最後にわらったのは――28
『ラ・ルオータ・デッラ』と教会が呼ばれる最大の理由が今目の前にある。“運命の輪”と呼ばれる羅針盤は空中に浮かび、覗くと通常の物と違って方位が書かれておらず、針が時計とは逆の反時計回りに回転している。
「針が動いているのは、俺達が繰り返しをしているせい。していなければ針は動かないんだ」
「お兄様が針を動かして……?」
「俺じゃない。ネージュ殿下だ。あの人が言っていたでしょう。此処に入れるのは、王家の血を引いた者のみ。無論、羅針盤を動かせるのもまた王家の血を引く者だけ」
「王家の血を引いていると言ってもね」と後からやって来たヴェレッド曰く、両親どちらかが王族ではないといけない決まりがあり、ファウスティーナが扉を開けたのは父親のシエルが先王の息子だからだと言う。
「祖父母が王族で、両親が王族ではない場合は扉も開けないし羅針盤も使えない」
「ファナ。羅針盤を見て何か思い出したことはない?」
ケインに問われ、ファウスティーナは改めて“運命の輪”を凝視した。
見たのは今日が初めてなのに、実物を見ると見たことがある気持ちが格段に強くなった。
針が動いている今、本体に触れたところで問題はないとヴェレッドに教えられるとファウスティーナは思い切って硝子面に触れ、何か思い出さないかと針を見つめ続けた。
あ、と気付いた直後——眩しい光がファウスティーナの瞳に注がれた。
この4年間、前の記憶を思い出そうと奥深くまで自身の意識に潜り込めば込むほど頭痛が酷くなり、時に立っていられなくなった。知らないのに知っている事が多いのは前の人生の時に知ったからだと抱いたのは強ち間違いじゃなかった。頭に掛かっていた白い靄が晴れて見えなかった物が一気に見えてくる。
どうして忘れていたんだろう。とても大事な事なのに。
『お願いですっ! 殿下を、ベルンハルド殿下を助けるにはこれしかないんです』
『俺は構わないけどさ、お嬢様はそれでいいの? 王太子様は絶対に妹君を選ばない。お嬢様からの信頼を取り戻す為に王様やあのシエル様が渋々認めるくらいに頑張った程なんだ』
『解って、解っています。でも、3度繰り返しても助けられなかった。私と一緒にいることで殿下が不幸な結末しか迎えられないなら……、私以外の人と、生きて幸せになってほしいんですっ』
生きていてほしい。嫌われようと、憎まれようと、自分以外の人と愛し合おうと、生きて幸せになってくれるだけでいい。
『私が悪役になります、殿下に嫌われ殿下の側から離れて、私じゃない人の側にいてもらいます』
『お嬢様のしたいようにしたらいい。ここまできたら俺も最後まで付き合ってあげる。王太子様がお嬢様の側にいられないようにする細工もね』
「……お兄様……私……」
硝子面から手を離したファウスティーナは頬に擽ったい感触があると初めて気付いた。手に触れると濡れていた。
重く振り向くと顔を強張らせるケインがいて、ファナ、と緊張が格段に増した声で呼ばれるがファウスティーナはゆっくりと思い出したと紡いだ。
「殿下に、ベルンハルド殿下に、生きててほしかった。嫌われてもいいから、憎まれてもいいから、他の誰かと……エルヴィラでもいい、生きて幸せになってほしかった。だから殿下から離れないといけなかった、私が側にいたら殿下は不幸になる——死んでしまう……!!」
全部全部思い出した。思い出してしまったが故に津波の如く押し寄せる感情は誰にも止められない。抑えられない数々の言葉を放ち泣くファウスティーナを抱き締め背中をポンポン叩いて落ち着かせるケインの手は、どの記憶とも同じ優しい手付きだった。
「ファナはどうしたい」
答えは決まっている。
「殿下と確実に離れる為に……——婚約破棄がしたい。これしか、方法はありませんっ」
読んでいただきありがとうございます。




