出発②
早速、新しい便箋を求めて街へとやって来たファウスティーナは、馬車を降りたケインやリュンに振り向いた。
「南の街と王都だと風の冷たさがやっぱり違いますね」
「教会がある南側は暖かいからね」
季節はまだまだ冬真っ只中。夏は王都が涼しく思えて教会がある南側が熱く、冬は王都が寒く南側が温かい。夏と冬、それぞれの地で過ごせたら年中快適に過ごせるであろう。王都で種類豊富な便箋を取り扱う店へリュンに案内をしてもらうと早速どの便箋にするかとテーブルに均一に並べられた便箋を見ていった。
ファウスティーナがまず頭に思い浮かべた相手はアエリア。自身の髪色と同じピンク系統を好むと知っており、また、エルヴィラと違って可愛さより派手さを好むとも知っている為ファウスティーナは赤とピンクの薔薇の柄が描かれた便箋を手に取った。嫌いな花は特にないと昔言っていたのを覚えている。
「アエリア様にはこの便箋を、と。他には……」
既に持っているものと違った柄を求めて店に来たのだ、折角なら自分用で同じ柄と他の柄を購入しようと違う場所を眺めた。
薄い青をベースに小鳥が描かれた便箋を見つけると迷わず手に取った。
「ファナ、良いのは見つかった?」
「お兄様」
見た瞬間これだと直感が告げた便箋を見つめていれば違う方向に行っていたケインが森をイメージした柄の便箋を持ってやって来た。
「アエリア様用と自分用のを見つけました。お兄様もそちらを?」
「うん。クラウドに送るなら、自然の柄が合うかなって。俺も自分用で幾つか選ぼうか」
「沢山あるので悩みますよ」
「商品が多ければ選ぶのに時間がかかるのは買い物の醍醐味だよ。後2、3種類選んだら会計をしようか」
「はい!」
再び別れると他の便箋を見ていった。
——選んだ便箋はファウスティーナが5種類、ケインが4種類となった。会計をリュンが済ませている間、2人は店の出入り口付近で待っていた。
「屋敷に戻ったら早速お手紙を書きましょう。領地に行ったらお兄様は何をしたいですか?」
「今はまだなんとも。ファナの方は?」
「私もです」
自分がしてみたいこと、やりたいこととは何なのか見つからなくても時間はまだまだある。ゆっくりと考えていく前向きな姿勢を見せるファウスティーナを見つめるケインの眼はどこまでも優しかった。微かな笑みを見せられ、顔の周りに満開の花を咲かせるファウスティーナはふと抱いた。
——お兄様がエルヴィラにこんな風に接しているのって見たことがない……
相手が両親だろうが妹達だろうが誰であろうが容赦のない一面を見せ、特定の相手には特に氷の如き冷風を浴びせ、滅多に無表情を崩さないケインであるがこうやって時折柔らかな雰囲気を纏う。ファウスティーナは厳しいだけじゃないと知っているので兄を信頼し、頼りにしている。逆にエルヴィラはどうだろう。常に厳しい事を言われて褒められた回数より叱られた回数がきっと多い。
「どうしたの? 人の顔を見つめてきて」
「あ……お兄様がエルヴィラに笑いかけているところって見たことがないなと」
「そう?」
「はい」
「そうなんだ」
淡々とし過ぎている態度や声をシトリンやリュドミーラが見たら驚くだろうが、ファウスティーナには何もなかった。ケインなら、こう答えるだろうという予想があった。
「ねえファナ」
「はい?」
「ファナが思い出した俺と今の俺に違いってある?」
ファウスティーナにとっての最初と繰り返しにあるケインと今の自分が見ているケイン。
ケインの問いに時間を掛けずすぐに答えた。
「いいえ。ちっとも変わりません」
無表情が多いところも、妹相手でも容赦がないところも、本当は優しい人だということも。
「前に言った通りです。お兄様はお兄様です。私の大事なお兄様に変わりありません」
「ファナ目線で聞くせいで違いが分からないだけかも」
「そんな事ないですよ!」
少しの贔屓は入っていてもファウスティーナの知っているケインは何も変わらない。必死になって説明するファウスティーナの頭を撫でて「はいはい」と軽く流すケイン。このやり取りこそが変わらない証拠だと2人は気付いている。
「お嬢様、ケイン様。お待たせしました」
会計を終えたリュンが紙袋を持って外に出て来た。
「この後は如何なさいますか?」
「どうする? ファナ」
便箋を買う以外で他のお店へ行く考えはなく、小腹も空いていない、喉も渇いていない。屋敷に帰りましょうと提案をしかけたファウスティーナは、不意に視界の端に映ったお店に気付く。
「ケーキを買って帰りませんか? 手紙を書き終えたら一緒に食べましょう」
「そうだね。なら、父上達の分も買って帰ろうか」
足をケーキ屋に向け店内に入り、自分達のケーキを選ぶと3人が好きそうなケーキを選んでいった。
屋敷に戻るとケインとリュンと別れ、リンスーを連れて部屋に戻ったファウスティーナは購入したばかりの便箋の内、赤とピンクの薔薇が描かれた便箋を机に置いた。
「他のは仕舞っておきますね」
「ありがとう」
羽根ペンを手に取ったファウスティーナは領地行きが確定し、貴族学院入学まで領地で暮らす旨を綴っていった。
今までになかった行動を起こすことで何が起きるか誰にも分からないが何もしないままで過ごしたくない。
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