケンシュタインの領地に籠って領地運営する気でいるよ」
「クラウドならやりかねないわね……」
王家もヴィトケンシュタイン家もエルヴィラが王太子妃になれるとは思っていない。本人はベルンハルドの婚約者になるなら努力すると豪語しているものの、信用に値しないと見られている。エルヴィラに甘いリュドミーラでさえ。
悩みの種というものは次から次へとやってくる。身内から現れるとは露程も思っていなかったシエラは気分を変えようと紅茶を飲んだ。
「クラウドが後継者の座を降りてしまったら、ルイーザがフワーリン家を継ぐ事になりそうね」
「どこまで本気か分からんが公爵とてそこまではさせはしないだろう」
「どうかしら。ああ見えて、1度言ったことは最後までやり通す子よ、クラウドは。お父様だってそうだった」
風に吹かれたら蒲公英の綿毛の如く飛んでいってしまいそうな雰囲気を見せながら、強い芯を持っている。こればかりは誰にも予測不可能と言っていい。
近隣諸国にも当然ベルンハルドとエルヴィラが“運命の恋人たち”と知られてしまった以上、ファウスティーナが婚約者でいられなくなると思われている為、現在ヴィトケンシュタイン家には多数の釣書が届けられている。初めて女神の生まれ変わりを娶れるかもしれない上、アーヴァに似た類稀な美貌を持つ少女を逃す手がない。シトリンは全て断っているがその内、彼では対応が難しい相手が出て来るのは時間の問題。釣書を送る相手の中には他国の王族・皇族も含まれている。
絶対にシエルの耳に入れるつもりがない情報がある。釣書の中に、年齢が30も離れたとある国の皇帝がいるとシトリンに聞かされた際にはすぐに手を打った。11歳の少女を40を超えた男が娶る等、政略結婚でも特殊過ぎる。彼の国は非常に野心が強く、皇帝は戦好きとも聞く。下手に断ってファウスティーナを理由に攻められるのを避けるべく、皇帝の件は横から手を伸ばしたオルトリウスがさっと取って行った。曰く、皇帝の弱点を知っており、皇后の実家と親しく彼の帝国は皇后の実家が大きく支えていることもあり、必ず味方になってくれるからというもの。
女神の生まれ変わりという存在はこの世界にはたった1人しか生まれない。女神が……神が人間に手を貸すのは、王国が崇拝する姉妹神くらいなもの。故に御伽噺が現実になる国と言われる。
だが、女神の力は時として人間にとんでもない呪いを与える。女神自身は祝福のつもりでも、過ぎた力は呪いへと変わってしまう。
「時に王妃殿下、エルヴィラ様に王太子妃教育を受けさせるのですか?」
「本人はやる気だけはあるみたいだけれど、実力が伴っていないのなら、やる気だって一瞬で削がれるわ。先ずは王太子妃教育を受ける実力を3か月の間に最低限身に付けられれば、前向きに考えると公爵夫妻に通達しました」
「そうですか。やる気だけで終わらないよう願っておきましょう」
全く心にも思っていない言葉をさらりと零したシエルに呆れるシエラは溜め息を吐く代わりに紅茶を飲んだのだった。
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