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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄編ー最後にわらった人ー
337/353

最後にわらったのは――25

 



 御者席で馬の手綱を握り、車内の会話を小窓越しから聞くヴェレッドは事前に聞かされていたとは言え、本当に話してしまったケインの怖いもの知らずにある意味で慄いた。



「俺でさえ口を滑らせたらシエル様に何を言われるか分かったものじゃないのに」



 ファウスティーナがヴィトケンシュタイン公爵夫妻の子ではなく、シエルとアーヴァの娘だと知るのは極一握りの関係者のみ。うっかりと口を漏らす予感のあったリュドミーラは今日まで閉ざし続けて来た。実子の暴露によって知られるとは公爵夫妻とて考えもしなかっただろう。



「しかし」



 何故ファウスティーナだけではなく、アエリアにも聞かせたのか。

 後ろからする会話を聞いていて大体の事情は察した。ケインの告白を聞いた後、もう1度会う機会を作った。作ったというより、ヴェレッド自身が真夜中の公爵邸に侵入しケインに会いに行ったのだ。誰もが眠りに就く時間を身体だけ幼い彼は起きていて、大の大人でも眉間に皺を寄せる難問書を涼しい表情で読み進めていた。突然の訪問にケインは驚かず、本を閉じて理由を訊ねてきた。



『何しに来たと思う?』

『さあ。ああ、髪や瞳の色が元に戻ったのを言いに来たのですか?』

『それもあるけど……聞きたいことがあったんだ』



 現在進行形で繰り返しをしているケインは、以前の4度目の時、初めてベルンハルドとエルヴィラが王太子夫妻となり、また、エルヴィラの能力の低さによってアエリア=ラリスが側妃として嫁いだと話した。



『坊ちゃんも知っているんでしょう? ラリス侯爵は、自分の娘を王太子妃にしたいと目論んでいた男。愛妻家であり、家族思いな男が生贄も同然の側妃に娘を嫁がせたのはどうして?』

『エルヴィラの出来の悪さのせいで側妃の選出が始まる以前から、アリストロシュ辺境伯家が治める領地で流行病が広がっていました。何年か前に、隣国のある領地で同じ流行病が広がったそうでその時は運よく特効薬が見つかり被害は最小限に抑えられました』



 通常なら隣国と交渉をし、特効薬を購入し病人の治療に当たるのだが当時アリストロシュ家は別の問題も抱えていた。流行病より1月前、記録的な大雨によって土砂崩れや川の氾濫が発生し、甚大な被害が出ていた。自然災害に巻き込まれた領民の救出、住居の確保、道の整備や壊れた橋の補修等費用が膨らみ、そこに流行病の発生。感染した病人を治療する量の特効薬をラリス侯爵家も負担したものの、特効薬は高額で限られた量しかなく、生産するにも多額の費用が必要だった。



『つまり、アリストロシュ家を助ける条件としてラリス家の長女を側妃にしろとしたわけだ』

『ええ。ラリス侯爵は打てる手は全て使いましたが金策に走っている間にも病人が増えていく一方でした。王家の支援を受ければ、隣国の王家も動かせます。特効薬の生産を速め、一刻も早く治療をしたかったアエリア嬢は自分から側妃に嫁ぐとラリス侯爵に訴えました』



 ラリス侯爵とて苦渋の決断だった。娘が不幸になるだけだと最後まで反対していたが、妻や娘の説得を受け最終的にアエリアをベルンハルドの側妃に嫁がせることに合意した。



『アエリア嬢が側妃になる条件については、主に王妃様とラリス侯爵夫妻が決めていました。陛下は承諾するだけだったかと』

『ラリス夫人と王妃様は友人同士。その上、娘が王太子の側妃になるのは王太子様と妹君のせい。そりゃあ、最大限の配慮は見せるよね』

『はい。俺も呼ばれました』

『ははは』



 条件は多岐に渡り、大部分はベルンハルドの妻としての役割は一切熟さないこと。実際、夫婦になったと言えど2人が閨を共にしたことはなく、夜の訪れすらなかったと聞く。ただ、とケインは呆れ声を交ぜて吐き出した。



『俺が彼女に接触した時は、夜の訪れがあったと聞きました』



 ファウスティーナを何処かへやったケインと何を話したのか気になっていたのだ。愉しげに、声量を落として笑うヴェレッドは続きを求める。



『当然お断りしたようです。側妃になる条件として夜伽は絶対にしないと組み込まれていますから』



 王太子妃のエルヴィラとも顔を合わせないよう周囲が配慮し、王家の思惑に巻き込んでしまった詫びもあってか王妃シエラはアエリアを人一倍気に掛けていた。エルヴィラ以上に。

 エルヴィラとしては気に食わず、ケイン宛に愚痴に等しい手紙が何度も送られた。



『側妃になったラリス家の長女は、妹君より快適に過ごしていたのかな』

『城で顔を合わせるとよく疲れてはいましたが王妃様の気遣いがあって生活自体に不満はないと言っていました』



 本来ならエルヴィラが捌かないとならない細かいことまで全てアエリアがした。毎日執務や公務とは無縁の生活を送り、時にベルンハルドとセットで仕事をしても微笑んでいるだけのエルヴィラとでは雲泥の差。1度国王夫妻の言い付けを破りベルンハルド共々叱責された恐怖心というのもあるのだろう。

