出発⑦
上機嫌に手を振るクラウドがどうして王都の外にいるのか。見送りにしてはフワーリン家の馬車は大きい。まるで長旅でもするのかと問いたくなる規模。目が遠いケインを気にしつつ、手を下ろし此方へ近付くクラウドに今は集中することに。
「クラウド様、おはようございます」
「おはようファウスティーナ様。今日は晴れて良かったねえ」
「はい! クラウド様がお見送りに来てくださって嬉しいです」
「あれ? ケインに聞いてない?」
「聞いてない、とは?」
「僕も付いて行くってこと」
「……へ?」
間抜けな声を出したって咎める人はいない。心情を持つ人も皆無だろう。御者席を降りて話を聞いていたヴェレッドもファウスティーナも同じ声を発したくなった程。理由を知っているであろうケインに視線が集まると大きな溜め息を吐いた。
「本気だったんだ、あれ」
「そうでなきゃ、態々書かないさ」
「ああ、うん。クラウドならそうだろうね。よく許されたね」
「ああ、父上達のこと? お祖父様には言ってあるけど、父上達には言ってない」
「……」
あっさりと投下された第2の爆弾に続きを述べられる者は誰もいなかった。詳しい話は馬車の中でしようと言うクラウドの提案により、一旦馬車に引き返した。リンスーとリュンには降りてもらい、車内にはファウスティーナとケイン、クラウド、それと状況把握をしたいヴェレッドの4人となった。
「つ、付いて行くってヴィトケンシュタインの領地にクラウド様も来るという意味でよろしかったですか?」
「うん、よろしいよ」
「えっと……クラウド様はまたどうして?」
クラウドはフワーリン家の次期当主にしてイル=ジュディーツィオという特別な能力を持つ。フワーリン家では能力を持つ者が当主となる。現在はクラウドの父アーノルドが公爵を受け継いでいるが当主の座は先代のイエガーのまま。
自領なら兎も角、他家の領地に長期滞在するのは特殊な事情がない限り発生しない事案だ。クラウドの真意を知りたいファウスティーナの疑問は、全く別方向の内容によって答えられた。
「ベルとファウスティーナ様の婚約は、エルヴィラ様がベルの運命の相手となったことできっと白紙か解消になるのは僕でも分かる。この間の『建国祭』でケインが言っていたのを覚えてる?」
もしもファウスティーナではなくエルヴィラが王太子妃になるなら、次期後継者の座を降りるとケインは宣言した。将来仕える相手を選ぶくらいの権利は自分にもあると訴えて。
「現状、エルヴィラ様がベルの婚約者になる確率が高い以上、ケインが宣言通り後継者の座を降りることも有り得る。僕はそれだとつまらないんだ」
「つまらない?」
「うん。エルヴィラ様とベルが婚約を結ばないっていう確証はないし、ファウスティーナ様とケインは領地へ行って年に1度会えたら良いくらいになる。それなら、僕も付いて行こうかなって」
きっと誰も予想すらしない理由でヴィトケンシュタインの領地行に付いて行くと判断したクラウドの頭の中を覗いて見たいと3人は抱き、肝心のイエガーの反応はどうだったかを次に出した。イエガーについては呆れ果てていたがケインに許可を貰ったと言えば以降は何も言わなくなった。ただ、両親には今頃イエガーが伝えていると語られるとヴェレッドが口を挟んだ。
「フワーリン公爵夫妻に言わなかったのは、絶対に反対されるからでしょう?」
「まあね。母上と父上は、お祖父様と違って貴族らしい人だもん」
「先代様が言ってたっけ。イル=ジュディーツィオの力を持って生まれると人一倍のんびりな気質が多いってさ。悪く言えば大雑把なんだよ」
「しょうがないさ。大雑把である程度適当じゃないと務まらない。父上のような、細かくて深く考え込む優しい人には向かない」
運命の糸というものは、御伽噺に登場する男女の縁を結び永遠の幸福を保証するものもあれば、逃れられない死の運命と結び不幸を齎すものもある。糸に触れると誰かの幸福と不幸をクラウドは何時だって見られる。物心がつくと同時に考えたのは、この能力を持つのが父でも妹のルイーザでもなく、自身で良かったということ。見目は母クリスタに似、シエルを慕う気持ちが強いあまり一目見るだけで暴走しがちな猪突猛進型ではあるものの、中身は意外と父に似ている部分が多く細かいところによく目がいく。他者への思い遣りも忘れない優しい女の子が知らない誰かの運命を見る度に一喜一憂するのは目に見えていた。
