最後にわらったのは――27
人が好き好んで足を踏み入れない獣道を躊躇なく進むヴェレッドに付いて歩く3人。時折誰かが話題を出して相槌を打つも長く続かない。時折吹く風が葉っぱを揺らす音と土を踏む足音しか音がなく、かと言って息が詰まる窮屈さはない。教会関係者にバレず教会に入るには、誰も知らない道を通る必要がある。シエルも知らないと言うだけのことはあり、歩き続けて凡そ数十分以上。漸く教会の裏口に到着した。振り向いたヴェレッドは多少疲れを見せているファウスティーナや無表情なままのケイン、一切息を切らしていないアエリアの3者の様子を見下ろした。
「休憩は?」
「私は要りません。ファウスティーナ様は?」
「私は平気です」
薄黄色の瞳がケインに向くと「俺も同じ」と答えられた。
「シエル様が王都にいる間は、助祭さんが貴族に祝福を授けることになってる。上層礼拝堂に行っても一旦中の様子を見るだけにするよ」
誰も休憩は要らないと分かると思考を切り替え、注意を払って上層礼拝堂を目指した。ヴェレッドの言う通り、上層礼拝堂付近に着くと3人は物陰に隠れ、1人扉に近付いたヴェレッドは扉に耳を当てた後微かに開けた扉の隙間を覗き込んだ。
おいで、と手招きをされた3人は周囲を確認後ヴェレッドに続いて上層礼拝堂の中に足を踏み入れた。年に1度しか入れない神聖な場所は、何度見ても美しいステンドグラスに圧倒される。ステンドグラスには王国誕生の物語が表しており、どの部分にどんな物語が描かれているか此処にいる全員はよく知っているだろう。誕生日、いつも司祭であるシエルに祝福を授けられる最奥へ進んだ。
「隠し通路って一体何処に?」
「ちょっと待ってて」
後方には長椅子、最奥には祭壇があるのみ。隠し通路があるらしき場所にはとても見えない。ファウスティーナが不思議そうに見ていれば、祭壇の後ろに立ったヴェレッドがその場でしゃがんで姿が見えなくなった。気になって回り込めば、床を指先の腹で触れていて、ジッと見ていれば「なあに」と声を掛けられた。
「隠し通路は祭壇の近くに?」
「そうだよ。通路を隠している扉を見つけるのが面倒なんだよなあ……あった」
話している間にも祭壇付近の床に触れていれば微かに色が違う部分を発見。かと思いきや、1か所を強く押してその部分は凹み、最奥の壁が重い音を立てて隠し通路への道を露わにした。
下を覗くが暗くて何も見えない。
「さてと、行くよお嬢様達」
「だ、大丈夫なんですか? 何も見えませんよ」
「歩いていたら勝手に明るくなる」
「本当ですか?」
「ほんとほんと」
軽い調子で言われ半信半疑なファウスティーナだが、ほら、と手を繋がれ階段を下り始めた。ちらっと後ろを見ればケインやアエリアも来ていると知り再び前を見た。
すると——真っ暗だった周りが突如明るくなった。壁に灯りがある訳でもないのに、誰かが灯りを持っている訳でもないのに。明るくなったことで長い螺旋階段を下りていると知る。
——どうしてかな……
初めて訪れた場所、初めて下りる階段なのに以前にも訪れた感覚がファウスティーナにはあった。ヴェレッドに手を繋いでもらっていなかったら、立ち止まって考え込んでいた。
ファウスティーナとヴェレッドから7段ほど離れて下りるケインとアエリア。考え込むように無言で階段を下るファウスティーナの後姿を見ながら、4度目の最後、“運命の輪”を2度回そうとするネージュを止められず、2度の使用を成功させてしまった際にフォルトゥナが言ったのだ。
『2度も回してしまった以上、私でさえ何が起こるか分からない』
『例外が起きてしまうなら、最初を間違えずに済む場合が出て来ると考えても良いのですか?』
『貴方の言う最初って一体どの最初のことかしら』
あの時フォルトゥナが言っていたのは、ケインの考える最初が誰にとっての最初なのかを問うていた。最初が違えば運命は変えられる。2度目の時から4度目までずっと思っていたが、4度目の最後フォルトゥナに言われた言葉でとある予想が浮かんだ。もしも当たっていれば、今までの繰り返しは無意味でしかなく、本来の最初を正さねば抗おうと運命は変えられない。
「公子」
「何か」
考えに没頭しながら、半分の意識は確りと外に向いており、小さく呼んできたアエリアの声を聞き逃さなかった。
