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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄編ー最後にわらった人ー
346/353

 

 


 いつかの時に見たベルンハルドと結婚式について話した夢は、自分の生んだ妄想の産物でも何でもなかった。実際にあった光景だった。



「んう……」



『運命の輪』を見たお陰でファウスティーナにとっての最初の記憶が戻った。あの時が幸福の絶頂なら、坂道を転がるように不幸に落ちていった原因は何か。最も大切な事柄が思い出せないのは致命的。

 唯一解るのは貴族学院卒業前に何らかの出来事が起きたせいでベルンハルドは死んだ。エルヴィラが関係している事も何となく覚えている。

 カーテンから漏れる陽光がファウスティーナの瞼に差し、眩しい光に耐えられないと観念して上体を起こした。両腕を天井へ向けて伸ばした。



「はあ……」



 まだまだ眠い。時計を見やるとそろそろリンスーが起こしに来る時間が迫っていた。

 もう1度眠ってもすぐに起こされるなら、諦めて起きていよう。


 真夜中の訪問は夢じゃない。

 現実だ。



「……うん!」



 ずっと口に出せなかったベルンハルドの名前を呼べた。ファウスティーナにとってベルンハルドの名を呼ぶのは大きなトラウマの1つで記憶を取り戻した故に勇気を出せた行い。

 夢の体にして過去の自身の所業を話した後悔は一切ない。知ってほしかった。綺麗なだけじゃない、汚い部分も、全部知ってほしかった。


 ファウスティーナの話を聞いたベルンハルドは夢の体で話した内容を否定しなかった。


 意外だったのはベルンハルドが夢を見ていなくても繰り返し(ループ)の片鱗を感じていた点。7歳の顔合わせを果たす前は、はっきり言うと2人にとって人生の分岐点となる。ファウスティーナにとっての最初は失敗した。高熱で倒れ、見ていた夢と全く同じ。



「冷静な頭で考えたら、頭に血が上って周りを見られなかった私のせいだもんね」



 ケインのような冷静沈着で何事も落ち着いて対処する性質だったら失敗せず、穏便にエルヴィラを追い出してベルンハルドとの顔合わせを成功させていた。



「でも」



 成功させていても心の穴は塞がらなかった。どう足掻いたって母に愛されるエルヴィラに対する嫉妬心は消えず、母の愛を無限に注がれるエルヴィラがいつかベルンハルドの愛を奪うと怯えていただろう。

 扉が叩かれ、そろそろリンスーが来る時間と思い「はーい」と返事をすれば、入室したのはリンスーではなくケインだった。



「お兄様」

「おはようファナ」

「おはようございます」



 ベッドを降りようと体を横に向いたら「いいよ、まだ座ってて」とケインはベッドの端に腰掛けたのでファウスティーナも隣に移動した。



「昨夜は眠れた?」

「ばっちりです。ちょっと眠いですけど」

「殿下ときちんと話せたようだね。ファナの顔を見たらすぐに解った」

「お兄様はヴェレッド様と何を話されたのですか?」

「なにも。ファナがちゃんと殿下と話せるかなって言って終わった」



 人を揶揄う要素を見つけたら即食い付く意地の悪い性格をしている割に、真剣で大事な話になると真面目になる。時と場合によっては最も重大な事を教えてくれる場面もある。

 夢の体にして過去に起きた出来事をベルンハルドに話し、ベルンハルドの方も夢は見ていなくても感覚で過去の記憶を感じていると話したファウスティーナはある提案をした。



「お兄様。朝食が終わったらお時間を頂けませんか? これからについてお兄様と相談をさせてください」

「いいよ。俺もファナと本格的に話したいと思っていた。ファナや俺の繰り返しは、同じでいて全く違う。ファナが覚えている範囲でいいから教えてほしい」

「はい!」



「それと」と付け足したケインが切り出したのは例の本について。濃い青の表紙に金の刺繍で『捨てられた王太子妃と愛に狂った王太子』という、作者不明の本を読めるのは現在ファウスティーナとケインのみ。他にも誰か読める人がいるというのがケインの見解。