「誰かの糸に触れてそれが死を告げるものでもフワーリンの坊ちゃんは気にしなそうだね」
「そんなのを気にしていたら、あっという間に精神を病んで廃人さ。父上やルイーザはきっと耐えられない。僕もお祖父様もそういった面では向いていたんだね」
しかし、ある意味では当主になる冷徹さを兼ね備えている。
「……未だに分からないんだ」
昨日フワーリン家に遊びに来たベルンハルドと会った際、『建国祭』でベルンハルドとエルヴィラの結ばれた運命の糸を無理矢理引き千切って以降、2人の糸が結ばれることはなく、現在もそれは同じ。
「ベルンハルドとエルヴィラ様は、既に“運命の恋人たち”ではなくなった。時期を見て女神の決定は変わったって公表したかったのに……お祖父様に止められたんだ」
たとえ運命の糸が既に切られていようとベルンハルドとエルヴィラは“運命の恋人たち”のままでいるべきだと言うのがイエガーの主張。訳を聞いたら——
『女神の生まれ変わりと結ばれる資格がベルンハルド殿下にはない』と。
ベルンハルドはルイスの生まれ変わりではない。ルイスの生まれ変わりだけがリンナモラートの生まれ変わりと結ばれる。絶対にベルンハルドがそうではないと知られては拙い人に知られてしまっている以上、極秘裏に捜索の手は進められている。此処にルイスの生まれ変わりがいるというのはその人のみ。そうだと疑っている人が若干1名いるものの……。
「かと言って、エルヴィラ様が王太子妃になれるとは僕は思えなくてねー。ケインやファウスティーナ様がいる前で言うべきではないのだけど」
「気にしないでいい。全員思ってる」
容赦ない辛辣な台詞に引くファウスティーナとは反対でクラウドは感情の読めないフワフワな笑みを浮かべたまま。
「あの、クラウド様。本当に領地に同行して下さるのですか? ルイーザ様や公爵夫妻はきっと寂しがると思いますが……」
「最初は怒るだろうけど、時間が経てば僕のする事だからって許してくれるよ」
説得力が不思議とある台詞は余計な言葉を封じる言葉も込められていて、これ以上は言わなかった。
「フワーリンの坊ちゃん付きで再出発ってことでいい?」
「来てしまった以上そうなるでしょう。クラウド1人増えても領地の屋敷には余裕がありますし、衣食住についての心配はありません」
生活については自身のお小遣いを持って来たとクラウドは懐を探り、1枚の用紙を取り出すとケインに差し出した。
「ケインもファウスティーナ様も貴族学院入学までは領地にいるんだよね? 僕も同じ期間お世話になる予定だから、約4年間の世話代を渡しておくよ。そこに書いてある金額で足りる筈」
散財をする気質も贅沢な生活に拘りもないクラウド1人の4年間の世話代としては破格の金額が書かれていた。毎月お小遣いを貰っても大して使わない為貯まりに貯まっており、今回一気に使う手段が出来て嬉し気だ。
「クラウド様のお付きの方は?」
「お祖父様には要らないって言ったけど、実家と定期的に情報を送る為に1人いるよ。僕を此処まで運んだのもその侍女。あ、侍女の分の費用を足すの忘れてた」
「この金額なら追加は要らないのでは?」とケインに振れば、肯定するように頷かれた。
「そろそろ出発しようか。予定より遅れれば、領地で待っている管理人が心配する」
「そうですね」
領地行の旅にまさかの人数追加となった訳だが、1人増えると生活はきっと楽しくなる。馬車を降りたクラウドがフワーリン家の馬車に乗り込んだのを確認後、外で待機してもらっていたリンスーとリュンを乗せ、御者席に戻ったヴェレッドが再び馬車を出発させた。1人になった為、声が小さければぼやけるとヴェレッドはやれやれと内心困っている。
「フワーリンの爺さんは先代様が相手をしてくれるから良いとしても、何か策を打たないと」
公にされていない王子がまだいて、その人物こそルイスの生まれ変わりだとイエガーは気付いた。ヴェレッドが目的の人物だと気付く可能性は低いがそれがある以上楽観視していられない。先代フリューリング侯爵が死に、ヴェレッドに掛けられている魔術師の力はリオニーが引き継いだとはいえ、油断は禁物。
「王都を離れるなら、フワーリンの爺さんに接触する機会は減る。ある意味ラッキーだったかも」
王都にいても接触する気は更々なかったが今後はより接触しないよう気を配ろうと1人注意を張るのであった。
読んでいただきありがとうございます。
次回、いくつか番外編を挟んだ後、貴族学院編へ突入です。




