過去―彼女がいない後②続―
「……」
足元にあった廃棄物を全て燃やし尽くした後、地面は黒く染まっていた。贈り物だった物は全部黒い物体となり、後片付けに来た使用人達が処理していく。
後の事を彼女等に任せ、邸内へ戻ったケインが向かうのは妹の部屋。
――否、元妹の部屋。
歩き慣れた長い道を歩き、思い出さなくても足が方向を覚えていた。
ファウスティーナの部屋の前に立った。彼女がいなくなった後、誰も入っていない。ついノックをしようと手を上げたものの、向こうにはもう誰もいないのを思い出し自嘲気味に笑う。
ドアノブを下げたと同時に「あ、いましたわ、お兄様!」暫くの間耳に入れたくない声がケインを止めた。
「エルヴィラ」
「リュンにお兄様を呼んで来てと言ったのに全然来てくれないではありませんか」
プリプリ怒るエルヴィラを感情のない紅玉色の瞳で見、ふう、と息を吐いた。
「殿下はお帰りに?」
「はい。わたし、ベルンハルド様とお話出来てとても嬉しかったです! 最近は顔を合わせられない日が続いて寂しかったので」
「そう」
興味が失せ、扉を引いたケイン。
「なら、早く部屋に戻りなさい。エルヴィラには無駄にする時間は全くない」
「分かっていますわ。王太子妃になる為の準備がありますものね!」
「準備は周りがする。エルヴィラがしなくてはならないのは、ずっとファナが受けていた王妃教育だよ」
「……」
途端に顔を暗くしたエルヴィラに分かりやすく溜め息を吐いた。
ファウスティーナがいなくなり、エルヴィラが次の王太子の婚約者となった為、ヴィトケンシュタイン家も王家も早急にエルヴィラを王太子妃になるに相応しくせざるを得なかった。
貴族学院でも成績は中の中か下。毎回成績発表の際1位か2位しか取っていないファウスティーナと比べると天と地程の差があった。また、幼い頃から王妃教育を受けていたファウスティーナとたった1年程しかないエルヴィラでは学べる量もかなり限られている。
この場で俯く暇があるならさっさと部屋に戻りなさい。そうケインが冷たく告げるとエルヴィラの足元に水玉模様が出来ていく。
華奢な肩を震わせ、嗚咽を漏らすエルヴィラ。
「ひく……ううっ……お……お兄様は……どうして、わたしにいつも、冷たいのですか」
「俺は当たり前のことしか言ってない。もう何度も言ってきた。それを聞かなかったのはエルヴィラや母上、そして殿下だ。分かったなら、早く戻りなさい。
……正直に言うと、もう俺はエルヴィラを見たくないんだよ」
「っ!!」
顔を上げると無情な紅玉色がエルヴィラを静かに見下ろしていた。自分を解ってくれない悲しみか、目の前の兄に対する恐怖からか、身体の震えは止まってくれない。
「エルヴィラ。エルヴィラは俺が冷たいと言うけど、俺はファナにも言っていたよ。泣いている暇があるなら、周りを見返してやれって。歯を食いしばって必死に喰らい付いて頑張ったファナを、褒めて優しくするのは当然だよ。でもね、エルヴィラはどうした? ファナに何度も馬鹿にされても、泣いて、悲劇のヒロインぶって、ファナを悪者にして守られているだけだったじゃない。何度も言ったのに、何も聞かなかった。それが今のエルヴィラ。君だよ」
「お……お兄様はっ、お姉様の、怖さを知らないから、そんなことが言えるのです……」
「妹を怖いと思う情けないお兄様に俺は見える?」
「そういう訳では……」
「なら、さっさと部屋に戻って。王太子妃になる為の、エルヴィラにしか出来ない準備をするんだ」
「……」
結局、自分の伝えたかったことも言えないままエルヴィラは落ち込んだ様子で戻って行った。頼りない後姿を見送った後、ファウスティーナの部屋に入った。
『お兄様、私の最後のお願いを聞いてくれますか? 私がいなくなった後、部屋の物を全部お兄様の判断で処分してほしいのです。欲しい人がいれば譲ってくれて構いません。お父様にお願いしても作業は捗らなさそうなので。冷めたお兄様ならすぐに判断して捨ててくれるでしょう?』
『冷めてて悪かったね』
『あいたっ!』
ファウスティーナとの最後のやり取りを思い出しながら、手付かずの部屋の物に触った。
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