「私、公子にまだ聞きたいことがあります」
「今以外では」
「此処に私と公子がいる今だから聞きます。ファウスティーナ様がベルンハルド殿下と結ばれて幸福な結末、と……私はどうしても思えません。公子が彼女に色々な事実を話すのは、幸福な結末にしたいからなのは分かります」
「誰にとっての幸福なんでしょうね」
「え」
思いがけない言葉を貰い、立ち止まったアエリアに構わずケインは階段を下り続け、我に返ったアエリアが慌てて隣に並び同じ速さで階段を下りて行く。
「アエリア嬢の言う幸福な結末って、誰にとっての幸福ですか?」
「それは……ファウスティーナ様やベルンハルド殿下の幸福なのでは……」
「ファナと殿下が結ばれることが幸福な結末なのは俺も認めます。だが、それは俺達が思う幸福な終わりであって、誰かにとっての幸福な終わりじゃない」
「どういう意味ですか」
「……」
気になる言葉を言いながらケインは続きを言わず、痛いくらいに視線をぶつけられても以降は口を閉ざした。軈て隣から諦めの溜め息を吐かれた。
「……誰かにとっての幸福……それはつまり……」
階段を下りる足音によって消された小さな声は紡いだ本人ですら耳に入らず、長い螺旋階段を下りて地下で待つファウスティーナと目が合った。
「お兄様、アエリア様」
疲れてはいるが若干声が興奮気味。螺旋階段を下りた先にある巨大な金の扉を見て好奇心が刺激されない反応の薄い子じゃない。
『それにね。彼が許さなかったの』
『彼?』
『彼。言わなくても貴方ならきっと分かる。彼が認めなかった。仮令許されようと彼は……———は……』
誰かにとっての最初と幸福な結末。その誰かは——……巨大な金の扉を強い興味を抱いて見上げている。
「この先にお兄様の言う秘密が……」
「お嬢様開けてみな。この扉は、王族の血を引く者しか開けられない。お嬢様はシエル様の娘で、シエル様は前の王様の子。十分に開ける資格を持ってる」
「はいっ」
ヴェレッドに背を押され、重そうな金の扉に両手を置いたファウスティーナは力を込めた。
が、力を込めずとも扉は簡単に開けた。通常なら拍子抜けしてしまうがファウスティーナはただ茫然と立ち尽くした。
扉の先に広がるのは——一広大な空の世界。何処を見ても空一色の空間に恐る恐る足を踏み入れた。
知っている。
この場所を知っている。
「わあ……」
上層礼拝堂にある隠し通路。その先にある扉の先に、こんな場所があると誰が考えるか。徐々に興奮は消え、冷静になってくると胸に言いようのない悲しさと虚しさが広がり始める。前の自分は多分来ていない。来ていたら、ケインやアエリアはファウスティーナも来ていると話してくれる。
特に4度も繰り返しをしているケインが言わないのだ、来ていないのは確か。でも此処をファウスティーナは知っている。
「あ……」
その場で1度回っても空以外此処には何もない。
遠い場所に光る物があると気付く。
「あれだよ、ファナ。あそこにあるのが“運命の輪”だ」
「あれが……」
「行こう」
ケインに手を繋がれ、一緒に奥へ進んで行く。相手によって手を繋いでいる時の気持ちは大きく違う。
シエルやヴェレッドは多大な安心感。
ベルンハルドは恥ずかしさはあれど好きな人と手を繋げるのが嬉しい。
ケインの場合は、最初のシエルやヴェレッドと同じ安心感。安心の違いがある。
「ふふ」
「いきなり笑い出すなんて不気味だよ」
「酷いです。ただ、お兄様と手を繋ぐと安心してしまって。この先を進むのは、本当は怖いです。お兄様が一緒にいてくれたら、何処へでも行ける自信がついてきます」
「両親が違うと知っても俺を兄だと思うの?」
「思いますよ。血の繋がりがないと言っても、お父様とアーヴァ様には血の繋がりがあります。仮令、血の繋がりがなくても私にとってお兄様は貴方しかいません」
「そう」
「あ……私にお兄様って呼ばれるの……実は嫌だったとか?」
「いいや」
足を止め、此方を向いたケインは微かに笑みを見せ、薄黄色の瞳を捉える。
「1度もファナが妹で嫌だったと思ったことはない。もしもまた繰り返しが起きても。俺にとってファウスティーナは妹だよ」
「はい!」
2人は再び奥へ進むべく歩き始める。
最初の時より手を強く握って。




