出発⑤
衣装部屋の中で立ったまま微動にしないクラウドを用事のあったルイーザが見つけた。声を掛けると「どうしたの?」と返事はあるがクラウドは動こうとしない。
「何をしているのですか? お兄様」
「要るものと要らないものはどれかなって考えているんだ」
「ああ、服の整理ですか」
「うん」
「私も着ないドレス等を捨てようかな、お兄様を見習って」
「良いんじゃないのかな」
ああでもお気に入りだけど滅多に着ないドレスは捨てたくない。逆によく着ているけど、古くなってきているドレスは捨てよう。と考え始めたルイーザは用事をクラウドに伝えると出て行った。
また1人になったクラウドは動き出す。
「これとこれ、それとあれも」
要るものと要らないものを選別していくクラウドの思惑を知る者は誰1人としていなかった。
――ヴィトケンシュタインの領地へ行く日が正式に決定となったとシトリンに聞かされたファウスティーナとケイン。出発は10日後に決まった。2人で庭に出ると長椅子に腰掛けた。
「漸く決まりましたね」
「うん。本格的に準備しないとね」
「持っていく物と置いていく物の選別ですね」
煌びやかなドレスや装飾品は領地に持っていかず、生活感重視の物を中心に持っていく。足りない物が出ればその都度購入をするか、時間は掛かるが王都から領地に運んでもらう。
「お兄様、クラウド様のお返事が来ていたとちょっと前にリンスーに言われました」
「知ってる」
「?」
クラウドの手紙の返事と言った途端、ケインの様子がおかしい。何がおかしいと聞かれると困るが妙に悩んでいる節がある。訊ねようとする前にアエリアの返事も来ていただろうと先をいかれ、反射的に頷いた。
「アエリア様には、領地に着いたらまたお手紙を送ります」
「そうするといいよ」
「お兄様もクラウド様に送りますか?」
「うん……そうする」
やっぱりおかしいと感じるのは気のせいじゃない。
「お兄様、クラウド様のお手紙に何が……」
「お嬢様と坊ちゃん」
もう1度訊ねようとしたファウスティーナは、邸内を出て来たヴェレッドの声で彼が来ていたのだと知った。
「公爵様に日取りは聞いたね?」
「聞きました。当日はヴェレッド様も来て下さると」
「そりゃあね。2人の……というか、お嬢様の護衛を先代様やシエル様に言われた」
今日ヴィトケンシュタインを訪れたのはシエルに付いて来ただけらしく、シエルが来ていたことも知らなかったファウスティーナにキラリと目を光らせた。
「ねえお嬢様。シエル様に会いに行こうよ。シエル様だって、お嬢様の顔を見たら喜ぶよ」
実の父親がシエルと知って以降、シエルとは会っていない。というよりかは王城へ出向く用がなかったとも言える。内密と言えど婚約破棄をした身、以前と同じ理由ではもう足を運べない。
シエルが自身の父親と知った状態で会うと以前のように接せられるか不安な気持ちを吐露すれば、額を指で突かれた。地味に痛い。若干涙目でヴェレッドに抗議すると「馬鹿じゃないの?」と呆れられてしまった。
「シエル様を父親と知ろうとお嬢様にとってシエル様はすっごく信頼出来る人って事には変わりないじゃん。王様命令でシエル様がお嬢様の父親だって知られるのはマズいから、これまで通り知らない振りを通してもらわないとだけど」
「司祭様はずっと私を手元で育ててくれようとしていたのを陛下に見つかったから私をお父様達に?」
「いや、シエル様はある程度お嬢様が育ったらフリューリング女侯爵様の養子にするつもりだった」
「リオニー様の」
ファウスティーナが生まれて間もない頃、リオニーは性質の悪い風邪に罹り長く表舞台に出ていなかった。風邪を引いていた事実を知るのは限られた人間だけで周囲には多忙を理由にした。
「もしも、王様に見つからなかったら、いつの間にか女の子を出産していた体を装う手筈を女侯爵様も交えて調整していた。そこに厄介事が起きて王様がシエル様やお嬢様を見つけちゃったの」
「厄介事というのが何か知りたいです!」
「それは……」
何でも話してくれていたのに厄介事について聞かれると急に口を閉ざしたヴェレッド。余程、知られたくないと見たファウスティーナが今のはナシと撤回した。微妙な様子のヴェレッドは視線を迷わせ、口を開きかけるも「いたいた」と聞こえた声に意識を変えた。
