最後にわらったのは――24
4日という期間を長いか、短いかと思うのは個人による。少なくともファウスティーナはもどかしく感じた。今日はアエリア、ケインと共に内緒で教会へ行く。3日前に父の許可は得た。
理由についてはケインが用意していたのもあって疑われずに済んだ。王都に戻ったファウスティーナを2か月前開店した新しいカフェに連れて行きたいというもの。誘拐事件や『建国祭』もあってゆっくり過ごせていないファウスティーナを気遣い、シトリンはケインの言葉に何ら疑問を持たなかった。
「お嬢様。出来ましたよ」
「ありがとうリンスー」
姿見の前に移動し、自身の目で最終確認。髪型も服装もおかしな点はない。
リンスーを見上げたファウスティーナはお礼を言い、丁度リュンが部屋にやって来た。
「お嬢様。ケイン様がお待ちです」
「うん。すぐに行くね」
「リュン、お嬢様とケイン様をよろしくお願いしますね」
「勿論です」
今回同行するのはリュンのみとしてもらった。リンスーは付いて行きたいと申し出てくれるも、人数を最小限に抑えたい為心苦しいがリュンだけにしてもらった。
リュンを先頭に玄関ホールへ向かえばケインが待っていた。
「ファナ」
「お兄様」
ファウスティーナに気付いたケインがゆっくりと近付いて来る。
「準備は済ませた?」
「はい。早速行きましょう」
「ああ。じゃあリュン、行くよ」
リュンを促したケインに続きファウスティーナは屋敷の外へ出て、待たせてあった馬車に乗り込んだ。隣にケインが座ると扉は閉められ、御者席に座ったリュンが小窓から2人に確認を取った後、馬を走らせた。
「緊張します。お兄様、一体どんな秘密があるのですか?」
「着いてからのお楽しみ」
知りたくてうずうずしているファウスティーナとは反対に、ケインはいつも通りの冷静さを保っていた。教会の上層礼拝堂は、秘密の通路があり、そこに行こうと誘われてから不思議な感覚があった。
「お兄様にお話を頂いた時から……どうしてか、上層礼拝堂の隠し通路を知っている気がするんです」
「……そう」
「初めて聞いた筈なのに変……ですけど、もしかしたら、私が覚えていないだけで前に知ったのかもしれませんね」
「かもしれないね」
行ってみたい、行ってはいけない。肯定と否定の感情が発生し、何とも言えない気持ちにさせるも、好奇心の方が強くてファウスティーナの天秤は常に行きたいに傾いていた。1人悶々としながらも待ち合わせ場所に指定しているカフェに早く着きたいと願うファウスティーナの横、ケインは過行く景色を窓越しから眺めつつ別の事を考えていた。
もしも自身の考えが当たっていれば、今までの4度の繰り返しは無駄だったと知れる。2人が……ファウスティーナとベルンハルドが結ばれなければ繰り返しは終わらないという確信はそれを持っていたとしても未だ心の中にあった。
全ては例の場所へ行ってから、と自身を納得させ、ファウスティーナに話を振られたケインは淡々と会話をしていったのだった。
——馬車は街の広場へ到着し、停車場に停めて来たリュンが戻るのを待っていると……やって来たのは意外、でもない人だった。
「やっほーお嬢様久しぶり」
「あれ? ヴェレッド様」
『建国祭』当日から姿を見せなかったヴェレッドがどうして此処に? と抱いた直後、ケインの言っていた協力者が彼だと今更ながら分かった。
「リュンは?」とケイン。
「馬車の中で眠ってもらった」
申し訳ない気持ちになるも、リュンを連れて行けないなら動きを止める必要がある。
「シエル様や王様にはこの事内緒だからね? もしバレたら俺が叱られちゃう」
「司祭様はどうしていますか?」
「もう少しの間王都にいるって。王様と毎日顔を合わせないといけなくて苛立ってる」
2人の仲の悪さを知っているファウスティーナは想像しなくても容易に浮かぶ光景に乾いた笑みを浮かべ、ただ、と続けたヴェレッドに意識を向き続けた。