 過去の話をするケインはどれも感情が見えず、特にベルンハルドやエルヴィラ、リュドミーラの話題になると顔から一切の感情が落ちる。

 どの繰り返しにおいてもファウスティーナが実の両親が誰か知る時はなかった。


 事前にケインから聞かされていたとは言え、ヴェレッドでさえも動揺はある。



「お嬢様やラリス家の娘がうっかり漏らさないことを祈ろう」



 


 ——ケインから衝撃の事実を公開されたファウスティーナは、自分よりも衝撃を受けていたのに今は冷静になったアエリアが零した納得の言葉に反応した。



「納得?」

(わたくし)のお母様はアーヴァ様とも親しかった。教会の外でファウスティーナ様と司祭様が一緒にいるのを見掛けたことがあった。その時、お母様はファウスティーナ様を見てアーヴァ様の名前を呼んでいたわ」



 亡き友人にそっくりな少女を友人が愛した人が愛しむ光景はアエリアの母ノルンを不安視させ、婚約者のいる——それも甥の婚約者である——令嬢を手籠めにするつもりがあるのか問い質すか頭を悩ませた。

 ケイン曰く、1度シエルに訊ねるも当然はぐらかされ、アエリアが側妃に嫁いで数ヵ月後に1度ヴィトケンシュタイン家に訪問しケインから聞き出した。



「公子はお母様に話したのですか?」

「ファナがシエル様とアーヴァ様の娘であるということだけ」

「お母様は何故知りたがっていたか言っていませんでしたか?」

「アーヴァ様にそっくりなファナをシエル様がアーヴァ様恋しさに身代わりにしていると危機感を持っていたと」



 自身の予想が外れ、酷く安堵していたのが印象に残った。



「私の本当のお父様とお母様が司祭様とアーヴァ様……」

「ショックだった?」



 ずっと父だと、母だと思っていたが人が他人だった。父に関しては血の繋がりはあると言っても。



「多少は。でも……お母様が私を愛してくれなかった理由がやっと分かりました。お母様にしたら、ヴィトケンシュタインの血を引いていようと他人の子供。お兄様やエルヴィラと同じような愛情を注げなかったのもなんとなく分かります」

「ファナを実子として育てるよう命令したのは陛下だ。母上は王命に背いたことになる。父上が諭しても、陛下の耳に入って厳重注意を食らおうと、母上のファナに対する態度は確かに変わらなかった」



 自分によく似た愛するエルヴィラはベルンハルドに愛されているのに婚約者になれない。

 他人の子であるファウスティーナは愛されていないのに、女神の生まれ変わりだからベルンハルドの婚約者になれた。

 不公平だとリュドミーラが抱きファウスティーナを冷遇し続けたなら、シトリンに相談すべきだったのだ。ファウスティーナへの態度を幾度も窘められていたのなら尚更。



「母上は、自分がしてきた事は全てファナの為だったと言っていた。シエル様やアーヴァ様の娘なら、他人に嫉妬するような醜い姿を晒してほしくなかったとも。何度同じことを言われようが俺にはエルヴィラ可愛さで王命を軽視したようにしか思えなかった」



 現在も。



「そろそろ街に入るよー」



 御者席にいるヴェレッドの声で教会に到着間近と気付いた。話に夢中で時間の流れを早く感じる。



「エルリカおば様がアーヴァ様が嫌いな理由も知れて良かった。おば様は本心アーヴァ様をどう思っていたんでしょうね」

「さあ。お祖父様と2人きりにだけはしなかったと聞いているから、憎みながらもお祖父様から守る意思だけは無自覚にあったんじゃないかな」

「お父様はこの事を知ってアーヴァ様と婚約したくなかった……リオニー様は?」

「俺の予想だけど多分知ってる筈」



 知っていただけに、妹を守る使命感に似た感情がリオニーに齎された。



「お子様トリオ、言い忘れてたんだけど」



 3人を一纏めに呼ぶにしても微妙なネーミングにケインは相変わらずの無表情、ファウスティーナはヴェレッドらしいと呆れ、アエリアに至っては半眼になる。



「『建国祭』が終わっているから教会関係者はシエル様を除いて皆戻ってる。俺達全員顔を知られているから遠回りをするよ」



 街の近くで馬車を停車させ、教会までは徒歩での移動となる。先ずはシエルの屋敷へシエルすらも知らないルートで行くことに。




 ——同じ頃、フリューリング領にて。血に染まった大きな寝台の側に佇むリオニーは、無情の青水晶の瞳を息絶え絶えで恐怖と驚愕の混ざった眼で見上げる父を見下ろしている。何故、と掠れ声が発せられた。



「何故……ですか。貴方には分かりませんよ。無論、母上も」



 左手に持つ血濡れた短剣を振り上げた。



「母上もすぐに後を追います。寂しくはありませんよ、父上」





読んでいただきありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
私はリュドミーラがファナに辛く当たってたのってエルヴィラ可愛さもあるけど、アーヴァがファナを生んだことによって亡くなったから、その恨みもあるのかなって思う。 過去編で「あなたが生まれなければアーヴァ様…
エルビィラは完全にリュドミーラのクローンであり、ファウスティーナも含めて毒親の被害者だよね。 ひとつ違うのは、リュドミーラが嫁ぐ頃は超怖い厳しい舅や淑女の鏡と呼ばれた叔母夫人が側にいたから、泣きながら…
え、何が起こったの!??
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