「司祭様」
「ファウスティーナ様、公子。久しぶりだね」
シエルの言う通り『建国祭』以来会っておらず、久しぶりの再会となる。
たった1人か、極1部を除いた人には見るだけで心を安心させてしまう笑みを見せる天上人の美がどうして自分にだけは特別なものへと変わるのか。その意味を知ってシエルと接するのを不安に抱いていたのに、実際に顔を合わせるとそんな不安は消し飛んだ。どんな時に会ったってシエルは絶対に助けてくれる信頼の大きな司祭様。きっとシエルをお父様と呼ぶことは今後も叶わない率が高いだろう。
ただ、もしもその時が来たらシエルをお父様と呼びたい。
膝を折って目線を合わせたシエルに領地行きについて率直な感想を求めた。今まで教会でお世話になってきた。
領地にシエルは行けない。
「司祭様は反対でしたか?」
「どうかな。君が自分で決めたなら、君の意思を尊重する。私個人の考えとしても、君達2人が王都を離れるのは良いと思っている」
「私やお兄様が不在になれば、お父様達はエルヴィラととことん向き合ってくれると期待しています。エルヴィラだって現状のままでは、お父様達に認めてもらえないと自覚しています」
「そう。好い方へ進めばいいけれど」
聞いただけではエルヴィラの未来を案じているように聞こえて、内面をよく知っていれば心底どうでも良さげに並べた言葉だと見抜ける。ちょっとだけシエルの声色の違いが分かって内心嬉しいと抱きつつ、ファウスティーナはふとケインにクラウドの手紙の返事には何が書かれていたか再度訊ねた。さっきはヴェレッドが登場して聞けなかったが今なら聞けると踏んだのだ。突然話を振られても動揺をしないケインでも、クラウドの手紙の返事については触れられてほしくなかったらしく、視線を逸らして暫く無言で居続け——一寸間を開けて「どうせ、すぐに知ることになる」と強制終了させた。初めて見るかもしれないケインの態度は不安よりも興味が強くそそられ、しつこく言及するより待っていれば分かるという言葉を信じる事とした。
「ファウスティーナ様」
シエルに呼ばれ振り向くと腰を上げ掛けている。
「私はそろそろ行くね。領地で困ったことがあればヴェレッドを扱き使ってやればいい」
「お嬢様はシエル様と違って俺を扱き使わないよ」
「これからはファウスティーナ様が君を扱き使う番さ。無駄に体は頑丈なんだ、しっかりと働いて」
「シエル様もね。領地には行けないとか言いながら、助祭さんに押し付けてこっち来ないでよ」
「叔父上がいる間は叔父上に司祭の仕事を譲るのも有りか」
「仕事しろよ」
「あはは……」
相変わらずなシエルとヴェレッドのやり取りを見られるのも今日以降無くなる。時折、聞いている側がハラハラする時はあれど喧嘩に発展することは1度もない。
腰を上げ掛けていたシエルに手を伸ばされたファウスティーナもシエルに手を伸ばした。軽々と抱き上げられた。
「私が抱っこをすると思ってくれたの?」
「ふふ。司祭様に抱っこをされるとすごく安心します。今日できっと最後になりますし」
「そうかな。ヴェレッドの言う通り、助祭さんに全部押し付けて私も一緒に行こうかな」
「助祭様が困ってしまうのでお仕事頑張ってください」
ファウスティーナに言われればシエルも引き下がるしかなく。残念等と言いながら、ファウスティーナと触れ合えているお陰で言葉程残念がっていない。
地面に降ろされると頭を数度撫でられる。帰るシエルを見送りたいファウスティーナは一緒に行き、残ったヴェレッドは些か目が遠くなっているケインに小首を傾げた。
「坊ちゃんは行かないの?」
「ファナと2人の方が嬉しいでしょう」
「ふーん? ねえ、フワーリンの坊ちゃんの返事って何が書いてたの?」
「すぐに知れますよ」
ニヤニヤと意地の悪い笑みで訊ねるヴェレッドを躱し、ひらりと踵を返したケインは長椅子を降り距離を取った。
「見かけに寄らず大胆な性格なのは知ってたけど、本当にやる気なのかどうか」
実行されたら、フワーリン小公爵たるアーノルドが胃痛によって倒れない事を祈るのみ。
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