「王太子様と妹君の件を先代様やフワーリン公爵を交えて話したみたいだけど……どうも雲行きが怪しい」
「お父様もここ数日ずっと考え込んでいました」
4日前、王城で関係者を集めた話し合いが終わって以降、屋敷にいるシトリンはずっと何かを考え込んでいる。誰かがいる時は悟らせないが1人になると深刻な面持ちをし、何度も大きな溜め息を吐いていた。エルヴィラがベルンハルドの運命の相手と分かった以上、ファウスティーナとの婚約継続が難しく、かと言ってエルヴィラでは王太子妃が務まるかと言うとそれもまた難しい。2人の運命の糸は既にクラウドが切ったと言えど、その事実はまだオルトリウスが伏せてくれている。
発表のタイミングに慎重なのはフワーリン公爵の存在が大きい。会話をしながらカフェに到着すると「遅い」と見慣れたピンクゴールドの髪が揺れた。
「待ちくたびれました。来ないかと思いましたわ」
「アエリア様」
もう1人の同行者アエリアは店の前に1人で立っている。お付きの人は? とファウスティーナが訊ねれば1人で来たと言われ仰天してしまった。
「1人で!?」
「ええ。私1人よ」
「よく1人で街に来れましたね……」
「御者を私の侍女にしてもらって、馬車で待機してもらってる。かなり無理は言ったけれど」
「でしょうね……」
貴族の令嬢が1人、それもまだ11歳の子供がとなれば当然護衛は付けられる。アリストロシュ辺境伯家の血を引くと言えどアエリア自身武道に優れているとは聞かない。今頃馬車で待機させられている侍女は冷や冷やしていることだろう。
アエリアの新緑色の瞳が愉しげに見つめてくるヴェレッドを映した。
「貴方……司祭様と一緒にいる方よね」
「そうだよ。坊ちゃんに頼まれてお嬢様達に付いて行ってあげる」
「……」
探るような眼でヴェレッドを見やっていたのは数秒ほど。視線を逸らしたアエリアは後ろ髪を手で靡かせ、此処からどうやって教会へ行くのかとケインに訊ねた。
「周りにバレないようにするなら、ラリス家もヴィトケンシュタイン家の馬車も使えないわよね」
「それについてはこの人に一存しました」
この人、とはヴェレッドの事で。3人の視線が集まると「こっち」と歩き出した。
ヴェレッドに付いて行きながらファウスティーナはアエリアの側へ寄ると小声で話し掛ける。
「アエリア様は、教会の上層礼拝堂にある隠し通路についてご存知でしたか?」
「……ええ。と言っても、私が知ったのは最後の方。今をやり直す直前だった」
「最後……? 一体何が」
「……着いた後で知ったって遅くないわよ」
声も表情も固いアエリアから発せられる雰囲気を察したファウスティーナはそれ以上聞けず、また、初めて知ったのに何故か知っている気がするという話を出せなかった。安易に出しては良い物ではないのかもしれない。
ヴェレッドに付いて歩いた先は停車場。「此処で待ってて」と言い残したヴェレッドは停車場の関係者と思しき男性に声を掛け何かを話し始めた。
「値段は高いけど馬車を借りて移動することが出来るんだ」
「初めて知りました」
「貴族は殆ど使わない手段だからね。大量の荷物を運びたかったり、引っ越しを自分達の手でしたい場合に借りるのが多いみたいだよ。馬車の大きさや借りる日数によって値段も変わる」
今回は4人乗りの移動に適した馬車を1日借りることとなっており、ヴェレッドが馬車を回して来ると3人は乗り込んだ。
「出発するよー」
のんびりな声と同時に馬の鳴き声が発生。ファウスティーナ達を乗せた馬車は動き始めた。
「公子」
教会に着くまで凡そ2時間は掛かる。その間、不安と好奇心と期待で胸が一杯なファウスティーナは固い声でケインを呼んだアエリアへ向いた。
「司祭様とよく一緒にいるあの方を信用しても宜しいのですか?」