「抑々、あの本を誰が、どうしてヴィトケンシュタインの書庫に置いたのか、だよ」



 考えられるとしたら姉妹神……フォルトゥナの可能性が高いもファウスティーナは「多分違う気がします……」と否定。根拠はないが感がそう言っているのだとか。人の直感は案外馬鹿に出来ない。一旦本の作者や本来の所有者については置いておくとした。


 本に書かれているのはケインやネージュが繰り返してきたもの。今朝早く本を読んだケインは空白のページに新たな記載があり、それが今までケインの知らないものだったと語った。



「あくまで俺の予想。後で持ってくるけど、追加されたページはファナが過去に体験していたものだ」

「私の?」

「『運命の輪』を見て記憶を取り戻したのが切っ掛けなら、これからも何か切っ掛けさえあれば空白のページに内容が追加されていくんじゃないかな」



 どの繰り返し(ループ)でもタイムリミットはファウスティーナがエルヴィラ殺害(仮)を企てベルンハルドに見破られ公爵家を追放されるまで。それまでにどの繰り返し(ループ)でも起こらなかった事をファウスティーナ達自身の手で起こし結末を変えないと繰り返し(ループ)は終わらない。


 2人がそろそろ朝の支度をしようと決めたタイミングでリンスーがファウスティーナを起こしにやって来た。

 部屋に入ったリンスーは意外な訪問者がいて一瞬だけ驚くも2人に微笑んだ。



「お嬢様、ケイン様。おはようございます」

「おはようリンスー」

「おはよう。俺はそろそろお暇するよ」



 ベッドを降りたケインはそのまま部屋を出て行き、入れ替わりで側へ寄ったリンスーと共に朝の支度を始める事に。会話の中にケインが朝早くいた理由を訊ねられ、朝食が終わり次第2人で話し合う時間を決めていたと教えた。今後について話すならケインだけではなくアエリアとも話さないとならず、取り敢えずアエリアについてはまた後日お伺いを立てて以降になる。

 普段着に着替え終え、姿見の前で最終確認をし、リンスーを連れて部屋を出たファウスティーナは今朝のメニューは何かと楽しみにしながら食堂へ着いた。席には自分以外の家族が揃っており、朝の挨拶を述べ定位置のケインの隣に座った。


 続々と朝食が運ばれテーブルに並べられていく中、ふと視線を感じたファウスティーナが振り向くとエルヴィラが嫉視の目を向けていて。昨日『ラ・ルオータ・デッラ教会』を戻って以降顔を会わせていない。知っているのは、戻って割とすぐにケインに叱られたところを母に慰められながら部屋に戻って行ったことくらい。ケインに何と言って叱られたか、大体の想像はつく。


 

「私の顔に何かついてる?」



 何も気付いていない振りをすればエルヴィラは機嫌を悪くし眉を顰めた。



「わたしがベルンハルド様の婚約者になったら、お姉様は公爵家を出て行ってくださいね」



 今日初めの爆弾発言を投下したエルヴィラに沈黙したのは一瞬。すぐに注意をしたのは父と母。



「エルヴィラ! ファナに向かって何てことを言うんだい! それとエルヴィラが殿下の婚約者に正式になれるかは今後のエルヴィラの頑張り次第だと説明したじゃないか!」

「そうよエルヴィラ。エルヴィラはあくまで婚約者候補であって正式に決まったわけじゃ」

「なんでですか! わたしとベルンハルド様は女神様に“運命の恋人たち”に選ばれたんです! わたしがベルンハルド様の婚約者になる正当な理由ではないですか!」



 3人が言い争っているのを横で聞き、最初に言われた言葉の衝撃度が強くて放心したファウスティーナだが、冷静になると公爵家を自分の意思で出て行った事は1度もないと至った。子供の頃は王城で泣いていたところをシエルに保護をされ貴族学院入学まで教会で育てられ、卒業間近になったらエルヴィラ殺害計画(仮)を企てた代償で追放された。

 よくよく思い出すと領地にも殆ど行っていない。多分だが祖父オールドの存在が大きかったのだろう。運ばれた木の葉の形をした柔らかな卵料理を頂いた。フォークで簡単に切れる柔らかさに感激し、中に野菜が入っていると初めて知った。口の中に放り込み、その美味しさに頬が綻ぶ。卵のプルプル具合が絶妙で気が付くとすぐに食べ終えていた。



