懸念はない
突然のケインの提案はシトリンを大いに驚かせた。
「2人が領地に行かなくても……」
「エルヴィラを行かせては、俺や父上の目がないからと努力をしようとは恐らくなりません」
今までの繰り返しがそうだった。エルヴィラを領地に行かせ、厳しいと有名な家庭教師を付けたところで結局何も変わらなかった。
「それに、です。俺はともかく、ファナは今まで殆ど領地に行ったことがありません」
ケインやエルヴィラは時々領地に行っても、ファウスティーナだけは1度もない。ケインの指摘を受けたシトリンは口を噤む。祖父オールドの存在を懸念してのもの。
「ファナもケインも……すまないが領地へ行くならケイン1人しか許可できない」
「お父様。お祖父様が領地にいるからですか?」
「……うん」
思い切って訊ねたファウスティーナとケインの予想はやはり当たっていた。以前エルヴィラが家出騒動を起こした際、偶然王都に来ていたオールドがエルヴィラを連れ戻しに教会へやって来た。あの時ファウスティーナを見たオールドは、とても孫を見るような目をしていなかった。
原因を既に知っているファウスティーナとケインの2人は、シトリンがファウスティーナを領地へ行かせたくない理由を解せる。
しかし。
「ですが父上。お祖父様が暮らす別邸とは、違う場所ならどうですか? お祖父様は足を悪くされております。頻繁に外へ出る事だって儘ならない筈です。領地に戻ったという報せを聞いても、場所が遠ければお祖父様とて簡単には来れません」
「ケインの言っている事は正しい。ただ……父上は普通の人の思考で考えちゃいけない。ファナが領地にいると知れば、絶対に姿を見せる」
「1つ聞きますがお祖父様とファナを会わせたくない理由ってなんですか」
知っていながら、知らない振りをしてもシトリンは疑問に思わない。
知られていると思っていないからだ。
苦々しい表情を浮かべ、視線を泳がせた後、ゆるゆると首を振られた。
「今は……まだ教えられない。1つ言えるとすれば、ファナの側に父上がいるのは良くないんだ。これくらいしか言えなくてごめんね」
遠回しな言い方であるが、これが何も知らない(振りをしている)2人に向けられるシトリンなりの言葉。2人は追及しなかった。
「ただ、ファナとエルヴィラの距離を取るのは僕も賛成だ。ファナとケインじゃなく、エルヴィラを領地へ送る方へ考えてみる。2人は何も心配しなくていい」
「はい……」
過去の繰り返しを見てもエルヴィラが領地に行ったところで何も好転しない。
殆ど領地に行った事のないファウスティーナが領地へ行くべき。本人の気持ちとしても領地へ行きたい気持ちが強い。
食堂を出たファウスティーナは少し前を歩くケインを「お兄様」と呼び止めた。
「ヴェレッド様に1度相談します。仮にお父様が許可をしてくれても司祭様が許してくれるかどうか……」
「そうだね。それがいい。俺の方からもう1度ファナと領地へ行くと父上に話してみるよ」
「ありがとうございます」
2人並んで私室へ戻る途中、ファウスティーナはある事を訊ねた。
「さっきはヴェレッド様に相談してみますと言いましたけど、よくよく考えたら今日も来てくれるか分からないですね……」
「そう? 案外来ると思うよ。司祭様の代わりと言ってファナの様子を見に来るくらいするんじゃない?」
ケインの予想は当たっていた。
部屋の前に着いた直後、慌ててやって来たリンス—に話題に挙がっていた人が来ている旨を伝えられたファウスティーナはケインを連れて玄関ホールへやって来た。執事のクラッカーが対応している彼——ヴェレッドと目が合うと手招きをされた。
「やっほーお嬢様、坊ちゃん。シエル様の代わりにお嬢様の様子を見に来たんだ」
理由もケインが予想していた通り。
「ケイン様、ファウスティーナお嬢様、如何致しましょう」
「俺とファナが庭で対応する。後でお茶を持って来て」
「畏まりました」
部屋へ戻る予定は後回しとなり、訪問したヴェレッドを連れて庭へと出た。
「タイミングが良かった。ヴェレッド様に相談したい事があります」
「なあに。ダイエットの相談?」
「違います!!」
失礼極まりない言葉をヴェレッドが使うのは知っているのに、言われてしまうと毎回全力で反応を示してしまうファウスティーナは意地の悪い笑みを向けられながら、朝食時の話の相談を庭に着いてからした。
話を聞いたヴェレッドは一旦立ち止まった。
「お嬢様や坊ちゃんの希望は分かった。要は、公爵様を納得させられれば良いんでしょう?」
「お父様はお祖父様の事を気にしておられるようで」
「……大丈夫じゃないかな。あの爺さんについては」
「どうしてですか」
「……『リ・アマンティ』祭が終わった後、身体の具合が悪くなったって先代様が言ってたよ」
先代様とは前王弟オルトリウスを指す。
「先代様はあの爺さんと知り合いなんだ。王都に戻った時爺さんの様子を見たんだって。そうしたら、元気なだけが取り柄の爺さんは全然元気じゃなかったってさ」
「お祖父様が……」
歳を感じさせない怒号や態度を思い出すととてもそうには見えないものの、実際に見たというオルトリウスがヴェレッドに話しているのならオールドの心配は取り敢えず不要と考えていい。
「お兄様?」
不意にケインの様子が気になって振り向くと一切の情が浮かんでいない相貌で視線を他所へ向けていた。ファウスティーナが声を掛けると「どうしたの」と返した。
「いえ……考え事ですか?」
「そんなところ」
きっと深く聞いてもケインは答えてくれない気がすると判断したファウスティーナはそれ以上触れなかった。
——お祖父様は今頃無事には済んでいない。
昨夜ファウスティーナとベルンハルドを2人にした際、外へ出たケインは現在オールドがどうなっているかをヴェレッドに教えられた。『リ・アマンティ祭』の騒動を引き起こした黒幕はオールドで、犯行を突き止めていたオルトリウスとヴェレッドによって拘束。城に連行され、尋問を受けた後領地に戻っていると聞いた。
ただ。
『爺さんを尋問する時に草を使ったんだ』
『草?』
『そう。嗅ぐと思考能力が消えていく甘い匂いがする草。許可証を持っていないと所持しているだけで罰せられちゃうやつ』
つまり、麻薬の類に該当する草をオールドに使った。
思考能力が著しく低下し、年老いても衰えなかった気迫はすっかりと鳴りを潜め、領地の屋敷に引き籠り生活を送っている。祖父の心配が必要なくなったのなら、ファウスティーナの領地行は確定が近くなった。
——後は。
父もそうだが、国王や周りにどう納得してもらえるかが重要となる。
——側に司祭様……つまり王族がいなくても良いように話を持って行かないと。その為には……。
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