「ええ。俺やアエリア嬢が間違えない限り、味方でいてくれます」
「あら。ファウスティーナ様は入っていませんね」
「ファナが間違えても見捨てられたりはしませんから。司祭様……シエル様が大切にしている限り」
教会の司祭らしくたった1人を除いては、誰に対しても慈愛に満ちた優しいシエル。そんなシエルに特別に大事にされているとファウスティーナとてもう自覚している。ファウスティーナにだけ特別優しいシエルと。
「アエリア嬢。此処には貴方とファナ、俺と御者をしてくれるその人しかいないから敢えて言いましょう」
「ファナ」と呼ばれたファウスティーナは緊張感の増した空間により背筋を伸ばしてケインの言葉を待った。
「ファナは……自分は父上と母上に似ているところってどこだと思う?」
「お父様とお母様ですか?」
唐突な質問でもケインがするのなら意味がある。ファウスティーナは過去の記憶を掘り返していく。
シトリンとは髪と瞳の色が同じ。だが、それ以外だと似ている部分がない。プロ顔負けの画力を持つシトリンに対し、ファウスティーナは壊滅的なまでに下手。性格にしてもそう。
リュドミーラと似ている要素と言えば、激昂しやすい性格しか挙げられなかった。前回の記憶を持っているお陰で今回はスルースキルを身に付け、リュドミーラやエルヴィラを気にしないで済んでいる。
改めて考えると両親と似ている部分がファウスティーナだけ極端に少ない。ケインやエルヴィラに関しては幾つか挙げられるのに自分だけ。
急に不安な気持ちが生まれ、まさかという気持ちを持ってケインに思い切って訊ねた。
「お、お兄様。私はお父様とお母様の子供です、よね?」
「……ヴィトケンシュタインの血が流れているという点においては父上と同じ。けど――ファナの両親は父上でも母上でもない。全くの別の人だよ」
今まで何度過ったか。母が自分にだけ厳しいのは、実は自分は父が他の女性との間に儲けた子供ではないのかと。愛妻家で家族を誰よりも大事にする父に限って不貞行為だけは絶対にないと自分自身言い聞かせて来た。ここにきてシトリンやリュドミーラが親ではないと知らされたファウスティーナの衝撃とショックは大きい。同席しているアエリアにしてもそう。
「ちょ、ちょっと待ってください」とアエリア。
「ファウスティーナ様がヴィトケンシュタイン公爵夫妻の子でないなら、一体誰だと言うのです。リンナモラート神の生まれ変わりであるから、ヴィトケンシュタイン家の血を引いているのは間違いないのでしょうけれど」
「ファナもアエリア嬢も、この事は他言無用だよ? 御者をしてくれている人は知っているけどね」
ファウスティーナの実の両親に関しては、国王が厳重な緘口令を敷いている為、シトリンやリュドミーラでさえ口を滑らせると処罰されてしまう。
極度に緊張した気持ちでケインから紡がれる言葉を逃さないよう神経を集中させた。
「ファナの本当の両親は――シエル様とアーヴァ様だよ」
ファウスティーナにだけ特別優しいシエル。
アーヴァに髪と瞳の色以外瓜二つなファウスティーナ。
所々ヒントはあった。今まで疑問に思わなかっただけで。
「それと」とケインは更に衝撃的な話を続ける。
「アーヴァ様は……恐らく父上の異母妹。父上にとってファナは娘じゃなく、姪に当たる」
「え、え……え? アーヴァ様とお父様が異母兄妹……? それはつまり……」
父親が同じだと意味する。
アーヴァ、リオニーの母親は祖父オールドの実妹エルリカ。
実の兄妹の間でアーヴァは生まれた事となる。
「……そっか……」
漸く分かってしまった。何故エルリカがアーヴァを激しく憎み、嫌いながらもアーヴァを祖父と一緒にいさせたがらなかったのかを。
愛したくても愛せなかったのだとしたら……。
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