「美味しいですね」

「うん」



 静かに食事をするのはファウスティーナとケインのみ。

 エルヴィラを落ち着かせようとシトリンとリュドミーラは説得を試みているが逆効果になっているだけ。卵料理を完食したケインがナプキンで口元を拭うと反論を続けるエルヴィラを呼んだ。

 大声も怒声も出していないのに静かに透き通った声は場の主導権を根こそぎ奪い去った。



「昨日俺は言ったね。ファウスティーナに迫る余裕があるなら、まずは父上や母上達に王太子殿下の婚約者になれると期待される人間になれって。それが出来ないなら反論する資格なんてない。いい加減、覚えるっていう事を覚えたら?」



 ……ファウスティーナが思い出したケインも今と変わらない。違う部分を指摘するなら言葉や声色の容赦の差の違い。あの頃のケインは今のような場の空気を絶対零度に凍り付かせはしなかった。ファウスティーナ以上に繰り返し(ループ)をしているせいでこうなったのなら申し訳なさと次の繰り返し(ループ)だけは、何が何でも阻止しなければならない。


 もしも失敗したら、ケインにとっての6度目でファウスティーナがまた5度目の今と同じようになるか不明だ。最初の失敗を犯す可能性が高い。



 ——私に出来ることって一体……



 チラリとケインを一瞥し、見なかった事にしたファウスティーナは肩を震わせ泣く寸前のエルヴィラへ向く。

 漸く鎮火しても泣かれては結局同じだ。



「お兄様やお父様達の言う事は正しいわ。本気でエルヴィラが殿下の婚約者になりたいなら、お父様やお母様が言う様にまずは」

「その前に! お姉様は何時までベルンハルド様の婚約者でいるつもりですか! “運命の恋人たち”は絶対なんですから、お姉様が身を引くべきなのに!」

「私と殿下の今後については陛下が決定することで私自身の意思じゃどうにもならない」



 既に婚約破棄は成立しているがエルヴィラだけは知らない。



「お嬢様、失礼しますね」

「リンスー」



 不意に現れたリンスーが新しい卵料理を運んだ。空になった皿と交換をすると「ケイン様がお嬢様が気に入ったと申していました」と小声で伝えられ、隣のケインの前にも出来立てが置かれていた。



「いつの間に頼んだのですか?」

「さっき。お代わりを頼むならファナも欲しいだろうなって」

「ありがとうございます!」



 ファウスティーナとケインの2人だけ朝食を進めているのを見たシトリンは「僕達も早く頂こう。このままでは折角の朝食が冷めてしまう。エルヴィラも。朝食が終わったら僕とお母様と話そう」と終わらせ、これ以上声を荒げても無理だと悟ったエルヴィラは不満げではあるが受け入れた。

 その後の朝食は無事終わり、食事を終えるとすぐにエルヴィラはトリシャを連れて食堂を出て行った。リュドミーラが呼び止めても行ってしまい、慌てて追いかけて行った。



「父上」



 心配そうにリュドミーラが出て行った方を向いていたシトリン呼び、今後エルヴィラをどうするのかケインが訊ねる。周囲の目からしてもエルヴィラはベルンハルドの婚約者候補となった。今までの振る舞いは許されない。



「俺やファナがいては、エルヴィラは敵意を剥き出して八つ当たりをするだけです。そこで俺に提案があります」

「提案?」

「俺とファナがいるだけでエルヴィラの勉学の妨げになるなら、いっそのこと俺達2人は領地に引き籠ってしまえば良いのでは?」




 


読んでいただきありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
この年齢で、繰り返しの記憶がある訳でもないのにエルヴィラのベルンハルトへの執着っぷりが本当に気持ち悪いし不気味で不快 で、その執着だけは変に色気づいてるのに、態度も姿勢も幼児の我儘と癇癪と嫉妬なんだよ…
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姉に家から出て行けという傲岸不遜な女が王太子の運命の相手ですって。 女神はよほど王太子が嫌いなんですね。 ヒロインは辛い運命を乗り越えて、という展開にしたいのだろうけど話が破綻してるせいでヒロインも応…
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